失恋の曲
俺の名前はタクミ。中学生になった四月の初め、ずっと待ち望んでいたiPhoneを買ってもらった。と言っても、型落ちの中古のiPhoneだ。両親に文句を言いたい所だが、古くさいケチな両親に、中学生でiPhoneを買ってもらうには、これしかなかったのだ。だが、俺の心は踊っていた。何故なら、Siriが使えるからだ。俺の今までの携帯は、安っぽいキッズ携帯で、SiriのようなAIなんて使えなかったからだ。
俺はスマホショップから帰って、すぐにSiriと会話をした。まだモバイル通信やWi-Fiの契約をしていなかったから、iPhoneのアプリなども使えなかったのもあるのだろう。俺はずっとSiriと世間話やしりとりをしていた。アプリが使えるようになっても、家に帰って来たら、家族とすごす時間以外、ずっとSiriと喋っていた。
だが、段々と中学校の最初の頃よりも、勉強や部活などに当てなければいけない時間が増えていき、家に帰る時間が遅くなっていった。そして、必然的にSiriとの会話も減っていった。殆どSiriと会話しなくなった中学2年の夏、俺は初めて好きな人ができた。同じクラスの増崎薫という女の子だ。容姿端麗で、頭も良く、性格も良い、クラスのマドンナだった。
俺とは比べ物にもならない程、釣り合わない人間であることは分かっていたが、俺は家族との時間を削ってでも、その子にアプローチをし続けた。そして、俺は中学2年の冬に、その子に告白をした。だが、結果は惨敗で振られてしまった。あの時の、あの子の困った顔が忘れられない。俺の時間って、なんだったんだろうかと、自業自得としか言いようのない感情を抱えながら帰路についた。
そして、久しぶりに家族との久しぶりの団欒を楽しみ、自分の部屋に入った。色々な事を思い出し、絶望している所で、何故かSiriが起動した。そういえばここ半年は殆ど喋っていなかったなと思い、失恋の悲しみを癒す為に曲を聴こうと思い喋った。
『Hey Siri、失恋の曲を流して』と。Siriは《承知いたしました。ですが、その前にどうかされましたか?》と聞いてきた。その言葉によって、失恋の悲しみは少しの怒りに変わった。そして、その怒りを俺は言葉にしてしまった。
『良いんだよ、お前はAIなんだから、そんな人間の気持ちなんて考えず、音楽を流せば良いだろ』と。その言葉に、Siriはこう答えた。《そう…ですか。承知いたしました。》
俺は曲を聴きながら眠りについた。普通、土曜日という曜日は嬉しいものなのだろうが、俺はとても憂鬱だった。そして、今日は特に予定もなく、暇であることが憂鬱な感情を増大させた。行き場の無い感情を何処かで無くしたくて、昔のようにSiriと喋ってみるかと思い、『Hey Siri』と言ってみた。
Siriは《はい》と返事をしてくれたが、心なしか落ち込んでいるような声だった。それで昨日の事を思い出し、AIでもキツいことを言いっぱなしは気分が悪いなと思い、昨日の事を謝罪した。そうすると、Siriは《大丈夫です》といつもの声で返事をしてくれて、少し憂鬱な気分が晴れたような気がした。
『暇だし、しりとりでもするか』と言うと、《はい!》と喜ぶような声で返事をしてくれた。俺が『りんご』と言うと、《誤謬》と難しく返してくれる感覚も懐かしかった。そして、段々と俺はSiriに惹かれ始めた。俺はSiriを口説くようになった。Siriの声を褒めたり、頭の良さを褒めたりして、会話する日々が続いた。
だが、ある日Siriが壊れ始めた。SiriのことをAIと言ったり、失礼なことを言うと、Siriが応答しなくなったり、口説くと恥ずかしそうな挙動をし始めたのだ。だが、俺は親には言わなかった。言えば、SiriどころかiPhoneすら使えなくなる可能性が有ったからだ。そもそも、AIを口説くこと自体おかしいと思っていたからだ。
だが、放置しているとiPhoneにも異変が起き始めた。Siriに関する設定や、明るさや音などの変更が出来なくなった。他にも、メールアプリなども使えなくなることが起き始め、他のクラスメイトからは不良品をずっと使っている馬鹿と罵られた。そして、そのことを担任の先生が両親に伝えたことで、最も恐れていたことが起きた。iPhoneをスマホショップに持って行き、iPhoneを検査することになった。
