第73話 全人類の里を崩壊させたくない!
こんにちは。鷹司タカシです。
シェルター内は大混乱。
じじいが正気に戻るし、ジュリエットと羽豆天が侵入して来たんだもん。
「貴様らの罪、死を以て償え!!」
羽豆天が威勢よくおっぱいを寄せかけた。
けど……
「ほいさっ」
「ガッ!」
カーチャンが羽豆天に飛びかかり、ワンパンで吹っ飛ばした。
「ちょっとちょっと、シェルターの操縦と、人々の吸い上げは!?」
「それどころじゃないでしょ! あんた、殺されかけたのよ!? わかってるの!?」
「あぁあ!! 胸から手を離すなぁ!」
ぐっらぐら揺れるシェルター。
落下しちゃう!
「あら、ごめん。はい、寄せたから安心よ」
「謝罪が軽すぎる……。あれ?」
ふと気づいた。
カーチャンったら、上から下まで血塗れになってる。
返り血だ。
羽豆天を殴っただけで、こんなになるはずがない。
まさか……
「ロシア軍の兵隊さん達を殺したの……?」
「そうよ」
カーチャンの顔に反省の色はない。
「あんたを守るために、危険なやつらを殺す。当然でしょ」
「ふざけるな!」
価値観が違うとは思ってたけど、ここまでとは思わなかった!
おかしいでしょ。
人の命が大事だって教えてくれたのは、カーチャンじゃないか。
「命は大事よ。私もそう思う。だからこそ、生きるため、命を繋ぐため、命をいただくのよ。殺害を一切受け入れられないなら、食事だってできやしない。座禅を組んで、静かに死を待つしかないわ」
話が飛躍しすぎだよとツッコミを入れたかった。
けど、医務室の入り口で扉にもたれかかるミコちゃんが、それを止めた。
「俺達はみんな同じだ」
ぼくを見つめるミコちゃんの表情はいつも通り険しい。
「みんな、人を救いたいと思ってる。命が大切だとわかってる。だが、その解決方法は話し合いじゃねぇんだ」
「死ね、筋肉ゴリラ!」
ジュリエットがパーティーバッグを開いて、さっきじじいが放ったビームを放出した。
カーチャンはそれをお尻で受け止めた。
ミコちゃんは失笑して、
「ほら、な? そもそも、話の通じねぇやべぇやつがわんさかいるんだぜ。話し合うだけで仲良くなれるんなら、原始時代の時点で、とっくに戦争はなくなってたはずだろ」
「主婦のお尻を甘く見ないことよ!」
カーチャンがビーム魔法をお尻で打ち返した。
ジュリエットはそれをパーティーバッグで受け止め、もう一度放出。
それをお尻で打ち返すカーチャン。
野球部かな?
「タカシ。俺達は世界平和のために、戦争をしなきゃいけねぇ」
ミコちゃんの言葉がぼくの心に刺さると同時。
ジュリエットがビーム魔法を別の方向に放った。
「打ち返されるのうんざりなんだよぉおぉぉぉお!!」
ビームの飛んでいくところには、千祚代ちゃんとか、歩拠人とか、大勢の人々。
一瞬のうちに、ぼくの脳内で思考が巡る。
まだ逃げてなかったの?
負傷してる人ばかりだから、素速く移動できなくて当然か。
気づけなかったぼくに責任がある。
そうだ、ぼくは人々の命を預かってる立場なんだ。
次の瞬間、ぼくは走り出してた。
他人の命を守るために誰かが犠牲にならなきゃいけないなら、その犠牲になるのはぼくでいい。
「お前には無理だど!」
歩拠人の旦那さんが、ぼくの首根っこを掴んで、ぽいっと投げた。
ぼくは彼の奥さんのそばに着地。
旦那さんは雄っぱいを寄せて、防御魔法を発動。
「おおぉぉおおぁあああぁあぁあぁぁぁあああ!!!」
彼は地底人だし、ぼくなんかよりはよっぽど魔法に長けてるのかもしれない。
でも、不安。
果たして、それはジュリエットの放つビームに対抗できるほどの魔法能力なのか。
旦那さんは全力を出した。
妻の前でいいところを見せたい的な欲があったのかもしれない。
自身の体の一部を吹き飛ばされながらも、どうにかビーム魔法を霧散させた。
「さすが私の夫だど♡」
のろける奥さん。
愛の力?
