医者を探せ
コミックシーモアさんでコミカライズ始まっています。
アリーシアもグラントリーも素敵なのでぜひ読みに行ってみてください!
幸い、服越しだったおかげで、アリーシアの背の傷は深いものではなかった。だが怪我のせいでその夜から熱を出した。
アリーシアの治療にあたったのは、グラントリーの実家の侯爵家のお抱えの優秀な医者だ。グラントリーの顔の傷の治療にも当たってくれた人だ。
「血がにじんだのと、傷が大きいせいで焦ったかもしれないが、縫う必要がないほど浅い傷だよ。だが、きれいに切れたものではないから、かわいそうだが跡が残る。もっとも、この傷一つ増えたところでどうということはないかもしれないが」
さらりと言われたが、中身は恐ろしいことだった。
「その傷跡は、この家に引き取ることになったきっかけでもありますから、私も一部ですが見たことはあります。そんなにひどいんですか」
「背中と腕。それを見たからこそ気づいたが、頬にも跡が残っているよ。形から見て、角のある棒状のもの。おそらく扇、だろうな」
「あの母と姉か」
グラントリーはやるせない気持ちで、アリーシアと再会した時のことを思い出した。倒れるほどにコルセットを締め付けさせ、倒れてからは手も貸さなかった家族。
「おそらく熱が出るだろうから、水分をとらせるのを忘れないように」
医者はそう言って出ていった。
「エズメ。知っていたか」
「ええ、坊ちゃま。お風呂のお手伝いをするのは私ですからねえ」
「アリーシアは……知っているのか?」
エズメは首を横に振った。
「腕の傷は気にしていらしたようですが、鏡すらほとんど見たことがなかったようです。背中に傷跡があることは知っているでしょうが、あれほど跡になっているとは思っていないかもしれません」
エズメは布団にうつぶせで横たわるアリーシアを見ながら、行き所のない気持ちをぶつけるかのように、片付けていた服をぎゅっぎゅっと揉んだ。
「こんなに素直で賢くてかわいらしい子に、どうしてあんな仕打ちができるんでしょう。今回の殿下のしでかしたことといい、自分勝手が過ぎますよ」
「そもそも私に自分の幸せの価値観を押し付けてきたのも殿下だからな。あの迷惑王女め」
なぜ今日に限って帰りが遅くなってしまったのかと後悔しても遅いのだが、途中の風が強くて様子見した時間がくれぐれも悔やまれてならない。
「坊ちゃま。無理をして怪我でもしたら、自分のこと以上に心配するお方ができたのですからね。余計なことを考えてはいけませんよ」
エズメにはお見通しだった。
次の日、アルトロフの使者からは、竜が見たいとわがままを押し通したことの謝罪とアリーシアへのお見舞いが届いた。だが、王女からは何もなかったのでグラントリーが城へ乗り込んだ。
「自分が怪我をしたことはいい。男にとって顔の傷くらいどうということはない」
「もてなくなったくらいだな、若」
城の帰りすぐに屋敷に戻りたくなくて、飛竜便の事務所に寄ったグラントリーである。
「だが、婚約者にまで同じ経緯で怪我をさせるとは、反省がないにもほどがある。怪我をさせた責任についてどう考えるのかと、王にはっきり言ってきた」
もともと侯爵家は王族とは親しい家である。デライラ王女は顔の怪我以外にもグラントリーにさんざん迷惑をかけてきたので、このことに関しては王には強く出られるのである。
「もうすぐ嫁入りだからおおごとにはしないでほしいそうだ。アリーシアには補償は出すと言質は取って来た。財産があれば家に戻されるという心配もなくなるだろうから、よかったよ。それから飛竜便についても影響はない」
「それは助かったぜ」
ライナーも肩の荷が下りたような顔をした。
「アリーシアはどうだ?」
「まだ熱が下がらない。が、大きな怪我をしたらそういうものだと先生が言ってたから、じきに落ち着くだろう」
「待て。若。今先生って言ったか」
突然ライナーが立ち上がった。
「先生って、医者のことだよな」
「ああ、そうだが」
「アリーシアだ」
突然アリーシアと言い出したライナーにグラントリーは怪訝そうな目を向けた。
「子爵家に行く前のアリーシアの暮らしだよ。調べても不思議なほど何も出てこなかっただろう。特に母親については。もう一カ月も調べさせてるって言うのに」
「そうだな。金髪に緑の瞳の明るい人。貴族の囲われ者。めったに外に出てこない。アルトロフの人らしい。このくらいだったな」
「アリーシアについては、片言だったアリーシアが次第に流ちょうにセイクタッド語を話すようになっていった様子とか、買い物や手伝いをしていたこと、そして物を売り払っていたことから、お金が必要になった様子は調べられた。それはこの事務所で働いていた時期と姿と一致した。だが、それだけだ」
ライナーはイライラと歩きまわった。
「アリーシアはここに来てたとき言ってたんだよ。母親を医者に見せても、病気じゃないから、栄養のあるものを食べさせなさいって言われたって」
グラントリーも思わず立ち上がった。
「医者か!」
「そうだよ。ここらへんの町医者に聞きこんだらいいんだ」
行き詰まっていた調査だったが、道が開けるかもしれないという気づきはグラントリーの心を少し明るくした。
期待を抱えたまま、アリーシアの熱が下がるのを待った。飛竜便の仕事は少し休むことにしている。グラントリーがいなくてアリーシアが寂しがるといけないからだ。
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