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竜使の花嫁~新緑の乙女は聖竜の守護者に愛される~  作者: カヤ


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招かれざる客

 アリーシアはエズメに連れられて、場所だけ知っていた応接室に向かった。この屋敷は建てて数年しかたっていないので、新しいが重厚さには欠ける。応接室も貴賓をもてなすというよりは、グラントリーの商売のための部屋であり、実用重視のものだった。


 エズメがドアを叩いて返事を待つ。許可を得てヨハンがドアを開け、目に心配そうな色を浮かべてアリーシアを見たので、アリーシアはかすかに頷いてみせた。


「主の婚約者、アリーシア・バーノン嬢をお連れいたしました」


 応接室に入るなりエズメが紹介してくれたので、アリーシアは前に教わった通り、深く膝を曲げて頭を下げる。そうして王女が声をかけてくれるのを待つのだが、王女はなかなか声をかける気配がなく、不自然な姿勢にアリーシアが耐えられなくなる前に、ヨハンとエズメが爆発しそうな気配がしたほどだ。


「顔を上げて」


 やっと許可が下りた時は、アリーシアの足はガクガクしそうになっていた。それでもそれを悟られないようにゆったりと体を起こすと、そこには忌ま忌ましそうな顔のつやつやとした栗色の髪の若い女性と、ライナーと同じくらいの年頃の男性が椅子に座ってこちらを見ていた。


 アリーシアは王女よりも隣の男性のほうが気になった。淡い金色の髪、淡い緑の瞳は母を思い出させる。その男性もアリーシアを見て驚いたように目を見開き、ポツリと口にした。


『巫女姫の緑』


 巫女姫とは北の国の本に出てくるから、アリーシアでも名前だけは知っている。だが、巫女姫の緑とは何だろう。アリーシアが不思議に思う間もなく、王女がイライラしたように扇を手にパンと叩きつけた。美しい人だが濃い青い目の色は苛烈で、アリーシアは思わずひるんだ。アリーシアにとっては扇は理不尽の象徴である。


「お前。やはり私が見たバーノン家の娘とは違いますね。デビューの時に来ていた金髪の娘はどうしたの」


 どうしたのと聞かれても、ジェニファーなら家にいるはずだ。


「姉のジェニファーのことでしたら、バーノン家にいるはずです」


 アリーシアは素直に答えた。もしアリーシアが生まれた時から貴族として育っていたら、こんなふうには答えられなかったかもしれない。


「そんなことを聞いているのではないわ! なぜジェニファーではなくお前が婚約者としてここにいるのかと聞いているのです」


 アリーシアはそんなことは父に聞いてほしいと思った。アリーシアだってなぜ自分がここにいるかわからないからだ。


「私は言われるがままにここに来ました。詳しい事情は知りません。父かグラントリー様にお聞き願えればと思います」

「生意気ね」


 アリーシアは王女の話しぶりに途方に暮れ、そして悟った。最初から仲良くする気などなく、何を話しても悪いほうにしかとらない人たちのことはよく知っている。この人は義母や義姉と同類なのだ。言い訳をすれば責められ、言い訳をしなくても責められる。それならうつむいて黙っていたほうがまだましだ。


「こんな棒切れのような気味の悪い緑の目の娘がグランの相手だなんて。グランには私が嫁ぐ前に幸せになってほしいというのに」


 王女様はグラントリーのことをグランと呼ぶのかと、それだけがアリーシアの心に残った。意地悪な言葉など言われ慣れているから、いまさら傷つけられることもない。だから黙っていようと思っていたのに、つい言い返してしまった。


「グラントリー様は立派な大人です。私が婚約者であろうとなかろうと、ご自分で幸せになると思いますが」

「まあ! なんてこと」


 アリーシアをけなされて食って掛かろうとしていたヨハンとエズメは満足そうに頷きあっている。


「ハハハ。これは彼女が正しい。デライラ殿下、ご紹介いただいても?」


 今まで黙っていた金髪の男性が愉快そうに笑うと、すっと立ち上がった。言葉に少し変わったアクセントを感じる。グラントリーも背が高いが、この人はそれよりも背が高く、アリーシアは見上げる形になった。


「仕方がないわね」


 立ち上がった王女は優雅に立ち上がってツンと顔を上げた。


「私はデライラ。こちらはアルトロフの使者、アンドレイ・フィオドール様」

「アルトロフ」


 思わず口元に手をやったアリーシアは、慌てて姿勢を正した。アンドレイは優雅に腰を折った後すっと上体を起こし、両手を広げた。


『あなたのもとに吹く風が清涼でありますように』


 アリーシアは無意識にスカートをつまみ、優雅に礼を返した。


『北の峰の輝きがあなたを包みますように』


 よく母とそう挨拶しては微笑み合ったものだ。アリーシアの顔には自然と微笑みが浮かんでいた。だが顔を上げると王女は目をきりりと吊り上げているし、ヨハンとエズメは呆気にとられた顔をしている。アンドレイだけが愉快そうに口ひげをひねっているばかりだ。


「やはりアルトロフに縁がありましたか」

「母が、アルトロフ出身だったと聞いております」


 アリーシアは正直に答えた。


「聞いていないわ。お前の母はこの国の者ではないのね」

「はい」


 アリーシアは王女にも素直に返事をした。


「我が国の侯爵家に外国の血が入ることになるなんて。これは問題だわ」


 アリーシアは王女の言うことが理解できなかった。その王女自身が外国に嫁ぐのではなかったか。しかも王女の隣にいるのはアルトロフの使者だ。アリーシアやアリーシアの母の血筋を侮辱することは、その使者を侮辱することにもなる。


