第9話 本当の敵を知りたい!
こんにちは! 鷹司タカシです!
鷲人間に殺されかけたぼくを救ってくれたのは……そう、カーチャンでした!
カーチャン……!
なんだか久々に見た気がするよ!
ちょっと存在を忘れかけてたくらいだもん。
だけど、やっぱり、いざという時に役立つのはカーチャンだ。
宝百合ちゃんも強いけど、カーチャンの圧倒的筋力の前だと、魔法なんて霞んじゃうね。
だって、玄関のドアを開いただけで、敵を吹っ飛ばしちゃうんだから。
ぼくはカーチャンにしがみつくと、尻餅をついた鷲女を指差して、叫んだ。
「あいつにいじめられた! やっつけちゃってよ!」
鳥モンスターの表情が苦痛から驚愕へと変化した。
その他大勢の化け者どもも同じく。
彼らの視線の先には……カーチャンの雄っぱい!
あーはいはい、このパターンね。
甲剛人の人達もカーチャンの雄っぱいを見てガクブルになってたな。
だって、魔力の源は胸だから。
胸の脂肪あるいは大胸筋に秘められている特別な力を、魔錻羅器とかいう特別なブラジャーで、魔法に変換する。
雄っぱい・おっぱいが大きいってことは、それだけ魔法使いとしてすごいってこと。
ふっふーん。
もっとビビれビビれ。
でも、実はぼくもカーチャンも魔法を使えないってことは秘密にしておこう。
「カーチャンさん、お気をつけください」
イカ墨に直撃されて、未だに目が見えない宝百合ちゃん。
「彼らは世界の敵ではありませんが、わたくし達の命を狙っています」
カーチャンと鷲女の目がぶつかった。
互いに言葉を発することのないまま、カーチャンは黙って歩き始めた。
カーチャンと鷲女の距離が縮まっていく。
観衆は静まり返って、成り行きを見守る。
皆、自分達に手出しのできる場面ではないと理解してるんだ。
ほら、見てよ。
カーチャンの表情。
やる気だよ、これは。
こぉ~んなかわいい息子をいたぶられちゃったんだもんね。
おらおら。
鳥人間。
懺悔しやがれ。
おっぱい揉ませてくれたら赦してあげてもいいけど。
「昨日、こちらに引っ越してきました、鷹司ですぅ」
……は?
「私達まだゴミの分別もわかってないんですけど、ご指導よろしくお願いしますぅ」
う、嘘でしょ、カーチャン……。
まだ、お引っ越し気分でいたの?
宝百合ちゃんも、これにはガクッと脱力。
「な……舐めるな……!!」
鳥の化け物が、困惑気味にぶちギレた。
「誰が殺戮者なんぞを歓迎するか! 何がゴミ出しだ! ゴミは貴様らだ! ふざけやがって……畜生……こんなやつらに……我らは……」
辺り一帯に嗚咽が響く。
鳥なのに、鳴くんじゃなくて、泣くんだな、と思った。
なんでこいつ泣いてるんだろ?
勝手にぼくの家を壊したり、ぼくを殺そうとしたり、悪いのは自分じゃないか。
意味不明すぎて、カーチャンでさえ困ってる。
「あら、奥さん、どうなさったの?」
「触るな! 貴様なんぞに手を差し伸べられる義理はないわ!!」
「何をおっしゃいますの。これからはお隣どうしじゃありませんか」
「隣に住もうとするな!」
それから、鷲さんは両翼に力を込めるような動作を見せた。
あっ。
これって、魔法を使おうとしてるんじゃ……
「カーチャン! ヤバイよ、逃げて!!!」
「人の心を持たぬ化け物め……我が子を失う悲しみ、貴様には到底わかるまいな!!!」
間に合わない……と思った。
カーチャンが至近距離であのビーム攻撃を受けてしまうんだ、と。
だけど、カーチャンの動きの方が速かった。
カーチャンは唐突に鳥人間を抱き締めた。
それは相手の足が土を離れ、骨が軋むほどのハグだった。
「か……っ……はぁ……」
鳥のやつ、口から泡を噴いてやがる。
いいぞいいぞ、カーチャン!
そのまま落としちゃえー♪
……あれ?
カーチャン、泣いてる。
「そう……子供を亡くしたの……。辛かったろうねぇ。私には想像もつかないわ。そんな苦しみを抱えて生きて……あんた、偉いよ」
同情の涙だった。
優しく羽毛を撫でる手つきは、ぼくにしてくれる時となんら変わりなかった。
「ふ……ふざけるな。他人事のように!」
鷲の全身がオーラのような光に包まれた。
多分、これって魔法だ。
光が瞬く間に大きくなると、カーチャンのたくましい両腕が鳥から離れた。
抱擁をほどいた鷲は、後ろに飛んで少し距離を取ると、続けざまにビーム攻撃を繰り出した。
「カーチャン、避けて!」
耐震強度に優れた我が家に大きな穴を作るビームだ。
いくらカーチャンがムキムキだからって、これを食らっちゃタダじゃ済まないはずだ……はず、なのに……
「全部、受け止めてあげる」
腰を低くして、両腕を交差して、カーチャンはあのビームを受けた。
血は流れてない。
少し服が破れている程度だ。
どんだけ強いんだよ!
