幕間 七手土吐人・瘤瘤の独白
「塔を造ることこそ七手土吐人の誇りであると考えます!」
「壁と屋根の隙間から外を眺めてーな」
就学中の未成年でありながら塔拡張工事に参加できる格別の身分━━名誉特待生。
数年ぶりに選出され、最終面接に臨む私達双子。
心構えを尋ねられるという、この上なく重要であり、それでいて紋切り型の解答をすれば乗りきれる簡単な場面だというのに……。
「あんた、バカじゃないの!? 謝りなさい! 死んで詫びるか、7つの手をぐーにして詫びるか、どっちか選びなさい!!」
「んじゃー塔の外に追放ってことで」
「すみませんすみませんこいつがバカですみません!!!!」
どうして私がこんなに謝んなきゃなんないの。
案の定、面接官の間では、
「銑銑はむしろ思想教育部屋に収容する方が適切なのでは……?」
とかなんとかって議論が進んでる。
「じゃが、こやつの魔法の才能は本物じゃし、現場は人手不足じゃ。性格は仕事を通じて叩き直せばよかろうて」
幸い、唯一の取り柄が正当に評価されたおかげで事なきを得たけど……。
「へへっ。これで外の世界を肉眼で見れるぜ」
銑銑は自由すぎる。
* * *
「きみ達は何のために戦う?」
それから時は流れ、私は塔を守るための作戦に志願した。
高貴な人種のお方に率いられて、身の引き締まる想いだ。
「七手土吐人の名誉と誇りを守護するためです!」
「地上の世界に行きてーから」
胸を寄せる手の力が脱けて、思わず飛行魔法を解除してしまうところだった。
危ない危ない。
下は無限に広がる灼熱の砂漠。
照りつける日の光に焼かれた砂に落っこちたら、一体どうなることやら。
想像もつかない。
未知は恐ろしい。
「あんた本当にバカバカバカ! 今すぐ7つの手をぐーにして謝罪しなさい!!」
「まあまあ。素直でいいさ」
やんごとなきお方はとても寛大でいらっしゃる。
「きみ達は双子なのに、随分と性格が違うんだね」
「いつもそう思います」
「だけど、2人とも魔法の扱いに長けている」
「いつもそう言われます」
私の赤面に気づきもせず、身分の差をものともせず、銑銑がずけずけと、
「そんなことより、おっさんよー、どんな作戦なのか説明してくれよな」
なんて生意気。
でも、正直、私もその点は気になる。
何てったって、敵はあまりに強大。
魔法を使えるくせにろくに使わず、大抵の危機は筋力で乗り越え、あまつさえ、数万年の時を経てもなお劣化しない建築素材を素手で破壊する……そんな化け物。
「無理だね」
皇族人の口から、耳を疑う言葉が発せられた。
「あの地上人を殺すことは絶対に無理」
「おいおいおいおい」
「だから、殺すんじゃなくて封じ込める作戦を展開する」
「ほうほうほうほう」
「決して簡単な戦いじゃない。ここで……死ぬ覚悟はあるかい?」
凍てついた瞳が私達双子を刺す。
身の毛がよだつ。
でも、怖じ気づきはしない。
「命よりも大切なものがあると心得ます! 賜りし御命令にて玉砕するは本望です!」
「俺も同じだぜ。何もしないで死ぬくれーなら、夢のために死んだ方がましじゃんか」
普段は馬が合わなくとも、この点では共通してる。
少しほっとする。
* * *
「必ずや朝敵を封じ込めてご覧に入れましょう!!」
威勢のいい発言が七手土吐人の間で飛び交う。
ここは塔の中。
皇族人より直々に状況と作戦内容の説明を受けて、彼らの士気は高揚する。
情けないことだけど、荒天にも天敵にも襲われず、日々安穏と塔建造に勤しんでばかりの私達は戦い方を知らない。
今こうして優秀な指揮者に恵まれてなければ、無意味な突撃を繰り返し、あえなく全滅してただろう。
なんせ、我が人種ときたら精神論にだけは不自由しないんだから。
「それでは皆さん、直ちに行動に移ってください」
冷たい微笑を顔に浮かべた皇族人が指示を出す。
彼の示した作戦とは、こうだ。
あの筋肉の塊のような敵を封じ込めるには、一瞬の隙を突くしかない。
封印魔法は彼の得意とするところだそうだが、一方で、隙を作るための魔法は七手土吐人に任せるとおっしゃる。
「簡単さ。もうもうと煙を立ち込めさせてくれればいい。きみ達はこの塔の建材をてきぱきと製造できるだろう? それを破壊して煙を大量に出してくれ」
それには問題点がある。
この堅固な素材を破壊する方法がないの。
「それも簡単。そもそも、きみ達自身が卵を魔法で固めているわけだから、魔法の加減次第では、硬度を下げたものを製造できるはずだ」
ご賢察。
「我らの命に代えましても」
里の長を除くと最も地位の高い現場主任が頭を下げ、それから、
「者共、いざ、生め! 増やせ! 塔を卵で満たせ!」
それは男性だから気軽に言える台詞に過ぎない。
たちまち、周囲の女性作業員から反論を受ける。
「あたし今日は30発も産卵かましたから、もうこれ以上は無理っすよ」
「股間が痛ぇ」
「血が出そうです」
彼女達ほどではないけど、私の下半身もそんなに良好なコンディションじゃない。
今からタンパク質多めの食事を取っても、すぐに大量産卵とはいかない。
私の隣でぽけーっとしてる銑銑もそうだけど、この感覚は男にはわからないでしょうね。
「ならば、保温部屋で温めている有精卵を使えばよかろうて!!!」
現場主任の提案に、今度は男性からも反論が続出した。
当然ね。
いくら塔存続の危機とは言え、大切な命を粗末にするなんてあり得ない。
