マイアミボート
アメリカにマイアミがあることを最近知った真莉亜は、今、学校に交換留学生として来ているマリアのことを思い浮かべた。マリアはアメリカのマイアミという所からやって来たのだった。
朝、全校集会で体育館に集まった生徒たちは、互いにおしゃべりをしたり、あくびをしたりと、それぞれが自由にしていたが、英語の先生が、アメリカから来た交換留学生を紹介し始めると、生徒たちは一瞬にして静かになった。そして、先生の隣に小さくたたずむブロンドの髪の少女に全女子生徒の注目が集まった。
赤のチェック柄のプリーツスカート、上は黒のジャケットを着ている。中は丸襟の白いシャツに赤い細めのリボンを首元で結んでいる。ジャケットのポケットには、アメリカの学校のシンボルマークのワッペンが縫い付けられていた。
かわいい~。
生徒たちはみな口々にそう言った。
真莉亜の女子高の制服は冬服だと上下一色の紺だし、リボンもない、いたって地味なものだ。制服がかわいい学校に行きたかったけれど、家からの近さと、脳みその出来などを考慮してみると、この学校が最も真莉亜にぴったりだったから仕方がない。
先生はマリアに簡単な自己紹介をするように促した。マリアは胸のポケットから小さく折り畳んだ紙を取り出すと、それを読み始めた。
「みなさん、こにちは。あー、私はマリア・セオドアと言います。第二中央女子高等学校へ交換留学生として参りました。あー、私は日本の文化をもっと学びたいと思って、日本に来ました。あー、私は日本のアニメが大好きです。1番好きなのは、『トトロ』です。」
フフフ……、ハハハ……。
生徒たちは互いに微笑みあった。
「日本語はとても難しいですが、がんばります。みなさん、たくさん教えてください。よろしくお願いします。」
挨拶が終わると、体育館じゅうに大拍手が巻き起こった。マリアは2年7組に入ることになった。それは、真莉亜と同じクラスであり、さらに真莉亜の隣の席に座ることになったのだ。
マリアはホームルームと英語、体育の授業と給食と掃除の時間くらいしか一緒にはいなくて、その他は英語の先生と一緒に別の部屋で勉強するようだった。けれど、真莉亜たち7組の女生徒たちは異国からやってきた新入生に心躍ったのだ。
特に英語の時間は、まずマリアにテキストの例文をお手本に読んでもらうのだが、そのネイティブな発音はもちろんだが、彼女の歌うような軽やかな音声は、元々声が美しい為でもあるように思われた。きっとアメリカでも、素敵な声だと思われているに違いないと真莉亜には思えた。
真莉亜はよく、隣のマリアに声をかけた。そしてなんとなく、英語じゃなく日本語のままで話しかけていた。他の子達はマリアに英語で挨拶したり、具体的に質問したり答えたりしていた。真莉亜は単純に英語が苦手だった。
マリアがクラスに来た初日に、三十二人の生徒たちは、帰りの会で、全員英語で自己紹介をさせられた。英語が苦手な真莉亜は、朝からずっと何と言おうか考えた末に、
「ハロー、マリア! アイム、マリア、トゥー! ナイストゥミートゥユー!」としか言えなかった。
でもマリアは、
「Oh~。You're Maria too!」と言って笑ってくれた。
***
「ねぇ、マイアミってどんなところ?」
マリアは少し困った顔をして、「あー、マイアミ?」と聞いた。
「そう。きれいなところ?」
「Oh~、Yes! とてもきれいな所。ここより暖かくて、海、きれいね。」
「へー、海が見えるのね。いいなぁ。」
「海でよく泳ぐ。でも、泳ぐより、ボート乗るの好きね。楽しい。」
「へー、ボートに乗れるのね。」
「そう。Dad がプレゼントしてくれた。一人で乗るの危ないって言っていたけど、今は上手くなったから、一人で乗るの、OKしてくれた。」
「すごいね。」
「すごくない。もっと上手な人、マイアミにたくさんいるです。」
「ふーん。」
「あー、マリアもボート乗る?」
「ここは海がないから、乗ったことない。」
