第66話 自分の選択を信じたい!
こんにちは。鷹司タカシです。
ぼくは誰の悲しみも見たくないです。
だけど、ぼくが皇帝を倒さないと、みんなを助けられないみたいです。
それでも……命を殺す選択ができません。
シェルターは大陸の上空を飛びます。
* * *
人の住むところはどこも例外なく荒れ果ててる。
自然だけは変わらない。
いつも通りに、いや、むしろこんな状況だからか、いつも以上に美しく見えた。
* * *
助けられる命は助けた。
親を亡くした子供。
子供を亡くした親。
飼い主を亡くしたペット。
故郷を無くした地底人。
助ければ助けるほど岩シェルターは狭く、重くなった。
* * *
「いくら休憩したところで、解決にならないよね」
万里の長城の壁に腰かけて、ぼくは不安を口にした。
小休憩のため、ここに着陸したんだ。
「みんな、おっぱいが小さくなってきちゃってる」
「魔力なら、そこの皇族人がたっぷり持ってるんじゃなくて?」
瘤瘤の冷静な指摘に感謝!
ところが、ミコちゃんはぷいっと顔を背けた。
* * *
ぼくの国民は働き者だ。
食糧探し。
異人種とコミュニケーション。
難局を打開しようと策を練る。
負傷者の治療。
などなど、みんな自分にできることを積極的にしてくれる。
「人間、諦めが悪いもんですね。死ぬまで生きようと足掻いてます」
藤原総理の言葉が脳内に蘇った。
「うー!」
「うー!」
「うー!」
うんうん。
うー人も手当たり次第に木を伐採してるね。
偉い偉い……。
「えぇえぇぇぇ!! 勝手に伐採したの!?」
「お前、バカ。許可、必要ない」
それもそっか。
世界中、どこも国が国として機能しちゃいないだろう。
でも……どうして木を切るのさ?
「国、でっかくする!」
うー人は魔法が苦手。
だけど、木材加工が得意な大工さん。
シェルターを拡張してくれるらしい。
ありがとう。
でも、木造建築は心許ないな。
攻撃されたら、めちゃ簡単に壊れちゃいそうだもん。
「とは言え、卵不足なのよ」
瘤瘤が溜め息を吐いて、
「生き残った七手土吐人は私一人だけだし、一日に産める卵の数には限界があるもの」
「卵を魔法で固めるんだっけ」
「木造建築をベースにして、それを私の卵と魔法で補強するのが現実的ね」
* * *
必死になってると、空腹を感じないもんだね。
いつの間にかお昼を過ぎてる。
「炊き出しだぞ~!」
料理をしてたグループが大きく声をあげた。
カマキリみたいな容姿の人々。
どれどれ。
一体どんなご馳走かな。
「う゛っ」
好奇心で集まった人々が、顔をしかめた。
だってだって、お鍋の中には、
「虫じゃん……」
そこらで捕ってきたんだろう。
原形をとどめてる虫がごった返してる。
何これ。
「一応聞いてみよっかな。味付けは?」
「ミミズ」
「……隠し味は?」
「ハエ」
「……」
カマキリ人間以外、ドン引きしてる。
ぼくもさすがにこれは……。
「何だよ、てめーら。俺達の飯が食えねーってのか?」
食えないよ!
でも……ぼくは思い出す。
カーチャンの作ったカレーにドン引きしてた宝百合ちゃんと力石の姐さんの姿を。
あの2人はカレーがうんちょすにしか見えないって言ってたっけ。
本当は美味しいのにな、カレー……。
じゃあ、この虫鍋もいざ食べたら、美味しかったりして?
どうしよ。
やっぱここは国の長として一口くらいは食べなきゃいけない感じなのかな?
