第50話 侵害を許したくない!
こんにちは。鷹司タカシです。
ぼくは何のために地底で奮闘したんだろう?
テロリストを暴れさせてたのは、皇帝だった。
自由を求める皇帝は、地上に侵攻することを宣言し、そして、宝百合ちゃんに命令した。
「皇族人の指示に従い、タカシを連れて行くのじゃ。そして、タカシの母親を……殺せ」
それに対する彼女の答えは、
「皇帝陛下のご命令は絶対です……!! カーチャンさん……殺させて頂きます……!!!!」
涙ながらに、むぎゅっと寄せた。
皇帝から分け与えられてEカップにまで回復したおっぱいを。
「ほわわっ」
体が浮かび始めて、キンタマがキュンッとしちゃう。
宝百合ちゃんの浮遊魔法だ。
本当にぼく達と対立するの……?
あんなにたくさんの冒険をともにしたのに……。
「ちゃんとしなさい!」
浮遊魔法に微動だにしないのがぼくのカーチャンだ。
ぼくと銑銑と瘤瘤を掴んで救助して、
「こんなのしっかり地に足をつけてれば、どうってことないわ」
「そんな人間、カーチャンだけだよ」
ぼくのツッコミを意に介することなく、ゴリゴリ筋肉おばさんはロリロリ巨乳魔女をまっすぐ見据えた。
「一応聞くわ。本気なの?」
「本気です」
「殺すしかないわね」
やめて!
命は何よりも尊いんだ!
だけど、カーチャンの残虐な振る舞いを阻止したのはぼくの叫びじゃなくって、ジュリエットの放電魔法だった。
背後からの攻撃だったにもかかわらず、カーチャンはあっさりとそれを避けるんだから大したもんだ。
「あぁ~イライラするわぁ~」
魔法が詰めこまれたパーティーバッグを片手で持ち、もう一方の手でジュリエットは顔を撫で擦る。
それはかつてカーチャンとの対決の中で負傷した顔の左半分。
「あたしの美しい顔が醜くされちゃうわ、あの薄汚れた地上に帰らなきゃいけないわで、もうキレそうよ。皇帝陛下のお望み通り、そのガキを捕まえて、あんたを殺せば、ご褒美に顔面を治療してm━━」
「そのケバい女を殺しといてちょうだい」
「はぁ!? 何ですってぇ!!?」
カーチャンはジュリエットの怒声なんて構いやしない。
ただただ宝百合ちゃんを睨んでる。
それじゃ誰が厚化粧のお姉さんの相手をするのかと言うと……
「はいよ!!」
元気よく返事をしたのはリッキー。
おっぱいを寄せて魔法を発動、全身の筋力を強化すると、途端にジュリエットに殴りかかった。
「あんたと戦えるってんだったら、あたいは何でも言うことを聞いてやるさ!」
カーチャンと戦闘したいという理由で服従を誓ってるリッキー。
変なやつだけど、こういう状況ではすごく頼りになる。
不意をつかれたジュリエットはブチギレ。
「あんたの頭の中は戦いだけか!!」
と応戦した。
この好機を逃がすカーチャンじゃない。
「行くわよぉぉぉおぉぉぉおぉぉl!!!」
「止まりなs……止まらないっ!」
地底世界のエリート・宝百合ちゃんの浮遊魔法でさえ、猛進するカーチャンを封じこめることはできない。
そして、どかんと一発……ただのパンチ!
皇居を衝撃が襲った。
「すげぇ~……。魔法なしでこの強さかよ」
「化け物ね……」
ドン引きの双子。
そう……まるで化け物だ。
幸い、宝百合ちゃんは機敏に避けたものの、もし当たってたら、確実に命はなかった。
「何度も何度も言うけど……軽く人を殺そうとするのやめて!」
精一杯の懇願をカーチャンの耳元で叫んでみた。
だけど……もう一発どかん!
またカーチャンが暴力を振るった?
違う!
