第4話 ブラジャーを着けたい!
こんにちは! 鷹司タカシです!
なんと驚き!
ぼくとカーチャンは地底の世界に来てしまったようです。
それから、化け物……もとい、甲剛人とやらの長が、空高く狼煙をあげた。
と言っても、何かを燃やしたわけではない。
彼女が空を見上げて、ちょいと気合いを入れるや否や、どこからともなく煙が現れて、もくもくと空に上っていったんだ。
「へへ。これくらいの魔法、ちょろいもんさ」
力石の姐さんは胸を張った。
魔法……。
そんなものが実在するなんて考えたこともなかったけど、さっきの宝百合ちゃんの浮遊といい、甲剛人の狼煙といい、実際に見せつけられちゃあね。
でも、どういう原理なんだろ?
だって、ほら、誰も杖なんて持ってない。
宝百合ちゃんはホウキにまたがらずに空を飛んだ。
フィクションの魔法と現実の魔法はだいぶ違うようだぞ。
「お二方は魔法をご存じでしょうか?」
「そら知ってんだろ」
力石の姐さんが勝手に答えた。
いやいやいや。
知らないから。
魔法という言葉しか知らないから。
「そうですか……。それならご説明しましょう」
よっ!
待ってました!
「人は誰しも潜在的に魔力を有しています。言い換えれば、誰でも魔法を使えるのです」
「ぼくでも?」
「はい」
「私でも?」
「はい」
嘘だ!
魔法が使えるなら、ぼくはおっぱい勧誘に失敗してないはずだ!
「おっp……!? 下ネタはいけません!」
魔女はコホンと咳払いして、
「魔法を使うためには、ある道具がなくてはならないのです」
「ある道具……?」
「これです」
宝百合ちゃんが指し示したのは、力石の姐さん……の胸だった。
「おっぱい?」
「……ではなく、魔錻羅器です」
ま……ぶら……き?
「これのことさ」
甲剛人のリーダーは胸を覆う布をぐいぐい引っ張る。
やめろ。
きみのそんなのは見たくない。
もしポロリでもしたら……うわぁっ!
見えちゃったよ!
「あら、それってただのブラジャーじゃないの?」
「これはただの下着ではありません。これを装着することによって、魔力を魔法に変換することができるのです」
ふーん……?
つまり、ファンタジー小説で言うところの杖ってことか。
「宝百合ちゃん! ぼくにもそのデカマラちょうだい!」
「まっ魔錻羅器です! ……タカシさんには、あっても仕方ないと思いますよ」
「何で!?」
「魔力とはすなわち、胸なのです」
!?
「要するによ、おっぱいがでけぇやつは、でけぇ魔力を持ってるってことさ」
おっぱいが魔力……?
おっぱいが魔力……。
あれ?
これだけはなぜだか普通に納得できる。
「そっか……ツルリンペタンのぼくには魔法は使えないんだね……?」
「あら、じゃあ私は!?」
「あんたはすげぇ才能あるぜ!」
「いやぁん♡ 嬉し~~~♡」
カーチャンの胸は筋肉の塊だろ!?
「脂肪でも筋肉でも胸は胸ですから」
雄っぱいでも可、というわけか……。
甲剛人の男達もブラジャーをしているのは、そのためなんだね。
「……ん?」
地平線の彼方に何かが見えた。
「あたいが狼煙で呼んだのさ」
「何を?」
「仲間さ」
遠くの影は、やがて人々と動物の姿に変わった。
甲剛人の子供や年寄り、そして牛や馬などの家畜だ。
なるほどね。
ぼく達との戦闘に備えて、弱者を避難させてたってわけね。
こちらに向かって元気よく走ってくる彼らは、最初は明るい表情で、だけど、次第に暗い表情になった。
「ヒャハハ。あいつら、地上人にビビってんね」
甲剛人の避難者一行は、おそるおそるやって来ると、まとめ役から説明を受けた。
ぼく達が「予言の戦士達」と認定されたこと、魔法を使えないこと、カーチャンがナイスガイだってこと。
それでも恐怖は完全には消えないようで、体を震わせる人や泣き出す子供もいた。
無理もない。
屈強な大人達でさえ、ゴリゴリマッチョのカーチャンにビビり散らしていたんだもん。
「んじゃぁ、家を建てるよ」
力石の姐さんが命じると、甲剛人は魔法を使って、辺り一面に家を建て始めた。
初めに棒と布が出現し、次にそれらが組み合わさって、地上の世界で言うなら、モンゴルのゲルのような家が出来上がっていった。
一方、この人達の社会では、大人も子供も区別なく働くようで、魔法を使えない子供達、つまりまだおっぱいや大胸筋の発達していない子供達は、家畜の世話や、料理の支度をせっせとしている。
火をおこしたり、食材をさばいたり。
時折、びくびくと、ぼくやカーチャンを見ながら。
そんな光景を見ていたら、お腹が鳴っちゃった。
もう日が暮れようとしてる。
「ねえねえ。ぼくもう帰りたいよ」
「そうねぇ……あっ! 夕飯作ってる途中だったわ。お風呂も沸かしてないし」
「えぇ~~~!?」
急いで帰らなくっちゃ!
だけど、魔女は非情だった。
「無理です」
「どうしてぇ!?」
「あなた方が予言の戦士達だからです」
うるさいよ!
それもう聞き飽きたよ!
