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竜使の花嫁~新緑の乙女は聖竜の守護者に愛される~  作者: カヤ


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22/40

三回目は

コミックシーモアさんでコミカライズ始まっています。

アリーシアもグラントリーも素敵なのでぜひ読みに行ってみてください!

「若、仕事なんて何とでもなるでしょうに。今日一日くらい婚約者殿のそばにいてあげたほうがいいんじゃないんですか」

「婚約者殿なあ。勢いで動いてしまったが、なんとも幼すぎて。それに」


 グラントリーにも、自分が逃げるように屋敷を出てきたことは理解していた。一見表情が変わらないようでいて、あの緑の瞳が鏡のように彼女の心を映し出すので、なんとなく目が離せない。つまり、正直に言うと、いっしょにいるとハラハラして落ち着かないのだ。


「ヨハンとエズメなら大丈夫だと思うが、若いほうの使用人とはうまくやっていけるだろうか」


 心配して落ち着かないグラントリーに、並んで事務所に向かいながらライナーが肩をすくめた。


 グラントリーの屋敷から飛竜便の事務所はすぐ近くだ。竜に荷物を積み込みやすいようにと近くに屋敷を建てている。体裁のためにある程度の大きさの屋敷ではあるが、客が来るわけでもないうえ、竜舎がすぐそばにあることから人も集まらず、使用人も最低限の人数だ。


 家令のヨハンと家政婦頭のエズメは夫婦で、グラントリーが小さい頃から屋敷で世話になっており、グラントリーが侯爵家から独立した時に一緒に付いてきてくれた。頭が上がらないが、大事な家族のようなものだ。


「離れていても心配なら一緒にいてやればよかったのに」

「私自身、この婚約にまだ納得できていないんだ。売り言葉に買い言葉で、名前も知らない婚約者をもらってしまったのが昨日のことだぞ」

「だが、いつもの若だったら、どんな相手でも迎えに行ったりはしなかっただろう」

「それは!」


 グラントリーは何と言っていいか迷った。だが理由はある。


「倒れても、助けようとしたのが他人の私だけ。垣間見えた背中には、おそらく棒か何かで打たれた無数の傷跡。似合いもしない服。折れそうに細い体。目だけが目立つ顔。どれをとっても、一日だってあの家に置いておくべきではない理由にはなる」

「ふーん。まあそういうことにしておけばいいでしょう。俺にとっても、どこに行ったかわからなかったアリーシアが見つかってありがたかったから」

「確かに北の国の翻訳ができる人材は貴重だが、北の国との取引はそもそも少ないし、うちには手伝ってくれる翻訳者がいちおういるだろう。なぜあの子にこだわる?」


 グラントリーのほうこそ聞きたかった。飛竜便の事務に関してはライナーに一任しているが、なぜそんなにアリーシアにこだわるのかと。


「俺は二回、失敗してるんですよ」

「二回?」


 ライナーは暗い目をしている。


「一回目は、アリーシアが急に来なくなった時。確かにこっちは翻訳はものすごく助かってたのに、子どもだからって銀貨二枚かそこらでいいように使ってさ。それで少しでも生活のたしになるならいいだろうって思い上がってたこと」

「他人の子どもに口を出すことはできないだろう。思い上がりもなにも、ずいぶんよくしたほうだと思うが」

「だがあいつの母親はあの日、死んだ。若に最初に会ったあの日にです」


 グラントリーは虚を突かれて何も言えなくなった。


「何かできなかったのか。そう考えていたはずなのに。三か月前、ふらっと事務所に来たあいつを、俺はまた何もせずに帰してしまった。家名さえ聞かずにだ」


 もう事務所は目の前だ。


「あと半年したらとアリーシアは言った。すぐ雇ってもいいと言ったのに、うちの事務所に迷惑がかかるからと言ったんです。奥様が許さないだろうって。三年前、アリーシアはどう見ても、囲われ者の子どもだった。父親に引き取られたと聞いたが、義母を奥様と呼ばせるうちだ。ろくなもんじゃねえとわかっていても、結局待つほかは何もしなかった」


 ライナーは事務所の前で立ち止まった。


「あんな目をする子じゃなかったんです。あんな怯えた、何の希望もない目をする子じゃあなかった。母親のために一生懸命で、仕事を楽しそうにこなして、希望に満ちあふれてたんですよ」


 そして事務所のドアに手をかけた。


「三回目は失敗したくなかった。それだけです。さあみんな、若が来たぞ!」


 大きな声を上げて事務所に入っていくライナーの顔にはもう暗い影はなかった。


「そして朗報だ! アルトロフ語の翻訳者がもうすぐ手伝いに入るぞ」

「それってあの緑の瞳のかわいい子ですか?」


 机に向かって熱心に仕事をしていた若い事務員が期待に満ちた顔をライナーに向けた。


「そうだ」

「よっしゃあ! やる気が出た! あ、若、おはようございます!」


 もう昼だが、みんなグラントリーに明るく挨拶すると、また熱心に仕事を始めた。しかしグラントリーはなんとなく胸がもやもやし、ついこう言った。


「ここで仕事をさせるかはまだ決めてない」

「若。あんなにここで働きたがっているのにか」


 グラントリーはプイと顔を背けてそこら辺にある書類をパラパラとめくった。


「そんな暇そうなら屋敷に戻ったらどうですか」

「うるさい。ところでライナー、報告書は?」


 グラントリーがここに来たのは、バーノン家の調査をさせているからだ。


「昨日の今日じゃさすがに無理でしょ。普通の身上調査じゃないんですから」


 婚約者などやっぱり面倒だったと思いつつ、その忙しさが煩わしいとは言えないのが不思議なグラントリーであった。 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 生き生きとしていたかつての少女を知っている人がいてくれて良かった。あの輝きを取り戻せるかは婚約者である若様にかかってるな。 拗らせてないで、とっとと正面から婚約者と向き合えw
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