第52話 命は重いと叫びたい!
こんにちは。鷹司タカシです。
崩れゆく地底世界の中で、帝都人民全員から追われ、逃げ惑ってましたが、ぼくはある決意をしました。
「ぼくは皇族人側につく。この地底の全人類を地上に転移させる作戦に、協力する!!!!」
この選択に後悔はない。
完璧ではないけど最善。
不完璧かつ最悪なのは、おっさんに抱き抱えられてることくらい。
できればお姉さんのおっぱいむぎゅーを味わいたk━━
「おバカなことを言うんじゃありません!!」
妄想を邪魔するのはカーチャン。
「地底のやつらは地上侵略をしようって計画してんのよ!! あんた、誰にも死んでほしくないんでしょ!?」
激おこ……というよりは困惑して取り乱してるような感じだ。
これなら怖くはないぞ。
「ぼくは地底の人にも地上の人にも死んでほしくない! どこに住んでいようと、命の重さは同じだからだ! だからと言って、皇帝を説得するのは現実的じゃない。意志は固そうだし、それに正直、何万年も地底世界を維持するお仕事をしてたことに同情もするよ」
「だったら……だったら塔を壊せばいいじゃない!! あれさえなければ、地底世界と地上世界を大きな穴で繋ぐことはできなくなるもの!!」
この案に激昂したのは瘤瘤。
4万年もの長きに渡り塔造りを担ってきた人種の末裔として、破壊行為なんて認められるわけがなかった。
瘤瘤はおっぱいを寄せて魔法を発動すると、しがみついてたカーチャンから離れて、自力で空を飛んだ。
「私もタカシくんと皇族人側につかせてもらう!」
その提案を拒む者はいない。
「俺はどうすりゃいいんだよ??」
情けない声を出して、銑銑が皆の顔を見比べる。
「バカね。あなた地上に行きたいんでしょ? だったら、私と同じように、その筋肉クソ女から離れればいいじゃない。まあ、七手土吐人が地上に行く必要なんてないけど」
「さっすがガリ勉。んじゃ、ここまで運んでくれてありがとよ、おばさん。まあ、俺は人種なんかに縛られずに生きるけど」
「誇りを捨てる気!?」
「地底は崩壊するんだろーが!!」
こんな時でもケンカしちゃうんだから、すごいメンタル。
2人のことは放っておいて、ぼくはカーチャンの提案に反論しよう。
「確かに、塔を壊すことができれば、皇帝が通れるくらい大きな穴は作れなくなる。でも、いつか塔は再建される……でしょ?」
「塔ができるまでには4万年もかかったって言うじゃない。作り直すのにも、それだけの時間がかかるでしょうし、その間は安心して暮らせるわけよ!?」
「だから、将来の人々の平和を無視して、自分達だけ気楽に生きればいいって?」
そんなのおかしい。
今この時代に存在する命が大事なのはもちろん、未来に生きる命だって、やっぱり大事なんだよ。
だから、ぼくは地上に繋がる穴を空けようと思う。
地上に行ってからのことは地上に行ってからでいい。
和平交渉だって何だって成し遂げてみせる。
とにかく、もう目の前で人が死ぬのを見るのはうんざりなんだ。
「だから、この道しかない!!!」
ぼくの決意を感じ取った皇族人のおっさんが、目的の地に通じる石をぼくの頭に叩きつける。
「タカシィィイイイィィィ!!!!」
別れ際に聞こえたカーチャンの咆哮。
「あんたを取り戻すためなら、何人でも殺すわぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!!!!」
さよなら、カーチャン。
* * *
まばたき一回で、ぼくは別空間に移動した。
「オアシス……?」
ここはミコちゃんが言うところの目的の地。
不帰池って名前をなんとなく不気味に感じてたけど、実態はそんなことない。
石の上に座ったまま眺める景色は、淡い緑の草や風にわさわさ揺れる木々、澄みわたる大きな池といった具合に、むしろ心地いいものだった。
少し遠いところに目を向けると、果てしなく続く砂漠、そして……
「まさか……有意遺跡の塔!?」
「そのまさかだよ」
「おひょぁん」
突然、お尻の一番敏感な部分を、柔らかい物が突き上げてくる。
「おや、失礼」
それは皇族人のおっさんだった。
石からすっかり全身を現すと、おっさんは悲しい報告をした。
「きみのお母さんが暴れてるんだ」
「やっぱり……。一人二人死んじゃった?」
「二、三十人かな」
「ヤバイ」
「皇族人も宮仕えも、一般人より断然鍛練してるはずなんだけどねぇ。あ、あの双子は無事だよ。なかなかここへ転移させる隙がないんだ」
カーチャン、ひどすぎるよ。
親の心子知らずとは言うけど、あまりにも理解できない。
元々暴力で躾するタイプの親だったけど、まさか殺人を犯すまでになるなんて……一体どうして?