「あー、今まで一度も?」
「そう。」
「ボート楽しいよ。真莉亜、今度一緒に乗らない?」
「どこで?」
「Meのホームステイの家の前に大きな湖ある。そこでボート貸してくれるね。真莉亜と一緒に乗りたい。」
「うん、いいよ。今度ね。」
すると、担任の先生が教室に入って来た。帰りの会で、連絡事項を話し出したので、二人の会話はそこでお仕舞いになってしまった。
特になにも考えずに「今度ね」と言ってしまったものの、真莉亜はボートに乗る気はなかった。今まで乗ったことがなかったし、外国の友達と遊んだことがなくて、どうしたらよいのか分からなかったからだ。
けれども、翌朝学校に来たマリアは「いつ行く?」と聞いてきた。
「いつって……。」
マリアにとっては、「今度ね」は、行くことに賛成したことを示す言葉であり、今度とはいつなのかを決めなくてはいけないと思わせた。一方で、真莉亜には、それは言外に "断り" のニュアンスを含む言葉であり、逃げ場をつくる為のものであった。
「今日、ボート乗れる。おじさん、貸してくれることになっているから、一緒に乗ろう。真莉亜、今日、用事ある?」
今日は部活もないし放課後はフリーだ。
「ない? ないなら、乗ろうよ、真莉亜!」
彼女は底抜けの笑顔で白く整った歯を見せた。
「うん……。」
その後の授業に真莉亜はおおむね散漫だった。二人は放校の鐘が鳴ると、走るようにしながら一緒に校門をくぐって、川沿いをまっすぐ住宅地を並んで歩いた。少し緊張しながら、
「ねえ、マリア。ホームステイしている家ってここから遠いの?」と聞いた。
「もうすぐ。」とマリアは足取り軽くどんどん先へ歩いていく。
「ねえ、待ってよ。」
数十羽のカラスの群れが大きな声で鳴きながら、二人の行こうとする方角へ飛んでいった。次から次へと、黒い集団が夕暮れの近づく空に急いで行く姿を見ると、マリアも早く私も家へ帰らなきゃと思うのだ。
「私、やっぱり帰るよ。遅くなったらママ怒るから。」
でまかせでもそんな嘘をついた真莉亜に彼女は振り返ると、
「もうすぐね。あそこが家。あなたのママには私から話すから心配しないで。私が真莉亜をつれてきたこと、言うから。」と真顔で言った。
「うん……。」
マリアの寄宿先の家は、小さな森の中にあった。この辺は田畑は少しあるくらいで、多くは住宅地として開発されてきたから、こんな広葉樹広がる森があるとは思わなかったので、驚いた。さっき、頭上を飛んでいったカラスたちは、この森に帰ってきたのだ。きっと彼らの巣があるのだろう。
その家は、日本式の住宅というよりは、どこかアメリカのカントリーサイドにあるコテージといった感じの造りをしていた。家の前には大きな湖があり、向こう岸にはもくもくと繁る木々が立ち並んでいた。コテージには隣に小さな倉庫があり、その前にボートが一艘立て掛けてあった。
マリアは「ちょっと待ってて」という手の合図をすると、網戸になっている扉から中へ入った。扉の上にはランプが一つ灯っていた。真莉亜はその間、湖の方面をぼおっと眺めていた。遠くの水面に一筋の線が引かれたかと思うと、それがこちらへ向かってくるのを見た。一匹の鯉が背鰭を立たせて水面を切って近づいて来たのだ。
空が赤く燃えている。まるで山火事でも起きたみたいに真っ赤な夕陽が木々の葉に反射して、上空がぼおっとぼやけたように見えた。
「ヘイ! ジョージ!」
マリアが湖に向かって叫んだ。
マリアはいつの間にか制服から普段着のフード付きのグレーのトレーナーとジーンズ姿に変わっていた。いつもは下ろしているブロンドの巻き髪を後ろで一つに束ねている。
「ヘーイ! カモーン! ジョージ!」
彼女は湖の際まで走って、手を振った。真莉亜はマリアの変わりように心奪われた。
