メインシナリオの裏側で その6
朝早く、息子さんが俺の部屋にやって来た。たくさんのドレスと共に。
「どれがいい?」
俺は寝惚けつつ、困惑した。どれと言われても、俺にはセンスというものが無いので分からない。
正直にそれを告げると、納得されたのか選び始めた。息子さんは今日もドレス姿だ。昨日よりフワフワが増している。
「これは?」
目の前に出されたのは、青い色のドレス。フリルが控えめに、裾と袖を飾って落ち着いた雰囲気だ。
いいんじゃないだろうか。でも、なんで俺の身体に合わせているのか。
「ちょっと裾が長いかな…。直そうか」
「なんで?」
「あの子も、裾を踏みそうになってたっけ…転んだら大変だ。着慣れない内は特に、」
「着ないよ?」
「着ないの?」
思いっきり何で?という顔をされたが、こっちも何で?だ。
俺、着たいとは言ってない気がするんだけど。うん、絶対言ってない。姉さんに似合うのあるかな、ぐらいは言ったけど。息子さんの中でどう変換されたのか、俺が着るようになってる。
違うよいやいや着ないよいやいや、という押し問答をしばし。数十分後、いつもの格好になった俺を、なんか不満そうに見ながらお茶を飲んでいた。
「似合うと思うんだけどな…」
「俺は動きやすいのがいい。鍛錬するし。軽い素材でも、ドレスって気を遣うだろ」
借り物汚したら大変だ。そう言えば、息子さんは穏やかに笑った。
「女が着るものだから、とか言わないんだね」
「ん-、着たいものや好きなものはそれぞれ違うと思う」
俺はドレスを片付ける、人形達を眺めた。土人形らしいけど、よく出来てる。
西の領主は、代々土属性。戦闘時は、何十体もの巨大なゴーレムを作り出すとか。目の前に居るのは、そのちっちゃい版だ。初めて見たけど、こんなに滑らかに動くものなのか。
人形達は、慣れた様子で丁寧に片付けている。つい、夢中になって動きを追っていると、一体がこっちへ来た。くるっと一回転、ぺこりと頭を下げる。
「おぉー!かわいい!」
「父程じゃないけど、私もこれくらいできるようになったんだ。制御が難しいから、数は少ない」
「それでも凄いよ!もっと動けるようになれば、新しいゴーレムの戦い方ができるかも」
数で攻めるのもいいが、三、五体ぐらい人間並みに動けるゴーレムが居てもいいと思う。体術に特化させたら、練習相手にもってこいだ。
「……特化型…、……。面白い事考えるね、君は」
感心したように言われたけど、普通だと思うけどな。ロマンだよ。
「私は、戦うより…モノを作れるゴーレムがいいな。そう、ドレスは勿論、装飾品、金属細工もいい」
目が輝いている。作るのが好きなんだな。
妹さんうんぬんだけじゃなく、元々、かわいいのが好きなんだろうなぁと思う。
「話題になりそうだね。あ、見える工房にしたら、お客さんも喜ぶかも」
職人さんの周りで手伝う、小さいゴーレム。子供が食いつきそう。俺も食いつくだろうなぁ。職人さんが何か作ってるの見るの、楽しいんだよ。
「君は……。いや、…あのさ、率直な意見を聞かせて欲しい。………この格好、どう思う?」
「今のドレス?昨日の若草色の方が髪の色と合ってると思う」
「い、いやそうじゃなく…。お…、私に似合っているかどうか、なんだけど」
「似合ってないよ」
「迷いなく辛辣!!」
「分かってるから訊いたんじゃないの?」
「そうだけど!!そうなんだけど!普通ちょっとは躊躇うよ?!」
テーブルだんだん叩く息子さん。やっぱり自分でも分かってたんだな。最後に鏡を見て、なんか違うって感じてたんだろう。
でも、周りは気を遣って言えなかった。
「好きなものと似合うものは必ずしも比例しないって、誰かが言ってた」
「ぐ、………そう、だよね。妹は似合うけど、俺には…」
「一緒に居たいって気持ちは分かるけどさ、妹さん泣いてるよ。多分」
「えっ」
「もし姉さんが、俺を想って俺の格好してて。それが姉さんの魅力を台無しにしてたら俺はギャン泣きする。だから妹さんも同じくギャン泣き」
「そこまで?!」
「だからもっと本気だせ」
「どういうこと?!」
息子さんは悲しみで止まったまんまだった。でも、こうして訊いてきたという事は、前向きに考えたくなったのだろう。ならば、俺もちゃんと答えねば。
好きなら本気で向き合わなきゃ。最初はひとりで、理解されなかったとしても、本気の姿勢は周りに伝わる。多分。
「ドレスは似合ってないけど、化粧は違和感ないよ。それに髪もキレイで、リボンも似合ってる。全部自分でやったの?」
「う、うん」
「化粧って自分の肌とか色とか、ちゃんと理解してないと難しいんでしょ?すごいよ、ここまで仕上げられるなんてプロ並みだよ。何もしてないみたいに見えるし」
「い、妹を、かわいくしたくて……」
「めちゃくちゃ研究したんだ!妹さん、嬉しかっただろうなぁ。お兄さんにキレイにしてもらえてさ。自慢したいくらいだったかも」
「して、た…。両親にも、使用人達にも、屋敷中歩き回って、止めるのが大変だった」
「やっぱり?あ、髪も結ってたんだ?それは自慢する」
メイドさんには仕事を取らないでと泣きつかれたらしい。話す息子さんの表情は柔らかい。
妹さんの為にここまでできるのだ、その技術を自分にも使えばいい。俺よりセンスあるのだから、すぐにカッコよくなるのではないだろうか。しかし、かわいいものは捨て難いらしい。
「小物とか使ったら?さり気なく。ハンカチとか」
「そっか、それなら…。リボンもいいって言ってくれたよね?」
「うん。似合ってる」
「……わかった。色々考えて、やってみる」
やる気が出ている。きっと頭の中で、俺には分からない構想がたくさん練られているのだろう。息子さんはああでもないこうでもないと、ずっと呟いていた。
「ねぇ、また意見聞かせてくれる?あと、君の好みも知っておきたいんだけど」
俺のが参考になるか分からないが、折角元気になってくれたのだ。快く頷いた。
「次は必ず、かわいい似合ってる着てみたいって言わせてやる!」
着てみたいは言わないと思う。
……帰る時、息子さんはドレスを着ていなかった。
領主様に何故か礼を言われ、祖母には何かしたのと訊かれたが、俺は何もしていない。
ただ、天性の才能なのか、息子さんはカッコかわいいをもう極めかけていた。
西の息子さんは攻略対象。今はオシャレに迷走していますが、成長したらちゃんとオシャンティになってます。