第65話 地獄を見たくない!
おはようございます。鷹司タカシです。
核兵器が東京に落とされました。
ぼくは助かったんだけど……トーチャンの様子が変なんです。
「トーチャン……??」
トーチャンは両目を押さえて、うずくまってる。
「まさか……」
周囲を見渡して、ぼくは気づいた。
国民の多くが体調に異変をきたしてる。
放射能被害だ。
発熱。
吐き気。
下痢。
様々な症状が見受けられる。
トーチャンの場合は……失明。
「核兵器のせいで……」
「いいや、おめぇのせいだ」
ミコちゃんが怒りに満ちた瞳をぼくに向ける。
「おめぇはやるべきことをやってねぇ。見ろ! どいつもこいつも自分にできることを必死にやってらぁ」
シェルター内は俄然、騒がしくなった。
症状のない人、症状の軽い人が率先して動いてくれてる。
少しだけど回収できた地上人もいる。
千田もその一人。
地底人の体の仕組みには詳しくないのに、頑張って治療しようと奮闘してる。
「我が国の行ないは間違ってないと思うよ。ふふ。でも、ぼくは難関高校と難関大学を卒業したエリート医師だからね、医師としての仕事を全うしなきゃ」
飽くまで核兵器の使用を責めない千田。
その点をとやかく言う人はいない。
だって、彼は自分の知識と技術をフル活用して、人助けをしてるんだから。
「ああうあうんむわぁ」
「うるさい! うるさい!」
泣き喚く忍者じじい。
それをボコるうー人。
びっくりした子供達が泣き出しちゃったじゃないか。
「マスコットキャラクターみたいで可愛いのに怖いよぉ」
「おじいちゃんが殺されちゃうぅ」
「誰か止めてあげt……わぁ」
人々の荒れた心を宥めたのは、優しい歌声だった。
♪眠れ
眠れ
黄金の鳩よ
和め
和め
紺の天より
沈め
沈め
黄櫨の海に沈め♪
それは歩拠人の歌う子守唄。
うー人を大人しくさせられるなんて、すごいや。
「どう思うんでい?」
ミコちゃんはいまだ厳しい顔つき。
「みんな必死に生きようとしてらぁ。生かそうとしてらぁ。それなのに、おめぇはどうでい? 全人類の里の長よぉ!」
「……ぼくに何かできるかな?」
「あんだろうがよ! おめぇにしかできねぇことが!」
こらこら。
大きな声を出すと、せっかく寝付いた子供達が起きちゃうよ。
いったん落ち着こ?
話し合お?
かーっとなっても何も解決しないからさ。
「そうだな。じゃ、みんな、さっきの話を続けるから聞いてくれ! こいつぁ人間じゃねぇ!」
「やめてやめてやめt━━」
「黙れ!!」
フルスイングで殴られた上、頭を踏みつけられた。
ぼくを抵抗できない状態にしておいて、ミコちゃんは叫ぶ。
「こいつぁ魔法道具だ! 魔錻羅器だ! 人工知能搭載型特殊魔錻羅器なんだ!」
やめて!
直視したくない!
誰にも知られたくない!
「人間にしか見えないけど?」
シェルターを操縦する瘤瘤が冷静にツッコミを入れた。
「人間なら傷が勝手に治ったりしねぇ。地上と地底を繋ぐ扉の『鍵』であるわけがねぇ」
「それは……。でも、魔法道具だとして、それが何なの? 結局、ポンコツでしょ?」
ひどいよ、瘤瘤。
「体力や魔法能力は確かにポンコツだ」
ひどいよ、ミコちゃん。
「こいつの本領は魔力消費だ」
ミコちゃんは説明を続けた。
ぼくに備わった機能━━大量の魔力を一度に消費できること。
「で、それが?」
瘤瘤を始め、国民の多くの反応がこれだった。
その機能に何の意味があるのか、と。
これに対して、ミコちゃんは自分のおっぱいをこれ見よがしに強調した。
「自己紹介をするぜ。俺ぁ胸を寄せても、」
「……??」
「離しても、魔法を発動してられる。ほら、翻訳魔法は発動したままだろ?」
「……!!」
更に、ミコちゃんはおっぱいを離したまま、あちこちの物を浮遊させて、治療や看護の手助けをしてみせた。
シェルター内に大きなどよめき。
「これが俺達皇族人の特性……全身が魔力なんだ。だから、わざわざ胸を寄せなくったって、常に身体中の魔力が寄せられてる状態ってこった」
そして、皇族人のもうひとつの秘密。
彼らは死後、全緑景樹に取り込まれる。
つまり、あの大木は魔力の塊であり、それと一体化した皇帝はとんでもない魔力を持ってる。
「……タカシくんの能力があれば、莫大な魔力の塊である皇帝を倒せる……ってわけね」
瘤瘤は納得した。
「力があるのに、使わねぇ。だから、人を助けられねぇんじゃねぇか!」
ミコちゃんは怒る。
でも……ぼくはやっぱり変われない。
「いくら皇帝が地上侵攻を唆したからって、殺すのはよくないと思う。だって、あの人にもかけがえのない命があるんだもん」
「で、それ以外の命は見捨てるってわけかよ!? バッキャロ!!」
ミコちゃんがぼくの胸ぐらを掴んで、めっためたのぐっちょぐちょのぎったぎたにエンドレス・パンチをした。
