【連載版始めました!】落ちこぼれ令嬢は、公爵閣下からの溺愛に気付かない〜婚約者に指名されたのは才色兼備の姉ではなく、私でした〜
連載版始めました(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
短編以降の物語は、5話からとなっています。
もしよければ、覗いてみて下さいっ。
「─────私も、エスターク公爵家で行われるパーティーに同行を、ですか?」
ある日突然、父から告げられた言葉に私は疑問で返してしまう。
私にとってその言葉は、正しく青天の霹靂であった。
「……そうだ。アリスと共に今回はお前にも同行して貰う」
あからさまに嫌そうな顔で父が言う。
アリスとは私の二つ上の姉で、才色兼備という言葉が誰よりも似合うお姉様。
両親はそんなアリスを溺愛しており、反対にお姉様と比べれば平凡極まりなかった私の事はあまり好ましく思っていなかった。
それ故に、家の汚点とも思われている私が屋敷の使用人に陰口を叩かれていようと知らぬ存ぜぬ。
どころか、身の程を弁えさせる為にとあえて放置すらしている始末。
自分の事ながら、こんな環境下にいながらよく塞ぎ込まなかったなと自分自身を褒めてやりたいくらいだった。
「……本来であればお前を同行させる気などなかったのだが、公爵閣下から公子公女には出来る限り参加して欲しいとのお達しを受けている」
理由は不明。
だが、あえてそのお達しを無視し、先方の気分を害させる必要はないと考えたのだろう。
特に、エスターク公爵家の次期当主とされるヴァン・エスタークは眉目秀麗と名高く、その能力も王家から特に高く買われているほど。
そう言えば、両親がアリスの婚約相手にヴァン公子を望んでる云々という話をいつだったか耳にしたような気がする。
……成る程。
なら余計に、たとえ落ちこぼれで家の汚点である私であっても同行させざるを得ないか。
寧ろ、分け隔てなく優しく接する素敵なご令嬢として売り込むにあたって私の存在はプラスに働くやもしれぬ。
とどのつまり、私はアリスお姉様の引き立て役として参加をしろ、という事なのだろう。
「いいか、余計な事だけはするなよ。お前はあくまで、アリスの引き立て役でしかない」
釘を刺される。
わざわざ本人を前にそんな言い方はしなくて良いじゃないかと思ったけれど、言い返したところで何かが改善される訳もなく、寧ろ悪化するだけ。
そう割り切っていた私は、内心をおくびにも出さないよう気を付けつつ、「分かりました」とだけ返事をして呼び付けられた父の執務室を後にした。
◆◇◆◇◆◇
「……あぁ、さいあくだ。ほんと、私はお父様やお母様の都合のいいように動く人形じゃないってのにさ」
自室へと戻ってきた私は、先の父とのやり取りに対しての愚痴を吐く。
パーティーに参加しても、私に得らしい得がない事など分かりきっている。
だから、憂鬱極まりなかった。
「……絶対、落ちこぼれ令嬢だ。出涸らしだ。汚点だなんだってパーティーで私、陰口叩かれまくるんだよ、これ」
両親が私を参加させたくない思惑。
加えて、私自身がパーティーに参加したくない感情が見事に合致した事で、私がパーティーに最後に参加したのはかれこれ六年近く前の話だ。
でも、六年も前の出来事を私は昨日の事のように覚えてる。
なにせ、周囲の同世代の令嬢から散々な扱いを受けたから。
「ねえ、ハク。どうにかして、パーティーを欠席出来ないかな」
何もない虚空に向かって、私は話し掛ける。
事情を知らない人間からすれば、私のこの行動は正気を疑うものだろうが、私は至って正気である。
それを証明するように、程なくして私の言葉に対する返事がやってくる。
同時、何もない筈の場所から白いモコモコとした生物が姿を現した。
『無理じゃない? 出来ないから、ノアのお父さんだってあんなに嫌そうな顔で参加しろって言ってたんだし』
「……だよねえ。でもほら、諦めきれないっていうか。いや、ほんと、不参加に出来るならお父様達からの評価はどれだけ下がっても構わないんだけど」