「私、奥さんと仲良くしたいんですもの」
「……っ!!!」
勿論、これで和解とはならない。
怒り任せのビームが、次から次へと発射される。
「ああああああ! 全部当たってる! 命中率高すぎ! それなのに、どうしてカーチャンは平気そうなの!」
「相容れぬ! 恨みを晴らさずには死にきれぬ! 貴様は敵だ!」
片や魔力。
片や筋力。
力の種類は違うけど、それぞれ、磨きあげた己の力を発揮してる。
でも、魔法を使えないカーチャンはさすがに不利かも。
ぼくにできることは応援だけだ。
「フレー! フレー! カーーーーチャーーーーーーン!! 頑張れ頑張r……どぅわあぁぁぁあああぁぁあ」
今まですっかり黙りこんでいた観衆。
隙を見て、ぼくと宝百合ちゃんに攻撃をかましてきた。
「タカシ! 家の中に入ってなさい!」
「言われなくても、そうするよ!」
ぼくはすぐさま、宝百合ちゃんの手を取って、家に入った。
とは言っても、屋内にいれば安心ってもんじゃない。
やつらの魔法が家くらい簡単に壊せるのは、とっくに知ってる。
「どどどどっどどうにかしてよ、宝百合ちゃん!」
「わたくしは、まだ目が見えません。力石の姐さんに頼るしかないのです」
そうだ!
すっかり忘れてた!
旅の仲間はもう一人いるんだった。
どこで何やってんだろ?
「力石の姐さーーーん!」
呼び掛けても、返事はない。
だけど、壁に攻撃魔法がぶつかる大きな音に紛れて、微かに彼女の音が聞こえる。
声でなはく、音。
今朝も聞いた、あの音……。
「ぐおぉぉおおおぉぉおぉおお」
「信じらんない!」
ぼくは急いで、自室の部屋を開けた。
目に飛び込んできたのは、相変わらず、ぼくのベッドの上でいびきをかく甲剛人。
ヨダレは垂れてるし、白目を剥いてるし、なんて緊張感のないやつだ。
「どうしてこんな爆音の中で寝てられるんだよ! ほらほら、起きて。起きて、ぼくのことを助けてよ!」
ぼくは必死に、力石の姐さんを揺さぶった。
ほわぁ!
勢いよくやりすぎて、力石の姐さんの魔錻羅器が外れちゃった。
こんな硬そうなおっぱい見たくない!
「んぁ?」
ようやく甲剛人の長が目を覚ました。
「なんだい、タカシ……ぉぉぉおおぉぉおぉおおお!?」
「へ?」
「あ……あんた、あたいが寝てるからって、魔錻羅器を脱がして……やらしいことを……!」
いやいや!
違う違う!
きみがなかなか起床しないから、少々、手荒な真似をしただけだ!
顔を赤らめるな。
「タカシさん、最低です!」
宝百合ちゃんまで、ぼくを疑ってる。
「違うって! やらしいことなんて、してないよ! 見てたでしょ!」
「わたくしが目の見えない状態なのをいいことに、いかがわしいことをなさるなんて……」
ぐぬぬ……。
そうか。
目が見えてないんだった。
「とっ……とにかく! 今は大変なんだよ!」
ぼくは話を逸らすため、慌てて現状を説明した。
「だから、あいつら、やっつけて!」
「無理だね」
窓から外を眺めながら、力石の姐さんは呟いた。
「え? 無理……って?」
「やつらは『復讐連合』を名乗ったんだろ? 話には聞いちゃいたけどね……復讐のために人を殺そうっていう連中が、色んなとこから集まってんのさ。あっ。甲剛人もちらほらいやがるじゃないか。勝手に里を抜け出しやがって」
やつらが殺気に満ちてるのはわかってるよ。
だから、やっつけてくれって頼んでるんじゃないか。
そしてさ、また宝百合ちゃんに家を飛ばしてもらって、トンズラこけばいいの。
「いいや。やつらは決して諦めない。地獄の果てまで、ついてくる。あたい達か、あいつらか、どちらかが死ぬまで終わらない喧嘩が始まってんのさ」
「そんなぁ……。だけど、ぼく達も、あいつらも、世界の敵じゃないんだよ? そもそも戦う理由がないじゃない。家を壊したことなら赦してあげるからさ、もう帰ってもらおうよ」
「そうはいかないだろうね」
「どうして??」
「大切な家族や同胞を殺されちまったからさ」
ちょっと待って!
「何回も言わせないでほしいんだけど、ぼくもカーチャンも殺人なんてしたことないんだよ!」
「だけど……言い方は悪いが、同じようなもんじゃないか」
「はぁ!?」
宝百合ちゃんが、どこか後ろめたそうな、それでいて苛立ったような声音を出して、
「タカシさん、いいですか。心して聞いてください。ここ最近、地底世界で暴れまわり、多くの無辜の民を虐殺しているのは……」
「言われなくたって、わかってるはずさ」
力石の姐さんが勝手に決めつけてくるが、何の話なのやら、ぼくにはさっぱりわからないぞ。
「……あんた、本当にわからないのかい?」
「本当だよ! 大体、ぼくはs━━」
「聞いてください!!!!」
宝百合ちゃんが大きな声を出す。
「敵は……地上からやってきた人類なのです」
……。
…………ん?
えっ?
「ち、地上からって……ぼくみたいな……人間が?」
ぼくの疑問に答えようと、口を開いた宝百合ちゃんだったけど、お返事を聞くのは、もうしばらく後になりそうだ。
外から、今までとは違った種類のざわめきが聞こえてきた。
「地上人が空を飛んで来たぞ!」