その時、湖の中ほどの所に一艘のボートがこちらへ漕いでいるのが分かった。だんだんそれが近づいてくると、白いボートに乗る人物の顔がよく見えた。口髭と顎髭が、もみあげからつながっているような風貌の外国人の男性だった。体格はがっちりとして、腹が少し出ている小太りの長身の人は、ハンチングを被っていた。マリアは急いでボートを岸の棒杭にロープで繋いだ。何度もやりなれた手付きだった。
おじさんはマリアの隣に立つ日本人の少女に向かって笑った。
「こちら、ジョージ。こちら、真莉亜。日本のお友達。」
「ハイ! 真莉亜。君の名前もマリアなんだね。ハハハ。」
そんな感じなことを言っているように真莉亜には思えた。その後マリアはおじさんと何か英語でペラペラ話した。すると、おじさんもペラペラと返すと、マリアは不服そうな顔付きをして、
「ジョージが友達を乗せるには早すぎるという。私、ボート漕ぐの上手いね。昨日はジョージ、上手くなったって褒めてくれたのに。」と言ったが、すぐに笑顔になって、
「でも、見ていて、真莉亜。上手く漕ぐところ。」と言って、倉庫の前にかけてある青いボートを持って湖に浮かべた。おじさんは、真莉亜に空気で膨らんだ赤いチョッキみたいなものを着させて、おじさんがさっき乗ってきた白いボートに乗るように言った。
真莉亜は恐る恐る足を踏み出した。ボートからおじさんが真莉亜の手をつかもうと手を伸ばす。陸ではマリアが彼女の片手を握っている。左足が陸地を離れた瞬間に、バランスを崩して、倒れかけたが、おじさんが真莉亜を抱きとめた。
「オーケー、オーケー。グッド!」
おじさんは白い歯を出して笑った。
その後マリアは、青いボートにするりと腰を下ろすと、オールに手をとり漕ぎ出した。真莉亜はボートの両方の縁をがっしとつかんで、恐々と船の進むのを体で感じていた。おじさんが船の後ろから力強く漕ぎ出す。静かな黄昏時の湖の上を、二艘の船が軽やかに滑っていく。湖面を赤く照らす太陽は最後のきらめきを燃え立たせていた。
「わぁ…きれい……。」
得意気に漕ぐマリアのオールのさばき方に目を見張り、同時に森に囲まれた美しい湖の景色に見惚れていた。
「なんて…美しいんだろう……。」
空は藍色、オレンジ色、黄色とグラデーションになっていた。刻々と変化していく空に真莉亜の心も不思議な感覚になりかけていた。
「そろそろ家に帰らなくちゃ。」
「オーケー、オーケー。」
おじさんは船を大きく旋回して、岸に向かって漕ぎ出す。それに合わせて、マリアの船先も岸の方へ向いた。
コテージはピカピカ光っていた。中から光が外へ溢れだし、もう真っ暗になってしまった森に一つだけ灯りが眩しく灯る家があった。
「もう暗いから、今夜は泊まって。」とマリアは言った。
「その方がいいよ。」とおじさんは好意的な様子だった。
「でも……。」
「あなたのママに電話する。きっとオーケー言う。」
「分かった。自分で電話するから。」と、マリアはケータイを取り出した。
真莉亜の母親が電話口で少し驚いたような声色で、「いいけど。そちらがご迷惑じゃなければ。」と言った。
娘が今何をしているのかとか、今日学校でどんなことをしたかとかに興味がない。真莉亜は苦々しく思う。
このコテージには、白ひげのおじさんと、女将さんと呼びたくなるような、恰幅のよい太ったおばさんの二人暮らしだった。
花柄のエプロン姿のおばさんは、ぐつぐついう大鍋から、深皿に盛り付けていた。真莉亜はおばさんとマリアが話すのに注意して聞いていた。けれど、英語の苦手な真莉亜には、どれもが不可思議な暗号のように聞こえた。おじさんはまだ外で何かやっていた。夕食がテーブルに並べられ、きちんと、紙ナプキンやフォーク、ナイフ、スプーン類が食べる人を待っていた。おばさんは、外にいるおじさんに声をかけると、おじさんはくぐもった返事を一つして、遅れて席に着いた。
チキンスープに、コーンがてんこ盛りに盛り付けられたじゃがいもバター料理、固めの黒パンが並んだ。おばさんは真莉亜に流暢な日本語で話し始めた。
「真莉亜、おばさんも若い頃に、日本に留学していたことがあるのよ。留学先の学校で一人の日本人の女の子と友達になったのよ。」