『ノアの評価は、もう下限を何回か限界突破し終わってると思うんだけど』
「……ハクって本当、そういうところ容赦ないよね」
私に対して現実を現実として突きつけてくるこの生物の正体は────〝精霊〟と呼ばれる存在。名前を、ハク。
羽根の生えた蜥蜴のような姿をしているが、これでも〝精霊〟の中でも上位に位置する高位精霊であるらしい。
私がハクと出会ったのはもう随分と昔。
かれこれ、十年以上の付き合いになるだろうか。
屋敷に居場所らしい居場所がなかった私が、こうして何とか逞しく生きられているのも、ハクの存在が大きかった。
今や、かけがえの無い私の相棒である。
……物言いに遠慮がないのが玉に瑕だけど。
『そりゃ、現実逃避してどうにかなる訳じゃないからね。でもさ、そんなに嫌なら逆に評価を上げてしまえば両親からの協力を得られるんじゃない?』
まさかの逆転の発想。
しかし、ハクのその考えは割とアリではあった。ただし。
「……どうやって、お父様達の評価を上げるの?」
『そりゃあ、決まってる。僕を使えば────』
「却下。絶対やだ。それはなし。論外」
捲し立てるように拒絶四連コンボを決めて、私はハクの提案を容赦なく蹴り飛ばした。
ハクは己を使えばと言ったが、それはつまり、魔法の才は勿論、他に突出した才もなかった私に〝精霊術〟の適性があったと伝えろという事だ。
その才を私があえて隠し続けている事を、ハクだけは知っていた。
「私の将来設計、ハクにも話したでしょ。私は、成人と同時に家を出る予定なの。その為にお金だって頑張って貯めてるのに」
このままいけば、私の将来は間違いなく碌でもないものになる。
貴族令嬢として生まれた以上、貴族の責務を果たすべきなのだろうが、私としては両親に対して、そもそも家に対して悪感情しか抱いていない。
だから、家名に泥を塗るだとか。
そう言った事で気に病む心を持ち合わせておらず、それ故に私は成人と同時に家を出るつもりでいた。
「……それに、それがなくても私は両親にだけは打ち明けないよ。打ち明けてどうなるの? 腹の内を知ってる両親から今更、チヤホヤされても嬉しくも何ともないし。どころか、そんな事をされても、気持ちが悪くなるだけじゃない?」
〝精霊術〟の才能に目覚めたのは、本当に偶然。だけど、私は決して両親含む屋敷の人間にだけはそれを打ち明けようとしなかった。
その理由は、これ以上、生家であるアイルノーツ侯爵家に関わりたくなかったからだった。
だから隠した。
それは、これまでも。
これからも打ち明ける予定はない。
『……ノアはさ。見返したいとは、思わないの? これまで、散々酷い事を言ってきた人間の度肝を抜いてやろう、とか』
「ないかな。それ以上に、相手をしたくないって気持ちのほうが大きいし。あ。あと、早く家を出たいから。私の願いはそれだけだよ、ハク」
それもあって、面倒事は極力避けたかった。
エスターク公爵家で催されるパーティーにも欠席したい気持ちで山々だったが、恐らくそれは無理だろう。
会場の隅っこでひたすら時間が経過するのを待つか。それか、隙を見て会場から抜け出して時間でも潰して耐えるか。
「それに、〝精霊術〟をそんなつまらない目的で使う気はないから。そんなことで力を使ったら、手を貸してくれてるハクに失礼じゃん」
〝精霊術〟を扱うには、〝精霊術〟への適性は勿論のこと、契約を交わした精霊の助力が欠かせない。
私でいえば、ハクだった。
「というか、〝精霊術〟を滅多な事で使うなって言ったのはハクじゃなかったっけ?」
約十年前。
ハクと出会い、契約を交わした私は、ハクから口酸っぱく〝精霊術〟を滅多な事で使うなと言われてきた。
その理由は、私の力を悪用しようとする人間がいないとも限らないから。
だから、出来る限り使うなと言われていた。
私としても、その忠告には納得しかなかったのでかれこれ十年近く聞いてきた訳なのだが、最近になってこうしてハクは使っても構わないと言わんばかりの物言いをするようになった。
