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Part2 弾着、今!

*ハイド*


 ハイドが岬の家に帰ってきた時、案の定ディシェナは居なかった。

 当たり前だ。この時間、彼女はまだスーパーマーケットでレジ係の仕事をしているはずなのだから。


 だが、リーナの家で夕食を食べてもいいかは最低限聞いておかなければならない。


 休憩中であることに望みを賭け、玄関でハイドはハンディ・ターミナルでディシェナに電話をかけた。


 2度呼び出し音が鳴った後、すぐに応答があった。


『もしもし、ハイドなの?』

「ああ母さん。ちょっと急いでるから手短に。今日、友達の家でディナーを食べることになったんだけど、いいかい?」

『ええ、いいわよ。さては例の女の子絡みね。いいけど、あんまり羽目を外しちゃだめよ』

「分かったから! なるべく早く帰るようにするよ」

『朝帰りだけは絶対にやめてちょうだいね』

「はいはい、それじゃ」


 そこでハイドは電話を切った。


 そのまま階段を駆け上り、ベッドの上にリュックサックを放り出す。


 クローゼットを開いてから、ふと気付いた。

 学校に通うようになってから、他人との交流を避けてきたせいで、今回のような場に呼ばれるのはこれが初めてだ。

 リーナとのデートの時はいつも制服だったし、彼女も気にしないでくれていたが、家にお呼ばれするのに制服というのもどうなのか。


 一体どんな服を着ていけばいいのだろう。

 クローゼットの中の普段着は正直どれもあまりしっくり来ない。


 待ち合わせの時間まで猶予もない。

 ハンディ・ターミナルのナビゲーションアプリでリーナが指定した場所を調べると、思ったより遠くて、彼女に任せたことを少し後悔する。


 数分迷った末、ハイドは制服のブレザーだけを脱いで、Yシャツの上にキャメルカラーのフライトジャケットを着た。


 階段を下りようとしたその矢先、外で何の前触れもなく低いサイレンの音が鳴り響いた。


 聞き間違えるはずがない。これは空襲警報だ。


 ドーマーのガラスから覗くと、6つの光球が上空から地上へ向けて長く尾を引きながら、街の方へ向かって落ちていくのが見えた。


 何が起きているのか理解すると同時に、ハイドの頭脳は着弾までの残り時間を瞬時に導き出し、その間にできることを身体に命じた。

 ほとんど反射同然に彼は自分のベッドの下に身を滑り込ませていた。


 次の瞬間、いくつかの爆発音が軽い音2つ、重い音1つ、最後に再び軽い音3つの順で鳴る。


 やや遅れて地響きめいた衝撃波が岬の家全体を揺らした。


 その中で考えていたことはリーナのことであった。


 リーナが危ない。


 揺れが止んだのを確認してベッドの下から這い出し、すぐに階段を駆け下りる。

 ハンディ・ターミナルはズボンのポケットへ。


 玄関に放り出していたヘルメットを拾い上げ、停めていたエアスクーターに飛び乗る。


 リーナ。頼むから生きていてくれ。君が死んでしまったら僕は――


 なぜ彼女に対し、そんなことを思うのだろう。

 場違いな疑問を抱きながら、ハイドはアクセルレバーを入れた。


*リーナ*


 リーナは待ち合わせ場所に指定した広場の、路面電車の停留所近くに置かれたベンチの一つに座っていた。


 意外に人が多い。広大な芝生からなるこの広場は、付近の住人達の憩いの場となっているのだ。


 約束の時間まであと何分だろうか。

 バッグに手を入れたその時、急に切羽詰まったバイブとアラート音と共に緊急速報を告げ、リーナは思わずハンディ・ターミナルを取り落としそうになった。


 辺りを見回すと、広場にいる人々が皆一様に空を見上げていることに気付いた。釣られてリーナも顔を上げる。その場から逃げるように走り去る人達も大勢いる。


 上から何かが降ってくる。


 明るく光る物体が6つ、飛行機雲を残しながら。


 内1つは近くに落ちようとしている。


「ミサイル……」


 思わず呟いた。


 そこで初めてリーナは先程から周囲に響く永遠に続くような低音が、空襲警報のサイレンであることを理解した。


 キンダーガーテンの頃から避難訓練で叩きこまれた動きを、身体がすぐに出力する。

 ベンチの下に潜り込み、落ちてくるはずの方向に背を向けうつ伏せになる。

 両手で耳を塞ぎ、目は固く閉じ、逆に口は大きく開ける。


 雷鳴のような爆発音。背中に叩きつけられる突風。そして絶叫――起きるはずのそれはいつまでたってもやって来なかった。

 いや、爆発の音はいくつか聞こえたような気がする。


 不審に思い、ゆっくりとベンチの下から這い出す。


 その途中でベンチの(へり)に頭を軽くぶつけ、悪態を()く。

 どうにか立ち上がり、半ば立ち尽くすように周囲の様子を確認する。


 空を見上げている人はもうほとんどおらず、視界の大半を占める逃げる人達は、皆同じ方向からやってきて、同じ方向に向かって逃げていく。


 ミサイルが落ちたらしいビル街の向こうで、西日が差す空を更に赤く染めながら、巨大な火柱が上がっていた。

 その炎が黒い煙を上げながらこちらに近付いていると分かった時。リーナの思考にはすぐに、次にやるべきことが浮かび上がってきた。


 もみくちゃにされながら、人々と逆の方向に向かって走り出す。


 そうだ、シェルターに避難するんだ。


 大丈夫。ここからなら、家の地下シェルターの方が近い。


 すれ違った人と肩がぶつかって転びそうになる。

 そんなリーナに人々は怪訝そうな視線を一瞬向けても、声を掛けたり手を取ったりまではしない。皆自分が逃げるだけで精一杯なのだろう。


 このままじゃ死んでしまう。

 今ならまだ間に合う。

 早く。早く逃げないと。


 リーナの頭の中は、そのことで一杯になりつつあった。

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