第54話 さよならをしたくない!
こんにちh……いや、こんばんは?
鷹司タカシです。
不帰池にて、ぽつねんとしてます。
空はすっかり夕暮れ。
「有意遺跡」の塔はほとんど倒壊しちゃって、紅を背景に煙を立ち上らせてる。
幻想的な風景だ。
静かになったのは、皇族人のおっさんと七手土吐人の双子が、カーチャンとの戦いを制した……ってことだよね?
あの筋肉達磨をやっつけるなんて、すげーや。
おっさんと双子が重傷を負ってないことを祈るばかりだよ。
そして……皇帝。
ようやく、地底で一番でかくて偉いやつの姿が塔の向こうに現れた。
改めてこうして見ると、凄まじい外見になっちゃったな。
足は無数の根っこ。
胴体=幹に浮かび上がる顔面。
枝と化した無数の長い手足。
これが本当の植物人間か。
「うー、皇帝、怖い」
「あえあー?」
「黙れ! 黙れ!」
「コラコラ、じじいに八つ当たりしないで」
震えるうー人達と痛がる忍者を引き離しながら、ぼくはちょっと嬉しい気持ち。
ぼく一人っ子でさ、弟がほしかったんだよね。
だから、こんな風にお兄ちゃん風を吹かせられるの気持ちいい。
「仲良くしようよ。ぼく達、地上と地底、交わることのなかった別の世界に生まれて、折角こうして出会えたんだから。素敵な運命じゃない? ぼく達のこの手は人を殴るためじゃなくって、握手するためにあるんだよ」
「意味わからん」
「……」
雑にいなされて、つらい。
でもでも、今言ったことは本音だ。
ぼくはすべての人類と手を携えたい。
そうすることは、この世に生を受けたすべての人間の権利、いや、むしろ責任だと思う。
ぼくは地上に帰ったら、全人類にこう呼び掛けたいんだ。
共に繁栄しよう、と。
「なんか来た」
「え? ……おふぁあ!?」
空から降ってきたのは流れ星……じゃなくって、銑銑だ!
ぼくの目の前に落下した少年は、見るも無惨な姿になってた。
「あーあー、何やってんの。カッコつけてるから着地に失敗してケガするんだよ! ほら、見せてごらん」
「……バッ……キャロー……。ふざけてる場合じゃねぇぞ……。瘤瘤が……殺しに来る……」
「ほえ?」
そんなわけなくない?
質問をする前に、答えが空からやって来た。
おっぱいを寄せて飛行魔法を発動しながら、同時にどす黒い稲妻を発射するのは、瘤瘤!
「わっ……わわわっ」
ぼくは銑銑を引っ張って、攻撃から守った。
「はぁ……。タカシくん、邪魔しないでくれる?」
空からぼく達を見下ろす瘤瘤が、冷たく言い放つ。
体力ザコのヒョロガリで戦闘能力皆無のぼくだけど、一応、魔法を見続けてきた経験上、これだけはわかる。
さっきの攻撃は本気で銑銑を殺すつもりだった。
「は、はははは、は、話し合おう! お、お金ならいくらでも出すから! お、おお、お小遣いを貯金してるから! い、いいい、い、いいい、命だけはどうか!」
「うるさい!!」
「ひーっ」
この子、よっぽど思い詰めてるよ。
離れ離れに行動してた短い間に、何があったんだろう?
このままじゃ、この場にいる誰もが危険n━━あ、うー人はさっさと逃げ出してる。
瘤瘤はおっぱいを寄せる手に力を込めながら、
「今から十秒数える。それまでに銑銑のそばからどかなきゃ、あなたごと吹っ飛ばすことになるよ」
「わわわ」
「十、九、ゼロ」
「これはおかしい!」
躊躇なく、黒い稲妻。
近距離から狙いすまして放たれた攻撃魔法を、誰が避けられるって言うのさ!?
