第51話 無意味な争いをしたくない!
こんにちは、鷹司タカシです。
皇帝は地上侵攻のため、帝都を発ちました。
一方、ミコちゃんはぼく達に頭を下げるのでした。
「……タカシ……それにおめぇら皆にお願いだ。……皇帝を……俺の母親を……殺してくれ」
予想外の要請に、ぼくはすっごく驚いた。
「なんで、そんなこと言うの? わざわざ殺さなくたって、他にいくらでも方法があるんじゃない? ぼくは思いつかないけど」
「……例えば、皇帝を殺さず、おめぇらが地上に逃げたとする。そしたら、皇帝はおめぇを拐うため、地上に部下を派遣するだろう。地上人に大勢の犠牲が出ちまうぜ……?」
「どうしてそうなるの! そもそもなんでぼくを追いかけるのさ!?」
「おめぇが鍵だからだ」
「ぼくはどこにでもいる普通の男子小学生! 鍵じゃなくって人間だよ!」
「おめぇはn━━」
ぼくの胸ぐらを掴みかかるミコちゃん。
だけど、カーチャンのぶっとい腕がそれをひっぺがす。
「決めるのはあくまでタカシよ。……で、どうなの? あんたはどうしたいの?」
「どうしたいって言われても……」
「地上に帰りたいの? それともこの世界に留まりたいの?」
「そんなのどうでもいいよ。ぼくにとって大事なのは、まずどうやって人を助けるかでしょ、そんでどうやって罪を償うかでしょ」
「バカタカシ! あんたまだそんな意味不明なことを━━」
「意味はわかるでしょ! 命は何よりも大事なの! ねえ! みんなもそう思うよね!?」
振り向いたぼくに返ってきた答えは、
「……何より大事なのは自由じゃねぇか……」
銑銑は、うっとりとした目で帝都を見下ろしてる。
生まれてから死ぬまでを塔の中で過ごす七手土吐人にとって、外の世界はテレビでしか見たことのない景色だ。
塔造りを何よりの誇りとする瘤瘤も、今は文句を言わずに、景色を眺めたり、草木に触れてみたりと、あどけない様子を見せてる。
「誰だって、堪えきれないほどの渇望を抱えてるもんさ」
甲剛人ファッションのリッキーが物知り顔で言う。
「そして、その渇望の中身は人それぞれ違うんだぜ」
理屈はわかるよ。
だけど……
「人の命よりも大切なものがあるなんて、そんな価値観は受け入れたくないよ!!!」
「あっ見つけた」
「えっ?」
「かかれー!!」
「ええっ!?」
見上げた空には、宮仕えと皇族人。
騒ぎすぎたから見つかっちゃったよ!
相手の数も、放たれる魔法攻撃の数も、あまりにも多い。
逃げる一択しかない。
飛行魔法で逃げ出すと、今度は双子が、
「「あっ見つけた」」
「えっ?」
「「電車だー!!」」
「ええっ!?」
思い出した。
帝都には路面電車が走っていて、その線路は皇居の入り口付近まで伸びてるんだ。
「すっげぇ~! 実在するんだな、電車って!」
「駅もある!」
命の危機もなんのその、双子は新鮮な光景に目を釘付けにされてる。
だけど、そんなことどうでもいいでしょとは言ってられない。
このまま直進すると、駅の真上を飛ぶことになって、それだと駅にいる人達を攻撃の嵐に晒すことになる。
危険だ!
「カーチャン、進路を変えて!」
「このままぶっちぎるわ。ほら、よく見なさい」
促されて目を凝らすと、駅に集う人々の様子がおかしい。
ぼく達を睨んで、胸を寄せて、そして……
「やめてーっ」
ぼく達に向かって、攻撃魔法を仕掛けた!
「タカシ! 銑銑! 瘤瘤! しっかり掴まってなさいよ!! 残り2名は各々頑張ってちょうだい!!」
「あいよ!」
「フン」
カーチャンの合図で、飛行速度が急上昇。
とんでもない風圧のせいで、顔が歪んじゃう。
でも、外見さえ気にしなければ、これで安全地帯に逃げ込めることができるんだからいっか……。
そう思ってた時期が、ほんの一瞬だけど、ぼくにもありました。
「どうして……?」
高地を離れて、大都会の上空。
目下に散らばる帝都の人民が、殺気を漲らせ、おっぱいや雄っぱいを寄せてるんだ。
かつてぼくとカーチャンを予言の戦士達として歓迎してくれた時の面影はない。
隠されることのない敵意。
解き放たれる攻撃魔法。
ぼく達は今、帝都人民全員に追われてる。
「すべてを完璧に終わらせない限り、これが続くぜ」
風圧で変顔状態のミコちゃんが吐き捨てるように、
「これ以上、無益な戦いを続けたくないってんなら、皇帝を殺すしかねぇわなぁ!」
「バカ!! 軽々しく殺すとか言うな!! 第一、皇帝を殺しちゃえば、地底世界を魔法で維持できる人がいなくなって、地底の人達がみんな死んじゃうじゃないか!!!」
「それでいいじゃねぇか。それで終わる。すべてが終わる。地上の人間どもは地底人類に侵攻されることなく、恒久の平和を手にできるんだ。もうおめぇは危険な戦いに身を晒さなくてよくなる」
「きみはぼくをま~ったくわかってないね! ぼくは戦いに巻き込まれたって平気だ! ぼくの望みは誰も悲しませないこと。人が死ぬ選択なんて論外論外!」
顔も丈夫なカーチャンは風にも負けず、いかつい顔を保ったまま、ミコちゃんに尋ねる。
「ひとつ確認したいんだけど、あんた、私達にも崩壊する地底で生き埋めになれって言うの?」
「いいや。小碓革を使えば、おめぇら5人くらい簡単に地上に戻せらぁ。小碓革は……ほれ、ここに」
ミコちゃんはブラジャーの中から魔法道具を取り出して見せた。
どさくさに紛れて窃盗したらしい。
「それで安心。あんたとは馬があわないけど、これに関しちゃ意見が完全に一致してるわね。……地底人類を見殺しにするわ!!」
「脳みそが筋肉なの!?」
「タカシ、やらなきゃやられるのよ!! だったら、やられる前にやる……と言いたいところだけど……」
この大空のどこにも、弾丸並みの速度で飛ぶぼく達について来られる存在はないだろう……と思ってたのに。
「でで、で、で、電車ぁぁ?!??」
いつの間にか駅を飛び出した電車が、あろうことか空を飛んで、ぼく達の背後に迫ってる。
それも、とてつもない速さで。
「都会の電車って飛べるの?」
「すっげーぜ!」
双子!