『……僕としても、思うところがあるんだよ。契約者であるノアが、何も知らない人間に好き勝手言われるのは、腹が立ってた。いい加減、その認識を改めさせてもいいんじゃないかって、最近は思うようになってさ』
「……そっか。そっかそっか。いやあ、私の側にハクが居てくれて本当に良かった。お陰で、憂鬱だったパーティーもどうにか頑張れそう」
『なんでそこで僕にそんな生温かい視線を向けてくるのか、甚だ理解に苦しむけど、力になれたなら良かったよ』
納得はしていないようだったけど、ジト目で私を見詰めながらハクは溜息を吐いた。
私がこうして笑っていられるのも、ハクが居てくれたから。
今度、ハクが好きなおやつでも作ってあげないとな。
そんな事を考えながら、私は相好を崩していた。
◆◇◆◇◆◇
そして、経過する事、五日。
エスターク公爵家が主催するパーティー当日。
私は会場の隅っこで出来る限り人に気付かれにくいであろうポジションにて、愛想笑いを浮かべながらハクと会話していた。
「切実に。切実に、今、私は猛烈にハクになりたい」
『……それは、精霊になりたいって事?』
「ううん、私が言いたいのは────」
私は、宙でふわふわと浮遊するハクに、羨望の眼差しをこれでもかとぶつけながら答える。
「────その体質が死ぬほど羨ましいってこと!!」
精霊であるハクは、基本的に契約者である私以外にはその姿を認知されていない。
勿論、ハクが意図的に周囲に己の存在を認知させる事は可能だが、基本的にハクの姿は私にしか見えていない。
かれこれ、六年ほど参加を拒んでいたパーティーである。
姉のアリスが才女として有名過ぎて、妹の私の落ちこぼれ具合も有名になってしまったせいで、寄せられる数々の負の感情が篭った視線からどうにか逃げ出したかった私は、ハクのその体質が死ぬほど羨ましかった。
出来れば代わって欲しい。今すぐに。
「ねえ、ズルくない? ハクだけズルくない? あぁぁぁあ、もうやだ。家に帰りたい。いや、家も地獄だった。自室で篭っていたい」
屋敷の中は両親や、陰口を平気で叩く使用人がいるので地獄だが、私の部屋はハクが周囲からの声が聞こえないように仕掛けを施してくれている。
だから、自分の部屋は唯一とも言っていい私の安寧の場所であった。
「出涸らし」「落ちこぼれ」「出来損ない」「汚点」「欠陥品」
出来る限り、周囲の声は拾わないように努めてはいるが、それでもどうしたって耳には入ってきてしまう。
特に、まるで嫌がらせのように一々、私に視線を向けてくる人間が多いので嫌でも気付いてしまう。
両親も両親で、負けず劣らずの嫌悪の感情を向けてくるので、私のストレスゲージがとんでも無いことになっていた。
そして周囲の同世代の話題は専ら、良き伴侶を見つけられるでしょうか。みたいな話。
こうしてエスターク公爵家が主催するパーティーに参加した令嬢の大半は、彼との縁談が目的だろうし、仕方がないといえば仕方がないのだが、その話題で私を引き合いに出し、悠長に構えてるとノアさんのように売れ残ってしまう。
なんて事を本人がいる場で平気で言っている。挙句、侮蔑のような視線も一緒に向けてくるので始末に負えない。
正直、今すぐにでも会場から抜け出したかった。
「そう言えばさ、ハク」
『うん?』
「さっきからずっとエスターク公爵家の公子が見当たらないけど、一体何をしてるんだろうね」
周囲に人一倍気を配っていた事もあって気付けた事実。
パーティーの初めの方まではいたが、それ以降彼の姿を私は見ていない。
どころか、エスターク公爵家の人間自体が最低限しかこの場にいないような気がする。
私の単なる気の所為かもしれないけど、少しその事が気になってハクに話してみる。
『何か裏方に回って準備をしてるとかじゃない? ほら、エスターク公爵家は今回のパーティーの主催者だし』
ハクの言葉は、確かにと頷いてしまうものであった。
ただ、それにしてはエスターク公爵家の使用人達がやけに慌ただしそうな表情を浮かべているような……。
疑念を抱きながらも、私は私でこの場からどうやって抜け出してやろうかと思案する。
