第41話 毛深い人達と和解したい!
こんにちは! 鷹司タカシです!
カーチャンのブラジャーのホックを外しました。
家が墜落しました。
後悔はしてません。
大きな音と衝撃。
ぼくはカーチャンのでかい体にしがみつく。
しばらく目をつむり、じっとしてたけど、それ以上は何も起こらなかったので恐る恐る目を開けた。
窓の外は、一面、濁った白色。
これは塔と同じ色だ。
ぼくはカーチャンをよじ登って、窓から身を乗り出す。
「カーチャン! ここ、塔の中だよ!」
「あんたのせいでね!」
「あ゛あ゛っ!!!」
カーチャンのノールック裏拳がぼくの額に炸裂。
「何するの!?」
「何するのはこっちの台詞よ! あんたが邪魔しなきゃ、あの忍者を殺せてたのに!」
「殺させないために邪魔したんだよ!」
こんなの言うまでもないことだ。
わからないんだったら、敢えて言葉にしてあげよう。
「命は何より大切なんだ!!!」
それは常識。
特別な知識も経験もなくったって、わかるはずじゃないか。
その上、ぼく達は異世界に来てから、たくさんの恐ろしい目に遭ったんだ。
ぼくの判断ミスが人々を死なせたこともある。
ぼくなんかを守るために命を落とした人もいる。
もう無関係じゃいられないんだ。
だからこそ、もう悲しみを繰り返させちゃいけない。
「だけど、相手は無差別殺人鬼よ?」
「それでも命は大切だよ」
カーチャンがぼくを睨む。
ぼくは睨み返す。
決して譲れない。
やがて、カーチャンは目を逸らして、
「しょうがないわね……あんたは……そういう子だから……」
溜め息混じりに、そう言った。
「宝百合ちゃんは大丈夫? ケガはなかったかしら?」
「わたくしはどうにか無事でしたが……この家は重傷のようですね」
言われてみれば、なるほど本当だ。
せっかく帝都で大工さんに修理してもらった我が家がボッロボロ。
いたるところにヒビが入り、壁やら窓ガラスやらに板が突き刺さってる。
「この家が落下したのは、有意遺跡の塔のてっぺんです。塔は常に空高くへと拡張工事を続けられているので、正式な屋根は造られず、簡易な木の屋根で代用されているのです」
「それを壊しちゃったのね。なんだか悪いことしちゃったわ」
「家がどうなってるか、外からも確認してみようよ!」
ぼくはカーチャンの制止を気にせず、裏口から勢いよく飛び出た。
本当は家がどうなってるかよりも、塔の中がどうなってるかが気になったんだけど。
扉を開けて視界に入ったのは、白濁色。
壁も床も濁った白。
手を伸ばして壁に触れてみた。
もしかしたらガムみたいに柔らかいのかも……と思ったけど、それは大理石のように硬くて、ちょっとひんやり。
他に何かないかなと顔を横に向けたら、人がいた。
いや、やっぱりモップかも。
紫色の毛がふっさふさで、便利なお掃除道具に見えなくもない。
いや、やっぱり人間だろう。
不思議な人類がたくさん存在する世界だもん。
ほら、よくよく見れば、胴体から7本の手が生えていて、そのうち胴体のてっぺんに生えた手には目がひとつと口がひとつある。
鼻と耳は見当たらない。
うんうん、これは間違いなく人。
……人かな?
「……」
「……」
ぼくは驚きと怖さのあまり、黙ったまま見つめてる。
相手も驚いたような表情で、黙ってぼくを見つめてる。
家の中から、カーチャンと宝百合ちゃんが、
「どうしたの、タカシ?」
「何かあったのですか?」
獣っぽい人の後ろから、同じ見た目の人々が、
「どうしたんだ?」
「やつらが現れたのか?」
ぞろぞろ大集合。
言いたいことはお互いにたくさんあるだろうけど、何はともあれ、
「う~ん、白濁色の塔の中で、紫色の体毛と灰色の肌はよく目立つなぁ」
「こいつら地上から来た悪魔どもだ! 殺しちまえ!!」
まったりしてる暇なんてなかった。
紫色の体毛の人達がぼく達に向かって襲いかかってくる。
そりゃそうだ。
地上人テロリストの存在は地底世界中に知られてるんだもん。
さてさて、てっきりビームだとか炎だとか潮吹きだとか、そういうものすごく殺傷能力の高い攻撃をかまされるのかと思ってたら、彼らが放ったのは……卵。
「タカシ!! 危ないわ!!!」
カーチャンは全力でぼくを卵から庇って、股間の辺りで卵を受け止めた。
卵は割れて、中から白濁色の液体を溢す。
カーチャンの股間が汚されちゃった。
……え?
