レディ(再投稿)
順番が入れ替えになっていたので、再投稿しています。
既に感想を書いてくださっていた方、申し訳ありません!
三日目に熱が下がったアリーシアはやっと意識がはっきりしたが、最初の一言はこれだった。
「デライラ様は、お怪我はなかったですか?」
「大丈夫でしたよ。アリーシア様のおかげです」
「よかった」
アリーシアは自分が痛いのは我慢できるが、人が痛い思いをしているのはつらいと感じてしまう。エズメは首を横に振って、悲しそうな顔をした。
「アリーシア様、あの方が無茶をしたせいでアリーシア様がお怪我をしたのです。それなのになぜ」
「私は、痛いのは慣れているから。慣れていないと、きっとつらいと思うんです」
エズメはその言葉の痛ましさになんと返していいのかわからなくなってしまった。
「アリーシア! 目を覚ましたか」
「グラントリー様。っつ」
アリーシアは起き上がろうとしてまたぽすりとベッドに倒れこんでしまった。傷は深くはなかったとはいえ、広範囲にわたり熱が出るほどだったのだから、未だに痛みは取れていなくて当然だ。
「ちょっと我慢するんだ」
グラントリーはアリーシアの布団をさっとはがすと、横向きに転がして足を曲げさせ、さっと上体を起こさせてしまった。アリーシアが抵抗する間も、痛いと感じる間もなかった。
「あ、汗が、その」
痛みよりも恥ずかしさのほうが強くて、アリーシアは腰を支えているグラントリーに手を突っ張って距離をとろうとした。だがグラントリーはその抵抗をものともせず、アリーシアを間近でひたと見つめた。
。
「アリーシア。たとえ他の人を守るためでも、こんなことを二度としてはいけない。わかるね」
アリーシアは視線をそらして、うつむいた。
「だけど、痛いのは嫌なんです。他の人が苦しむくらいなら、自分が苦しんだほうがいいもの」
アリーシアの脳裏に浮かぶのは、デライラではなく母親だった。いつだって何もできない自分が歯がゆくて、そのつらさを代わってあげたいと思ったものだった。
そんなアリーシアをグラントリーはそっと揺すった。
「婚約者殿が苦しむくらいなら、自分が苦しんだほうがいい。アリーシアには痛いと思ってほしくない。私がそう感じているとは思わなかったのか?」
アリーシアはハッとして顔を上げた。エズメもヨハンも、グラントリーの後ろで頷いている。アリーシアが熱を出している間、汗を拭いて、水を飲ませ、心配して声をかけてくれた人がいたではないか。でも、長い間心配などされたことのなかったアリーシアには、なぜ自分のことを心配してくれるのかよくわからなかったのだ。
今一つ理解していないアリーシアに仕方がないなという顔をしたグラントリーに、エズメが部屋を出ていくように促した。
「なんでだ。私がこうして支えているから、その間に体をふいたり着替えをしたりするといい」
「坊ちゃま」
エズメが腰に手を当てた。
「レディの着替えですよ」
「レディ? ああ」
グラントリーはレディとは誰だという顔をしたが、腕の中で赤くなっているアリーシアを見て、慌ててヨハンと共に部屋を出ていった。
体はギシギシしたが、ずっと寝ていたアリーシアにとっては、背中の痛みよりも、体を起こすことのほうが気分がよかった。
「怪我で熱が出るなんて、まあ。エズメは長い間生きてきて坊ちゃまが怪我をしたときくらいしか経験がありませんよ。アリーシア様、体はおつらくはないですか」
エズメが怪我を避けて体を拭いてくれる。
「私はこれで二回目ですが、今回のほうがずっと楽です」
アリーシアは案外丈夫でめったに熱など出さなかったが、さすがにあの時はつらかったのを思い出す。
「あらまあ。アリーシア様、このお背中の傷ができた時ですか」
エズメの声があまりにも普段通りだったので、アリーシアもなんの警戒もせずに答えた。
「やっぱり残っていますか。触ったらなんとなく跡があるのはわかるんですが」
特に鏡でわざわざ背中など見たことはなかったので、アリーシアの声には特になんの気持ちもこもっていなかった。腕の跡は目でも見えるから、それが背中にもあるのだろうなと思っているだけである。
「あの時はものすごく熱が出たけれど、奥様がそれでも働けって言って。とても動けるような気がしなかったけれど、このまま働かせたら死ぬと家令が言ってくれたから、なんとか生き残れました。そうそう、それをきっかけにお休みももらえるようになったんです」
「お休みはいいですよねえ」
背中から聞こえるエズメの声はなんとなく変な感じがしたが、お休みを喜んでいる様子が伝わってきてアリーシアは嬉しいと感じた。
「お休みの日は奥様とお嬢様に見つからないように隠れていたから、ご飯もあまり食べられなかったけれど、叩かれて嫌味を言われるよりはずっとましですから」
叩かれて怪我をした跡を見られたせいか、いつもは言わないことまで言ってしまっていた。エズメはなるほどねえと返事を返しながら、手早く体を拭き終えた。
「さ、拭いたら怪我の手当てをしますよ。怪我は少し跡は残るけれど、浅かったので、すぐに治るそうですからね」
「ありがとうございます」
薬を塗り直し、包帯をきちんと巻き直してもらうと、アリーシアはまたうつぶせに横たわった。
「あの、竜たちは大丈夫ですか?」
「ええ、ええ。貴重な生き物ですからね。そもそも悪いのは王女殿下ですし、おとがめはありませんでしたよ」
アリーシアは今度こそほっとして、また眠りについた。
廊下ではグラントリーがうろうろとエズメを待っていた。
「アリーシアは」
「手当も終わってまたお休みになりましたよ」
休んだなら大丈夫なんだろうとほっとする気持ちと一緒に、もう一度顔を見られないのが寂しい気持ちが顔を出してグラントリーは自分の心を少しばかり持て余した。そして上着のポケットから色とりどりの飴を取り出し、手の平に広げた。
「これをお土産にと思ったんだが、寝てしまったか」
「あら、これはきっとお喜びになりますよ。枕元に置いておきましょう」
エズメは静かに部屋に入ると、すやすや眠るアリーシアの目の届くところに飴をそっと置いた。グラントリーもドアの隙間から顔を出してみたが、苦しそうでもないのでほっと胸をなでおろした。
もっともエズメには叱られたが。
「それはともかく、坊ちゃま。少し話したいことが」
「ああ。時間はある」
エズメと共に自分の部屋に向かおうとしたグラントリーだが、玄関のほうでガヤガヤと人の気配がする。
「なんだ」
そのグラントリーの元に使用人が急いでやって来た。
「ライナー様がいらっしゃいました。例の医者を見つけて連れてきたとのことです」
「なんだって! エズメ。一緒に来い」
「はい、坊ちゃま」
玄関でライナーと合流したグラントリーは、医者というには少しくたびれた印象の男を応接室に招いた。男の目には警戒するような気配が感じられた。その最初の声はこれだった。
「この屋敷に本当にアリーシアがいるのか」
「ああ。今は怪我をして休んでいるが。私の婚約者だ」
グラントリーが力強く保証してみせれば、その視線からは警戒が抜けた。
「あんたの。そうか。飛竜便の所長の言うことだから間違いはないとは思ったが」
飛竜便は町の者にも人気だ。その人気ゆえに警戒を解いてもらえるならそれに越したことはないとグラントリーは思った。
「それで、アリーシアとその母親のことなんだが」
ライナーがさっそく尋ね始めた。




