第74話 平和を実現したい!
こんにちは。皇帝の枝の上からお送りしてます。
鷹司タカシです。
カーチャンもトーチャンも皇帝を殺す気満々。
命を守るため、ぼくは両親と戦います。
「えいえいえいっ」
食らえ!
全力パンチだ!
「うっとうしいわね」
「んぐうぇ!」
ぼくのヒョロガリパンチじゃ、カーチャンに一切のダメージを与えられないし、逆に、重たい一発を食らわされた。
皇帝の枝はとっても丈夫なので、少々の衝撃には平気だ。
そうでなきゃ、今ごろ枝はへし折れて、ぼくは地面まで落っこちてたかもしれない。
とんでもない暴力だもん。
作戦変更!
猫なで声作戦だ。
「ねぇ~ん、カーチャーン。んふぅ。タカシ、一生のお願い! 皇帝を殺すのはやめよ? ねっ?」
「じゃ、行ってきます」
「待って! 無視だけはやめて! 恥ずかしくなるじゃん! ねえ! 何でもするから! 今後はもう下ネタとか言わないから! 体育も頑張るから! 好き嫌いしないから! 誰も殺さないで!」
「どうでもいいことばかりじゃない……」
「くぅぅ……。トーチャンもカーチャンを止めてよ!」
「……」
「喋れよ!!」
もうダメだ、この両親。
いろんな意味でお話にならないよ。
「そもそも、殺す意味なんてないでしょ?」
「皇帝は魔力の塊なんだから、絶対ほしいわ。取りあえず殺して、それから好きなだけ奪えばいいじゃない」
強盗の論理じゃないか。
いや、皇帝の魔力に拘る必要はないんだよ。
「石油というエネルギーを使えばいいんだからさ」
これに対しても、カーチャンは同調しない。
「魔法なし。科学だけ。エネルギー源は石油だけ。それですぐに復興できるかしら?」
「時間がかかってもいいじゃん」
「復興までの間、まともな社会はないわよ。食べ物にも困るし、病院はまともに機能できないし、家だってボロボロなのばかりよ。でも、魔法なら?」
ぐぬぬ。
それには反論するのが難しい。
確かに、魔法を使えば、大勢の人々を効率よく助けられる。
わかってる。
それはわかってるんだ。
でも……
「皇帝を殺さなくてもいい。やつの魔力の一部を奪い取って消費する。それなら、どうだ?」
提案したのは、枝から枝へと移動して来たミコちゃん。
無事だったんだね。
よかった。
ところで、その提案なんだけど、
「断るよ。皇帝は全身が皇族人の死体なんでしょ? だったら、皇帝を一部だけでも使うってことは、皇族人の命を使うってことじゃない? それはやっぱりダメなんだよ。わかる?」
「おめぇと話し合っても無駄だってことがわかったぜ」
寂しそうな笑顔を浮かべると、ミコちゃんはカーチャンに向かって、
「だったら、皇帝を殺すしかないってことになるな。協力するぜ」
なんてことを!
軽々しく、人の命を奪う計画を立てるんじゃないよ!
だけど、それ以外に人類救済の方法があるのかと尋ねられると困る……。
「あるぞよ」
突然、話に割って入ったのは、額に第三の目を持つ全身エメラルド・グリーンの女の子。
この特徴は皇族人だ……けど、
「ちっっっっさ!」
手乗りサイズじゃん!
いや、ぼくの肩に乗ってるから、肩乗りサイズか。
不思議なのは、尾骶骨から尻尾のような物が生えてること。
それを辿れば、皇帝の枝に繋がる。
ってことは、
「きみ、果物?」
「皇帝じゃ」
「飛んで火に入る夏の虫だわ!!」
カーチャンったら、当たり前のように、小さな皇帝を殴った。
言うまでもなく、カーチャンのパンチは強い。
ミニ皇帝は全身が弾け飛んで死んじゃった。
「無駄じゃ」
「!?」
今度は別の枝から、ミニ皇帝が生えてきた!
