第53話 人種の壁を越えて共闘したい!
こんにちは。鷹司タカシです。
ぼくは乱暴なカーチャンを見捨てて、皇族人のおっさんとともに不帰池に来ました。
そこで再会したのは、かわいいうー人と、記憶喪失の白人忍者でした。
「がぼぼぼぼぼぼぼ」
忍者じじいは多分悪さをしないだろうということで、皇族人のおっさん監視の下、命を奪られずに済むことになった。
だから、ぼくは安心して泳ぎの練習に打ち込める……と思いきや、ひたすら溺れてる。
「うーける」
「もっと、もっと苦しめ」
「うーははは」
他人の不幸が大好きなうー人は大喜び。
応援してくれないどころか、罵声を浴びせてくる。
「びどいじゃな゛いがぁ!!」
死に物狂いで陸に戻り、うー人に苦情を叫んでみたものの、爆笑しか返ってこない。
なんて冷たいやつらなんだ。
池の水より冷たいぞ。
この前、うー人の里から蜂を追いやった恩を、もう忘れたのかい!?
「それ、もう意味ない」
「この世界、無くなる」
「バーカ」
そうだった……。
それじゃあ、恩知らずと責めることはできないね。
だけど、ちゃんと地底のみんなが地上に行けるようにするために、手伝ってくれたっていいじゃないか。
うー人にも無関係なことじゃないんだよ?
「めんどい」
「お前が苦しむ、うー笑う」
「暇潰し」
「うー!」
畜生め!
「何なの? なんでそんなに意地悪なの? あっ、もしかして、うー人もカナヅチなんじゃないのぉ??」
悔しくって煽ってみた結果……
「「「「うー」」」」
華麗に泳ぐうー人達の姿をまざまざと見せつけられることになった。
トビウオのように飛び跳ねたり、サメのように身をくねらせながら急進したり、シンクロナイズドスイミングのように息ぴったしで踊ったり、まるで水中であることを感じさせない自由な泳ぎっぷり。
「上手い……上手すぎる! 何これ? 魔法??」
「魔法じゃない。うー、陸上でも水中でも生きる」
「えーっ!」
確かに、うー人ったら息継ぎを一度もしてないもん。
陸に上がって、体を震わせて水を飛ばすうー人に、ぼくは土下座して、
「お願いお願い! 泳ぎ方を教えてよ!」
「見返り寄越せ」
「ひどい!」
泣き落としの通用する相手じゃない。
媚びへつらってもダメ。
じゃあ、何が目当てなの?
「不幸話、聞かせろ」
そうだった。
見た目は癒し系、中身は性悪のこの生き物は、他人の不幸話が三度の飯より好きなんだ。
とは言え、ぼくが頑張ったところで、話が長いだのつまらないだの言われるに決まってる。
ということなので……
「おっさん、どうぞ」
「えっ」
事の成り行きを黙って見守ってた皇族人のおっさんに、パスを出した。
「笑顔が凍りついてるし、すごい不幸な経験してそうだもん。ほらほら、話してみてよ!」
戸惑った様子を見せたのは一瞬。
任務遂行のためには避けて通れぬ道と判断したんだろうね、不幸そうな笑顔のまま、彼は語り始めた。
「ぼくは皇族人だから、子供の時から遊ぶ暇がなくてね、ずっと仕事と勉強漬けの日々を送ってきたんだ」
なかなかいい出だしだ。
「唯一の趣味は時たま皇居で見かける虫を観察すること。土の中だから、当然あそこには種類豊富な虫がいてね、それを就寝前にうつらうつらと眺めていると、とても癒されるんだ」
ふむふむ。
「中でも大好きなのが玉虫。これは肌がキラキラ輝いてる、とても美しい虫なんだ。見つけたら側に寄って観察したり、エサをやったりしてた。幼い頃はそれで満足だったんだけど……長ずるにつれて、ふと、ある好奇心を抑えきれなくなったんだ」
相変わらず、おっさんの笑顔は凍りついてる。