「いだっいだいっびゃめでぇぇぇええぇえぇ」
「……!!!」
トーチャンが助けてくれようと動いた。
ところが、目が見えないから、よろめいて、ミコちゃんにパンチ一発をもらって、床に倒れこんだ。
弱い……。
「おめぇの躾はどうなってやがんだ!? えぇ!!?」
「……」
「何か言えよ、おらぁ!」
「やまへ、トーチャンはわぅくなひからぁ」
「おめぇは何言ってるかわっかんねぇよ!!」
ぼくに対する暴力はしばらく続いた。
止める人はいなかった。
あのー、ぼく、一応、この小国のトップなんだけど。
「皇帝を倒すことに意味があるど?」
待ったをかけたのは歩拠人の妊婦。
そうだよ。
今は戦争を止めたり人を助けたりと、やるべきことが山積みじゃないか。
「あいつぁ現在進行形で大勢の人を殺してるぜ。それに、自分勝手な理由で地上と地底を繋いだ罪を裁かなきゃならねぇ」
「最優先にするほどの理由にはならないど」
「いや、絶対に最優先だ。皇帝の莫大な魔力を使えば、負傷者の治癒も、荒廃した大地の回復も、戦争を強制的に終了させることもできらぁ」
いわば、地底の皇帝は油田。
「長が頼りねぇから、俺が代わりに国是を掲げてやらぁ。皇帝を打倒することこそ、大勢の命を助けられる唯一無二の方法だ!」
ぼくはミコちゃんと目を合わせれない。
静謐がシェルターを包んだ。
次第に、淀んだ空気が充満し始める。
「……せ……」
「……こ……せ……」
「……殺せ……」
「殺せ」
「殺せ」
「殺せ殺せ殺せ」
「皇帝を殺せ!!!」
核兵器への恐怖なのかな。
生き延びたいっていう本能なのかな。
あるいは将来世代への思いやりなのかな。
何かが人々の心をひとつにした。
地上人も地底人も、同じことを願ってる。
「タカシ……いや、全人類の長」
ミコちゃんがぼくの胸ぐらから手を離した。
ぼくはトーチャンの上に落っこちた。
「これがおめぇの国民の声だぜ。国のトップを気取るんなら、国民の声に応えやがれ」
治そうと思ってもないのに。
おっぱいを寄せてもないのに。
ミコちゃんに殴られてボコボコになった顔が完治した。
それと同時に、ぼくのおっぱいは消失。
また無乳のヒョロガリに戻った。
ぼくは人間じゃない。
自分の正体も、みんなの希望も、全部わかった。
受け入れるよ。
ぼくはトーチャンから下りて、その手を握った。
ぼくはトーチャンやカーチャンと血の繋がりはないのかもしれない。
でも、一緒に築いた思い出は嘘じゃないよね。
ありがとう。
ぼくを育ててくれて。
ぼく、トーチャンのことも、カーチャンのことも大好きだよ。
だから……言わなきゃ。
「命は大事だ!」
ぼくは立ち上がった。
「命より大事なものなんてない。たとえどれだけ効率的でも、他人の命を消費して自分達だけ助かろうだなんて方針、受け入れられない!!」
「こいつ、バカ」
うー人が笑う。
「話し合おう! 議論じゃないよ。普通にお喋りするの。そうしたら、お互いを知ることができるんだ。安心できるはずだよ。なーんだ、みんな同じ人間だって」
思えば、それはまさにカーチャンがしてたことだ。
誰とも対等の人間同士として接する。
カーチャン……。
ただの筋肉ゴリラじゃなかったんだね。
ずいぶん賢いゴリラだった。
「あたいの母は女手ひとつであたいを育ててくれた」
いつの間にか正気を取り戻してたリッキーが口を開いた。
「強い人さ。でも、それは心の強さだ。腕力じゃ男に敵いやしない。ある日、あたいの目の前で、見ず知らずの男に嬲られて殺されちまった」
全国民が聴衆となって、静かに耳を傾けた。
ただ震えるばかりで何もできなかった少女リッキーの悔しさを。
ひたすら筋トレに捧げた青春時代。
それでも男性の体力に勝てなかった彼女に開いた地底への扉。
「強い女になりたかった。甲剛人の長が女だてらに滅法強いんで、あたいはその人のファッションやら口調やらを真似してみた。名前もね。だけど、あんなに強い人でさえ死んじまった」
「でも、だったら、どうして弟子入りするとか、稽古をつけてもらうとかしなかったのさ?」
ぼくは単純な疑問をぶつけた。
「強い女を見つけて、戦って、殺せば、あたいが強いことの証明になると思ったからさ。わかるかい?」
わかんないよ。
「じゃあ、あたいとあんたが同じ人間だなー……って思えたかい?」
何も言い返せなかった。
どこかで誰かがぽつりと呟いた。
「悪魔め」
ぼくはもう何も言わなかった。
はっきりわかったんだもん。
ぼくのやり方じゃ、国をまとめあげることができないって。
シェルターは山を越え、海を越え、飛び続けた。
だけど、どこまで行っても、ぼくは自分を変えることができなかった。
命は何よりも大切だ、と信じ続けた。
そして、大陸へ━━。