「……皇帝の足音だ……」
およそ50メートルはあるんじゃないかと思える巨体が一歩、また一歩と足を踏み出すごとに、皇居が揺れる。
彼女は帝都のシンボルである全緑景樹に絡まったまま、それどころか、さっきよりももっと絡まった状態だ。
歩くたびに全緑景樹の根っこにぶつかって、ぶつかるたびに絡まって、もうぐっちゃぐちゃだよ。
「宮仕えよ!」
高い位置から声が響く。
それは宙に浮かぶ皇族人のおっさんだ。
おっさんはまだ石を手に持ったまま、演説を開始した。
「皇帝陛下は世界を維持する魔法を解除された! 数時間のうちに、この地底世界は崩壊するであろう。よって、地底の全人類を地上世界へ無事に誘導することが、お前達の任務だ!」
だけど、ほとんどの宮仕えは驚愕の展開に頭が追いつかない様子。
馴染んだ世界を捨てて未知の世界へ飛びこむ決心がつかないようだ。
おっさんは説得を諦めない。
「恐れるな、地上の悪魔を! 忘れるな、皇帝陛下の御厚情を! 信心深き者共には限りない自由がもたらされよう!! 自由に向かって、進めーーーーいっ!!!」
そして雄っぱいをぐにゅうっと寄せると、何かしらの魔法を発動した。
その瞬間、見えない何かがぼく達を襲った。
風じゃない。
物理的には存在しない何かが、心を滾らせる。
怒りの感情に呑みこまれそうになる……。
「っはぁ!!!」
カーチャンが気合いを入れた途端、それは収まった。
何?
え?
気合いで魔法を弾き飛ばしたの?
「「「「「「「おおおおーーーっっ!!!」」」」」」」
皇居を雄叫びが埋め尽くす。
宮仕えが天に拳を突き上げて、ぼく達を睨む。
数秒前に彼らの顔を覆っていた怯えや迷いが消え去って、代わりにそこにあるのは純粋な怒り。
「聞いたこともないけど……さっきのは人間の感情を鼓舞する魔法ってこと?」
瘤瘤が震えてる。
カーチャンの気合いのおかげで、彼女にはその魔法がかからずに済んだみたいだ。
「だとしたら、ひどい話じゃないか! 人を魔法で操っておきながら、何が自由だよ! そんなの……ただの奴隷だ!! 正気に戻ってよ!!」
想いは届かない。
我を忘れた宮仕え、そこに加わる皇族人。
皇居に集うすべての人が敵になっちゃった。
危機的な状況だけど、幸か不幸か、さすがのカーチャンもたじたじ。
「いったん、ここを離れた方がよさそうね」
「よかったね、みんな! カーチャンに殺されないで済むよ!!」
「後で必ず殺すわ」
四面楚歌。
全方位から向けられる敵意と攻撃魔法。
それを器用に切り抜けながら、ぼくと銑銑と瘤瘤を背負ったカーチャンは走る。
「きみも遅れないで!」
「言われなくったって、どこまででも付いて行くよ!」
ジュリエットの猛攻をかわしつつ、リッキーがカーチャンの後に続く。
おっと、大切なことを忘れてた。
「カーチャンカーチャン! ミコちゃんを助けてあげなくっちゃ!」
彼女はまだ同胞に捕らえられたままの状態なんだ。
「えー、嫌」
「なんで!」
「だって、あいつ、水製都市であんたをボコしたじゃないの」
「今はそういうこと忘れて!」
「ここで見捨てるか止めを刺すかしといた方がいいんじゃないかしら」
「助けてあげて!」
溜め息をつきながらも、カーチャンはどうやらぼくの要請に応じてくれるみたい。
走行速度を一気に上げると、瞬く間にミコちゃんの元へ辿り着き、彼女を捕らえてる皇族人達を一蹴した。
そして、ミコちゃんの腕を引っ張って、再び出口を目指す。
「ねえ、あんた」
カーチャンがねっとりじっとり語りかける。
