メインシナリオの裏側の、裏側7
黒い影。
あちこちから火の手が上がり、街を、人を焼き尽くす。
膨れ上がった瘴気から、次々と魔物が生まれ、逃げ惑う人を嘲笑いながら追い、喰らい……、
悲鳴が消えた。
あちこちに、人であったモノが。噎せ返るような血の臭気。壊された建物から、歪な何かが転がってくる。
べしゃ、と音を立て、それは虚ろな目で此方を見た。首、だ。
何が、どうなってる?
混乱する間も、黒い影はゆっくりと、破壊された街を闊歩する。
影が動くたび、瘴気が溢れ、魔物が這い出して来る。奇声を上げ、獲物を求めて、魔物は群れを成して破壊を続ける。
影が、ぴたりと止まる。身を震わせる。
笑い声。
あはは、あははは、
壊してやった、消してやった、喰らってやった、あいつらの大事なモノは全部、
ざまぁみろ、ざまぁみろ
これで終わるものか、もっと味わえ、怒りを、その身に刻め、痛みを、絶望を
傲慢なモノ共、這いずり回れ、泣き叫べ、狂え、狂え
あははは、ざまぁみろ………
影は狂ったように笑い続ける。そして、ひた、と目が合った。
静かになる。
影が晴れていく。その姿が顕わになった。
赤銅色の髪。同色だった筈の目の色は赤黒く、冷え切っていて。
どうして、なんで、
声が出ない。手を伸ばそうとするも、体が動かない。
蔑んだ視線に、どんどん冷えていくのが分かった。
お前は何もしなかった
とんだ道化だ、愚か者だ
もう何も信じるものか、道化は道化らしく、そこで這いつくばって泣いていろ
お前には、何の価値もない
命すらも
再び影を纏い、魔物を生み出しながら去って行く。振り返る事などなく。
その魔物すらも、興味がないとばかりにすり抜けていく。
自分は、死を与えられる価値すら、無い。
何も無い。
当然だ、だって、何もできなかった。僕は。
あの子は信じてくれたのに、何も……
「―――――――っっっ………」
……夢だ。嫌な、夢を見た。
僕は身を起こす。汗だくで、まだ心臓が早鐘のように鳴っている。
あれは、何だ。本当にあれはあの子だったのか。何で、あれじゃあまるで、あの子が……、
「……大丈夫。大丈夫、…ただの夢だ」
声に出して言い聞かせる。少し、落ち着いた気がした。
今日、やっと会えるというのに。寝る前は高揚していた気分が、今は底辺まで下がっている。
寝直す気も起きず、さっさと着替えると窓の外を見る。白々と空が明るくなっていた。ちらと机に目を遣る。光の勇者と魔王の御伽噺。如何にも作り話のように書かれているが、大昔に本当にあった出来事だ。昨夜はこれに関して色々調べていたから、あんな夢を見てしまったんだろう。
光属性の力を持つ双子。あの子の領地で。今の所、変化は無い。魔物の異常も報告されていない。杞憂で終わるなら、それでいい。でも今はまだ、油断してはいけないと思う。
魔王が本当に現れるのなら、真っ先に狙われるのは、唯一対抗できる光属性の人間。それを黙って見ている性格じゃない、あの子は。
懸念しかなかった北は、同志である彼女が落とした。この数年の彼女の成長は凄まじい。
三年前、婚約を白紙にして欲しいと頭を下げてきた彼女は、強い決意に満ちた目をしていた。あぁ、彼女も変わる為、前に進もうとしている。それに巻き込むまいとしてくれているのだ。それが分かったから、了承した。あくまで表向きは、だけど。
彼女と、彼女の従者の人達には返せない程の借りがある。……そう、あの子の情報を共有させてくれた事が、会えない時期の癒しだった。文通だけじゃ足りなさ過ぎた。何より彼女は心の同志。力になるのは当然だ。