そんな時だった。
私の視界に、見覚えのある青年の姿が映り込む。まるで誰かから隠れているかのような様子で、限りなく死角とも言える場所に彼────エスターク公爵家公子、ヴァン・エスタークはいた。
しかも、余程バレたくないのか、魔法で隠形のカモフラージュまでしている。
……どんな事情があるのかは知らないけど、ただ身を隠したいというだけの理由なら、才能の無駄遣いという他ない。
そう思いながら、私は何をしてるんですかと尋ねようとして────刹那、彼と目があった。
────なんで、俺の姿が見えてんの。
きっと、驚愕に目を見開いたヴァンはそんな事を思ったのだろう。
〝精霊術〟の才に目覚めてからというもの、こういった魔法による仕掛けは殆ど私には効かなくなってしまった関係上、見えてしまうのだから仕方がないとしか言いようがなかった。
しかし、驚いたのは彼だけでは無かった。
「……それ、と……白い、ドラゴン?」
「────え?」
彼の視線は、私の斜め上空────浮遊するハクへと向いた。
私を除いて誰にも見えない筈のハクの特徴を的確に口にした彼の発言に、私もまた驚いた。
ただ、誰かに見つかる訳にはいかなかったのだろう。生まれた驚愕の感情を一旦彼方へ追いやり、我に返ったヴァンの姿が掻き消える。
そして次の瞬間、彼の姿は何故か私のすぐ側にあった。
「……悪いが、俺はあのクソ面倒臭いパーティーに参加する気はないからさ」
────君には巻き込まれて貰うよ。
その言葉を告げて、ヴァン・エスタークに私は先程の死角と言える場所へ強制的に引き込まれる事となった。
(……そういえば)
ヴァンに敵意が無かったからだろう。
手首を軽く掴まれ、無理矢理引き込まれたにもかかわらず、私は焦燥に駆られる事もなかった。それどころか、回顧していた。
ハクもそれに気付いているのか、何か手段を講じようとする様子はなかった。
(ヴァン・エスタークって、お姉様の手紙すら殆ど受け取っていなかった人だったっけ)
理由は知らないが、公子達から幅広く人気を集めているお姉様であっても、無下とまではいかないがあまり相手にされていなかった。
そして、眉目秀麗で魔法師としての才も文句のつけようがない。
そんな完璧超人のような人物にもかかわらず、婚約者がいるという話一つ聞かない。
それが、噂でよく耳にするヴァン・エスタークという人物像。
ふと、私の頭の中でとある可能性が浮かび上がった。
ヴァン・エスタークがこうして身を隠すようにパーティーの会場から姿を消していた理由は────何らかの理由で、参加したく無かったからではないだろうか。
それ故に逃げ出したヴァンを探していたから、使用人達もああして焦燥に駆られたような様子で慌ただしかったのではないだろうか。
……そう仮定すると、何故だか何もかも辻褄が合う気がした。
やがて、掴まれていた手が解放され、私はヴァン・エスタークと比較的至近距離で向かい合う事となった。
「……あの。ヴァン公子ですよね」
一応、確認だけはしておく。
間違ってるとは思わないけど、万が一、他人の空似という線もある。
私が噂で聞いたヴァン・エスタークは、品行方正というものもあったはず。
主催したパーティーで、主役とも言える立場にありながら、こんな場所でサボりを決め込むとはとてもとても……。
「意外か?」
散々過ぎる実家での生活にて培った顔に感情を出さない無駄特技を習得した筈の私の内心を見抜いたのか。
ヴァンはそんな言葉を口にした。
「……意外、と言えば意外ですね。ヴァン公子は、もっとお堅い人かと思っていた────の、で」
言い終わってから、私は自分の失言に気付いた。まるで私のようにパーティーから逃れようとする様子を見た直後だったから、つい本音を口にしてしまった。
相手は公爵家の公子。
今なら間に合う。
だから、今すぐに訂正を────。
「曲がりなりにも公爵家の後継ぎだからな。俺の我儘で家に迷惑を掛けるのは最大限避けたいから外面には一応、気を遣ってる。ただ、あくまで最低限だ。嫌なものは嫌だし、面倒なものは面倒だ。だからこうして好き勝手に逃げさせて貰ってる」