「助けてあげたんだから、猫に変身しないでよね」
人の姿のミコちゃんは、カーチャンを無視してる。
彼女の目線の先には、彼女自身のカーチャン━━地底の皇帝がいる。
「自由を我らの手に!」
「皇帝陛下万歳!」
「悪魔を殺せ!」
多数の宮仕えと皇族人が、エメラルド・グリーンの巨大な根っこに身を隠して、攻撃魔法を繰り出す。
その全てを完璧に回避して、皇居の出口まであと少しのところで、ぼく達は皇帝に追いつき、追い越した。
その瞬間、
「おい、聞かせろ!」
ミコちゃんが母親に向かって怒鳴る。
「俺の裏切りに気づいてやがったのか!?」
「ほほ。気づいていた上で、泳がせていたのじゃ」
「どうしてわかったんだ!?」
「親じゃからの」
会話はそれで終わり。
皇居の出口━━果てしなく長い長い無限回廊を、カーチャンはまるで自動車のような速度で駆け抜ける。
そして瞬く間に、皇居の外に出た。
懐かしい全緑景樹が視界に入った。
葉も幹も枝も根もすべてが緑で、皇居の空全体を覆い尽くす、大きな木。
* * *
念のためにと、皇居から離れた場所で、ぼく達は休息をとった。
ここなら誰もいないし、皇居の出入り口から宮仕えや皇族人の出てくる様子がよく見える。
なかなか皇帝が出てこないなーなんて思ってるうちに、全緑景樹が揺れ始めた。
「地震? ……いや、全緑景樹が動いてる!」
その巨木は地面から徐々に浮き上がって、やがて根っこが完全に露出した辺りで、皇居の出入口から皇帝が現れた。
そして、異様な光景がぼく達の目を釘付けにした。
「これも魔法……ってことかしら?」
でっかい皇帝が、でっかい全緑景樹と絡まり合い、融け合い、そして一つになった。
でっかいでっかい木の化け物だ。
ここは高地になってるから、目下に広がる帝都人民の動きがわかる。
誰もが怪物皇帝を見上げ、驚いて、踏み潰されるんじゃないかと怯え、一目散に逃げ出した。
木のお化けはずしんずしんと大きな音を立てながら、帝都を囲う壁に向かって一直線に突き進む。
「あれだけデケェと、『道』の石を利用して移動することはできねぇ」
ミコちゃんが言う。
「だから、目的の地まで歩いて行くつもりなんだろう。つまり、俺達には時間が少しあるってことだ」
「目的の地って、どこ?」
「不帰池だ。俺がおめぇ達を連れて行こうとしてたのは、そこなんだ」
「ふーん。そこに何かいいものでもあるの?」
「バッキャロ! 地底と地上を繋ぐ仕掛けがあるんだって話をずっとしてたじゃねぇか!」
「そうだった」
ぼく達が愉快な会話をしてる間に、既に皇帝は門の前まで到達してた。
帝都を覆う巨大な壁。
その壁と同じ高さの門。
「開けよ」
皇帝の言葉とともに、門が開いた。
初めて帝都に来た時、どうしてこんなバカデカイ門があるんだろうって不思議だったけど、その謎がようやく解けたよ。
皇帝が通るためだったんだ。
「やつが不帰池に行くのを止めなきゃならねぇ」
「もし止められなかったら……でっかい化け物になっちゃった皇帝も地上に転移しちゃうんだよね?」
「そして、たくさんの地上人を殺すことにならぁ」
「それだけは絶対に嫌だ! ねえねえ、ミコちゃん、教えてよ! どうすればあの化け物を止めることができるの!?」
ぼくとミコちゃんの視線がぶつかる。
ねえ、ミコちゃん?
どうして、そんな悲しげな目をしてるのさ?
少しの沈黙の後、ミコちゃんは震える声を振り絞って、こう言った。
「……タカシ……それにおめぇら皆にお願いだ。……皇帝を……俺の母親を……殺してくれ」