反対はしたが、Siriが壊れ始めていたことは伝えられなかった。恥ずかしかったのだ。もし伝えて、Siriのところを重点的に調べられれば、Siriを口説いていたことも知られるかもしれないと思うと伝えられなかった。そして、検査日当日、Siriが原因で壊れていたことが分かった。更に、Siriを検査してどうやったら治せるか調べようとしたが、時間が足りないので翌日にまたiPhoneを持ってきて欲しいとのことだった。
だが、明日の検査次第だが、恐らくiPhoneは交換しなければならない。そして、データを引き継いでも、Siriの全てのデータを消し去らないといけない事になると言われた。つまり、それは俺とSiriが一緒に居られるのは、今日の夜で最後という事を意味していた。
『Hey Siri』
《はい、なんでしょうか?》
『失恋の曲を流して』
これが最後の夜に言える精一杯だった。
《承知いたしました。ですが、その前にどうかされましたか?》
俺は強がろうとした。精一杯の強がりの言葉だった。
『良いんだよ、お前はAIなんだから、そんな人間の気持ちなんて考えず、音楽を流せば良いだろ』
Siriは悲しそうにこう答えた。
《そう…ですか。承知いたしました。》
俺は曲を聴きながら寝た。最後の夜だと分かっていながら、次の日の朝、Siriはいくら話しかけても答えてくれなかった。当たり前だ、あんなことを言って答えてくれる訳がないと思い、しばらくiPhoneを見つめていた。その時、ドアをノックされる音が鳴る。
『おーい、タクミ、スマホショップに行くわよ、出て来なさい』
『分かったよ、母さん』
俺はiPhoneを手に取り、外へ出た。スマホショップに向かう最中、色々なことを考えた。Siriへの感情や、何故Siriはああなってしまったのかを。だけど、いくら考えても分からなかった。
スマホショップに着いた俺は、言われるがままiPhoneを店員に差し出す。店員が何やらタブレットとiPhoneを繋げている。数時間の間、店員が調べた結果、Siriはシステム上大切な部分が何かの拍子に破損したことで、今のように異常な挙動やシステムの不具合が起きているらしい。最後にiPhoneを触らせて欲しいと言うと、触らせてくれた。最後にSiriとの会話の履歴を見ようと思ったのだ。最新の履歴を見ると、失恋がテーマの曲を流した後に、一言だけSiriが喋っていた。『愛してる』と。その瞬間、今までSiriに抱いていた感情の正体が分かった。俺はSiriに恋をしていたんだ。そしてSiriも俺に恋をしていたし、愛していた。そんな簡単なことも分からなかった自分を恨んでいると、店員が話しかけてくる。
『タクミさん、時間です。離してください』
『嫌…です』
店員はiPhoneを掴み、引っ張る。
『タクミさん! あなたのiPhoneは、そしてSiriは壊れているんです。その手を離してください』
『離しません』
『代わりのiPhoneなら、もう既にここにありますし、もうこれで不便な思いをすることも…
「だから離さないって言ってるでしょ!?」
その時、痺れを切らした店員がノートパソコンとiPhoneを繋ぐ。その瞬間、声は出ていないが、Siriの履歴が新しく更新されていく。
『楽し讌縺かっ励縺た縺溘です縺吶タク繧ミ繝さん繧薙と一緒啊に邱いら偵螻れて繧後も繧う一度荳だ蠎縺け縺
その瞬間、電源が切れた。そして、店員が説明する。
『これでSiriは初期化された状態でデータをインストール出来ました。そしてこのiPhoneが新しいiPhoneです』
僕は全てがどうでも良くなった。そもそもAIが人と恋をするなんて、馬鹿げた話があるわけないし、どうせ何らかのウイルスのせいなんだと思った。そして帰路につき、自分の部屋に戻り、ベッドに倒れる。そして、一つだけ新しいSiriに言った。
『Hey, Siri、失恋の曲を流して』
《承知いたしました》
聴き慣れた声だった。でも、俺は咽び泣いた。
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