「いやいや、これただの卵じゃん。鶏の卵じゃん。黄身がないし白身が透明じゃなくて白いのがおかしいけど、それ以外はただの卵じゃん」
「危険な卵かもしれないわ!」
「ただの卵じゃん」
「下がってなさい!!」
強い力でぼくを突き飛ばした後、カーチャンは更にたくさんの卵を投げつけられた。
わぁぁ……全身が白濁色の粘液まみれだ。
きったね!
それから、手が七つの人々は、毛むくじゃらのおっぱい・雄っぱいを寄せて、魔法を発動した。
今度こそビーム!?
……いや、何も起こらない。
一体、どんな魔法を……あぁっ!!?
カーチャンの全身に垂れてる卵の中身が、どんどん固まってく!
何これ……どういう魔法?
お料理魔法なの??
「我らのことをろくに調べもせずに、のこのこやって来たようだな。聞いて驚け。お前が浴びた卵はt━━」
「食べ物を粗末にするんじゃありませんっっ!!」
ぼくが食事中に嫌いなものを残した時と同じテンションで、カーチャンは激怒した。
と同時に全身に力をこめたので、筋肉がぼこぼこ盛り上がり、固まった卵が弾け飛んだ。
紫色の毛むくじゃら人間一同、その光景を見て驚いた。
うんうん、わかるわかる。
カーチャンのブチキレた時の顔って、お化けより怖いよねぇ。
「違います! それはそれで怖いですが、問題はあの素材を筋力だけで破壊したことです!」
なんだか宝百合ちゃんまで震えてる。
「あの素材って、カーチャンの体にくっついてた卵焼きのこと?」
「卵焼きなどではありません。あれはこの塔と同じ素材なのです。雨にも風にも太陽光にも負けず、およそ4万年にもわたり形状を維持して持ちこたえている塔の、大変丈夫な素材です」
その説明で、ぼくにもぴんと来た。
なるほどね、ぼくのカーチャンのしたことは人間わざじゃないってことね。
いつも通りじゃない。
ぼくにとっては常識に過ぎないことを、ここの人々にもわかってもらったわけだけど……何を考えたのか、一人の毛むくじゃら人間がカーチャンに向かって走り出した。
七つある手のうち、足として使ってる二本以外をグーにして。
「やめろ!」
「筋肉の化け物に殺されちまうぞ!」
「引き返せ!」
塔の住人とともに、ぼくも一緒になって叫んだ。
ところが、相手が繰り出したパンチを、カーチャンは両手でがっしり握ると、
「よろしくお願いしますぅ。数日前にこちらに引っ越してきましたぁ」
この場にいる全員が唖然としちゃったよ。
カーチャン、まだお引っ越し気分なの……?
「どうか、皆様、お気をお静めください。この方々は地上人ですが、敵ではなく予言の戦士達なのです」
宝百合ちゃんの言葉にざわつく人々。
家が降ってきたり、馬鹿力のおばさんが現れたり、それが予言の戦士だと言われたり、わけがわからないんだろうね。
仕方ないや。
困惑した空気の中、灰色の肌の人々の間を縫うように、小さな二人組が進み出た。
「その人、宮仕えの魔女だぜ。信用できるんじゃねーか?」
「服装は如何にも宮仕えの人のだし、容姿にはネアンデルタール人の特徴があるものね。きっと宝百合様だと思うけど」
二人の発言を聞いて、全員の目が魔女っ子に集まった。
「存じていただけて光栄です」
これが決定打となって、彼らの警戒心は解けた。
ぼく達は歩みより、お互いに自己紹介をした。
この不思議な人々の人種名は七手土吐人というらしい。
遥か昔に地底に来てから、代々ここで塔造りを担ってきたとか。
だけど、自分達のご先祖様がどうして塔造りを始めたのか、いつになったら塔が完成するのか、さっぱりわからないんだって。
「じいさんから、もっとよく話を聞いておけばよかったの。それより、どうして家ごと空から降ってきたんだい? 危ないじゃないか」
「地上人テロリストがここら辺にいて━━」
「へえ! そいつらにやられちまったのか!?」
「ううん、そうじゃなくって、えっとね、何から説明すればいいのかな、まずミコちゃんって子がいてさ」
「建伊和命です!!」
七手土吐人の皆さん、ミコちゃんの本名を聞くと、ざわざわし始めた。
「わざわざ皇族人がいらっしゃったのか?」
「珍しいことだ」
「貢ぎ物かな?」
どういうことかと尋ねてみると、ここには月に一回ほど皇室より飲み物と食べ物が届けられるんだそう。
だって、塔の周囲は荒れ地だもんね。
本来なら人間が生活できる場所じゃないんだよ。
だから、皇族人が宮仕えに飲食料を持って行かせるわけだけど……なんで皇族人がそんなことしてくれるの?
