メインシナリオの裏側の、裏側
弟ができた。
突然、あの女が連れてきたのだ。唖然とする祖父母に歪んだ笑みを向け、さっさと出て行った。…きょとんとしたままの弟を置いて。まだ、子供。放り出す訳にもいかず、引き取ることになった。
疑う余地がない程、弟は似ていた。赤銅色の髪、同色の丸い瞳。あの女と同じだ。
今まで何処でどう暮らしていたのか。大人しいが、教養が全く身に付いていなかった様子を見ると、教えられる環境になかったのだろう。
私には、関係ない。
細かい事は父や祖父母がやる筈だ。私は私がやるべき事を、やるだけ。
それから話す事もなく、いつも通りの日々。勉強に、剣術体術の稽古にと明け暮れる。そして、礼儀作法。
作法は祖母に習う。厳しいけれど、できると褒めてくれる。祖母からは、確かな愛情を感じた。私の為にしてくれている。それがよく分かったから、楽しくすらあった。でもある日、そこに弟が加わった。
……他に居ないのだから、仕方ないけれど。父親似の私より、弟が気に入ってしまうのでは。そんなモヤモヤした気持ちがあったせいか、注意力が散漫だと怒られてしまった。
手本となるべき私が、弟の目の前で。恥ずかしさもあり、ちらと窺う。
…弟は盛大に転んでいた。此方を気にする暇もないくらいに、必死に覚えようと奮闘していたのだ。けど、何でそんな風に転べるの…。
祖母の叱責が飛ぶ。弟は返事はいいが、体が追い付いていない。汗だくだ。でも、音を上げる事はなかった。
その時からかもしれない。弟を、弟個人として見始めたのは。
「あの子は子供らしくないわね」
「え…、」
「妙に、達観している部分があるというか…。もっと、親を恋しがるものだと思っていたものだから。あの子は寂しがる様子も見せないからね」
「……」
祖母に言われて、気付いた。弟は、あの女に置いて行かれても、後も追わず、縋る素振りもなかったと。自分の父親の話もしない。
外では、弟が鍛錬をしている。
「最初は芝居でもしているのかと思っていたけれど…。それにしては、素直過ぎる。あれが元々なんだろうね。子供らしいと思えば、冷めた部分もある。変わった子だこと」
私には、何となく分かった。
弟は、期待していないのだ。親に対して。そうしないと、自分を守れないから。
勝手に期待して、裏切られて、それでもまた、期待して。…その内に、疲れてしまった。
私も、弟のように考えられれば、楽になるのだろうか。私はまだ、父に期待している。今度こそ、褒めて、抱きしめてくれるのではないかと。
「……」
分かっているのだ。そんな事あるわけないと。
でもまだ、淡い気持ちを捨てられない。私はいつも、宙ぶらりんのままだ。
私は、私の全てを否定された気がした。
どうして、なんで、頭の中はそんな言葉ばかりぐるぐる回る。
弟の属性は、『火』。
代々当主の属性も、『火』。
私じゃ、なかった。今まで頑張ってきたのは全て、無駄だったのだ。
弟と目が合う。困惑しているのが分かった。
でも、もう無理だ。私はその日から弟を拒絶した。
けれど、弟はしつこいくらいまとわりついてきた。どんなに無視をしても、負けじと話しかけてくる。
部屋にまで来る事はなかったけれど、流石に嫌になってくる。
今の私では弟に暴言をぶつけるだけだ。あの子は何も知らなかったのだからと、自分に言い聞かせても、黒い感情が渦を巻く。上手く立ち回れる気がしない。
「話しなさい」
祖母は、やはり厳しかった。
「黙っていても、何も伝わらないでしょう。そうでなくとも、あなた達は普段から言葉が足りないのだから」
「…私は、…」
「私は話しましたよ、あの子と。この家を継ぐ気はあるのかと。すぐに嫌だと断られたけどね」
やはり、祖母も弟が…。
「跡継ぎはあなたで、自分はあなたのサポートをするのだと言い張っていたわ」
「え、」
「逆に、あの子に怒られました」
「え??!」
「きちんと話すのですよ」
弟は何を言ったのか。けれど祖母は、怒ってはいないようだった。寧ろ、面白がっているように見えて…。そんな祖母を見たのは初めてだった。
その日から、何となく落ち着いた気がしたので、自分から弟に声を掛けた。何を言っていいか分からなかったので、挨拶だけだったが…。弟は、凄く喜んでいるように見えた。
私は適正年齢になってから、毎年武道会に出ている。
自分がどのレベルにいるか知る事ができるし、見るだけでもいい修行になる。
最初はそんな気持ちで、父に報告した。我が家は許可は必要ない。自分で何でも決めて、報告するだけでいい。相談したい人は、いつも仕事が忙しく、子供に構っている暇などないのだ。
負けるは恥、出るからには優勝しか許さない。…それだけだった。
勝ったら。
勝ち続けたら、父は私を見てくれるだろうか。
私はまだ、期待を捨てられなかった。
馬鹿だなと、我ながら思う。
勝手に期待して、落ち込んで、分かっているのに、それでも捨てきれないのだ。
ジンジンと痛む頬を押さえ、立ち上がろうとした。けれど、上手く力が入らない。霞む視界に、失望した父と祖父の顔、そして、弟が映った。
弟も、負けて情けない奴だと、そう……、
「節穴ゴミクズ野郎!!!!!」
父は蹴られた。
「暴力でしか語れねーのかクズ中のクズが!!!!」
祖父も蹴られた。
「お前らなんて親じゃねぇ!!!今まで姉さんの何を見てきたってんだ!!」
……弟は、炎を身体に纏い、今までにない程の怒気を撒き散らし、暴れていた。小さい身で、私を守るように立って。
「仕事にかまけて家の中何もせず見もせず口だけだすとは何様だボケェ!!!それで尊敬しろだと俺を立てろだと出来るわけねーだろ人を馬鹿にすんのも大概にしろよ!!」
魔法もまだロクに使えない筈なのに、制御も覚えていない筈なのに、
「姉さんはお前らの思い通りになる人形じゃねーぞ!!姉さんは毎日毎日、精一杯努力してた!一日だって休まなかった!他の奴らと並べても姉さんの頭と腕はずば抜けてんだからなっっ!!お前らは何も知らねぇだろうけどな!」
あの子にとって、私は決して、いい姉ではなかっただろう。なのに、
「勝負は時の運!!!一回負けたぐらいがなんぼのもんだ!姉さんはまだまだ成長できるって事だろが!それをネチネチガンガン責め立てやがって心が狭い!頭も固い!!そのまま頭皮も固まってハゲてしまえ!!!」
あの子は本気で、私の為に、怒ってくれている。立ち向かってくれている。
「……、…」
気付けば、私は泣いていた。
悲しいんじゃない。嬉しいのだ。
私を見てくれていたから。
私はいい姉じゃない。いい家族でもない。それでも、あの子は私を姉と、慕ってくれていた。
その事実が、どうしようもなく嬉しいのだ。
……泣いている私を見て、勘違いした弟は更に暴れたが、駆け付けた祖母の一喝で大人しくなってくれた。疲れ果てた私と弟は部屋に戻され、その後どんな話し合いがされたのかは知らない。
でも、その一件で吹っ切れた私は、父への期待をすっぱり止めた。私は私で、前へ進むのだ。
まずは、弟と歩み寄らなくては。
私は今日も、朝早くから鍛錬に励む弟に、挨拶をした。