第7話 誤解を解きたい!
いやああああぁぁぁぁああぁあああん!!!
鷹司タカシです!!!
魔法の力によって空を飛んでいた我が家が、敵の攻撃を受けて、ジャングルに墜落しました!
それだけなら、まだしも……
「ぼくの小さな息子を見ないでぇーーっ!」
下半身が剥き出しの状態で、ぼくは無数の化け物どもに囲まれた。
木や茂みのそばに立つ者もいれば、濁った川の中を泳ぐ者、空中を飛んでいる者もいる。
外見は、ハンペンのようだったり亀のようだったり鳥のようだったりと、様々。
共通するのは、2本の足が生えてること、人語を喋ることくらいかな。
つまり、どう考えても人間とは違う生き物なんだけど、地底に来てから初めて出会った甲剛人のように、見た目は変でも心のある生き物なのかもしれない。
実際、甲剛人の姿もちらほら見える。
「こ、こんにちは~……」
取り敢えず、挨拶をしてみた。
「……」
返事はない。
「……」
「……」
「……」
動きもない。
何なんだ、この膠着状態は。
どうして、きみ達、黙って半裸のぼくを見つめてるの。
ストリップじゃないんだぞ。
「カーチャン……」
この状況で一人は心細い。
だってだって、宝百合ちゃんによると、相手は世界を危機に陥れた悪いやつらだって言うじゃないか。
ぼく、殺されちゃうのかな……。
「……助けて……」
一体どうしてカーチャンは家から出てこないの?
ケガでもしたのかな?
まさかまだアイスを食ってたりして……。
もういっそのこと、くるりと振り返って、家に駆け込んでしまいたい。
でも、下手に動けば隙を見せることになりそうで、ズボンとパンツを履くことすらできない。
一応、股間は片手で隠している。
両手じゃなくて、片手で十分なのが悲しいね。
うぅ……。
「臆するな!」
沈黙を打破する一声が、突如、空高くから響いた。
化け物どもが空を見上げる。
ぼくも声の主を探して、顔を上げる。
「屈辱を忘れたか!? 悲劇を忘れたか!? 思い出せ! 我らに失うものなど何もないと!!!」
激しく厳しい演説をぶつのは……鳥!
肩から腕の代わりに生えている大きな両翼をはためかせ、その鳥は舞い降りる。
まるで鷲にそっくりの顔立ち。
なのにつんと上を向いた鳩胸。
袖無しの黒いツナギは体にぴったり密着。
細い足の先には鋭い鉤爪。
そのすべてが……濡れている!
あぁ~~~、間違いないよ!
さっき、ぼくがおしっこぶっかけちゃったやつだよ!
鳥さんは怒りに満ちた表情で、ぼくに近づいてくる。
「おやおや?」
尿まみれの鳥が目の前を横切る時、化け物どもが軽く一礼している。
え?
もしかして、こいつがボスなの?
世界を危機に陥れたヤバイやつらのボスなの?
そんなすごいやつに、おしっこかけちゃったの?
「おい、貴様」
「ひーっ」
蛇に睨まれた蛙というのは、これかな?
ボスの鋭い眼光にさらされたぼくは、今まで以上に萎縮してしまった。
「地上人類であるな?」
「は……はい」
「よし、死刑だ」
「うおおおおおおおおおおお」
すべての化け物が歓喜する。
「ええええええええええええ」
ぼくが全力で嘆く。
いやいや、そりゃあ、おしっこぶっかけは悪かったよ!
悪かったけどさ……死刑はひどすぎない!?
「いっ、異議あり! 無罪とは言わないけど……減刑してくださぁい!」
「死でしか贖い得ぬ罪であろうが」
「うっ……」
めちゃめちゃキレてる。
本当にぼくを殺しかねない剣幕だ。
考えてみれば、地底世界を恐怖のドン底に落としたり、ぼくん家をビーム攻撃で破壊するような危険な集団なんだし、きっと人を一人殺すくらいどうってこと……
そうだ!
「いっ、異議あり! きみ達の方こそ、ぼくのおうちを破壊したんだから、重罪なんじゃないの!!」
よし!
これで喧嘩両成敗的なことになるんじゃないの!?
「ふん。家などいくらでも直しがきくであろう。……我らは二度と取り戻せないものを奪われたのだぞ」
二度と取り戻せないもの……?
「何それ?」
「……」
「服なら洗うなり新しく買うなりすればいいんじゃない?」
「……ゲスめ……」
あ……。
勘の鈍いぼくにもわかる。
地雷を踏んじゃったようだ。
一体どんな地雷だったのかは、わからないけど。
「大勢の人を殺してきながら白を切るか!」
鷲顔の化け物が、素速く両翼を手前に持ってくる。
瞬間、ビーム攻撃!