「くっだらねぇ」
ミコちゃんがしゃがんだ姿勢で、
「たかが食いもんのことでごたごた言ってんじゃねぇっつの」
「……何してんの?」
「食事だよ」
ミコちゃんは土をほじくって食べてた。
* * *
「大発見だよ」
周囲の偵察に行ってたリッキーが帰ってきた。
「核兵器が落とされた場所を見つけた」
日本以外も犠牲になったらしい。
愕然とするぼくを他所に、彼女はにやにやしながら、
「もうひとつ発見したものがある」
「今度は何?」
「皇帝の足跡さ」
リッキーは言う。
ぼくの国に協力するのは、まだ皇帝との戦いを望んでるからだと。
「追いかけようじゃないか。最悪の災厄を」
* * *
はちゃめちゃに増築されたシェルターはまるで蜘蛛っぽい。
これ、完成形を想定せずに造り始めちゃったでしょ。
「うー……」
「あっ、なんか、えっと、かっこいいよね!」
「うー!」
かわいいうー人を落ち込ませたくなかった。
「あれ?」
増築された部分に入ってみて、びっくりした。
新しい家具がいくつもある。
机とか椅子とかベッドとか。
「うー人、家具まで作ってくれたのか。本当にすごいや……」
* * *
シェルターは再び空を飛ぶ。
「揺れるけど我慢してね」
ぼくにはそう言ってあげることしかできない。
ここは新設された医務室。
ケガや被爆で苦しむ人達が収容されてる。
「……」
「あうん、うぇうぐ。うわー。あー」
うるさいよ、忍者のじじい!
目が見えなくなっても沈黙し続けるトーチャンをちょっとは見習ってよね!
「うぇぁーん。ぎゃーう! いぇあああ」
うんざり。
歩拠人の女性にお願いしよう。
「もう一度、子守唄を歌ってあげて」
「嫌だど」
そう言って、じじいにフルスイングパンチ。
あわわわ。
いくらうざいからって、殴っちゃダメでs……あ、静かになった。
死んだ?
「揺れは我慢でどうにかなってもねぇ」
医師の千田が汗をたらたら流しながら、
「治療しようにも道具がなくっちゃ話にならないよ。魔法はもう使ってもらえないんだよね?」
「うん……。シェルターを飛行するために温存しておきたいからね。それに、ぼくにはもうおっぱいがないもん」
地底人のおっぱい・雄っぱいが残り少ない。
地上人の中には、たっぷりおっぱい・雄っぱいを持ってる人もいるにはいるんだけど、
「さっき開いた国会で、地上人に魔法を教える案は反対多数で否決されたんだ。魔錻羅器はいわば銃や剣みたいなもの。武器を信用ならない連中に貸すのは危険極まりないからってさ」
* * *
皇帝の足跡に沿って、ユーラシア大陸を横断していく。
どこまで行っても惨状の連続。
世界中の各国政府が核兵器の投下を推し進めてる。
地底人との対話路線はまったく想定されてないらしい。
それだと、地上人の血も流れることをわかってるのか。
助けられる命は助けた。
親を亡くした子供。
子供を亡くした親。
飼い主を亡くしたペット。
故郷を無くした地底人。
助ければ助けるほど岩シェルターは狭く、重くなった。
* * *
シェルターの屋根に座って、ひとり、夜空に浮かぶ星を眺めた。
あっ。
流れ星。
あっ。
キノコ雲。
自分で自分の頭を殴り付けた。
戦うのもヘタ。
建築も料理もできない。
医療の知識もない。
優秀な国民があれこれしてくれて、ぼくはただ見守るだけ。
自分の無力さを実感しながら、漫然と時が流れていく。
「何もできないポンコツだ、ぼくは」
「嘘をつくな」
背後からミコちゃんの声。
振り返れば、ぼくを見下す冷たい瞳。
「おめぇはできないんじゃねぇ。やらねぇんだ」
違う。
違うんだ!
ぼくは間違ってない。
皇帝の命を利用するなんて絶対にしちゃいけないことだ。
人の命を大切にすることは正しいことだ。
これ以上の正義なんてあるもんか。
「だったら、せいぜい悪人にならねぇよう、これ以上、選択を間違えるなよ? もしミスったら、おめぇは……人を見殺しにすることになるんだぜ」
シェルターは進み続けた。
皇帝の足跡に沿って。
ぼくは泣き続けた。
黒い雨に打たれながら。
* * *
呑気なくらいピーカン晴れ。
翌日、ぼく達はとうとうヨーロッパに到達した。
一日で地球を半周以上したことになる。
やっぱり魔法はすごいや。
「残念なお知らせよ、全人類の里の長」
瘤瘤の顔は少しやつれてる。
「もうほぼほぼ魔力が尽きたのよ」
「……皇帝は?」
「足跡は見失ってないけど、まだ追いつけてない」
皇帝は一体どこに向かってるのかな?