「ところでさ、あそこに見えてるのは本当に塔なの?」
「そうだよ。さあ、こっちにおいで」
ぼくは池に近づきながら、質問を重ねる。
「塔の近くなんだったら、わざわざ石で『道』を経由しなくてよかったんじゃない? 今は一刻を争う状況なんだからさ!」
「そうもいかない。このオアシスから塔を見ることはできても、塔からこのオアシスを見つけることはできないんだ。隠蔽魔法がかけられてるからね」
見えなくったって必死で探せばどうにかなったんじゃないの?
さすがにそれを尋ねるのは控えた。
もし砂漠で迷子になったら……ぞっとするよ。
「さて、タカシくん」
池のほとりまで来たところで、おっさんは立ち止まる。
そして、池の水をごくごく飲みながら、
「建伊和はきみに扉の鍵を閉めさせようとしただろうけど、ぼくがお願いするのは鍵を開けることだ」
「完全に理解してるよ」
「よろしい。では、具体的な手順を説明しよう。この大きな池の底に鍵穴がある。きみはそこに入って左に回りなさい」
「無理です」
「えっ」
拒否られることが意外すぎたのか、おっさんは口をぱくぱくさせてる。
ごめんね。
だけど、しょうがないんだよ。
だって、ぼく……
「泳げないんだもん!!」
赤面しながらの告白に、おっさんは安堵して、
「大丈夫だよ。泳げないのなら溺れたらいいんだから」
「殺す気!?」
「あっははははは。そんなまさか!」
おっさんの説明によれば、地上への扉が開いた瞬間に、ぼくは水中から太陽の真ん中に移動するらしい。
だから溺れる苦しみは一瞬だけ!
本当だろうか?
っていうか、太陽の中って……ぼく、溶けて死んじゃうの?
「心配無用。きみが鍵穴の中で回転してくれれば、太陽は地底と地上を繋ぐ大きな穴になるんだ。熱さなんて一切感じないはずさ」
ここで思い出すのは、七手土吐人が教えてくれた伝承歌だ。
確か、あの歌には、
暗き太陽
赤を消す
っていう一節があった。
不思議な歌詞だけど、これが転移魔法発動の解説だとすると、なるほど納得だ。
おっさんのトンデモ話に説得力が生まれる。
おっさんを信じよう。
でも溺れたくはない。
「皇帝陛下のご到着をお待ちしなきゃならないんだ。この魔法の発動に必要な魔力は陛下によって提供されるからね」
「要するに、皇帝の垂れぱいをここで寄せてもらわなきゃ……ってことだね」
「それまで少し時間がある。泳ぎの練習をしようか」
う~ん、ナイスアイデア!
と言いたいところなんだけど……
「今日は色々頑張りまくったせいで、ぼくもう疲れちゃってるんだよね。泳ぐ練習じゃなくて、溺れる練習になっちゃいそう」
すると、おっさんはぼくに向かって雄っぱいを寄せて見せた。
「回復したかい?」
「男の人の胸なんか見たって、ぼくは元気にならないよ」
「回復魔法を使ってるんだよ」
相変わらず凍りついた微笑のくせに、心暖まる気遣いをしてくれるじゃないか。
全身から痛みとだるさが消えて、元気完全回復!
さあ、練習開始だ!