はしゃいでる場合じゃないでしょ!
電車は空を飛ばないし、こんな速度で移動できないんだからね!
それを可能にするのは魔法だし、そんな魔法が使えるのは、ぼくが知ってる限りでは一人しかいない。
「朝敵はことごとく滅びなさぁぁあぁぁぁあああぁあいっっっ!!」
先頭車両の操縦席に立ってるのは、宝百合ちゃんだ!
Eカップのおっぱいを寄せて、浮遊魔法を全力で過激に駆使してる。
それにしても……
「どうして自分で飛ばないのかな? 追いかけるだけなら電車に乗る必要ないのにねぇ?」
「ぶつけるつもりだろうぜ!」
「おふぇえ!?」
ミコちゃんの予想は正しかった。
宝百合ちゃんの乗った電車はどんどん加速して、そして、ぼく達を撥ねた……。
……。
……??
あ、あれれ?
電車が空中で停車してるぞ。
「よぉ~~……っく、わからせてあげるわ」
カ、カーチャン!
5両編成の電車を筋力だけで受け止めてるよ、この人!
いいよいいよ。
そのまま、宝百合ちゃんを駅に送り戻しちゃえ!
……カーチャン?
どうして電車を振りかぶってるの?
どうして全身に血管を浮き立たせてるの?
どうして駅の方じゃなくって下を向いてるの?
「やられたらぁ……やり返すのよぉぉおぉぉおおぉ!!!!」
「やめろぉぉぉおおぉぉぉおぉ!!!!!」
車両の中には宝百合ちゃんがいるんだぞ!
下には帝都で暮らす大勢の人間がいるんだぞ!
それなのに、どうして……どうして電車を地面に叩きつけたの!!?
遥か下方で、電車が人々を巻き込んで大破した。
弾け飛ぶ四肢。
飛び散る血液。
響き渡る悲鳴。
また目の前で人が死んだ。
宝百合ちゃんは……生きてるかどうかもわからない。
さっきぼく達がいた皇居付近の高地。
そこでは、木々が痩せ、草が枯れ始めてる。
世界が着実に崩壊の一途を辿ってるんだ。
間違いなく、これから死体が増える。
地底世界が滅びる。
「タカシ、俺に協力しろ」
逃走を再開した時、ミコちゃんが叫んだ。
「俺達は同じだ。もう誰の悲しみも見たくない……だろ? だったら、皇帝を殺して、地上に帰ってくれ」
これ以上、誰かの死を見ろって言うの?
それどころか、自分の手で人の命を奪え、と……。
「それよ、それ! それこそが唯一の選択肢だわ! タカシ、賛成しなさい!」
「えー、やだよ。俺、地上に行ってみてーもん」
「あー、時間がもったいない! 早く帰って塔建設しなきゃ」
「あたいはあんたと戦えるなら何でもいいぜ! 今すぐにでもあんたを殺したくって堪らねぇや」
……。
……そう。
そうなんだ。
これがぼくの所属するパーティーの意見か。
「……なるほどね……」
全身の力が抜けて、自然と微笑みが顔に浮かぶ。
それと同時に、ぼくの体はカーチャンから離れ、大空に取り残される。
「タカシーーーーッ!!!」
想定外だったんだろうね。
カーチャンが飛行を停止した時には、ぼくはもう手の届かないところにいた。
宙に浮いたぼくは、だけど、地に落ちることはないという確信があった。
「よいしょっと」
追い付いた皇族人のおっさんが優しくぼくを受け止めてくれた。
「この行動はつまり、きみの意思表示と受け取っても構わないかな?」
「……うん……。そういうことだね……」
ぼくとおっさんのやり取りの意味を理解できないカーチャン達は、戸惑いと苛立ちを顕にしてる。
「何してんの! あんた……本当バカね! そいつらは危険なんだから、何されるかわかったもんじゃないわよ!」
「ううん、そんなことないよ。この人達にとって、ぼくには利用価値があるんだもん」
「でも……でも、あんたはそいつらに用がないじゃない」
「あるよ」
「えっ……?」
ぼくは考えたんだ。
短い時間に知恵を絞って、考えて考えて考え抜いて、それでもろくな答えには辿り着けなかったけど、でも消去法で一番ましだと思える策を見つけたんだ。
「ぼくは皇族人側につく。この地底の全人類を地上に転移させる作戦に、協力する!!!!」