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竜使の花嫁~新緑の乙女は聖竜の守護者に愛される~  作者: カヤ


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よりよい縁談

 ジェニファーのデビューからすぐにまたオリバーと共に外国に出ていた父親が、珍しく厳しい顔をして戻って来た。いつもではないが、こうしてオリバーを外国に伴うことはあって、そんな時はオリバーにしばらく会わずに済むからアリーシアとしてはほっとする期間でもある。


 デビューからの多数の求婚という出来事に気をよくしていた義母と義姉はそもそもが上機嫌だったが、オリバーが一緒だと気づいたジェニファーはいっそう嬉しそうに父親とオリバーを迎えた。しかし、父親の顔は険しいままだ。


「話がある。すぐ来るように」


 父親の言葉に、二人はいぶかしげな顔を見合わせながらも応接室に向かった。しかし、ふと父親が足を止めた。


「アリーシアはどこだ」


 どこだも何も、使用人の間に立っていたのだが、気がつかなかったようだ。名前を呼ばれたのさえ久しぶりで戸惑ったが、無視してもろくなことにならないのは義姉や義母から学んでいる。


「ここに」


 アリーシアが一歩前に出ると、ハロルドは眉を大きく上げた。


「なぜ侍女の格好をしている」

「少し前から、お嬢様の侍女をしております」

「お嬢様? ジェニファーのことか」

「はい」


 ハロルドが淡々と答えうつむくアリーシアに眉をひそめ、ハリエットのほうを見ると、ハリエットは肩をすくめた。


「二年前、使用人にすると言ったらあなたは私に任せるとおっしゃったではありませんか」

「だからといってこれはないだろう。まあいい。アリーシアも一緒に来なさい」


 なんの話かわからなかったが、この家に来てそもそもなにかいい話があったことはなかった。アリーシアは沈んだ気持ちで応接室に向かった。


 それぞれがソファに座る中、アリーシアはドアのところに控えて立った。父親がまた眉を上げたが、もう何年も家族と食事すら共にしておらず、侍女の格好でなければもっとボロボロの身なりで屋敷で下働きをしていたアリーシアである。そしてそれを許可したのは父親だろうと思うと、いまさらアリーシアのことを気にかける意味がわからない。


「ハロルド、あなたが仕事に出かけている間に、ジェニファーに婚約の申し込みがたくさん来ていたのよ。もちろんオリバー様がいるので、すべてお断りするのですけれどもね。あなたが帰ってからと思って待っていたところですの」


 父親が話をするはずだったが、まず義母が嬉しそうにデビューの舞踏会の成果を話し出した。しかし父親は興味なさそうに聞き流すと、テーブルに視線を落とし、こう言った。


「ああ、その話だが。ジェニファーとオリバーとの婚約はなくなった」


 急な話に、その場にいた誰もが戸惑っている。いや、戸惑ったのはオリバーと父親以外の三人で、唐突すぎて何を言われたのか理解できなかったのだ。やがてその言葉は水面に落ちた一枚の葉のように水紋を広げ、それぞれの心に届いた。


「あなた。何をおっしゃってるの? なくなったって、どういうことですの?」


 ハリエットの疑問はもっともである。ジェニファーは何も言えないのか、とにかく必死にオリバーと目を合わせようとしているが、オリバーもテーブルに目を落としており、ジェニファーの思いに気がついた様子はない。


「オリバーのせいではないんだ。ジェニファーに非があるわけでもない」


 珍しく父親がジェニファーを思いやるようなことを言ったのでアリーシアは少し驚いた。アリーシアにもジェニファーにも等しく興味がないのだと思っていたからだ。


「それなら、なぜですの?」


 ハリエットの声は悲鳴のようだった。


「侯爵家から婚約の申し入れがあった」

「侯爵、家」


 バーノン家は子爵家である。格上の伯爵家から申し込みがあるだけでもすごいことだが、侯爵家からの申し込みなど身分差がありすぎる。伯爵家のオリバーでさえ、次男であって自分が爵位を継ぐ立場ではないからこその婚約者だ。だからこの婚約の申し入れは単純には喜べない。


 立場の違いをふまえ、なおかつ婚約者のいる子爵家の令嬢に申し込んできたということは、その相手にはよほどの問題があると考えられるからだ。


 ハリエットが必死に頭を働かせているのがわかる。ジェニファーに婚約を申し込んでくる年頃の侯爵家の息子を必死に思い出そうとしているのだろう。そしてすぐにはっと顔を上げた。


「まさかあの、仮面の」


 仮面というのは、ジェニファーの話に出ていたような気がした。ジェニファーも何かに気づいたような顔をして、おそるおそる母親に問いかけた。


「お母様?」


 ジェニファーの違いますよねと言う願いを断ち切るかのように、父親がハリエットに頷いた。


「その通りだ。バーノン家のご令嬢を、フェルゼンダイン家の次男、グラントリー殿の婚約者にとの申し出だ」

「そんな、いやよ!」


 ジェニファーが立ち上がった。


「あんな恐ろしい方のところに嫁ぐなんて! オリバー様! 私は嫌です」


 父親に言っても仕方ないと思ったのか、ジェニファーはオリバーに懇願した。オリバーが断ればいいだけのことではないか。


 オリバーは目線を上げずに首を横に振った。


「侯爵家と張り合う力はうちにはないんだ。ジェニファーには申し訳ないが」

「そんな……」


 オリバーの口から直接聞いて力が抜けたのか、ジェニファーはすとんと椅子に座り込んだ。


 アリーシアは一連の話をまるで他人ごとのように聞いていたが、何かが腑に落ちず、よくわからない不安がちりちりと背を這う感じがした。父親の言うこともオリバーの言うことも、一見もっともらしく聞こえることは聞こえるのだ。


 ハリエットもしばらくうつむいていたが、静かに顔を上げた。


「なぜジェニファーなのです。確かにジェニファーは美しくて、会場でも目立っていたわ。でも、他にデビューしたご令嬢はたくさんいましたし、子爵家の令嬢に限っても適齢期の方は片手の指に余るほどいます。ましてやジェニファーはこの家の跡継ぎです。二女や三女のいる家に申し込めばいいことなのに」


 同じように考えていたと認めるのは嫌な気持ちがしたけれど、アリーシアはハリエットの言葉通りだと思った。なぜジェニファーなのかがどうしても腑に落ちなかったのだ。


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