ところが、
「反対する者は七手土吐人に非ず! 思想教育部屋に送り込もうぞ!」
と、現場主任は撤回する素振りを見せない。
役職ある人達はそれに賛同する。
「今月に生んだばかりの子なんですよ!?」
「黙れ!」
「あうっ」
必死で抵抗する女に張り手が振るわれた。
それは普段よりきつめの制裁だった。
お偉いさん方は、だけど、同胞よりも皇族人の顔色ばかり伺ってる。
……そういうことね……。
しょうがない。
諦めなきゃいけないんだ。
「敵を封じ込めるためなら仕方ないさ。子供はまた生めばいい」
いたぶられた女の夫が、同僚達に向かって、
「みんなも納得しよう」
悲しげな表情の裏にあるメッセージを私は見逃さない。
「お前達も苦しめ」
* * *
「ここには遊園地もないね。おしゃれなカフェもないね。でも塔があるから誇らしいね」
耳に胼胝ができるほど聞き飽きた自虐。
面白くも何ともないけど、この文句を聞くたびに、微笑を浮かべなきゃいけない。
もし銑銑のように、
「おっ、そうだな。そんなつまんねぇところなら出て行くっきゃねーよな!」
なんてことを言おうものなら、激しく指弾されてしまう。
私達はお互いに「私達らしさ」という縄で縛り合ってるんだもの。
「縛られてるのは自分だけじゃない」
……って安心するために。
「あんた達も魔法の才能があるから、お父さんと同じ職業に就けるよ」
母はいつも私達の将来を断定した。
夢は何かと問いかけるのではなく、選択肢を提示するのでもなく、塔建設の作業員になると決めつけた。
銑銑はバカだから、
「自分の将来は自分で決めるぜ?」
って言っちゃう。
そんな宣言をしたところで、母が聞こえないふりをするのは分かりきったことなのに。
私は母を喜ばせようと、
「いつか工事に参加できるのが楽しみ! 早く大人になりたいな♪」
甘えた声を出してみる。
母は嬉しそうに頷いてくれるけど、それ以上、話を広げようとはしてくれない。
会話というよりは母の独り言だった。
「お前はそれでいいのかよ?」
夜は子供部屋で二人きり。
壁にへばりついて、じっとしていても、なかなか寝付けない。
そんな時の銑銑のお決まりの質問。
「ここにいたって、つまんねーぞ。面白いことも何にもねーしよ、職業も限られてるしよ、先が見えてんじゃん」
「……そうね」
「これが外の世界なら話は違う。どーなってんのかなー、塔の外は。テレビで観たまんまか、それとももっとすっげーのか、それとも案外しょぼいのか……。行って自分の目で確かめてみるまで分かんねー」
「……」
「なぁ、瘤瘤も一緒に外の世界に行こうぜ!」
「……銑銑、あんたは自由で、そして……バカね」
「あぁ?」
目をつむったまま、平静を装い、私は言った。
「塔造りこそ七手土吐人の使命よ。それに勝る喜びなんてないの。私、お父さんと同じ仕事に就く」
しばしの沈黙。
それから、銑銑は吐き捨てるように、
「……変なやつ!」
* * *
「最早これまでじゃろう……」
逃げ出そうとする主任。
「おっと、すんません」
「ここ通りまーす」
「あー忙しい忙しい」
「気合い入れていこうぜ」
作業にかこつけて、無理矢理それを囲み、どうあっても逃がすまいとする人々。
目前に迫った危機を前にして、下々の民がお上に迫力で勝ってる。
有精無精を問わず、ありったけの卵を集めて、もろい素材に加工し、隠密に塔の外側に張り付ける作業が終了した時、敵はたったひとつ、この塔のみを残して、全ての塔を破壊していた。
逃げ出せた人はいるだろうか。
……いや、いないでしょうね。
誰も誰かを逃がしはしないでしょうから。
壊された塔から舞い上がる土煙。
里全体が視界不良に陥ってる。
疲れ知らずの筋肉人間が躊躇なくこちらに向かってくる。
機は熟した。
「爆破ぁああぁあぁぁぁ!!!!!」
尊いお方の掛け声とともに、一斉に塔を覆うフェイク土壁が爆破し、これが視界の悪さに拍車をかける。
私には既に煙しか見えない状況よ。
「行くよ」
私達双子は氷の微笑のお方の足にしがみついて、空中へと連れていかれる。
彼はまるで何もかもはっきり見えてるかのように迷いなく進み、
「まっすぐに!」
合図が出され、私と銑銑は恐怖に震えながらも、手に持った有精卵を投げつけた。
「使わせてもらうね……あなたの命」
そして発動する魔法。
もちろん、最大出力で卵を固めたところで、やつに難なく砕かれてしまうのは実証済み。
それでも、たとえ一瞬でも隙を作ってほしいとのご所望だ。
「んぐぅ……っ!!」
煙の向こうから呻き声。
皇族人は移動を止めない。
やがて、やつの姿をはっきりと視認する。
敵が卵の拘束を解くのと、皇族人が水のように溶けたのは同時だった。
「えっ」
「わ……」
もしかして敵の魔法にやられてしまったのか……というのは杞憂だった。
薄っぺらになった彼は敵を膜のように包み込んで、温和な笑顔を顔に浮かべた。
「これで楽になれる」
そして……
「固まった……?」
敵はエメラルドの宝石の中に閉じ込められて、為す術なく落下した。
後方で、大きな大きな皇帝陛下の足音が響く。
「ようやく自由になれるんだな、俺達!」
「……」
作戦は終わったの?
あとは地上に行くだけ?
……私は……
「私は自由になんてなりたくない」
「……お前、何言ってんだ?」
「銑銑、あんたも苦しめ……!!」