小さく笑いながら、ヴァンが答える。
無礼な事を申したと自覚していた分、その反応は私にとって少し衝撃的だった。
「とはいえ、まさか親父殿以外の人間にバレるとは思っても見なかったが」
エスターク公爵家は、魔法師の名門とも言えるお家。
目の前のヴァン・エスタークの父であり、現当主は確か、魔法の腕は世界を見渡しても五指に入る程の実力者だった、はず。
彼ならば、先の隠形も難なく見抜けた事だろう。
「……あぁ、えっと。その、あの、あれは偶々と言いますか。と、ところで、ヴァン公子はどうして隠れてたんですか?」
〝精霊術〟の事を深掘りされるのは出来れば避けたかったので、不自然でしかなかったが、私は強引に話を変える。
「単純に、このパーティーが嫌だったから。それ以上でもそれ以下でもないな」
「い、嫌……ですか」
あまりに単純過ぎて、ぽかんと呆けてしまう。でも、それも刹那。
「それじゃあ、私と同じですね」
ありのままの感想を私は告げた。
もしかすると、責任感のかけらも無い言葉に、咎められると思っていたのかもしれない。
ヴァンもまた、私の言葉に驚いているようだった。
「いきなりだったので驚きはしたんですけど、私もヴァン公子と同じで、どうやって抜け出そうかって考えてたので」
「……そういえば、君だけがあそこに居たな」
「はい。私、嫌われ者なので」
出来る限り目立ちたく無かったから、会場の隅に立ち尽くしていた事をヴァンは知っている。なにせ、あの場所で丁度、目が合ったから。
「嫌われ者……というと、もしかしてそれが原因か?」
視線がハクに向く。
途中、ハクの存在に気づいているような口振りをしていたし、誤魔化せないよねえと思いながら、どうしよう。どうしようと私は目を泳がせてしまう。
「君をこうして強引に巻き込んでしまった事には俺も申し訳なさがある。だから、その詫びとしてその白いやつをどうにか────」
「わ、わわわ! ち、違うんです! 私が嫌われてる事にハクは全く関係なくて。ハクは私の唯一の家族のような存在なので、それはなしで!!」
まるで、始末してやると言わんばかりの様子に、私は慌てて止めに入る。
ここで誤魔化すと、悪霊に知らず知らずの間に取り憑かれていると誤解される可能性もあったので、私は観念してハクの存在を認める事にした。
『ま。君が本気を出しても僕を消滅させる事は出来なかっただろうけどね』
「……なに張り合ってんの、ハク」
『僕にも精霊としてのプライドがあるんだよ』
よく分からないプライドだった。
ただ、ハクの存在がバレてしまってるからと割り切ったからか。
私以外には見えないようにしていた筈のハクは、己の姿を晒し、私と会話を始める。
「……精霊、成程。精霊術師だったか。という事は、その白いのは精霊か」
『……知ってるんだ?』
「うちの曾祖母が確か、精霊術師だった筈だ」
『ああ、だから僕の姿も見えてたのか』
基本的に、私を除いてハクの姿は見えていない。それは、ハク自身が言っていた事だ。
だが、例外もあるらしい。
「しかし、精霊術師か。道理で俺の姿がバレる訳だ。親父殿でさえも、曾祖母には頭が上がらなかったからな」
精霊術師なら、俺の隠形を見抜けて当然かとヴァンは納得する。
私は他の精霊術師を見たことすら無く、どれだけ凄いのかも分かっていなかったので、そうでしょう。そうでしょう。と胸を張る事は勿論、出来る訳もなかった。
「けれど、同世代の人間に精霊術師がいたなんて話は聞いた事もなかったが、」
『そりゃ、ノアは隠してるからねえ』
「何故?」
「だって、その。ほら、面倒臭いじゃないですか」
こうしてヴァンに話してしまった理由は自分でもよく分からない。
ヴァンがお父様達に話したら面倒な事になるのは火を見るより明らかだ。
でも、彼はそんな事をしないという妙な確信が私の中にはあって、何より彼は貴族なのに、やけに話しやすかった事が一因だったのだろう。
