メインシナリオの裏側で その4
俺は一応、貴族になるのだろう。でも貴族らしさなんて、すぐには身につくものじゃない。
何が言いたいかというと、俺は村の人達との距離が近い。
姉と一緒の時は、尻込みして近付いてこない子供も、居ないと分かれば無邪気に走ってくる。その時に、教えられたのだ。
魔物の様子がおかしいと。
最近、頻繁に現れるようになり、狂暴化している気がすると。
今の所、被害は大きくないし、村の者で対処はできている。けれど違和感は拭えない。大人だけでなく、子供もその異常さを感じ取っているのだ、無視できない。
王子の事は気になったものの、放っておく訳にはいかないだろう。義父と姉に伝えるよう頼んで、出来る限り調べる事にした。
王子と従者の方々には、帰ってもらうよう言ったのだが。何故か、引かない。王子はともかく、従者が引かない。
対処は心得ていると居丈高だが、姉どころか此処の村人にすら勝てなさそうなひょろ長い奴が………いや、人を見た目で判断してはいけない。王子の護衛だ、腕の立つ剣士か、凄い魔法の使い手か、
「なんて思ってた俺が馬鹿だった!!!」
俺は魔物を怒りも込めて切り伏せた。
妙に甘ったるい、いやな匂いが森中に漂っている。これが魔物をおかしくさせている原因だ。
『邪香』。魔物を呼び寄せる特殊な香。実物を見るのは初めてだったが、知識としてはあったので、すぐに気付けた。勉強してて良かった。でも、狂暴化まではしない筈だ。
「た、多分、だけど、特殊な調合がされてるんだとっ、思うっっ!でも邪香自体、余程の理由がない限り、簡単には、ひっひょえぇぇぇぇぇぇぇ???!!」
王子は魔物に囲まれ、泣きながらも、存分にある魔力で蹴散らしている。俺はそこまで魔力がある訳じゃないから、剣と体術で戦うしかない。いざという時の為に温存しておかなければ。
此処に居るのは俺と王子だけ。従者どもは、早々に悲鳴を上げ、逃げた。
そう、逃げた。
子供を置いて、我先にと、逃げたのだ。
百歩譲って、俺はいい。でも、守るべき王子まで置いていくって、なんだ。職務放棄か。我が身が一番かわいいか。馬鹿なのか。生き延びたらボコボコにしてやる。
俺は強く心に決め、王子に気を取られている魔物を一掃する。狂暴化していても、まだ俺と王子でも倒せるレベルだ。でも、数で来られたらマズい。早く元凶を叩かないと。
「どうやれば消せるんだっけ…?普通じゃ消せないんだよな??」
「ま、魔法。浄化が一番効果あるけど、持ってる人は少ないから、強力な魔法で一気に消すんだ」
「強力って…」
俺は、まだ初級程度だ。王子は雷で強力だけど、ずっと放電してたから疲れてる筈だし…。
ええい、ままよ。初級でも、要は温度を上げればいいのだ。
俺は火球を作り、魔力を練る。温度を上げるイメージで。水が少しずつぐつぐつ煮立っていくような……、………、
「……色が、変わった?」
王子の声に目を開けると、普段は赤い筈が、青い火球に変わっていた。
あ、コレめっさ熱いヤツだ。
これなら、と邪香に投げつけると、元凶は消し炭になった。匂いも薄れていく。
これでいい?と王子に確認すると、無言で何度も頷いてきた。ならば、ひとまず戻ろう。
邪香の事教えなきゃならないし、王子も安全な場所に避難させないといけない。
俺たちは、はぐれないように手を繋ぎ、村へ取って返した。
おかしいと察知した、村人達の行動は早かった。流石、慣れているだけはある。それでも、すべて順調とはいかない。邪香は、村の中にも仕掛けられていたらしく、釣られた魔物がなだれ込んでいた。あちこちで悲鳴が、怒号が上がる。
俺たちは一瞬呆けてしまった。何が起こっているのか、すぐには理解できなかった。
どうする。どうしたらいい。
今から助けを呼んで、此処に居る人達は助かるのか?
……いや、助けなんて、来るのか?
小さな悲鳴に、我に返る。……魔物に囲まれた、親子が見えた。父親が、男の子が、背後に居る母親と女の子を必死に庇う。
「っ待って??!」
王子の慌てた声。でも、今何とかしないと、あの親子は。
俺は温存していた魔力を解放させる。
無茶だ無謀だと笑われてもいい、怒られてもいい、何もせずに見捨てる事だけはしたくない。
それに、姉さんも言っていた。結局体で覚えるのが、一番だって。
俺は無我夢中で剣を振るい、魔物を倒していった。
……あの時は必死だったので、実は余り記憶がない。無事に姉達と合流した瞬間、魔力枯渇でぶっ倒れたらしい。後で王子が教えてくれたのだが、俺は戦っている間、ずっと炎を身に纏っていたという。多分だけど、強化もしてたんじゃないか、というのが王子の見解だ。
そして、姉が激怒していたと。俺と王子を置き去りにした、従者達に。
義父が止めるのも聞かず、ボコボコにしたらしい。ボコボコなんて優しい音じゃなかったと、全てを目撃していた王子は震えていたから、とりあえず頭を撫でて落ち着かせた。あの従者ども、逃げ足は早かったが、流石に姉からは逃げられなかったようだ。一応、王子の護衛の筈なのに。
「……あの人たちは、多分…、………。ごめんなさい。謝って、済む話じゃないけど、僕は、肩書だけで、本当に何も持ってない、から……」
王子は泣きながら、謝り続けてくる。なんで?王子も置いて行かれた被害者なのに。
あんな人間連れてきてごめん、という事だろうか。それは…、仕方ない。人って取り繕うのが上手いし、見た目では分からないと思う。城には沢山の人達が居るだろうし、それら全てを見抜くなんて芸当、中々難しいだろう。大人だってそうだ。
あと、王子は自分を卑下し過ぎだ。何も無いなんて。あれだけ放電しといて。
俺は王子の手を握った。バチッとしないから、放電したのが良かったのだろう。制御もできるようになっている。
「痛くない。よかった」
「……、…僕は、ホントは、」
「何にもないなら、これからたくさん持てるってことだよ」
「……」
「少しずつ、増やしていけばいいんだよ。見つけるのはしんどくて、つい放り投げたくなるかもしれないけど。俺は君のいい所、知ってるよ。優しくて、勇気があって、やればできる子だって。じゃなきゃ、俺を助けてくれるわけない」
「たっ……助けられたのは、僕で、」
「俺一人じゃ無理だった。君が居てくれたから、俺含めて助かった人、たくさん居るよ」
王子は泣きながらも、怖がりながらも、ずっと一緒に戦ってくれた。俺が無茶してる間も、ずっと。
「だから、ありがとう」
「っっ………」
「怖かったよな、俺も、怖かった。巻き込んで、ごめんな。でも、頼もしかった。ありがとう」
「……っっゔゔんっ……!……ぼぐも、あい、ありがどゔぅぅ……!!」
……こんなに泣き虫だったかな、王子。めちゃくちゃ泣いてる…。
人見知りで泣き虫だが、誰よりも優しい。助けられて良かったなぁと、心から思う。
王子は泣き続け、でも手は放してくれない。まぁ、泣くだけ泣いたらスッキリするだろう。
俺は持ってたハンカチで、ボロボロになっている王子の顔を拭いた。
そういえばあの邪香、誰が持ち込んだんだろう。