 アリーシアはアンドレイのほうに気がかりそうに目を向けたが、アンドレイはよく読み取れない微笑みを浮かべているだけだ。


「王女殿下。うちも婚約者としてアリーシア様を大切にお預かりしている身。そのアリーシア様に答えられない質問をされても困ります。先ほども申しましたように、そのことはバーノン子爵家にお尋ねください。あるいはわが主が帰ってきてから、改めて呼び出していただければと思います」


ヨハンがきっぱりと進言した。王女は肩をすくめた。


「まあいいわ。グランに聞くから」


 最初からそうしてくれと、ヨハンとエズメは思ったに違いない。アリーシアにもこの王女様がなかなか厄介な人だということがわかってきた。


「では今日の本題に入るわ」


 わざわざアリーシアを引っ張り出しておいて、まだ本題に入っていなかったのにも驚いた。


「竜舎が見たいのよ」


 一瞬場が鎮まったかと思うと、ヨハンが静かに話し出した。


「デライラ王女殿下。年をとると若干耳が遠くなりまして。なんとおっしゃいましたでしょうか」

「だから、竜舎に行きたいの」


 ヨハンは大きなため息をつくと、懐からハンカチを取り出し、かいてもいない額の汗をぬぐった。


「よもや殿下は、わが主グラントリー様がなぜ仮面をかぶることになったのかお忘れではありませんよね」

「まったく誰もかれもしつこいわね。いつまでその話題を持ち出すのかしら」

「ようございます。それでは簡潔に申しましょう。無理でございます」


 ヨハンはきっぱりと言い切った。アリーシアにもわかる。竜は決して荒っぽい生き物ではないけれど、それでもあの体の大きさでは、ちょっと動いただけでも巻き込まれた人は大怪我になりかねない。だからこそ、グラントリーがいないときに、慣れない人が竜舎に入ってはいけないのだ。もちろん、アリーシアも禁止されている。


「お前。一応この屋敷ではお前が一番身分が上になるのよ。使用人に禁止されたとしても、お前が許可を出せばいいの。さあ」


 王女は今度はアリーシアに許可を出すように求めてきた。アリーシアは首を横に振った。


「私も勝手に入るのは止められています。グラントリー様がいないのに、竜舎に入る許可は出せません」


 まして他国の使者を連れているのだろうとアリーシアはあきれてしまった。しかし困ったことに、その使者からも要望が来た。


「私の希望なのですよ。アルトロフでは竜は遠くから眺めるものであって、こうしてそばで見る機会などありません。数日後にはアルトロフに帰ってしまうので、グラントリー殿を待っていては間に合いませんのでね」


大使がこのように主張しても、駄目なものは駄目なのだ。難しい顔をするヨハンにアリーシアは気になることを尋ねてみた。


「ヨハン、聖竜は見学できないのですか」

「お前、何を言っているの。聖竜は我が国の宝。そうそう見せられるものではないわ」


 竜が見たいというアルトロフの大使の希望に、聖竜は見せられないが、飛竜便の竜ならよかろうと思って連れてきたということなのだろう。飛竜便の竜は、普段でもヴィランの町の上で見ることができるくらいだ。だが、竜使が乗っている竜を遠くから眺めるのと、竜舎の竜を見に行くのは違う。怪我の危険がある以上、王女も、まして外国からの使者など、絶対に竜舎になど入れられない。


 アリーシアは少し震える手をぎゅっと握り、きっと顔を起こした。


「少しでも怪我の危険がある以上、許可は出せません。主の留守ならなおさらです。申し訳ありませんが、グラントリー様がいるときにおいでくださいませ」


 こんな時どうすればいいかまでは教わっていなかったアリーシアは、とりあえず深々と頭を下げた。


「融通がきかないわね。もういいわ」


 王女はイライラと立ちあがり、さっさと部屋を出て行ってしまった。使者はゆっくりと立ちあがると、アリーシアに挨拶をした。


『春風があなたと共にありますように』


 その挨拶にアリーシアも答える。


『大地の恵みをあなたに』


「ふむ」


 それなのに使者はすぐには帰ろうとしなかった。


「母君がアルトロフの方だというのならうかがいたい。姓は。素性はお聞きか?」


 アリーシアは首を横に振った。母からは家のことは聞いたことがない。


「気がついているかどうか。あなたのそれは貴族の礼だ。しかもあまりにも自然。まるでアルトロフで育ったかのように」


 母と二人で暮らしていた幼少の頃は、確かにアルトロフ風に暮らしていたのだと思うが、でもアリーシアはセイクタッド育ちである。そう言われても答えることはできなかった。


「ふむ」


 使者のアンドレイはまた髭をひねった。


『また来る』

『歓迎しますわ』


 アリーシアの言葉にアンドレイはにこりと笑った。もっとも反射的に言葉を返しただけで、アリーシアはもう二度と来てほしくないような気がした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 王女はもちろん使者も品行方正とは言い難そう。 立場上「逆かさ箒に手拭い掛けて」ってわけにもいかないのが厄介です。
[気になる点] 父親も王女も、それは原因となった貴方が言う台詞じゃないぞって感じですね 過ちの自覚も反省もないのかー [一言] 母方の素性がまた不穏な展開の種になりそうですね 屋敷の使用人たちは味…
[良い点] アリーシアさん、頑張った!無事で良かった!不快な気持ちにはされたけど。お母さんの身分、過去に少しふれた?使者さんだけは、また来てほしい…。 [気になる点] 王女ウザ!迷惑!馬鹿!婚約者の事…
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