「……そう、だな。俺もこうして、俺の婚約者を決める為だなんだと親父殿が勝手に催したパーティーから抜け出した身だからよく分かる。確かに、精霊術が使えると露見すれば、面倒臭い事になるのは間違いないな」
笑いながら、ヴァンは納得してくれた。
「俺は、貴族令嬢と呼ばれる人間が苦手だと何度も言ってるのに、親父殿が全く聞く耳をもたなくてな。このざまだ。精霊術が露見すれば、君も俺みたいな事になるかもしれない。だから、隠せるのなら隠しておいた方がいいだろうな」
婚約者云々という問題で、振り回される事は必至。だから俺のようになりたくないなら、隠しておくべきだと言われた。
『……一応、言っておくけど、ノアも貴族令嬢だからね』
「「…………」」
ハクの一言に、微妙な空気が場に降りる。
当たり前のようにうんうんと聞き流してしまったが、そうだった。
私も貴族令嬢なんだった。
「……実は平民とか?」
私の出自を疑われた。ひどい。
「じ、自分でも貴族令嬢らしくないとは思ってますけど、一応これでも正真正銘の貴族令嬢ですから……!」
「悪い、悪い。冗談だ。何というか、俺の知ってる貴族令嬢感が君には無かったんだ。正直、この精霊に言われるまでその事を本気で忘れてたし、貴族令嬢と自分がこんなに普通に話してる事に驚きしかない」
悪気はないと言われて、私は怒りを収める。
「……どうしてヴァン公子は貴族令嬢の方が、」
「しっ」
────苦手なんですか。
そう聞こうとした瞬間、ヴァンの人差し指が唇に押し当てられた。
静かにしろ、という事らしい。
急にどうしたのだろうかと思った刹那、どこからともなく声が聞こえてくる。
それは、パーティーの初めに聞いた声。
ヴァンの父であり、エスターク公爵家現当主カルロス・エスタークの声であった。
「……あの馬鹿息子は一体、どこに逃げたのやら」
ヴァンが逃げた事は既にバレバレだった。
いや、知っているからこそ、多少強引にでも出会いの場を設けたと考えるべきか。
「不味いな。親父殿まで俺を探してるのか。客の対応で掛かりきりになると踏んでいたんだが」
魔法師の腕はヴァンをも上回るほどの技量の持ち主。故に、ヴァンの隠形の魔法も然程意味をなさない。
声が聞こえるという事はカルロスが比較的近くにいるという事。
もうこれは詰んでしまっているのではないか。そんな事を思ったけれど、ヴァンは諦める気がないのだろう。
「ノア、って言ったよな」
「は、はい」
「ここから移動する。だけど、俺一人だと親父殿の目を掻い潜れない。だから、力を貸してくれ」
パーティーをサボりたいという碌でもない目的ながら、その目的は奇跡的に私達の間で合致していた。
精霊術の事もバレてしまっている手前、ここはもうヴァンと協力してとことんサボってしまおう。
私の中で方針は纏まった。
ハクも、面白おかしそうにこちらを見てるし、反対する気はないのだろう。
「……でも、移動するって言ってもアテはあるんですか」
「屋敷の外にはなるが、いい場所を知ってる」
時間は、あまり残されていない。
だからヴァンのその返事を聞くや否や、私は精霊術を行使し、屋敷を抜け出す手伝いをした。
全くもって褒められた行為ではなかったが、誰かと一緒になって何かをする事が初めてだったからかもしれない。
少しだけ、楽しくて気が付けば私は笑っていた。
やがて辿り着いた先は────小さな湖。
そのほとり。
時間帯が夜更けに近い事もあって、水面に映される月がとても綺麗だった。
「……流石にここまで来れば大丈夫だろう」
ぜぇ、はぁ、と息を切らしながら、私達は地面に腰を下ろした。
流石に高名な魔法師なだけあって、幾度となくバレかけた。
おそらく、もう一度逃げろと言われても無理だと思う。そう思う程度にはぎりぎりだった。
「悪、いな、こんな事に巻き込んでしまって」
「い、え。私も、パーティー中は居心地が悪かっ、たので、大丈夫、です」
呼吸を落ち着かせてゆく。
ずっとふわふわ浮遊していたハクだけが、余裕そうに私達を見下ろしている。
やっぱり、その体質ズルいと思うんだ……!