「朕は大量生産できるのじゃ」
その言葉通り、無数のミニ皇帝がぼく達を囲んだ。
おもちゃ屋さんみたい。
「わざわざ来ていただいて光栄だわ。一体、何のご用かしら。もしかして命乞い?」
「ちょっと待って、カーチャン。それより、気にならない? 皇帝なのに、おっぱいが垂れてない! Dカップだ」
「黙ってなさい」
そんなに睨まなくても……。
ぼくの頭の上に乗っかるミニ皇帝。
彼女はカーチャンに親近感を抱いてるようで、
「緑色の地上人か……。懐かしいのぉ」
って言ってる。
「きちんとお会いするのは数日ぶりかしら。それが何よ?」
「皇族人を注入された地上人とは4万年ぶりの再会じゃぞ」
「注入……? どういう……こと?」
「ほっほ。簡単に言えば、そちは完全な失敗作。生まれてくるべきではなかったのよ」
カーッとなったカーチャン。
後先考えず、ぼくの頭の上のミニ皇帝に殴りかかろうとする……けど、ミニ皇帝は一人だけじゃないんだ。
他のミニ皇帝ズが、カーチャンに爆撃魔法を食らわせる。
「おい! 落ち着け! がむしゃらに立ち向かって勝てるようなちょろい相手じゃねぇ!」
ミコちゃんの叫びも何のその、怒り狂ったカーチャンは止まらない。
「私は私の母親から命を受け継いでんのよ! 母は私を大切に育ててくれたわ! おまけに、地球の悪魔も授けてくれた! 私の命をバカにすんじゃないわよ!!!」
「それを地球の悪魔と呼ぶか……。言い得て妙じゃの」
ミニ皇帝は案外強い。
なんせ、魔力は無限にあるんだからね。
これでもかこれでもかと魔力をふんだんに使用して、魔法の攻撃を繰り出す。
こうなると、さすがのカーチャンもやりづらい。
それにしても……
「だー! もう! 何かあればすぐ暴力で解決しようとするんだから!」
ぼくは抗議の声を上げる。
「たまには戦わないで話し合ってみない? まず、皇族人を注入って何なのさ!?」
「話し合うも何も、そちがしたことではないか」
「誰が?」
「そちじゃ」
ぼくか。
「ま、覚えがないのも無理はないじゃろ。シャットダウンすると同時に記憶は自動消去されるでの」
ぼくの頭の上でミニ皇帝はくつろぎながら、遥か昔を懐古する。
「4万年前に起動した折り、そちは設定を汚されたのじゃ」
魔法文明が発達して、だけど、争いの絶えなかった時代。
とうとう地上人以外のすべての人種が地底深くに沈んでしまった。
かつて皇居で聞いた昔話。
それには裏話があった。
「そもそもの始まりは、戦争を終わらせようと奮闘した者らの発明じゃ。それが人工知能搭載型魔錻羅器であり、朕なのじゃ」
ミニ皇帝ズの攻撃を防御しながら、ミコちゃんが驚愕する。
「おめぇも発明……?」
「正確には、朕のみならず、すべての皇族人よ。皇族人とは平和を成就するため、人の手により生み出された人種なのじゃからの」
「な……に?」
「皇族人をすべての人種に注入することで平和を成す。その考えはよかったのじゃ。ところが、肝心の人工知能搭載型魔錻羅器に、とんだ願い事をしおった痴れ者がおっての」
つまり、反逆者だ。
その反逆者は皇族人を注入することではなく、人種を隔離することに、平和の可能性を見出だした。
その結果が、地上人以外の人種の沈没。
「ぼくが……人々を沈めたの?」
「その際、本来なら全身隈無く皇族人を注入せねばならぬところを、そちは一人の地上人の心臓にのみ注入したのじゃ。地上を監督する存在を残しておこうという心積もりだったのじゃろうかの。そして、おそらくは、その子孫が……」
「……カーチャン……」
「ふぬうぅうぅぅぅぅううぅ!!!!」
体から湯気を発しながら、カーチャンは気合いを込める。
目にも止まらぬ速さでミニ皇帝ズを殺しまくったかと思うと、次の瞬間には皇帝本体に強烈なパンチをかました。
すかさずもう一発。
