メインシナリオの裏側で その10
「目立ってたわね」
「あれだけ美形が揃ってれば、仕方ないと思うんだ…」
やっと姉と会えた俺は、姉の案内でカフェテリアに来ていた。生徒でいっぱいかと思いきや、意外と空いていて静かで落ち着きがある所だ。メニューにはスイーツ系と軽食ぐらいしか書いていない。
成程、がっつり食べたい人には向かない。人が少ない理由が分かったので、メニューを片付ける。
「頼まないの?奢るわよ」
「ん、それはまた今度でいいや。姉さんに会う口実になるし」
「……アンタは相変わらず、変わらないわね…」
「そう?姉さんはこっちに来てから、美人になってる気がする」
うん。長期休暇で帰ってきた時も感じたんだが、姉は綺麗になっている。元々クールビューティだったのが、より磨きが掛かって更に輝いてるような。これも時の流れなのだろうか。姉は努力家だ。きっと学園でも怠らず、己を鍛えていたに違いない。
「元々キレイだったけど、よりキレイになったし…、それにあの男を蹴り飛ばした動き、自然過ぎて何が起こったのか一瞬分からなかった。それ程無駄がない動きだったってことだよね、やっぱりカッコいいや姉さん」
「………、…本当に、……」
「姉さん?」
「気にしないで。文字じゃなく久々にダイレクトに喰らったから取り繕うのに必死なだけよ」
「うん?うん」
早口でちょっと聞き取り辛かった。
喧嘩売ってきたあの男、王子にボコボコにされた後、騒ぎを聞きつけた姉に止めを刺されたのだが。大丈夫だろうか。南の姉弟に笑顔で引きずられて行ったし…。
「あの男?随分大きな事を言っていたから、前に一度お相手して頂いたの。話にもならなかったけどね」
どうやら腕に自信のある男であったようだが、暴れん坊のお姉さんにもコテンパンにされ、プライドをこれでもかとへし折られたらしい。で、逆恨みで俺に来たと。
「私に来るならまだしも、何も知らないアンタに吹っ掛けるんだから、底が知れるわ」
置かれたティーカップにヒビが入っている…。姉はまだお怒りのようだ。これは話題を変えた方がいい。俺は光の双子の事や祖母の伝言を伝え、ついでに義父の手紙を渡す。姉は最後だけ、無表情だった。
受け取ってはくれたが、どうするかは姉の心ひとつだ。
「……アンタを使ったのね…」
おう……。違うんだ、俺が言い出したんだ。決して義父に押し付けられたんじゃないんだ。怒り再燃の姉に、俺は必死に言い募る。この誤解は放っておいてはいけない。分かってくれたか、怒りのオーラは収まった。
「…私の心は狭いと思う?」
「え?」
「父に…歩み寄るべきだと思う?放ってはおかれたけど、日常的に暴力を振るわれていた訳じゃない。ただ、厳しくて……私達家族の形が、ちょっと歪だっただけ。それ以上に酷い親も居る。そう…分かってはいるのだけど」
「それは、比べるモンじゃないと思う」
他所の家が、どういう形かは分からない。外側からじゃ見えないものだから。でもどんな形であれ、傷付いたのは、確かだ。
「赦す赦さないは、姉さんが決める事だよ。どうしても駄目なら、無理なんてしなくていい。俺は姉さんのペースでいいと思う。人に言われて、そうかって納得できるわけないし」
因みに俺は、まだ許してない。姉を傷付けたこと、忘れてないからな。
しばらく考えた後、姉はスッキリとした笑顔になって……、義父の手紙を握り潰した。
「そうね、私は私。まだ全然そんな気持ちになれないのよ。心が狭い広いの話じゃなかったわ」
「うん。他人じゃなくて、自分の気持ちを大事にしよう」
「ええ!そうするわ」
元気になってくれたようで、良かった。どうやら義父への返事は届かないようだ。
「あー!居た居た、やっぱりここだったー!」
ブンブン手を振りながら現れたは、南のお姉さん。暴れん坊も居る。
断りなしに隣に座ったお姉さんに、しかめ面を向ける姉。いつもこんな感じなんだろうなぁ。
俺の隣には暴れん坊。一応、気になったので逆恨み男の行方を訊くと、保健室でなく集中治療室とのこと。
なんでも、魔法実戦授業というものがあり、毎年暴走や暴発が起こるので、設備は何処よりも充実しているらしい。治癒魔法を扱える者が、必ず居るとは限らない為だ。というかこの二人、更に止めを刺したのか。容赦無いな。
「弟君、久しぶりねぇ!会えるの楽しみにしてたのよー!この子なんか一か月前からソワソ、」
「余計な事言わなくていいのよ」
……うん。予想はしてたよ。弟が超進化してたら、お姉さんもそうじゃないかって。やっぱりだったよ。
ワイルドな美人だよ。姉が月下美人なら、お姉さんは向日葵。
こんな二人が並んでたら、注目もされるよね。もしかして、逆恨み男は気を引きたい一心だったんじゃ?