ミコちゃんが苦々しげに、
「やつが意味なく移動し続けてるだけとは考えにくい。利己的なあいつのことだ。何かしらの狙いがあるはずなんだが……」
親の心、子知らず。
ミコちゃんにもとんと見当がつかないらしい。
シェルター内に重苦しい空気が漂う。
先行きが見通せないのは苦しいよね。
でも、目の前にやるべき課題が積み重なってるのは見えるでしょ。
それをひとつひとつ処理しようよ。
「争いを止める。怪我人を助ける。死者を弔う。治療に必要な道具をかき集める。ね? やるべきことはいつだってシンプルだ」
ところが、いつだって想定してないことが急に訪れる。
「「「「うーははははは!」」」」
うー人が唐突にお祭り騒ぎをおっ始めた。
「あいつら、戦ってる」
「バカ」
「地上、最高」
「うーける」
今さら戦いなんかの何が面白いのやら。
「今までと違う」
「どう違うのさ」
「見ろ」
言われるがまま、窓から外を覗いて見た。
「地上人同士で、戦ってる」
「あいつら、バカ」
「うーはははは」
「自分で不幸、作ってる」
本当だ。
兵隊さん達が武装してない人達を殺してる。
抵抗しない一般人は裸にされて、車の荷台に乗せられ、そのまま出荷だ。
「どうするよ、大将」
ミコちゃんに尋ねられた。
言ったでしょ。
目の前にある課題をこなすんだって。
「助けに行くよ」
* * *
残された僅かな魔力。
ほんの少しの地上の武器。
その寄せ集めで、どうにか数名の命を救助できた。
とは言え、現地の人にも、ぼくの国民にも犠牲者は出た。
まさか、地上人同士での戦いで、人が死ぬなんて……。
「何がどうなって、そんな馬鹿げた事態になったのさ!?」
怒り混じりに、北欧人に質問をぶつけた。
「あれはロシア人です。やつらはスウェーデンにまで食糧や領土を奪いに来たのです」
「じゃあ、誘拐は何のため?」
「北海油田を奪取したと聞きます。そこでの採掘作業に当たらせるためでしょう」
話が違うじゃないか。
藤原総理、きみは言った。
地上人は生きることを諦めないって。
そのために、団結するんだって。
「違わねぇさ」
すかした態度のミコちゃん。
「自分達が生き抜くために、他人を犠牲にしてるだけだぜ」
現実は厳しい。
と言うか、おかしい。
それを体現する人物が嵐のように現れた。
突風。
爆撃?
いや、魔法。
他人を死傷させた動機はとっても浅はかで、
「この世のすべてのロミオをいったっだっきに参上~」
高級そうなパーティーバッグ。
金髪と赤いラバースーツ。
間違えようもないほど特徴的な女の人だ。
そう、きみは、
「ジュリエット!!!!」
「うわ……また、あんたかよ。うっとうしいから殺す!」
「待って! 待って!」
「ガキンチョはタイプじゃないの!!」
「話し合いとかできないの?! 人付き合い苦手すぎない!!?」
「同情しないでちょうだい!!」
どうするどうするどうする!?
魔力も武器の残量も限界。
戦える?
凌げる?
命を守れる?
「……」
銃声。
着陸したシェルターに乗ったままのトーチャンが放った。
目が見えないはずなのに……きっと声だけを頼りにして撃って……見事ジュリエットの足元に着弾させた。
外したのは、わざとだろう。
ぼくが殺さないでと言ったことを覚えててくれたんだ。
「……」
ん?
ジュリエットの様子がおかしい。
弾は当たってないはずなのに。
「ロミオ……」
……え?
ジュリエットはまっすぐトーチャンを見つめてる。