さらにはビーム魔法。
カーチャンは今、雄っぱいを寄せてない。
それでも魔法めいたことを実行できてるのは、地球の悪魔って能力のおかげなんだろう。
「わけわかんないわ! じゃあ、私達の命はまるで……まるで大昔の戦争に翻弄され続けてるみたいじゃない!!」
一方、カーチャンに散々ボコされた皇帝だけど、痛がる素振りを見せないどころか、一瞬で負傷した箇所を回復し、なおも進み続ける。
そして、ミニ皇帝ズをぼくの肩の上や腕やら足やらにくっつける。
「そう怒るでない。今度はそちが正しい設定をしてくれたのであろう?」
「はっ! だと思ったか!? 残念だったな!!!」
ミコちゃんが高笑い。
「このポンコツに設定された内容は『他人の命を思いやれ』だ!! 戦争を終結させる役にゃ立ちゃしねぇよ!!!」
「それこそ大正解じゃ!!!!!」
ミニ皇帝ズが狂喜する。
どうやらぼくがポンコツ平和主義だってことは、皇帝にとって都合がいいみたいだ。
真意はわからない。
いや、そもそも、わからないことだらけだ。
ミニ皇帝は満面の笑みで、
「朕を全人類に注入してたも」
とかわいくおねだりしてくるけど、
「注入って、どういうことなの? ぼくはただ争いを終わらせて、もう誰の悲しみも見たくないだけなんだ! そのためなら、どんなことでもするけどさ」
「朕とて同じじゃ」
「……同じ?」
「そちと朕は同じ目的のために造られた存在。誕生の経緯からして、運命共同体じゃ。目的とは、すなわち、恒久の安寧! 命を守りたくば、そちの能力を用いて、皇族人の注入に同意せよ!」
ぼくの能力……大量の魔力を一気に消費できること。
それはわかるけど、皇族人を注入するって?
全人類をカーチャンみたいにするの?
こんな緑色の人体模型みたいに?
ヤバくない?
「皇族人を注入することの本来の目的は、人体の植物化にある」
この言葉に、カーチャン、トーチャン、ミコちゃんの体がピクッと反応する。
「すべての人間から意思をなくし、植物に変質させ、光合成のみで生きられるようにするのじゃ!!!!」
そうすれば、平和を実現できるのだ、と。
皇帝の演説は終わり、一瞬の沈黙。
そして、カーチャン、トーチャン、ミコちゃんによる反論の大合唱が巻き起こった。
そんなこと許されるはずがない!
それは人を幸せにする方法ではない!
などと主張。
でも、ぼくは……ぼくは……
「ぼくは賛成だ」
声が震えた。
「タカシ……? あんた、何をバカなことを」
「カーチャン……ごめん」
「タカシーッ!!」
カーチャンのでっかい手がぼくを捕らえる寸前、ミニ皇帝ズがぼくを引っ張って、そのまま高いところへ連れて行こうとする。
「……っ!」
トーチャンが狙撃で阻止しようとしたが、失敗。
ぼくを運びながら、皇帝は語りかけてくる。
「考えてもみよ。人に意思や思考があることはデメリットではないか。地底では、先進国ほど人口が減少する傾向にあるが、これは生活に余裕ができ、考える時間が生まれたからじゃろう」
「考えるから……?」
「思考を巡らせた結果、結婚、育児、果ては生命に価値がないと判断してしまうのじゃ。つまるところ、滅びこそ究極の文明と言えよう」
「おかしいよ。どう考えても、命は一番大切なのに」
「なら、取るべき選択はひとつ……じゃな?」
「……うん。そうだね。」
ああ、心と体が震える。
ぼくはとうとう正解に辿り着いたんだ。
植物状態こそ、人のあるべき姿。
そして、それが平和への唯一の道。
ぼくは皇帝の頂に到着した。
見下ろした景色は地獄そのもの。
多くの死体。
少数ながら生き長らえた人々もいる。
壊れた港。
だけど、不変に輝くものもある。
青い空。
青い海。
そして……
「ねぇ、皇帝。この世界を明るく照らす太陽に誓うよ」
久々に心から笑えた。
「ぼくは世界を平和にする」