メインシナリオの裏側で その5
俺は、誰かの『好き』を否定しないと決めている。俺自身、否定されると悲しいからだ。
でも、ちょっと意外な『好き』には、悪気は無くとも、驚きが先行してしまうと理解して欲しい。
「……」
「何をぼんやりしているの、挨拶なさい」
「あ、はい」
祖母に促され、俺は慌てて頭を下げる。目の前の親子は、俺の反応に気を悪くした様子無く、朗らかに返してくれた。
彼等は西の国の領主親子。色々と入り用な時に、物資を持って来てくれたのだ。
先の邪香騒動で、まだ被害に遭った所は復旧中。外では使用人や村人達が、荷物を確認、運び入れてくれている。俺も手伝おうとしたのだが、こうして祖母に捕まりお客様の相手となった。
こういった場は義父と姉が出るのだが、姉は中央に、義父と祖父は領内見回りで留守なのだ。
余りに信用できないので、第三王子を無事に帰す為にこっちで護衛を作り、姉もそれに加わった。来年学園に入るので、ついでに手続きしてくるらしい。
王子は最後まで、一緒に来てと泣いて手を離さなかったが、俺より姉の方が頼りになる。なので如何に姉が強くてカッコイイかを語り、なんとか納得させ馬車に放り込んだ。
文通する約束させられて。そんなに書くことないんだけどなぁ。
「そうですか、一足遅かったようですな。私共で良ければ、王子をお連れしようかと…」
「お気持ち、感謝致します。改めてこの度の助力、御礼を申し上げますわ」
「お互いの為です。またどこぞで、良からぬ動きがあるか分かりませんからな…。ところで、」
西の領主様が、俺をちらと見た。そして、隣を見る。
つられて目をやると、連れの子は飽きているのか、欠伸をしていた。
祖母を見る。…多分、この子を連れて出なさいと言っている。大人の話でもするのだろう。俺は屋敷を案内すると声を掛け、その子と部屋を出た。何も言われなかったので、これで正解な筈。
ところで西の国って、ああいうのが流行ってるんだな。
俺は薄紫の髪に、鳥の子色の目を持つ少年を眺めた。うっすらと化粧をして、ふんわりとした若草色のドレスを身に着けている。ぱっと見女の子だ。でも、すぐに少年と分かる。このアンバランスな感じで、最初は驚いてしまった。
「…見世物じゃないんだけど」
「ん、ごめん。びっくりしてさ。今、それが流行りなんだね」
「は?」
「え?西で流行ってるんじゃないの?そのドレス」
いい生地だし、動くたびふわふわして、軽いように見える。
「ドレスって、着るのが大変そうって思ってたけど、それは動きやすそうでいいね」
「……、……男の私がなんでこの格好なのか、気にならないの?」
「西の国って布の特産地だし、…宣伝?」
こんなのありますよって宣伝の為じゃないのか。見れば呆れた顔が。
「…君の所が大変な時に、宣伝する訳ないだろ」
「それもそうだ」
こうして話している間も、行き来する人が此方を見て、驚いたり二度見したり、確かめるように凝視する者も。それを視界の隅で捉えるたび、息子さんの機嫌は下降していく。
人がいる所は落ち着かないだろう。案内はやめて、俺の部屋に連れて行った。
「これ、妹のなんだ」
そっとドレスに触れる。その仕草で、大事なものなのだと分かった。
「もう、死んじゃったけどね」
妹さんは可愛らしい子で、ふわふわのドレスが好きだったそうだ。クルクルと、舞うようにドレスを広げて、周りの人たちを幸せにするような、明るい笑顔を見せる子だったと。
とても仲が良く、いつも一緒に。
「こうしていれば、ずっと妹と一緒に居られると思うんだ。……変かな」
ぽつりと呟いて、お茶を飲んだ。返答は求められていないような気がして、俺は耳を傾ける。
「あの子はなんでも似合ってた。特にフリルが好きでさ、ほら、ふんだんに入ってるでしょ。おしゃれして、私と出掛けるのを楽しみにしてたんだ。勿論、私も」
人払いはしているので、自分でお茶を入れた。息子さんにもおかわりを注ぐと、お菓子を口に入れる。西の国では有名なものらしい。おいしい。
「でも忙しくて中々…。後継ぎだからね、覚える事も多くてさ。でも、後悔してるんだ。もっと、一緒に居てやれば良かった。あの子をたくさん楽しませてあげれば良かった。……」
