第46話 悪いやつらを追い詰めたい!
こんにちは! 鷹司タカシです!
テロリストどもを連れて地上に戻る選択をしたところ、地上に帰りたくないお姉さん2人は飛んで逃げようとします。
チェイスしてやる!!!
「そいつらを逃がさないで!」
「ほい来た!」
ぼくのお願いに応えてくれたのは双子の七手土吐人。
2人にとっては、地上から来た人殺しなんて脅威でしかないもんね。
双子は白い卵をお姉さん達に命中させ、そして、魔錻羅器を装着した胸をぐいっと寄せた。
「ぐふっ」
「何だい、こいつは!?」
体を白濁色の物質で拘束され、慌てふためく女性達。
ちょっと色っぽいぞ。
両者とも、おっぱいを寄せたままの状態で、体の自由を奪われてる。
ぼくは吸い寄せられるように二人の元へ駆けた。
「おっぱいを揉まs……じゃなくて、無駄な抵抗はやめて、大人しく地上に帰ろう!」
「誰があんたみたいなガキンチョに胸を揉ませるもんか!」
「それは気が向いたらでいいから! 今はとにかく、争うのをやめにしてほしいの!」
「うるさい! あたしは欲深いジュリエットなのよ! こんなところで……終わるわけには……いかねぇぇええよぉっ!!!」
美形の顔を歪ませて、全身に力をこめるジュリエット。
そんな程度のことで破壊できるほど柔な素材じゃないよ、七手土吐人の卵焼きは。
一方の甲剛人ファッションの黒人お姉さんは、出入り口を目指そうとしたけど、双子と宮仕えの魔女の姿を見てビビった。
それから、今度は出入り口とは逆の方に視線を移した。
石に乗って「道」に戻ることを考えたようだ。
「いつでも来な」
不敵な笑みを浮かべるミコちゃんが石の前に立ちはだかる。
「クッソォォオオォォ!!!!」
魔法で筋力を強化して、お姉さんはイライラを壁にぶつけた。
もちろん、いくら壁ドンしても無駄無駄。
同じ素材でできた拘束具をほどけもしないんだからね。
「七手土吐人の伝統技術が余所者に打破されるわけないじゃないの!」
とっても誇らしげな瘤瘤。
えっへんとCカップの胸を張ってる。
こうしてお姉さん達は打つ手をなくした……かと思いきや、まだひとつだけ切ってないカードがあった。
「おっさん!!! 圧縮魔法でこいつらごと壁をブッ壊しちまいな!!」
「今すぐやんなきゃグーパンするわよぉ!!!」
そう、おじさんだ。
ここまで何一つすることなく、ただただミコちゃんのそばに突っ立ってへらへらしてるだけの中年。
年齢に似合わず、指をしゃぶる姿があどけない。
そのおじさんの表情から笑みが消えた。
仲間の剣幕に怯えてるらしい。
「まずい……! ミコちゃん、麻薬植物でそのおじさんを眠らせてよ!」
「もう持ってねぇや。仕方ねぇ、殺すしk━━」
「ダメ!」
「あぁ!?」
「絶対に絶対に殺すのはダメ! もし殺したら地上に行くのキャンセルするから!」
「んじゃあ、どうしろってんだ!!?」
焦りが空間に満ちる。
事情を知らない双子だけがぽかんとしてる。
そうだよね、何も知らない人からしたら、どうしてあんなしょぼいおじさんにビビるのか、わけがわからないよね。
それは水製都市に綿の雲が現れた時のこと。
ぼくは雲の上に行くために、警察や警備員を呼び集めて、状況を混沌とさせた。
生じた隙をついて空高く舞い上がろうとしたら、仲間達に脅されたおじさんが魔法を発動させて、たくさんの人が死んだ。
圧倒的な魔法だった。
たった一瞬で数十人が肉の塊に圧縮された。
ぼくが巻きこんだせいで、死んだ。
もう同じ過ちを繰り返さないぞ!