「そう、言えば、何か俺に聞こうとしてなかったか?」
「あぁ、えっと、その、どうしてヴァン公子は貴族令嬢の方が苦手なのかなって思って」
接した感じ、そんな気配は少なくとも私には感じられなかった。
でも、ここまでして逃げるという事は筋金入りなのだろう。
その理由が、少しだけ私は気になっていた。
「…………」
ヴァンが閉口する。
もしや、答えたくない質問だったのだろうか。
謝罪をして、撤回しようとする私だったが、それより先にヴァンの言葉が続けられた。
「苦手というか、単なる俺の我儘だな」
「我儘、ですか」
「貴族として生まれたからには、割り切るべき部分であるという自覚はある。ただ、出来れば俺は、少なくとも自分と対等に過ごせる人と結婚したいんだよ。特に、同世代の同性からも、気取っているだなんだと言われて嫌われてるから、余計に、な」
ヴァンの瞳の奥には、羨望に似た感情が湛えられていた。
「俺も、見合いのような事をした経験はある。でも、全員が全員、俺を頼んでもないのに褒め称えてくる。頼んでもないのに機嫌を窺ってくる。で、時にはエスターク公爵家という名があるが故に怯えられる。それが、窮屈で仕方がなかった。仕方がないって事は分かってる。これが俺の我儘でしかない事も分かってる。ただ俺は、結婚するなら一緒に笑い合えるようなやつとが良かった。その気もないのに相手をするのは失礼でもあるだろ。あぁ、いや、これは俺の逃げを肯定する理由でしかないか。……まぁ、そういう訳で俺は貴族令嬢という人間が苦手なんだろうな」
公爵家の後継ぎという立場状、彼には対等な友も殆どいない事だろう。
これは当然といえば当然で、どうしようもない事ではあるが、家格の違いは絶対だ。
加えて、婚約者候補としてやって来る人までもがそれに該当する人間で、嫌気がさしたのだろう。
だから、ヴァンは貴族令嬢……というより、自分を無条件で褒め称え、機嫌を窺う人間の事が苦手になった。
それらを苦痛に思う人間であれば、ああしてパーティーから逃げ出そうとするのも分からないでもない。
私とは全然境遇は違うのに、なぜか、それを聞いて私は彼に親近感を覚えた。
だからなのかもしれない。
「じゃあ、私と────」
衝動的に、
「私と、お友達になっていただけませんか、ヴァン公子」
そんな言葉を口にしてしまった理由は。
「…………」
案の定、ヴァンは驚いて目を見開いていた。
私には、ハクがいた。
だから、孤独に苛まれずに済んだ。
でも、彼の下にハクはいない。
故に、私が彼のハクになろう。
接した時間は少なかったけれど、私には彼が悪いような人には見えなかった。
それに、彼と過ごした時は悪くなかった。
楽しかった。
私も、好き勝手言える友達が欲しかった。
「って、私ってば何言ってるんだろ。ヴァン公子は貴族令嬢が苦手だって散々言ってたのに、」
「そう、だな。俺も君の事は嫌いじゃない。ヴァン・エスタークと知っても、俺を一人の人間として普通に扱ってくれたのは君が初めてだ。だから、君さえ良ければ俺の友になって欲しい」
慌てて訂正する私だったけど、何故か受け入れられた。
あれ、いいの? それでいいの?
