頼れる人たち
コミックシーモアさんでコミカライズ始まっています。
アリーシアもグラントリーも素敵なのでぜひ読みに行ってみてください!
「アリーシア様、ご立派でございました」
ヨハンもエズメも見送りのために慌てて王女を追いかけようとしたが、応接室を出る前に一言アリーシアに声をかけるのを忘れなかった。
「ヨハン」
緊張する客ではあったが、いなくなってほっとするより前にアリーシアには気にかかることがあった。許可をと言ったが、許可がなくてもやってしまうのではないだろうか。
「竜舎のほうに、声をかけたほうがよくはないですか」
ヨハンはハッとした顔をして頷いた。
「やりかねませんな。すぐに」
アリーシアもぼうっとしてはいられない。見送りのためにと急いで部屋を出たが、玄関で待つこともせず、王女も大使もさっさと帰ってしまった後だった。ヨハンは慌てて竜舎に連絡に走り、残ったエズメはアリーシアに愚痴をこぼした。
「あのような方だから坊ちゃまもお怪我をしたというのにまったく反省のない。末の王女だからと言って甘やかされすぎですよ」
怪我についてはアリーシアも耳にしたことがある。
「王女殿下をかばって怪我をしたという噂は聞いたことがあります」
「そうなんですよ。うちの子竜たちと違って、聖竜は野生の気性を残していると言います。他の鉱石と同様、竜輝石も山肌に露出しているところはほとんどなく、食事には苦労するようで、竜輝石を好きなだけ食べられるセイクリタッドの侯爵家を拠点にはしていますが、世話係と王族以外には懐かないものなのですよ」
王女も王族ではないのかとアリーシアは不思議に思った。
「王族と言っても、世継ぎの王族ですよ。王女殿下は違います。もちろん、王族ですから離れたところから見るぶんにはかまわないのですよ。それなのに近くで見たい、できればさわりたいなどと言い出したらしく、たまたまお世話係として来ていた坊ちゃまが怒った竜からかばう羽目になったんです。それを懲りずにまあ」
憤慨するエズメだったが、竜はアリーシアには優しかったので、怒った竜というのが想像できなかったのは確かだ。
ヨハンが息を切らせて戻って来たのはだいぶ後のことだった。
「使いは若いものに任せたんですが、やれやれ、アリーシア様の言う通りでした」
ヨハンは苦々しげだ。
「若い竜使が押し切られそうになっていましたよ。アリーシア様より長く坊ちゃまと仕事をしているというのに、情けない」
アリーシアに悪意を向けたあの少年だろうかと思わず顔を思い浮かべた。
「そもそも飛竜便の事務所の前にドスンと着地するような竜たちですから、竜など町でもいくらでも気軽に見られます。事前に連絡していただければいいのだと、大使にはお伝えしましたが。あの方もなにを考えていらっしゃるのやら」
確かに腹に一物ありそうな感じがした。
「坊ちゃまが帰ってくるまであと五日。竜舎の警備を増やしましょう。困ったものです」
エズメにはグラントリーがいなくても別に寂しくないとは言ったが、実際には屋敷全体がいつもより広く、なんとなく寒々しいような気がするアリーシアである。
しかし定期便の仕事で出ているので、早く帰ってきてほしいと思っても帰ってくることはない。それなのに、王女来訪から四日後、城から使者がやって来た。明日、デライラ王女殿下とアルトロフの使者が竜舎の見学に来るというのだ。正式な申し入れであるから、よほどのことがない限り断ることはできない。
「グランの帰国に合わせてわざわざアンドレイ様はアルトロフに帰るのを遅らせてくれたのよ。それに応えないわけにはいかないわね。事前に正式に許可をとれば文句はないでしょう」
要約すると王女の言葉とはこのような高笑いが聞こえてくるような内容で、屋敷は騒然となった。飛竜便の事務所は外れであるといえ、町の中にあり、町の人はしょっちゅう見ているではないかということらしい。
「準備する時間があるのは助かりますが、坊ちゃまが帰ってくる当日、竜たちも疲れているところでこれはきついですね。ライナーと残された竜使を呼びましょう」
グラントリーには当日話さなければならない。今屋敷に残っているもので綿密に計画を立てねばならなかった。アリーシアはこの屋敷に来て以来、敷地の他は一歩も外に出ていない。面倒くさい事態になったとしても、久しぶりにライナーの顔が見られると思うと、不謹慎かと思いながらも、少し心が弾むような気がした。
王女の言っていた通り、婚約者として勉強中の身であっても、この屋敷ではアリーシアの身分が一番高い。自分がいていいのかと思いながらも、明日のための話し合いに参加することになり、応接室の椅子に置物のようにちょこんと腰かけている。
ライナーはアリーシアを見ると明るい笑顔を浮かべたが、出てきた言葉はなんともたどたどしいものだった。今のアリーシアには敬意をもって接するというのがなかなか難しいようである。
「アリーシア、様。元気、お元気でしたか」
「はい。皆さんによくしてもらってます」
「だろうな。ちょっと肉がついたか、いてっ」
「ライナー、言葉遣い」
そっくり返って座っていたライナーはヨハンにたしなめられている。
「悪かったって。顔色もいい。よかった。早く事務所で仕事ができるように、いてっ」
アリーシアに敬語を使うのを慣れていないライナーは再び叱られていたが、アリーシアは自分がやりたいといったことをきちんと覚えてくれていることに心の中で感謝した。
もう一人は竜使だったが、アリーシアに嫌なことを言った少年ではなかったことにほっとする。この間は会えなかったが、グラントリーと同じ年で副官のようなことをやっているそうだ。
「竜はおとなしい生き物です。と言うより、縄張りを侵されない限りおとなしい。だが、いったん縄張りの中に入ってきたら追い出そうとする。つまり、むしろ竜舎の外なら大丈夫なんです」
だから町の中では大丈夫だったのかとアリーシアは納得する。
「ですから、竜を竜舎の外に出して見せましょう。そうすれば、見知らぬ人がよほど近寄らない限りは大丈夫です。なんといっても、知らない人ばかりの外国に行っても平気で、人に怪我をさせたことなどないんですからね」
竜使の人の言葉はアリーシアを安心させるように力強かった。
「ただ、王女殿下にしろ外国の使者の方にしろ、万が一にも怪我はさせられません。ましてグラントリー様の屋敷で何かあってはなりませんからね。警護の人数を増やし、一定の距離を保って見てもらうつもりです」
それだけのことなのだが、やはり急に来られても対応できないのだそうだ。
「あのわがまま王女が、一度怖い目を見たはずなのに全く反省しないんだ。使者も使者だ。北の国アルトロフが竜の棲む国だと言い張るなら、自分の国で竜を見やがれ。いてっ」
「ライナー」
「なんだよ。アリーシア様に無礼は働いてないだろうが」
ライナーがまたヨハンに叱られているが、アリーシアはほっとした。もっとおおごとになるのかと思ったのだ。
「明日は一旦事務所を閉めて、竜に慣れてるうちの事務員もこちらの手伝いに入る。アリーシア様は王女殿下と使者を連れて、若と一緒にしずしずと竜舎まで来ればいいさ」
「はい」
アリーシアはよく知っているライナーに保証されて心の底からほっとした