「わあぉぉ!」とマリアは笑った。
「その女の子は、親切に私のことを色々助けてくれたのね。日本語も難しくて他の人たちが何を話しているのか分からないし、日本の生活にもまだ馴れていなくて、孤独に感じていた。故郷が恋しくて、早くアメリカに帰りたいと思った。マイアミには、たくさんの友達がいて、夏休暇にはその子達とサーフィンしたり、夜遅くまで友達の家でパーティーをしたりして楽しかったから、その事ばかり考えて、余計に寂しく感じていたのね。
でもその子がある日、授業が終わると、私に一緒にボートに乗らないかって誘ってくれたの。学校の近くに、大きな市営の公園があって、湖があった。私たちは白鳥の形をした足踏みボートに二人で乗ったの。鯉のエサを買って、湖の鯉や鴨にエサをやってね。とても楽しかったのをよく覚えている。
その日から私たちは仲良くなって、私がマイアミに帰った後も、ずっとしょっちゅう手紙のやり取りをしたわ。今のようにインターネットが普及してなかった時代だからね。」
そこでおばさんはフフフと笑った。マリアたちもフフフとつられて笑った。
「私たちは大人になった。ある日、私はその子に電話をかけてみた。マイアミに来ないかって。でも、その子は行けないと言った。どうしてと聞くと、忙しくて行けないからまた今度ねと言った。いつならいいのかと私は聞いた。彼女は『今度ね』と繰り返すだけ。『今度っていつ?』と聞くと電話は切れてしまった。それっきり私たちは何の連絡もしなくなってね。」
「それで、その子とはもう会えなかったんですか?」
真莉亜は話の続きが気になった。二人のマリアはおばさんの顔を穴が空くほどに見つめた。
「まあ! ……じつはね。その子は病気をして入院していたんだって。
おばさんはその時知らなくて、友達に見捨てられたような気持ちで、悲しくて、イライラもした。それからしばらくして、友達に会いに日本に行ったの。その子の家を訪ねて、病院へお見舞いに行った。
以前の面影が無くなってしまったように見えた。かわいそうに痩せてしまってね。でも、彼女は私を見るとすぐに分かったわ。私たちは涙を流してハグしたの。
私は毎日病院へ行くようになって、彼女の体調もだんだん良くなっていくように見えた。
友達は私に、『あなたの住むマイアミに行きたいわ』と言った。でも、長距離のフライトに体が耐えられないだろうと主治医の先生は言った。けれど、どうしても私がボートに漕ぐのを見たいと言った。私は子どもの頃よく、この家とそっくりの家に住んでいて、目の前にはボート乗りにはちょうどいい湖があったことを話していたの。」
「それで、友達はアメリカに行ったんですか?」
「ボート乗れた?」
二人の少女が口々に言うと、おばさんはハハハと突き出た腹を震わせて笑った。
「そう。奇跡が起きたんだ。アメリカに発つ前日まで熱が出ていてね、やっぱり行けないかもしれないと言われていたんだけれど、当日の朝になって、すっかり熱が下がって体調も良くなってしまって。
そして、私たちはマイアミに来た。私のファミリーともすぐに打ち解けて、私たちは湖でボートに乗った。彼女、とても幸せそうだった。日本に帰ってきて、しばらく私も付き添っていたけれど、帰らなくては行けない日が近づいていた。
彼女は『また会えるわね?』と聞いた。私は『必ず会える。また会いに行く』と言った。アメリカに着いてしばらくして日本から手紙が届いた。彼女からの手紙。」
おばさんは手紙を開いて真莉亜に見せた。マリアも横から覗いた。
「この手紙があなたのもとに着く頃には、もしかすると私はいないかもしれません。
あなたは私のことをずっと覚えていて、はるばるマイアミから日本へ来てくれました。あなたの故郷を見せてくれましたし、一緒にボートに乗せてくれましたね。この素敵な思い出を私は、決して忘れないでしょう。