「おじさん!」
ぼくがおじさんの元に走って行こうとすると、カーチャンに首根っこを掴まれた。
危険だ何だとうるさい。
構うもんか。
ぼくは声を大にして叫ぶ。
「あんな人達に怖がる必要なんてないよ! だって、ほら、ぼくのカーチャンの方が強いもん。ムッキムキでしょ?」
「……うん……」
少しおじさんの表情が和らいだ。
もう一押しのところなのに、甲剛人ファッションのお姉さんが邪魔をする。
「あんたが人を恐れることなんてないだろう! なんせ、あんたは『オーストラリアの血まみれコアラ』なんだからさ!」
これにはぼくだけがビックリした。
他の人は皆ぽかーんとしてる。
地底の人達はともかく、カーチャンまでもが
「何それかわいいじゃない」
なんて言ってるのはおかしいぞ。
「知らないの!? オーストラリアの有名な殺人鬼だよ! 無差別殺人で終身刑になった後、脱獄したとか言われてたけど……地底に来てたなんて!」
「ふーん、危険ね。殺した方がいいわ」
「どういう思考回路してんのさ!」
カーチャンの好戦的な態度に、おじさんが表情を暗くする。
体が震え、顔面が蒼白になり、両手が胸元に。
魔法を使うつもり!?
「そいつは子供の頃、母親に虐待されたんだ」
甲剛人ファッションの黒人お姉さんがにやにやしながら、
「学校にも行かせてもらえず、まともに食事もさせてもらえず、殴られまくった。そうして、怖い女から身を守るため、とてつもない魔法を手に入れたってわけさ」
ヤバイ!
「カーチャン、聞いたでしょ。あのおじさんを怖がらせちゃダメだ。大体、親から虐待されてたなんて、かわいそうじゃないか」
「そうねぇ……」
「ねっ? じゃあ、ほら、仲良くしよ? おじさんに笑いかけてあげて!」
カーチャンは頷くと、おじさんに満面の笑みを向けた。
だけど、その笑顔は……
「カーチャンの笑顔、怖すぎーーーーっ!!!」
筋肉バッキバキ。
血管ミッチミチ。
歯牙ギッザギザ。
何これ、ティラノサウルス??
あっ、カーチャンの笑顔か!!
「ひぃっ……うあ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあぁあぁあぁぁ!!!!」
細身のおじさんが薄い胸を引っ張るようにして、無理矢理寄せた。
終わった……。
この距離、あの魔法。
間違いなく、ぼくはここで死ぬ……。
死を悟ったぼくの脳はフル回転して、どうにかして絶体絶命からの逆転の一手を見出だそうともがく。
すべての光景がスローモーションで見える。
おじさんが魔法を発動して、空間が歪む。
カーチャンがぼくを突き飛ばすして、走り出す。
ぼくは宙を舞いながら、目を疑う。
カーチャン、圧縮魔法に筋力だけで耐えてる!
捻れる空間の中、両手を伸ばして、全然胸を寄せちゃいない。
筋力だよ。
筋力しか使ってないんだよ。
一度に数十人を圧殺しちゃう魔法に、筋力で耐えてる!
「ふぁぐあ」
「大丈夫ですか、タカシさん!」
吹っ飛んでたぼくを止めてくれたのは、宝百合ちゃんの浮遊魔法だった。
双子のそばで着地したところで、すぐに顔を上げて、カーチャンを見た。
まだ耐えてる。
ちょっと肘が曲がってきたか。
「カーチャン……カーチャン頑張れぇぇぇえぇえぇえ!!!」
ぼくは声を張り上げて応援した。
ぼく達に残された最後の希望、それはカーチャンなんだ。
カーチャンがいなきゃ、最悪、ぼくのパーティーは全滅しちゃう。
「カーチャン、負けるなぁぁぁあぁぁぁああ!!!」
「おばさん、かっこいーぞぉぉぉおおぉぉおぉぉ!!!」
「あなた、すごすぎぃぃぃいぃぃぃいぃ!!!」
「予言の戦士、さすがですうぅぅうぅぅぅうぅぅ!!!」
ぼくに続いて銑銑と瘤瘤、宝百合ちゃんも応援する。
ぼくはカーチャンの向こう側、おじさんのそばから思わず空中へと避難したミコちゃんに目を向ける。
「どうぞ!」
「……は?」
「カーチャンへの熱い応援を、どうぞ!」
「いや……おかしいだろ」
何にもおかしくなんかないよ!
