ゆいこのトライアングルレッスンD 〜Happy Birthday〜
「あ、この曲好き」
暗い車内でラジオから流れる音楽に、ゆいこが嬉しそうに呟き、その曲を口ずさんだ。
俺はハンドルを操りながら、ちらっと助手席に座るゆいこを振り返った。
前の車の赤いテールランプに浮かび上がるゆいこは穏やかな楽しげな顔をしていた。
「カラオケでも行くか?」
かなり遅い時刻なのも忘れて、ゆいこの楽しげな声につられて思わずそう尋ねる。
「え〜?ひろし、カラオケ行ってもいつも歌わないで、わたしとたくみが歌うの聞いてるだけじゃない!二人で行ったら、わたししか歌わないことになるよね?」
「まぁ・・・そうだけど、ゆいこが楽しそうに歌うの、見てるの、俺好きだし」
「う〜ん、でも、今日はもう遅いし、また今度にしよう?・・・・たくみも待ってるだろうし」
最後の一言を付け加えて、ゆいこがふふっと優しく笑った。
今日はゆいことたくみが同棲し始めて、5回目のゆいこの誕生日。
急遽仕事でお祝いをできなくなってしまったたくみから、SOSの連絡が入ったのは昨夜のこと。
たまたま予定が空いていた俺は、たくみが予約したレストランへ、あいつの代わりにゆいこを連れて行った帰りだった。
俺が十代の頃からずっとゆいこに想いを寄せていることなどつゆ知らず。
俺にゆいこを任せて安心しきっているあいつにも、全く俺を意識することなく、俺の前で無防備なゆいこにも、若干イラついていた。
が。
ずっと気づかれないように振る舞ってきたのは俺自身。
自業自得だ。
はぁ・・・と小さくため息を吐いて、もう一度助手席のゆいこを見る。
ゆいこは、いつの間にか小さな寝息を立てていた。
ったく・・・・人の気も知らないで・・・。
幸せそうなゆいこの寝顔に、腹の奥底から、黒い感情が湧き上がる。
俺は、暗い夜道に車を停車させると、シートベルトを外し、ゆっくりと隣で眠るゆいこの小柄な体に覆いかぶさった。
ゆいこの寝息が頬にかかるくらいの至近距離で彼女を見つめる。
そっと指先でゆいこの頬に触れた。
「ん・・・たくみ・・・?」
ゆいこが目を閉じたままくすぐったそうに身をよじって、たくみの名前を呼んだ。
俺は、唇を噛み締めながら、ゆっくりと運転席へと戻り、思わず自嘲する。
俺があいつを裏切れるはずがないんだ。
そして・・・。
こいつを傷つけるなんて、言語道断だ。
俺はゆいこの温もりが残る自分の指先を見つめた。
暖かかった。
この温もりが俺のものならば・・・とどれだけ願ったことだろう。
俺は、眠り続けるゆいこの小さな手をそっと自分の手に取る。
ゆいこを起こさないようにゆっくりとその手を自分の唇に近づける。
ちゅっ・・・
万感の思いを込めて小さく口付けた。
「ゆいこ・・・・誕生日おめでとう・・・」