「おわわわっ!!!」
咄嗟に体が動いた。
雷と同じくらいの速度で発せられたビーム。
それを避けられたなんて、運動音痴のぼくにとって奇跡に等しい。
「あ……危なかった……」
穴がもう一つ増えた家を見て、しみじみ思った。
ところで……
「ちょ、ちょい待ち! 大勢の人を殺したって? それ何のこと!?」
「ふざけるな!」
「ふざけてないよ!」
「貴様らは、各地で罪無き人々を虐殺しておるではないか!」
身に覚えがなさすぎるよ!!
「それはきみ達のことでしょ!? っていうか、おしっこの件で怒ってるんじゃないの??」
今度は無言で、翼を動かそうとする鷲さん。
ヤバイ!
またビームで狙われる!
「わゃゃ、やめ、やめ、いやめてぇ」
避けなきゃ避けなきゃ!
ビームはどこに来る?
体をくねらせ、足をもつれさせ、手を振り回す。
「……なるほど」
「え?」
なぜかビームは撃たれなかった。
「魔法を使って防御するでもなし。我らに攻撃するでもなし。貴様、魔錻羅器を装着しておらぬな」
「え……ああ、うん……っていうか、おしっこのことで怒ってるんじゃないの?」
「油断したな。魔法を使わぬのなら、貴様らなど地を這う蟻も同然」
「ねえねえ、おしっこのことは怒ってないの??」
「やかましい! 小便の屈辱も忘れておらぬわ!」
ああっ!
やっぱり!
「滅びよ!! 悪魔!!!」
だから、それは違うって!!!!
ぼくの必死の弁明も空しく、鳥の化け物は、躊躇なくビーム魔法を発射した。
きっと、もう奇跡は起こらない。
それはわかってる……わかってるんだ……。
だけど、生きることを……おっぱいを揉むことを諦められなくて、ぼくはせめて両手で頭を庇ってみる。
「ううわぁぁあーーーーー!! カーチャーーーーーーーン!!!」
敵のボスから放たれたビームが、強い光を発しながら、ぼくをめがけてやって来て……目前で、急上昇した。
ビームを受けた木が、大きな音をたてて、倒れた。
えっ……?
あっ……!
いつの間にか、ぼくの隣に、
「宝百合ちゃーーーーん!!!」
「履いてください!!!」
ぎゃー!
半裸になってること、すっかり忘れてたよ。
慌ててモノをしまったけど、時既に遅し、だよね?
「み、見てはいません!」
「小さいってバレちゃったよね?」
「見てないと言っているでしょう!」
でも、顔が真っ赤だよ?
まぁ、いいや。
命あっての物種。
大人になれば、息子も大きくなるかもしれない。
「ところで、カーチャンと力石の姐さんは?」
「お二方とも、ご無事です」
ほっ。
それはそうとして、敵一同がざわついてる。
「敵がもう一匹いやがったか」
「いや、違う。服装をよく見ろ」
「あいつは皇室付きの魔女だろう」
ぼくよりも、宝百合ちゃんに怯えてる。
あれあれ?
宝百合ちゃんって結構強い感じ?
「よーし。それじゃ、全員やっつけちゃって」
「お断りします」
「えええぇ!? どうしてぇ?? だって、こいつらは世界中で悪さしてるんでしょ?」
やや困ったような表情で、魔女っ子は答える。
「いえ、実はてっきりそうだと勘違いをしておりまして」
「え? じゃあ、あいつらは……」
「なぜ邪魔をする?」
鳩胸の鷲顔がぼく達を睨む。
「そやつは悪魔であるぞ」
「だから、それはお前達のことだろ!」
「どうやら、わたくし達は、お互いに不幸な誤解をしているようです」
宝百合ちゃんは、ぼくとカーチャンが予言の戦士であること、よって、敵ではなくむしろ仲間であることを説明した。
「あなた達の心境は察するに余りありますが、どうかここはお引きください」
うーん。
我が家を壊された立場としては、やつらが敵じゃないとは思いづらいけど、平和に話し合えるのなら、それでいいや。
だって、こいつらすぐビーム撃ってくるんだもん。
怖い怖い。
「断る」
ん?
「まず、予言の戦士なんぞ初耳であるし、仮にそれが事実だったところで、そいつらが地上人であることに変わりはない」
交渉決裂じゃん!
「それでは皇帝陛下のご命令に逆らうことになりますよ!」
宝百合ちゃんが、今までに見たことのない表情をしている。
「民の命を守らぬ皇帝など皇帝に非ず!!」
「ふ、不敬な!」
「我ら、既に失うものなど何もなし。ただこの身を以て、侵略者を討伐することを願うのみ。故に、『復讐連合』を結成した!」
言ってる内容はよくわからないけど、なんだか、かっこいいぞ。
これで小便まみれでなかったら最高なんだけど。
それで?
これからどうするの?
方向性の違いってことで、解散かな?
「皇帝陛下より直々(じきじき)に賜ったご命令……放棄するわけには参りません!」
「ならば貴様も敵だ」
鳥さんが、翼を天に掲げる。
「殺せ!!!!!!!」