お菓子に手を付けようとしないので、そっと取り分けてお茶の横に添えた。
不意にこっちを見て、お菓子に気付く。
「……お菓子、あの子も好きだった」
妹さんの分も追加する。
「よく、お土産で買ってたんだ。だからだろうね、毒を仕込まれて。妹はそれを食べて、死んじゃった」
高速でお菓子を片付けた。
お茶を一気飲みし、心を落ち着かせる。おかわりを注ぐ。
「……」
「……」
俺の行動に怒るでもなく、静かにお茶を飲む息子さん。
「なにも、言わないんだね」
「……なんて言ったらいいか、ちょっと分からない」
「はは、正直。でも、上辺だけの台詞並べられるより、全然マシかな。こんな話して、ごめんね」
「…誰かに聞いて欲しいって時、あると思う。俺でよかったの?」
「今は君しか居ないってのはあるけど。ここまで大人しく聞いてくれたのは、君が初めてだよ。他は話題を逸らそうと、必死になるから。暗い話は聞きたくないんだろうね」
「そっか……」
確かに、妹さんの死は悲しい事だ。
でも、息子さんの口から、彼女の素敵な為人は知れた。思い出を語るのは、悪い事ではない。
「……妹は私の身代わりになったんだよ。本当は、私が食べる筈だった」
目の前にある鳥の子色の目は、昏い。
「捕まったの?毒を盛ったやつ」
「当たり前だろ。妹は苦しんで、苦しみ抜いて死んだんだ。八つ裂きにしても、まだ足りない」
「なら、よかった」
「…っいい筈、あるかよ!!!俺のせいで死んだんだぞ!!俺がもっと気を付けていれば、自分で土産を持っていれば、そもそも何も買わずにいれば妹は死なずに済んだ!!!!」
ずっと、『穏やか』を貼り付けたようだった息子さんに、初めて感情が見えた。
本来は『俺』なんだな。いや、それはいいとして、思ったことちゃんと言わなきゃ、殴られそうだ。
俺は少し考えて、鳥の子色を見返した。
「お兄さんが、無事でよかった」
息子さんは、ピタリと止まった。
「俺には姉さんがいるんだ。強くてかっこいい、自慢の姉さん」
最初に比べると、仲良くなれたと思う。姉弟らしくなれたんじゃないかな。
「姉さんはすごい努力家でさ、俺も力になれたらって頑張ってんだ」
「……」
「妹さんもそうだったんじゃないかなぁ。お兄さんを、支えたいって思ってたと思う」
ちょっと聞いただけで、妹さんの全部は分からないけど。息子さんが、いいお兄さんなのは分かる。本当に仲の良い兄妹だったんだっていうのも。
想像するしかないんだけども、姉さんと俺に置き換えれば、分かる。
「もし、身代わりになったとしたら、俺はそれで良かったと思うよ。大事な人は生きてるんだから。でもそのせいで、姉さんが悲しんでたら……申し訳ないなって、思う」
身代わりになるなんて思ってなかっただろうし、事前に分かってたら絶対食べない。食べ物を食べられなくした恨みをしっかり晴らす。
「悪いのは、毒を盛った奴で、お兄さんは悪くないし、自分を押し込めるまで責めなくていいんだよ」
「そんなわけっ…ない!俺がもっと気を付けていれば、」
「じゃあ、確認もせずに食べたのが悪かったのかな」
「悪くない!!妹は何も悪くない、何も知らなかったんだから…っ」
「そうだよ。君も妹さんも、知らなかった。思いもしなかった。だから全然悪くないよ」
自分を責め続けているお兄さんに、妹さんもこう言う筈だ。
「一番悪い奴は、お兄さん達が捕まえて成敗してくれた。だからもう、満足してるよ」
「……っっ」
間違ってはない…と、思うんだ。俺が妹さんだったらそう思う。あくまで俺が、だけど。
妹さん、きっと優しくて思いやりのある子だったんじゃないかな。だから今の家族の姿を見て、絶対胸を痛めてる。
下を向いて、静かに泣き続ける息子さん。本当はずっと、泣きたかったんだろな。でも我慢して。
「……ごめんね」
俺はぽつりと呟いた。目の前に居るのは息子さんなのに、『誰か』と重なる。
「……、…悲しませて、ごめんね、」
「……?」
「幸せに、生きて」
俺は『誰か』に手を伸ばし、優しく撫でた。
「……」
「……」
ポカンとする息子さんと目が合う。俺も同じ顔をしていると思う。
何が起こった。さっぱり分からないぞ。
これはもしや、白昼夢というやつなのだろうか。