「この綺麗な虫の中身は、一体どれほどの美を秘めているんだろう……ってね。言うまでもないけど、それを確かめるためには、虫を解剖しなくちゃいけない。命を殺すっていうことだ」
……。
「ぼくはね、誘惑に弱い人間なんだ。ある日、とうとう、玉虫を解体してしまった。そうしたら……あははは! なんのことはない、ただの汚い死骸のできあがり!」
話を終え、おっさんはうー人に問う。
「面白かったかい?」
「根暗はゴミ」
「……」
「つまらん」
「……」
「帰れ」
評価は散々だった。
「ごめんね、タカシくん」
「いや……こっちこそ、なんかごめん」
不幸話で交換条件作戦は無理のようだ。
もうどうすればいいの……。
悩むぼくの耳に、気色の悪い声が入ってくる。
「あうあうあー」
落ち込むおっさんの足元で、砂遊びをしてる白い老人だ。
「あれ? そう言えば、どうしてうー人はこのじじいを助けてあげたの? まともに喋れもしない状態だよね、この人……」
どうせろくな理由じゃないんだろうなと思ったら、案の定、
「こいつ、存在自体が不幸」
「石をぶつけて遊べる」
「頭がおかしいやつ、面白い」
「うーける」
「うーははは」
今はお目目をキラキラさせちゃいるけど、相当ひどい目に遭わされたんだろうな、このじじい。
「むっ」
ここで、賢いぼくは閃いた。
「うー人、地上に行くために協力してよ。一緒に地上に行こう!」
「見返り寄越せ」
「地上に行くことが見返りだよ!」
うー人は他人の不幸が大好きなんでしょ?
だったら、
「地上には数えきれないくらいたっくさんの不幸があるんだよ。戦争、不況、家庭内暴力、利権政治、交通事故、凶悪犯罪、飢饉などなど。どう? 見たくない??」
途端に、うー人達の目が輝き出した。
よし、もう一押しだ。
「そして、地上の人達は魔法が使えない!!!」
「「「「「うー!!!!!」」」」」
うー人の笑顔が弾ける。
「うー、手伝う」
「何でもする」
「お前、いいやつ」
「地上人の不幸、楽しみ」
「うー」
「わくわく」
わぁ、うー人ったら、とんでもなく性根が腐りきってる。
「じゃあ、ぼくに泳ぎを教えてk━━わわわっ」
小さなうー人達がぼくの足を押して、池の中へ招待する。
ヤバイ!
また溺れちゃうっ。
そんな心配は無用だった。
「わわっ……」
ぼくの身体中にしがみついたうー人達が泳いでくれて、ぼくは何もせずに水中を進み、水の上を飛び、水底を見学することができた。
底には穴があった。
これが鍵穴なんだろうけど、形は真ん丸。
どこまで続いてるのかわからない不気味な穴だ。
ここに入らなきゃいけないのは正直怖いよ。
水中ツアーは大満足で終了。
だって、これなら、ぼくが泳ぎ方を教わる必要ないじゃん。
「ねえ、うー人。本番で、ぼくのことを水底まで連れてってよ。あ、なんなら左に回すところまでやって」
「見返りは……」
「地上に連れていくこと!」
こうして、ぼくは地上に行く算段をつけ、後は皇帝の到着を待つだけ。
「行ける……行けるぞ! この作戦は必ず成功する!」
「「もうおしまいだぁぁぁあぁぁぁぁあああぁ」」
希望に満ち溢れたシーンを台無しにしたのは、石から飛び出してきた双子。
彼らは恐怖に震えてる。
顔や体にはたくさんの血が付着してるものの、2人の出血じゃない。
返り血。
「もう終わりだぜ、この世界!」
「やっぱり地上人は凶暴な悪魔ね!」
ぼく向かって飛び寄る双子に、言葉をかける暇もない。
双子に続いて石から姿を現したのはカーチャン。
「最低だよ、あんた……」
ぼくの口をついて出たのは、罵倒。
なぜなら、カーチャンは全身血塗れで、ほっかほかの湯気を纏ってるからだ。
ぼくの最強のカーチャンがボコボコにやられる?