体を張って人々を守るヒーローを、守られてる側が応援しないでどうすんのさ。
声援こそが戦う力になるんだ。
あっ、大変!
「カーチャンがおじさんの魔法に負けそう……!! このままじゃごっついカーチャンがぺっちゃんこになっちゃう! だから、どうぞ!」
「う……が、頑張って……」
声を震わせるミコちゃん。
その応援が通じたのか、カーチャンの勢いが復活した。
肘を伸ばし、足を広げ、空間の捻れを押し返す。
「何なの、この馬鹿力……。……どんな魔物よりもえげつないじゃない……」
ドン引きするジュリエット。
もう一人のテロリスト・金髪黒人お姉さんは目を潤ませて、カーチャンを見つめてる。
「ぬぐぁぁあぁぁ……」
「うっ……うぅぅ……」
おじさんとカーチャンの死闘が塔を揺さぶる。
ぱらぱらと、塔の破片が降ってくる。
壁にはみしみしヒビが入る。
塔が壊れるのが先か、それとも勝負に決着がつくのが先か。
結果は……
「でやいぃぃっ!!!!」
カーチャンが気合いを入れた途端、発生した衝撃波によって、壁が壊れ、ぼく達は吹っ飛ばされた。
もろいヒョロガリ体型に鞭打って、ぼくは体を起こす。
目に入ったのは……粉塵の中に立つ勇者の姿!
やったね、カーチャン!
筋肉の勝利だ!
「七手土吐人の誇りが……」
瘤瘤が呆気に取られてる。
最下層のこの空間は見るも無惨な状態。
歴代の長の死体は倒れ、壁は至るところがひび割れ、それどころか一部の壁にいたってはブッ壊れて穴が空いちゃってる。
穴の向こうは暗くてよくわからないけど、どうも空洞になってるみたい。
ま、それはともかく、全部ぐっちゃぐちゃってわけ。
瘤瘤が呆然としちゃうのも当然だ。
「惚れたぜ……」
「んぇ?」
突然の告白をしたのは黒い肌のお姉さん。
顔を赤らめて、カーチャンを見つめてる。
……え?
「はぁ、ひぃ……はぁぁ」
全力を出し切ったおじさん、汗をかいて息切れしてる。
そこへゆっくり近づくカーチャン。
……まさか?
「カーチャン! 殺しちゃダメだよ!」
ぼくと同じ不安をおじさんも抱いてるらしい。
まるで化け物を見るような目でカーチャンを見て、全身を震わせる。
ただでさえ痩せっぽちの中年だ。
もう胸なんて残っちゃいないし、体力もないだろう。
眼前に迫る獣に抗う術なんてないはず。
「だから、拘束するだけでいいの! 卵を投げつけて固めれば、もう何もできなくなるんだから!」
「いいえ、殺すべきです」
余計な口を挟む魔女っ子。
「尊き皇帝陛下の治める地底世界を汚す輩には、死あるのみ!」
話になりゃしない!
命より尊いものがあるもんか。
ぼくは走り出す。
頼れる人がいないなら、ぼく一人で、あの短気なムキムキゴリラを止めなきゃいけない。
やめて、カーチャン。
絶対に殺さないd━━
「あっそびっましょっ♪」
「「「「「「「!!?」」」」」」」
カーチャン、おかしくなっちゃった?
にっこにこでおじさんの手を取る。
この場の誰もついていけない急展開。
瓦礫と死体しかない殺風景な場所で、カーチャンとおじさんの2人は踊った。
何が何だかわからないけど何だか楽しくなっちゃって跳び跳ねるおじさんと、どんな考えを持ってるのか隠すカーチャン。
ぼく達はひたすら見守るしかない。
「楽しい?」
「うん!」
へらへら顔じゃなくって満面のにっこり笑顔で、おじさんは答えた。
「じゃあ、もっと楽しいところに連れてってあげるわ」
「うん!」
「じゃあ、目をつむってごらん」
なるほど。
手懐けて大人しくさせてから、地上に連れていこうっていう作戦だな。
意外と頭脳的なカーチャンに驚きつつも、頼もしく思った。
カーチャンは、目を閉じたおじさんを少し見つめて、それから、首をへし折った。