なんて思ったが、ヴァン自身が受け入れてしまった手前、ここでやっぱ無し! と言う勇気は私にはない。
ヴァン公子とお友達って、私は一体何を考えているんだと思ったが、起きてしまった事は仕方がない。
うん。割り切ろう。
そう決めて、軽く現実逃避をした。
それからと言うもの、隠す理由も無くなったのでヴァンに精霊術を見せたり。
色々と話したり。
逆に魔法を見せてもらったりしていると、あっという間にパーティーの終わりの時間がやって来た。
勿論、一緒になって抜け出した事を周りに悟られる訳にはいかないのでお別れの挨拶を言う機会には恵まれなかったが、どうしてか、それ以来、エスターク公爵家のパーティーに誘われる事が増えた。
それから、手紙の交換もしてみた。
そんな友達らしい事をする事、二年。
成人まであと一年と迫ったところで、私に災難が降り掛かった。
これまでよりもずっと、楽しそうに過ごす私の事が気に食わなかったのかもしれない。
姉のアリスが両親に有る事無い事を吹き込み、その結果、私は二十も歳の離れた辺境伯の側室に迎えられるという縁談を進められてしまった。
アリスは、にこやかな笑顔を浮かべて「良かったわね」と言っていたが、私に言わせれば私怨丸出しにしか見えなかった。
「────よし、一年早いけど家を出よう」
元より、成人になるタイミングで家を出るつもりだった。
一年早まる程度、最早、誤差である。
そう思い、これから家を出るから手紙のやり取りが出来なくなる。
パーティーにも出席する事はなくなる。
でも、落ち着いたらまた会いに行くから。
そう書き記し、私がヴァンに手紙を送った三日後。またしても、エスターク公爵家からパーティーの招待状が届いた。
勿論、この二年間ずっとそうだったが、公子公女は参加して欲しいというお願いつきの招待状。
『ええ。きっと、ヴァン公子もわたくしの事を気に入って下さってるんですわ』
アイルノーツ侯爵家だけは、絶対に毎度パーティーに招待されていたからだろう。
上機嫌な様子のアリスだったが、その様子を前に、アリスの事は苦手だとヴァンが言っていたよと伝えようか悩んだけどやめておいた。
面白い反応をする事は請け合いだろうが、そのせいで家を出られなくなってしまっては笑うに笑えなくなるから。
そして、私にとっては最後になるであろうエスターク公爵家主催のパーティー。
既に手紙では伝えておいたが、当分はヴァンにも会えなくなるだろうし、悔いがないように……と思いながら、今日も今日とて会場の隅っこに移動をするより先に、何故かヴァンがすぐ側にまで歩み寄って来る。
「ご無沙汰しております。アイルノーツ卿。本日は、卿に折り入ってご相談がありまして」
その言葉に、お父様は背筋を伸ばした。
アリスは花咲いたような笑みを浮かべる。
周囲にも、エスターク公爵家が常にアイルノーツ侯爵家をパーティーに招待していた事は伝わっている。
だから、漸くその時が来てしまったかと言わんばかりに黄色い声が上がった。
……もしや、と思ったが、今回の私の沙汰については自力で何とかするからと伝えてある。
ヴァンの力を借りる気はないし、元より家を出る予定だったと彼にも伝えている。
だから余計にヴァンの行動の意図が分からなかった。
「ご無沙汰しております。ヴァン公子。それで、頼み事というのは……」
「単刀直入に申し上げると、俺の縁談についてです。俺は、アイルノーツ侯爵家と縁を結べればと考えています」
「それ、は。それは、それは、光栄な事でありますな。こちらとしましては、娘の嫁ぎ先もまだ決まっておりませんでしたし、断る理由はありません」
両親はあからさまに喜んで見せ、アリスも感極まったような表情を見せるが、私だけは複雑な心境に見舞われていた。
少なくとも、ヴァンはアリスと結婚する気はないと言っていた筈だ。
なのに、どういう心境の変化なのだろうか。
詳しく尋ねたいが、両親と姉がいるこの場で尋ねられる訳もなく、私の頭の中で疑問符だけが増殖する。
ただ、その疑問は程なく解決する事となった。
「良かった。実は断られるんじゃないかと思ってヒヤヒヤしてたんです。だから、そういう事だ」
最後の言葉は、両親ではなく私に向けられている気がした。
そしてそれは、気のせいではなかったようで
「今日から俺の婚約者になってくれないか────ノア」
「え?」
手を差し伸べようとしていたアリスの側を素通りして、三歩後ろで待機していた私の目の前で、ヴァンはそう告げ微笑んだ。
勿論私は、訳が分からなくて素っ頓狂な声を上げてしまった。
連載版の投稿を始めました!(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
以下にリンクを貼り付けていますので、
続きに興味が!という方はぜひ覗いてみて下さいっ!
(短編以降のお話は、5話からとなっています)
また、漫画アプリPalcyにて、
私が小説家になろうにて公開している異世界恋愛短編を原作とした短編読切漫画が掲載されております。
どれも素敵な作品になっていますので、
もしよければ異世界ヒロインファンタジーショート・ストーリーズと検索してご一読してみてくださいっ。
該当作品については
活動報告に記載させていただいております。