「がぼぼぼぼぼぼ」
秒で溺死しかけてしまった。
「どうして……体力は回復したのに……」
「どうやらタカシくんには、根本的にセンスがないみたいだね」
ぼくを池から引き上げてくれた命の恩人が、情け容赦なく、残酷な事実を告げた。
「じゃあもう溺れるしかないじゃん……」
「うーける」
「!!!」
突如、背後から懐かしい声が!
間違いない、これは……
「うー人!!!」
「あうー?」
わっくわくで振り返ったら……忍者のじじいがいた。
「うわぁぁあぁあぁぁぁ」
あの小さくて生意気なうー人がいるのかと思ったのに!
「お前、久しぶり」
「あれっ」
と思ったら、白人忍者の足元にうじゃうじゃうー人がいるじゃんか!
生っ白くて、小さくてかわいい、ウーパールーパーそっくりの人類。
……&忍者コスプレイヤー。
え?
どういうこと?
何この組み合わせ?
そもそも、うー人って皇帝に保護されてたんじゃかったっけ?
「いぃー、たいあい!」
「ひぇっ」
うー人とゆっくりお喋りしたいところだけど、この危険人物がいちゃ、それも叶わない。
もしかして、ぼくを殺しに来たのかも……。
助けを求めて、皇族人のおっさんに目を向けたら、彼は雄っぱいを寄せて臨戦態勢に入ってる。
「殺しちゃダメだよ!!!」
咄嗟に口をついたのは、他人のための命乞い。
おっさんからの返答は、
「ホワンナァシャイセー」
「……ん?」
「クゥホ!」
「ごめん。何言ってるのか、わかんない」
突然、皇族人のおっさんは変なことを言い始めた。
呪文?
「えあー。あーん。てぇあ?」
忍者のじじいもおかしい。
「うー」
「うー」
「うー」
うー人はうーうーうるさい。
「うー、うー」
「ヒェンナァドンドデー!?」
「てやぁ」
「うー」
「うー、うー」
もう無茶苦茶だよ!!!
「しっかりしてよ、大人達!!!!」
「タカシくん、退がって!!」
「最初からそう言って」
「いや、そう言っていたんだけどね。……どうやら、ほんの数秒、言語が通じなくなっていたみたいだ」
あ……異なる言語を使う人種でもお互いに意思疎通できるのは、皇帝の魔法のおかげだっけか。
これもまた、地底世界崩壊の兆し。
「あー……あー……えやぁぁぁあああぁ」
かつてのお喋り癖はどこへやら、まともな単語ひとつ言うことなく、奇声をあげながら白人忍者はへたりこんだ。
原因は明らかに全身打撲。
右足の骨折、お尻の貫通、その他いたるところに傷や痣が見受けられる。
カーチャンにボコされたもんね。
不幸中の幸い、じじいの満身創痍がおっさんの警戒を解いた。
「でも、なんでこの人だけ言葉が通じないままなんだろ?」
その質問に答えたのはうー人だった。
「こいつ、ずっと変」
「うー、面倒見た」
「お腹、空いた」
「うー」
順序だてて説明することが苦手なうー人のお話をまとめると、忍者はこの地に墜落して、その衝撃によって記憶を喪失してしまったらしい。
自分の名前どころか、知能まるごと無くしちゃってる。
「それで? うー人達がここにいるのはどうしてなの?」
「うー、逃げた。皇帝、怖い」
「でっかいから?」
「あいつ、うーを殺そうとした」
長期間にわたって行方不明とされてたうー人。
その発見を喜び、保護すると誓った皇帝の真意は、「道」の存在を知っていたうー人がぼく達にまずい情報を提供しやしないかと恐れ、ならば消してしまおうということだった。
危険を察知したうー人一行は脱走して、この地に辿り着いた。
そしてボロボロの忍者と出会い、世話を焼いてたそうだ。
「殺すだなんて、勘違いさ」
おっさんの口からぺらぺらと反論が出てくるけど、しどろもどろの目は嘘を隠すのが苦手のようだ。
なんて命の軽い世界なんだろう。
ぼくは叫びたい衝動を飲みこんだ。
憤りは胸に秘めておこう。
すべての負の連鎖を断ち切るため、ぼくにできるのは泳ぐ練習だ。