小学5年生のぼくにはわかんないけど。
「そうだど。まだほんの子供だど」
歩拠人の奥さんはぼくを抱き締めた。
「背負うな。子供は子供らしく、大人に守られてればいいど」
「それは……無責任じゃないかな」
「それでいいど。子供に責任なんてあるもんか。あるとすれば、それは生き抜くこと。子供さえ生き延びてくれればいい。それがすべての親の願いだど」
この言葉に、旦那さんが頷いた。
あったかいな、家族の愛は。
「ああああぁあぁぁぁあぁ!!! どうしてぼくを大切にしてくれないんだよ!!!!! この世界は狂ってる!!!!」
じじいはキラキラ手裏剣を大量に飛ばした。
「あんたさえいなきゃ、ロミオはあたしのものだったのよぉぉおぉぉ!!! よくも邪魔しやがって!!!! 筋肉達磨め!!!!」
ジュリエットはパーティーバッグから、ありったけの魔法を放った。
冷酷な人達は、大切な絆の存在を忘れてしまった人達なのかな?
色とりどりの魔法がシェルター内を埋め尽くす。
国民が血を流す。
もう収拾がつかない。
死が止まらない。
ぼくの声は誰の心にも届かない。
みんな自分の身を守ることに必死だ。
「あっ……あぁぁ……ん。そこ、もっと……」
カーチャンはぼくの元へ飛んで来ると、ごっつい背中を盾にして、攻撃を防いでくれる。
カーチャンにとっては、敵の攻撃なんてマッサージみたいなもんらしい。
「ぼくはいいから、みんなを守ってあげて!」
「嫌よ。他所の子よりも、うちの子が一番大切なんだもの」
「じゃあ、ぼくを守る片手間でいいからさ!」
「あんただけで手一杯だわ。世話の焼ける子ねぇ」
「余裕綽々のくせに、よく言うよ!」
「じゃあ、一発だけよ」
ここで悲しいお知らせ。
あまりに言葉を理解できなさすぎる脳筋主婦、防御魔法じゃなくって、攻撃魔法を発動してしまいました……。
しかも、こんな時に限って、桜色のこじゃれた電撃魔法を。
「させぬわ!!!」
瓦礫の中から飛び出たのは羽豆天だ。
生きててよかったね。
でも、もうちょっと寝ててほしいな。
無理?
どうしても地上人を殺したい?
だったら、せめて、ジュリエットや忍者じじいと戦ってほしい。
「思い通りになると思うな、地上の悪魔!」
「えっ!!?!?」
まるで逆。
羽豆天のやつ、ジュリエットを倒すどころか、身を挺してジュリエットを庇った。
カーチャンの雷に打たれながら、やつは叫ぶ。
「悪魔同士で戦え! 滅ぼし合え!」
こうなると、誰にもジュリエットとじじいの暴走を止められない。
さすがのシェルターも、度重なるダメージを受けて、とうとう崩れゆく。
さよなら、ぼくの国。
足場をなくしたぼく達は落下する。
いや、ぼくの場合はカーチャンが魔法を使ってくれるから、ゆっくり落下できる。
でも、他の人々はそうはいかない。
おっぱい・雄っぱいが残ってる人がごく少数だし、それに、誰もが浮遊魔法を得意としてるわけじゃない。
「あでぇ!!」
じじいはシェルターの破片に頭をぶつけた。
ざまぁ。
でも、ジュリエットは止まらない。
なぜなら、羽豆天が破片から彼女を守ってるから。
「撃て! 放て! 殺せ! 地上から悪魔を一掃せよ! 死を以て罪を償え!!!」
「あぁあぁぁぁああぁぁあ!!!」
こめかみに血管を浮き上がらせるジュリエット。
空中を落下しながらでも、魔法を放つことだけは中断しない。
傷だらけのパーティーバッグから、ドコスカバッコンブパラララ……プスプス……プス……段々と出てくる魔法の量が減ってく。
限界?