そんなことありえない。
だったら、答えはひとつ。
「また人を殺したの!?」
「あんたも殺す!!!!」
てっきり、ぼくに対しての殺害予告かと思って、心臓ばっくばくになったけど、勘違い。
カーチャンの視線の先には……
「じじい! 逃げて!」
緊迫した状況もなんのその、のほほんと砂遊びをしてる忍者のじじい。
もうこいつには戦闘の意思がないのに。
ただのボケ老人なのに。
説明してる余裕がないなら、まずは力ずくで制止するしかない。
だから、皇族人のおっさんが雄っぱいを寄せた。
「こんなもの! こんなもの!」
カーチャンはあっさり攻撃魔法を手刀でばっさばさ斬り落としながら、年老いた白人めがけて走る。
「死になさい!!!」
「待って!!!!」
考えるよりも先に体が動いてた。
ぼくは飛び出して、カーチャンの進路を阻んだ。
両手を大きく広げて、
「これ以上の虐殺はダm……あ、あれ?」
意外なことに、カーチャンは急旋回して、そのまま走り去った。
どこ行くの?
おしっこ?
「あいつ……塔を壊すつもりね!」
気づいたのは瘤瘤。
なるほど。
カーチャンは一瞬でじじいの状態異常を見抜き、最も効率的な方法を弾き出し、行動に移した。
凄まじい頭脳の回転速度。
そして、それを可能にする筋力。
うーん、恐ろしい。
「銑銑! あいつを止めなきゃ!」
「私達の誇りが~だろ? 勝手にやってろ」
「バカ! 塔が破壊されたら、あんたが地上の世界に行く方法もなくなんのよ!」
「でも、建伊和命が小碓革とかいう魔法道具を持ってんだろ?」
「あんたのために使わせてくれると思う?!」
「あいつを止めねーと!」
そう言いながらも、双子は動き出さない。
「だって、あんな化け物、どうやったら止められるの……?」
同感だよ。
「ねえ、おっさん。塔って破壊されても大丈夫だったりしない?」
「残念だけど、大丈夫だったりしないね」
おっさんは肩をすくめて、
「あの塔がなくちゃ、巨大な転移魔法を発動させることはできないんだ」
だったら、塔を守るしかない。
現実的には、まず七手土吐人の避難を実行すべきだ。
「避難なんて誰もしないと思うぜ」
呆れたような顔で、銑銑が語る。
「俺の里はよ、どいつもこいつも塔建造のために人生を賭けてやがるから。瘤瘤みてーに、な」
「七手土吐人のあるべき姿でしょ」
「けっ」
とっくに塔は魔法道具として使える段階だってのに。
ぐだぐだ言っても、きっとぼくの主張は彼らに通用しないだろう。
ぼくが彼らの価値観を理解できないように、彼らはぼくの価値観に納得しないだろうからね。
どうしてかな?
命より大切なものなんてないはずなのに……。
訪れた沈黙。
それは間もなく去った。
爆音だ。
「ひでー……」
それは塔が破壊された音。
とっても硬い素材でできてるはずなのに、まるでおもちゃのように崩れゆく。
煙が巻き起こり、やや遅れて音が耳に届く。
ぼく達は無言のまま立ち尽くす。
……うー人は大歓声を上げてるけど。
「ぼく、行かなきゃ━━」
「ダメだよ」
一歩踏み出したぼくを止めたのはおっさん。
「『鍵』を失うわけにはいかない。ここはぼくが行こう」
「……大丈夫なの? カーチャンに勝てそう?」
「一応、作戦はあるんだ。もしここで死ぬとしても、本望さ」
「おっさん!」
「タカシくん、きみにはわからないかもしれない。ぼくはね、もう生きているのがつらいんだ。すべてをここで終わらせたい。お国のために命を捧げられるのは願ってもないことなんだ」
「……」
言葉が出ない。
凍りついた眼差しを見てしまうと、何か言ったところで、おっさんの心には響かないと思ったから。
「俺も行くぜ」
「銑銑!」
「自由に世界を冒険するのが俺の夢なんだ。安全圏にいて生き延びることよりも、死んでもいいから夢を叶えたい。じゃーな」
当然のように、瘤瘤も続いた。
「タカシくん、最後になるかもしれないから、はっきり言っておくね。私、命よりも人としての誇りが大事だと思う。命なんてね、誇りを貫き通すための道具に過ぎないの」
三者三様の言葉を言い残して、魔法で飛び立った。
命よりも大事なものがある?
理解できない。
受け入れられない。
でも、どうすることもできない。
ああ、ぼくは無力だ。
オアシスにうー人の笑い声が響いた。