「そうそう、もう一人見付けたから連れて来たのよ……ってどこ行ったの氷姫は」
「氷姫って、北の?」
「ええその子。あ、居た」
お姉さんが指す方向を見れば、木陰からこっちを見ていた。顔半分しか見えないけど、サラサラしてそうな銀髪には見覚えがある。確か一年前、お兄さんに反旗を翻して半年で制圧。領主側についていた者達は、領主含め悉く断罪。身内に対しても、無表情でそれをやってのけた為、付いた通り名が『氷姫』だという。ただ単に氷属性だから、とも言われているが。
それはともかく、まだ周りが落ち着いていないだろうから、今年は無理かもと思っていた。大きく号外が出ていたのは、記憶に新しい。
手招きしても中々来ないのにしびれを切らしたか、お姉さんがぐいぐい引っ張ってきた。あれだけの事を成したんだから堂々としてなさいな!と、活を入れられている。
「…姉上、なんやかんやで気に掛けてたんだわ。北の思想、嫌ってたからな。勝ったって聞いた時は喜んでた」
「だからかぁ。お姉さん、ワイルドに見えて情が深いもんな」
「…そー言うの、お前かお前の姉さんくらいだわ」
「そう?見てたら分かるよ。懐に入れた相手には優しいよな、二人とも」
南の姉弟は、見た目と性格で若干恐れられているが、実は認めた相手には優しいのだ。ただ、認めるってのが強いか弱いか、勤勉か怠惰か。振り幅しっかりしてて真ん中がない。妥協はしないって事かな、と思っている。
「……お久しぶり、で、……ございます…」
「…お疲れ様、と言っておくべきかしら。まだ先は長いでしょうけど」
「…はい。でも……信頼できる人が、多く居ると……仲間が居ると、それが分かったから……」
「助けが必要なら言って。できる限り支援するから」
……雰囲気が変わっている。小さくだけど、笑うようにもなっていた。よかったなぁと、眺めている内に、俺は気付いた。
……なんか、避けられてる。他の人とは普通に会話してるけど、俺の時はよそよそしい。目が合うとすぐ避けられるし、極め付きは。
さっきまで柔らかく笑ってたのに、俺見たらすんっ……って、無表情になった。
これ………嫌われてるやつだ…。
何か、やってしまったのだろうか。無自覚で、何か気に障る事を……?
男だから?と思ったけど、暴れん坊には普通なんだ。だったらこれ、俺が嫌われてるって思った方がいいよね?分からずに謝るのは失礼だし、生理的に無理というあかん理由だとしたら、もう俺にできる事は何もない。視界に入らず、空気と化してこの場から消えるしかないのだ。
「おい、どーした?今から姉上達が案内してくれるんだってよ。行くぞ」
後ずさりしてたら捕まった。消え去れなかった。
「……」
引きずられる俺を、無表情かつ、鋭い目で見てくる……。ゴメン、なるべく暴れん坊に隠れて、視界に入らないようにするから……!
こんなに嫌われる程、俺は何をやらかしてしまったのだろう……。
入学初日は、ちょっと悲しい事実を知って、終わった。