僕は裏から手を回し、信頼できる優秀な講師を彼女に付けた。才能はあるのだ、正しく学べば、力はあっという間につく筈。そして彼女は、講師も度肝抜かれる勢いで成長した。実戦経験が乏しいのが心配であったが、しかし彼女は軽々と乗り越えた。
従者の方々曰く、実戦は実戦で乗り越えろ。……中々スパルタだった。
彼女は、『推し』の為と思えば何でもできる!……を信念とし、泣き言一つ零さなかったそうだ。
ふと、まさしく人形のようだった、昔の彼女を思い出す。
「……」
…強く、なったなぁ………。
僕も周りから、変わったとか全然違うとか偽物とか二重人格とか色々言われたけど、彼女も中々だと思う。
後は、南と西。でもそこは心配なさそうだ。怪しい動きは今まで無かったし、両方の跡取りとあの子は随分……仲良くしてるようで。まぁ、あのお姉さんが居る限り大丈夫だろう。
お姉さんの守りは、恐ろしい程に鉄壁だ。
「…やっと会える」
もう、昔の僕じゃない。下を向いて怯えていた子供じゃない。完璧、とは言えないけれど、あの子の隣に立てるくらいには成長できた筈。
驚くかな。喜んでくれるかな。頑張ったって、褒めてくれるかな。早く、会いたい。
僕はもう、守られるだけじゃない。君を守れるんだって胸を張って言いたい。
「…もし、」
夢の、あの子の冷たい視線を思い出す。
なんだか生々しくて、現実にあった事のようで、一抹の不安がある。
でも今の僕は、見て見ぬふりなんてしない。何としてでも止めようともがくだろうし、本当にあの子が世界の破滅を願うなら、
「一緒に壊すのも悪くない」
どちらにせよ、僕はあの子が居ればそれでいい。
外はすっかり明るくなっていた。
……、
………、
………………あぁ、僕はバカだなぁ。
言葉の裏を読むことすらしないで、勝手に落ち込んで、責めて責めて……。
もう、起き上がることすらできない体。だから頼むしかできなかった。せめてあの子の悔しさと悲しみを知って欲しかった。
…光の使い手である少女は、真っ直ぐで、優しい目をしていた。彼女なら、任せられる。そう思った。
「……いるの?」
部屋の奥。そこがより濃く、深い闇に見えた。ゆら、と闇が動き……人影になる。
あぁ、来てくれたんだ。僕は久しぶりに笑った。
「ごめんね。君は僕を生かしてくれたのに」
『……』
「関わらないように、って……遠ざけてくれたんでしょ。君がそういう性格だって、知ってたのに…こんなになるまで気付けなかった。馬鹿だよね」
影は、何も言わない。
「聞かせて。誰も教えてくれないんだ。……僕の婚約者の最期。君に全員殺されたって、嘘でしょ?」
『…………彼女は、自分で決着をつけた』
ひらと紙切れが手に落ちる。たった一文、ごめんなさいと。
あぁ、彼女の字だ。
「……あの子、僕と同じだった。けど、何も知らない筈はなかったと思う」
赤銅色が映る。やっと姿が見えた。でも、目は赤黒いまま。
「もうすぐ俺の自我は消える。そういう契約だったから」
「…君が消えたら、どうなるの?」
「俺の姿してても、俺じゃない。魔王だ。光使いが何をしようとも、俺はもうそこにはいない」
「……君もいなくなるなら、生きてても仕方ないや」
僕は彼の手を握る。
「来てくれて、ありがとう」
「……」
「……ごめんね。先に、いってる。でも、まってる、から」
「……」
おやすみ。
彼の声は、酷く優しかった。
「ばかだなぁ」
金色の友人は、もう動かない。
「俺は、お前と同じところにいけないよ」
これで、ひとりだ。
それを最後に、
意識が、闇に吞まれていくのが分かった。
裏側の裏側で表に返って更に裏側の話。
分かりにくかったらスミマセン