しかも、お偉いさんが庶民に「貢ぐ」っておかしくない?
だけど、これに関しても、
「なぜなのかは知らん。じいさんから、もっとよく話を聞いておけばよかったの」
「でも、多分、頑張って塔を造ってるから、ご褒美だろ」
自画自賛して喜ぶ七手土吐人。
ぼくは違和感を堪えきれなかった。
「いくら頑張ってるって言っても、工事のために命を粗末にしてるじゃないか!」
何の卵であろうと、由来も目的もわからない塔造りのために殺されていいわけない!
「バカだな、お前」
さっき助け船を出してくれた小さな2人組のうち、ギロッとした目の子がぼくを罵倒した。
それに続いて、トロンとした目の子が説明してくれる。
「あれは私達、七手土吐人が産んだ無精卵よ」
「無精卵? そんなの産むの?」
「七手土吐人の女は一日一度は卵を産むんだよ。そんなことも知らねーのかよ」
ギロ目のやつ、言い方がムカつくぅ。
ま、でも、誰も死んでないのはよかった。
「さて、それじゃ行くわよ」
「えっ、もう行くの!? もうちょっと見学とかしてかない?」
「何言ってんの。あの猫ガキがテロリスト達を解き放とうとしてんのよ。遊んでる暇なんかないわ」
「そうだった! だけど、どうやってミコちゃんを止めるの?」
「そりゃ殺すのよ!」
「殺すのはダメだって!!!」
ぼくには何も言い返さず、カーチャンは七手土吐人にさよならの挨拶を言い始めた。
誰の悲しみも見たくない。
だけど、非力なぼくにできることはない。
また目の前で人が死ぬのを見てるしかないのかな……。
「なあ」
「えっ……?」
「お前、あっちこっち冒険したんだろ?」
またギロ目の男の子が話しかけてくる。
「それって、どんな感じなんだ?」
「どんな感じって……楽しいこともたくさんあったけど……つらいこともたくさんあったよ」
「は? 何だよ、それ。外の世界ってもっとわくわくするところじゃないのかよ!!」
「う~ん。強いて言うなら、おっぱいを見るたびに心が踊r━━」
言いかけたところで、トロ目の女の子が割って入った。
「ま、現実はそんなものね。映画やドラマのような刺激はあり得ないの」
「大人ぶったこと言ってんじゃねーぞ。グーで殴るぞ」
「何よ。パーで引っ叩くよ」
「コラコラ、ケンカはやめなよ。ここはぼくがチョキを出すから、あいこってことにしよう。あのね、きみが外に出て遊びたい気持ちはわかるけどね、今は危険なご時世なんだから我慢しなきゃいけないよ」
どちらかと言うと、双子の方がぼくより背は高いんだけど、ぼくはお兄さん感を出してみた。
そしたら、秒で反発が返ってきた。
「外に出られねーのは今だけじゃねーよ、世間知らず!」
「私達ね、生まれてから今まで、ずっと塔の外に出たことがないの。大人達が言うには、それが塔造りの担い手の宿命だからってことよ」
それで、二人は塔の壁と屋根の隙間から外を覗いたことしかないんだって。
娯楽はテレビだけ。
かわいそう。
「テレビ以外には何もないの? 楽しいこととか、遊びとか、心がわくわくするようなことは」
「ないよ。でも、それがいいんじゃない。今まで通りの無難な生活がいつまでも続けばいいの」
「バーカ! そんなんで生きてる意味があんのかよ!」
そうかな?
たとえ荒れ地の中の塔に閉じこめられっぱなしでも、そこにおっぱいがあるのなr━━
「あー、でもよ、強いて言えば、塔の下にはおもしれーもんがあるっt━━」
気になる話題になったちょうどその時、
「それじゃ、失礼しますぅ」
別れの挨拶を終えたカーチャンがぼくを引っ張った。
「ちょっとちょっと、カーチャン、まだ話の途中d━━」
ぼくが抗議を始めたちょうどその時、
《タカシ、聞こえるか》
ミコちゃんの声がどこからともなく塔の中に響いた。
《おめぇを塔の最下層で待ってるぜ。すぐ来てくれよ。じゃねぇと……人が死ぬぜ?》