あなたがアメリカに発つ日、『また会えるかしら』と聞いたとき、あなたは、『必ず会える。会いに行くからそのときまで待っていて』と言ってくれましたね。その言葉は、私をどんなにか慰めてくれたでしょう。希望をくれたことでしょう。
再び、マイアミの地で、あなたとボートを乗るという約束を私は果たしたい。今からその日を楽しみにしています。私も必ず会いに行くからね。
あなたの友人 ✕✕✕」
おばさんは手紙を丁寧に封筒にしまって、そっとキスをした。
「彼女は私との約束をちゃんと果たしてくれたのね。今、ようやく分かった気がしたわ。
真莉亜、あなたのことね。」
おばさんは微笑んだ。二人のマリアの目には光るものがあった。
おばさんお手製のクランベリーの甘酸っぱくて、温かい紅茶を飲んで、心も体もほかほかした。
二人のマリアは夜遅くまで話し笑いあった。お泊まり会と呼ぶ彼女とのひとときがこんなにも楽しいものだとは思っても見なかった。
翌朝二人は計画通り、おじさんとおばさんがまだ寝ているそばを音を立てぬように歩いて、外へ出た。倉庫の前には、おじさんの白いボートが置いてあった。近づいてよく見ると、メモ書きが底に付いていた。
『二人で乗るなら、これを使いなさい。決して遠くまでは行かないこと。くれぐれも面倒を起こさぬこと』と書かれていた。
「フフフ、ジョージね。」
「ジョージだね。」
二人はクスクス笑って、ボートを担いで、湖の上へ浮かべた。
少しずつ地平線から昇ってくる朝日に、空の色が藍色から薄紫色がかったように見えた。月は周囲の小さな星々と共に、まだ眠たそうに小さくうずくまっている。黒々とした森は深閑として、寧ろ湖を隔てた向こう側からの僅かな物音さえ、水面を伝わって聞こえてしまいそうなくらいだった。
昨日よりも上手く船に乗り込めた真莉亜を見て、彼女は「上手い、上手い」と喜んだ。マリアはオールを押したり引いたりすると、白いボートはゆっくりと岸から離れていった。
オールがボートの縁に当たるときのギィという音と、水を掻き分けて進むジャボジャボという音が湖面に響き渡った。
マリアの白くて細い腕には、力を入れたときに筋肉の筋が浮き出る。真莉亜は風景以上に、懸命に漕ぐマリアを美しいと思った。
船は湖の中ほどまできていた。太陽はどんどん、この森を朝にしようとしていた。月はさらに情けなく、薄ぼんやりとして、空の色がオレンジ色から白っぽくなりかけ始めていた。
ボートはさらに奥へ進んでいく。湖の中から木が生えているのに気付く。森の中を乗り進めていくと、頭上からチチチと鳥のさえずりが聞こえてくる。
ふと、彼女は後ろから言った。
「マリア。私たち友達。これからも友達。いいね?」
真莉亜は振り返ると、「もちろん。私たちずっと友達だよ。」と言った。
しばらくして、マリアは留学期間を終えてアメリカへ帰っていった。来たとき同じように全校生徒の前で挨拶をして。でも最初の時と比べたら少し日本語が上手くなっている気がした。なにより、堂々とした様子の彼女がうれしかった。
別れ際、マリアは言った。
「絶対、今度、マイアミの私の家に来てね!」と。
真莉亜はそれに答えて言った。
「今度ね! 絶対に行くよ!」と。
***
その後も、二人の交友はいつまでも、それは永遠に続いていくのだった。
真莉亜はいつか、この日の出来事をこう解釈する。マリアが紹介してくれたおじさんもおばさんも、コテージも森も湖も、全て遠く離れたマイアミの景色をそのまま切り取ったものではなかったかと。だから、マリアが帰国してから、何度もコテージに行こうとしたが、行けなかったからだ。つまり、コテージに続く道も、森も、湖も、みんな無くなっていたからだ。
マリアも本当は現実の存在ではなかったのではないかと、真莉亜が焦ってテレビ電話をかけたら、画面に大人になった美しいマリアが笑顔で手を振っていた。
良かった。本当に良かった。
二人のマリアの固い友情は、本当にいつまでも、さらに言うと、時を越えて続いていくのであった。
【The End】