ほら、何も出なくなっちゃった。
「う……うぅ……んぐうう……」
ジュリエット、気張る。
「どうした! これで終わりか!? それでは我が復讐が果たされぬではないか! さあ、もう一発!」
「ん……っはぁ…………」
「……あ」
最後の最後にジュリエットがパーティーバッグから放り出したのは……
「我が家族ではないか!!!!」
羽豆天と同じ人種の頭部がひとつ……二つ……三つ……四つ。
どの顔も安らかな顔つきをしてる。
「何ということを……何ということを……!!!」
羽豆天はおっぱいから手を離した。
家族の頭に手を伸ばした。
けど、その手が届くことはなかった。
一発の弾丸が、羽豆天とジュリエットを二人まとめて撃ち抜いたから。
「ロミオ……」
「……」
ジュリエットが最期に目にしたのはトーチャンだった。
無言無表情でライフルを構えた姿で、空中を落下する美中年。
「あっなったぁ~~~~♡♡♡」
人が死んで嬉しそうにするな!
カーチャンは満面の笑みでトーチャンを手繰り寄せ、抱き抱えた。
「久々の家族団欒ねぇ」
「団欒なんて状況じゃないでしょ! ほら、早く救助してよ! 命を見捨てないで!」
「絶対に逃がさない!!!」
ぼくとカーチャンの会話を遮った大声。
それはじじいの娘が発したものだった。
「やめてくれ。ぼくを一人にしてくれ。もう疲れるのは嫌なんだ。きみと一緒にいるのはうんざりする」
「結婚したのも子供を作ったのも、あんただろ! 勝手なこと言うな!」
スウェーデン人の親子は空中を落下しながら、取っ組み合い、揉みくちゃになってる。
じじいはどうにかして雄っぱいを寄せようとするんだけど、娘がそれを邪魔する。
彼女は魔法を知らない。
ただただ必死に父親と向き合おうとして、結果、魔法を発動させない形になってるんだ。
「親なら親らしくしろ!!!」
そのまま二人は地面に墜落して、皇帝の根っこに踏み潰されて、終わった。
* * *
カーチャンは皇帝の枝の上に止まった。
ぼくはそこからノルウェーの港を見下ろした。
大きなタンクや建物が破壊されてる。
ぼくの国民は次々に地面に落ちてる。
やっとのことで皇帝の枝に掴まることができた人もいるけど、数えられる程度だ。
「あぁ……あ……」
ほんのりと光るエメラルド・グリーンの皇帝の上で、ぼくはうなだれた。
もう何度目だろう、自分の弱さに絶望するのは。
「何が魔法道具だ! 人間じゃない? 特別な存在? それがどうしたのさ! なんっにもできやしないポンコツのままじゃないかぁ……」
「それでいいのよ」
カーチャンがぼくを抱き締めた。
トーチャンも。
「子供を守るのは親の役目。あんたはまだ子供なんだから、堂々と親に守られてなさい。親より長生きするのが子供の務めよ」
甘い響きだ。
でも、信じていいんだろうか?
ぼく達はただ自分達だけが無事でいられれば、それで満足すべきなんだろうか?
自分の子供の命が一番大切。
それはそうかもしれない。
だけど、それはカーチャンとトーチャンだけじゃなくって、すべての親が思ってることなんじゃないの?
ぼく達だけが幸せになっていいの?
よその子供は死んじゃってもいいわけ?
他人を見捨てて生きるんだったら、じゃあ、ぼく達が持ってる力は何のためにあるって言うのさ?
「ねぇ、ぼくが生まれてきてよかった?」
「もっちろんよ」
「ぼくのことを守ってくれる?」
「それが私達の生きる理由よ」
「やっぱりね……」
他人のために生きることがどれだけ尊いことか、本当は二人もわかってるじゃないか。
それが人生の答え。
ぼく達は他人を守るために生まれてきたんだ。
「それじゃ、お次は皇帝をブチ殺すわよ!!!」
世界を救うため、ぼくは両親と戦わなくちゃならない。