鷹司タカシ、完。
「終わらせませんよぉおおぉ!!!」
稲妻魔法の軌道を変更し、空の彼方へと追いやったのは、
「宝百合ちゃん……?」
突如として石から現れて、ぼくを助けてくれた。
殺気の籠る魔法にも怖じ気づかない胆力。
黒い帽子に、黒いポンチョ。
金色の髪、白い肌。
間違いなく、それは宝百合ちゃん……のはず。
「……どうして……」
言葉にできない疑問は、彼女の下半身について。
ない。
おへそから下が、ない。
……いや、わざわざ言葉にして問いかける必要もないか。
カーチャンが彼女を電車ごとぶん投げたからだもん。
ぼくが……カーチャンを止められなかったからだもん。
「タカシさん、下がっ……ていてください。今……あなたを失うわけには……いかないのです」
「うん……」
苦しそうだけど、あくまで宮仕えとしての尊厳を保とうと歯を食いしばる宝百合ちゃん。
その姿に脱帽せざるを得ない。
下半身の出血はかなり少ない。
多分、魔法で抑えてるんだろう。
何もしてあげられない悔しさなんて、いつものこと。
ぼくは大人しく、銑銑をずるずる引きずり、後退する。
ゆっくりと空を昇りながら、宝百合ちゃんは怒りを吐き出す。
「瘤瘤さん、理由がどうであれ……あなたのしていることは……皇帝陛下に対する反逆に他なりません! わかっているのですか!?」
「はい、わかってます」
対する瘤瘤は冷静だ。
「よぉーくわかった上で行動してます」
「ふっ……ふざけないでください! 誰もが命を賭して……戦っている時に……あなたという人は━━」
「本当にそうですか?」
「……え……?」
高貴な人物を前にして臆する少女はもういない。
いつの間にか、その瞳は冷たくなってる。
いや、目だけじゃなく、きっと心も……。
「私はもう勝手に生きます。未知は恐ろしいですもの! 好奇心よりも不安が強いんです。地上には行きたくない。でも地底は滅びる。……もうどうでもよくなっちゃった!」
「あなたはよくても……他の人々が……」
「誰が私の悲しみを償いますか?」
瘤瘤は少しずつ移動して、やがて宝百合ちゃんに限りなく迫る。
あっあっおっぱいとおっぱいがこんにちはしてる。
ついでに、このままキスしちゃうんじゃ……いや、それどころじゃない。
「『お前も苦しめ』。みーんな、そう思ってる。私もそう思っていいでしょ」
冷えきった言葉が、宝百合ちゃんを落とした。
「おわっと」
ぼくは彼女をキャッチしようと駆け寄った。
意外と重たかったので下敷きになっちゃった。
「大丈夫? ぼくは大丈夫。ってか、瘤瘤、どうかしてるよ! そもそも、人間関係をそんな焦る必要ないんだ! ぼくなんて生まれてからずっとおっぱい勧誘を失敗し続けt━━」
「もういいのです」
遮るのは宝百合ちゃん。
「もう……忠誠心とか……どうでもいいのです。ようやくわか……りました……。……わたくしは……他人の幸せが赦せないのです」
お腹の上に座られたまま、ぼくは顔だけ上げて、そして、見てしまった。
「わたくしはこんなに不幸なのに!!!!!」
ぞっとするような笑顔を。
宝百合ちゃんの左手から血が噴き出す。
それならばと、右手で右おっぱいを、歯で左おっぱいを真ん中に寄せ、魔法を発動した。
……何も変化はない。
魔女の体が浮くわけでも、ビームが発射されるわけでもない。
だけど、嫌な予感がねっとりと体にまとわりつく。
ねえ、何をしたの?
謎が解けるのは一旦お預け。
ここでまたまたサプライズ登場だ。
「タカシ!!」
「何これ、どういう状況なんだい!?」
石からミコちゃんとリッキーが出現。
皇族人と宮仕えをようやく撃退したとのこと。
「かくかくしかじか!」
手短に説明を終えると、飲み込みの早い2人はすぐに宝百合ちゃんと瘤瘤の暴挙を阻止しようと動き始め……
「ちょいと待った」
リッキーが止まった。
「ってことは何だい? あのカーチャンってやつはもういないのかい?」
「いないね」
「まさか殺されたんじゃないだろうね?!」
これに対し、銑銑が痛みに耐えながら、
「あのおっさんが命と引き換えに封印したんだぜ」
……え?
命と引き換えに……?