予言がどうとか、どうでもいいし、意味わかんないよ。
「お二方には、世界の平和を脅かす敵を退治して頂きます」
「誰が決めたの!? 敵って何!?」
「神のお導きによって。敵は……悪魔……」
「えぇぇえぇえぇぇぇ!? 無理! 無理だよ! いや、悪魔がいるか知らないけど、この世界ならいそうだし、怖いよ! もう帰るよ!!」
宝百合ちゃんが、表情をきつくする。
「ならば、お尋ねしますが、どのようにして地上にお帰りになるのですか?」
「えっ……えっ?」
地上から地底に落ちて、そこから地上に戻るんだから……
「と……飛ぶ?」
「どこへ?」
「だ、だから、穴だよ。地上に繋がってる……」
人差し指を上に向けて、目線を上に向けて、ぼくは驚愕した。
「穴……ないじゃん。」
ただただ空が広がっている。
「タカシさんとカーチャンさんは異次元空間を経て、こちらにいらしたのだと思われます」
「あっ、魔法か! 魔法でぼく達を呼び出したのか! じゃあ、魔法で元の世界に戻してよ!」
「先程、申しました通り、すべては神のお導きです。わたくしども地底の人類は、地底世界と地上世界とを結ぶ魔法を持たないのです」
嘘をついている様子ではない。
……え……?
じゃあ、ぼく達はもう戻れないの……?
学校。
通学路。
公園。
本屋。
商店街。
スーパー。
コンビニ。
見慣れすぎてどうでもいい景色。
当たり前の日常。
そこには、もう戻れないの……?
永遠に、地中深くの、ファンタジックな世界に取り残されて……。
嫌だ!!!
怖い…………!!!!!
「カーーーーチャーーーーン!!!! どうにかしてよおおぉぉおおぉぉおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
トントントントントントントントントントントントントン。
あれ?
何だこのリズミカルな音。
すごく懐かしい気がするぞ。
「うんふふんうんふっふ~~んふふ~」
そうそう、カーチャンは料理をする時に鼻唄をうたうのが癖なんだよね~。
……。
「いやいや! なんで呑気に料理してんの!」
「お腹すいたでしょ?」
「そうじゃなくて!!」
甲剛人は家の中ではなく、外にテーブルを出して料理をしてる。
大人達が魔法で創造した大きなキッチンテーブルの一角で、カーチャンが料理に勤しむ。
長年の主婦生活による経験と技術、そして筋力が合わさった包丁さばきは実にお見事!
まるで鬼のようだよ!
周囲の小さな甲剛人がみんな怯えちゃってるもんね。
「おわっ」
恐ろしさのあまり、カーチャンから目を離せないでいた子がついついうっかりお魚を逃がしてしまった。
魚はまな板の上から一跳ね。
机の上から二跳ね。
いくらもがいたところで、この辺には池も川も見当たらないけどね。
そんな魚に、カーチャンからの無情な一刀!
魚は頭を落とされた。
更に続けざまに、鱗を取り、身を削ぎ、臓物を除いていくーっ!
この間、わずか3秒。
「わ……わ……わ……」
カーチャン……親切心でやったのかもしれないけど、子供達ドン引きだよ……。
「「「「「わーーーーっ!! すっごーーーーーい!!!!」」」」」
!?
「どうやってやったの? 魔法なの?」
「ふふふ。気合いでやったの」
「俺にもやり方を教えて」
「主婦になればできるわよ」
子供の輪の中心になって、すごく嬉しそうなカーチャン。
何だよ何だよ!
ぼくという子供がいながら!
っていうか、今は自慢してる場合じゃないよ!
地上に戻れない危機に陥ってるんだ!
「でも、家になら帰れるわよ」
うん、そうだね、家ごと落っこちて来たからね。
「でも、家の扉を開けてただいまーって言っても、地底にいることに変わりないでしょ! それじゃダメなの!!」
「でも、どうしようもないんでしょ? それなら、今できることをやるだけよ。地上にいようが、地底にいようが、お腹は空くもの。私、家事するわ。主婦だもの」
「ぼくは主婦じゃないの! 帰りたいの!」
カーチャンは、ぼくを見てにっこり微笑んだ。
「タカシ、困っている人を助ける男はモテるわよ」
「助ける!!!!!!!!!!」
……気のせいかな。
ぼくの決意表明によって、場の空気が和らいだような。
力石の姐さんがぼくの肩に手を置いた。
「いい男だよ、あんた」
ひっ。
申し訳ないけど、甲殻類じみた甲剛人の皆様はぼくのタイプではありませんので……。
「タカシさん、ご協力に感謝します」
「宝百合ちゃん……おっぱい揉ませてください」
「……タカシさん?」
「だってぼく助けるんだよ? 勝手に予言されたってだけで、戦士になってあげるんだよ? 地上から地底にいきなり転移させられてさー、地上に帰れる見込みもないしさー、これはもうおっぱい揉ませてもらうしかないでしょ!? パフパフでもいいけど!」
「パフp……そんなことさせません!!」
「あ、パフパフ知ってるんだ」
「!!?!?!!!?!???!」
ふーん。
宝百合ちゃんてムッツリなのかな?
「あ、いや、ちが、違ってですね、あの、それは、わたくしは、あの、一般的に」
宝百合ちゃんが何か言ってるけど、それよりカーチャンが呼んでる!
「タカシー、ご飯よー!」