「その封印、どうにかして解けないのかい!? あたいはあいつと戦う約束してんだからさ!」
「悪いがどうにもならねぇなぁ」
ミコちゃんが宝百合ちゃんと瘤瘤を同時に相手にしながら、
「そいつぁ皇族人だけが扱える特別な魔法だ。どんな魔法の天才にも、どんな馬鹿力にも、絶対破れやしねぇ」
「あっそ。じゃあ、あたいは好き勝手にさせてもらうよ」
「あぁ!?」
そう言うや否や、リッキーは宣言通り、四方八方に向けて魔法を放ちまくった。
「おらおらおら!! 誰かいないのかい!? あたいを満足させられる女は!!」
無茶苦茶だ!
取りあえず、ぼくは銑銑を木の裏にでも避難させようと引きずってたんだけど、うざがられちゃった。
「ここで逃げたって……しょうがねーだろ。……戦う以外に自由を勝ち取る方法はねーんだよ!!」
「だけど、そのケガじゃ……」
「言ったろ? 俺はここで……死んだって構わねーって。……何もしないで死ぬくれーなら、せめて夢を……叶えるために戦って死にてーんだ!」
重傷の少年が空に飛ぶのと同時に、それは襲来した。
さっきまで塔がたくさん建ち並んでたところから、無数の人間が、空を飛んだり歩いたりして。
援軍?
敵軍?
……いや、そもそも、あの人達は……
「死んでるじゃないか……」
見覚えがあった。
塔の最上階で出会った七手土吐人。
塔の最下層で見た歴代の長。
もう死んだ人達だ。
「なんてことを!!!!!!!」
かーっと頭に血が昇る。
ああ、そうだったの。
きみは人の尊厳を平気で踏みにじるやつだったんだね。
宝百合ちゃん、きみが発動したのは、死体を操る魔法だ!
「こんなことして今どんな気持ちなんだ!!! それでもきみは人間か!!!!!」
「あうんあー」
抑えきれない怒りをぶちまけに行ってやろうとしたぼくだったけど、忍者じじいに服を掴まれて、動くに動けない。
離せ。
痴呆老人と遊んでる暇はないんだ。
ふうぇっ……こいつの指、涎まみれで汚い!
離せ離せ離せ離してください!
「おばー」
「わぁぁあぁぁぁぁあああ」
魔女の操る死体が目の前に!
両手を突き出して、うつろな瞳で大暴れ。
まるでゾンビ。
重要人物であるぼくだけが襲われないなんてことはなかった。
「ごめんごめんごめん」
謝りながら死体をぽかぽか叩きつつ、ぼくは苦悩した。
この大混乱、どうすりゃいいのさ?
「殺して楽しめばいいのよ!!!」
まーためんどくさいやつのご登場だ。
身をくねらせながら石から出てきたのはジュリエット。
大声で伝えるのは、
「人生は楽しんだ者勝ちだもの!!!」
という最低なメッセージ。
何が楽しいもんか。
おかげで、状況は更に制御不能になったよ。
もういっそのこと、ここから逃げ出してしまいたい。
そんな衝動に駆られ、それでもやっぱりぼくはぼくのやり方で戦ってやろうと決意できたのは、単純な動機からだ。
誰の悲しみも見たくない。
「みんな、もうやめよう! 勝利に酔うなんてのは幻想だ。負けるのが恥ずかしいなんてのは嘘だ。殺し合いをして、最後に残るのは死体と絶望だけだからだ!」
ここで説得することすらできないなら、地上で融和を成立させるのは不可能だろうね。
今この時のためだけじゃない。
未来の平和のために、ぼくは声を張り上げた。
まるで花火大会のように、色とりどりの魔法が空でドンドンパチパチしてる。
ふと、宝百合ちゃんに花火の魔法道具を買ってもらう約束をしてたことを思い出す。
大人げない力石の姐さんに、花火を横取りされちゃったもんなぁ。
花火は輝き、弾け、そして、散る。
池に向かってぼくは走る。
深くないところだから、溺れることなく、拾うことができた。
そして絶望する。
血に染まる不帰池。
名前を呼んでも返事はない。
碧い瞳に光はない。
もうこの体に命はない。
宝百合ちゃんは死んだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ぼくが無力だから助けてあげられなかった。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
急に「鍵」だと持ち上げられたところで、ぼくには何がある?
体力なし、魔法能力なし、雄っぱいなし、おっぱいなし。
せいぜい骨と皮しかない。
「ぼくに力があったら……」
強く強く宝百合ちゃんを抱き締めた。
こんな時でさえ、その膨らみをたっぷり感じつつ……あれ?
「……ぼく、胸が膨らんでる……」