第34話 言葉と体で守りたい!
こんにちは。鷹司タカシです。
どうにか毒雲の上まで来れたはいいものの、力石の姐さんが裁判にかけられることになりました。
イケメンアイドル碧が姐さんと千祚代ちゃんを亀甲縛りにしてる。
当然、ぼくは千祚代ちゃんの方に目を向けた。
彼女はぴくりとも動かない。
「おい、碧。千祚代ちゃんは無事なんだろうね?」
「もっちろんろん。気を失わせただけぃ☆ 利用価値があるから殺すわけないっしょ」
「お前と地上人テロリストの関係は何なの? 聞いたところでは、仲間じゃなくって協力者らしいけど……仲間に入れてもらえなかったの?」
「……」
「やっぱりぼっt━━」
「ビジネスライクな関係さ。毒雲植物の種を水製都市に蒔いたり、キュートガールが治癒魔法の達人だと偶然知ったから、その情報を提供したりね」
「ふーん。じゃあ、ぼくとビジネスライクになっちゃえば、亀甲縛りのやり方を教えてくr━━」
「裁判中は静粛に!」
小さな男の子が声を荒げた。
前髪が目元を覆い隠してるから、いまいちどんな表情かわからない。
もしかしてもしかするとニコニコ顔の可能性もあるけど、案の定怒ってる可能性もあるので、言われた通り、静かにしておこう。
見た目は子供でも、テロリストの一員だもんね。
「被告人、甲剛人の長に問う」
赤毛の少年は姐さんに向き直り、尋問を開始した。
「お前みたいなゴミに生きる価値があるの?」
「生きるべきか死ぬべきかなんて、人が決めることじゃないね。誰しも遺伝子を紡ぐために生まれて、そして生きる。それだけのことさ」
「じゃあ、子供を亡くしたお前に生きる価値はないよね?」
「自分の遺伝子の繁栄を邪魔するゲスを殺す。そういう本能も生物には用意されてるぜ」
「何を尋ねられても、遺伝子だの本能だの……。お前には愛がないのか?」
「愛……? この世界のすべてはただの自然の摂理だぜ。そんな甘っちょろい概念が通用する隙はないだろ」
「ううん、違うよ。愛こそ世界のすべてだ。人は愛されるために生まれて、人を愛すために生きるんだ。愛を語らえない人間に、生きる資格はない」
「てめぇ……!」
ここで、力石の姐さんが再び赤毛の少年に襲いかかろうとする。
もちろん、碧がそれを許さない。
緑の縄が、更にきつく姐さんの体に食いこむ。
姐さんは痛みに耐えながら、
「散々人を殺しておいて愛を語るなんて、ちゃんちゃらおかしいとは思わないのかい!!」
「━━って、お前の息子が言ってた」
「……あ?」
「お前の息子は自殺したの」
いや、それはおかしい。
数年前、甲剛人の里を地上人が襲い、姐さんの息子を含め、多数の犠牲者が出たそうだ。
つまり、それはどう考えても他殺じゃないか。
「不思議に思わなかった? ぼくの毒雲魔法は発動条件が厄介だ。植物の種を蒔いて、育てて、綿を雲にしなきゃいけない。じゃあ、甲剛人の警戒が厳しい中で、どうやってそれができたと思う? ……お前の息子が手伝ってくれたんだよ」
姐さんは何も言い返さない。
ただ歯を食いしばってる。
「あいつ、よく言ってたよ。『愛されないなら、生きる意味なんてない』『自分の遺伝子の繁栄しか頭にないなら、そんなくだらない血は絶えてしまえばいい』ってね。甲剛人という人種ごと滅ぼして、自分も自殺する計画だったんだ」
「証拠はあんのかい!?」
縄をちぎろうと全身に力をこめながら、姐さんが叫んだ。
「息子を追いこんだ自覚もないわけ? さすがクソ親。息子を見捨てて毒の雨から逃げただけあるね」
「ち……違うっ! あれはとっさに生存本能に従ってしまっただけさ! でなきゃ、てめぇの遺伝子情報を受け継いだガキを見殺しにするもんか!!」
姐さんは頑固だ。
どんな状況でも、自分の主張を譲らない。
対して、少年は怒るでも嘆くでもなく、むしろ余裕の微笑みを浮かべてる。
「わからず屋さんがどうなるか見せてあげるね」
そう言って、少年は足元の雲を指差した。
気づけば、雲がまた一段と大きくなってる。
ざっと見たところ、水製都市の上空すべてを覆ってるんじゃないかと思える。
少年が声高に、
「蝶貴妃人は、世界が危機的な状況なのに、他の人種を思いやることなく、『日曜日の祝祭』を強行した。その行ないは決して見過ごせない。『利己的な人間は赦されない罪』で死刑。今すぐ執行する!」
それから、少年は既に寄せてる胸を更に寄せた。
この行動が何を意味するのかは瞬時に理解できた。
魔法発動だ!
「やめろ━━━━━━っ!」
ぼくの叫びも空しく、赤毛の男の子は胸を寄せ続けてる。
ちょっと苦しそうだ。
今すぐそれを止めに行きたかったけど、
「女装ボーイも縛られたい感じ?」
と碧に脅されちゃあ仕方ない。
走り出すのは諦めて、ぼくは雲に這いつくばった。
ひたすら雲をほじくって、ほじくって、ほじくって、穴を空けてやった。
そこから雲の下の様子を確認。
やっぱり雨が……毒の雨が降ってる!
だけど、何か変だ。
雨がいくら降っても、水製都市には落ちないで、空中に留まり続けてるんだ。
まるでプールが空に浮いてるような景色。
「そっか、宝百合ちゃんが魔法で雨を浮かせてるんだ!」
よく見れば、焦って退散する敵集団の姿があった。
どうやら、いつ、どのタイミングで毒の雨を降らせるかは決定されてなかったみたいだ。
ぐだぐだのテロ計画。
「……え……?」
ぼくは一瞬勘違いした。
大量の雨水の中を魚が泳いでる?
いいや、それは完成した水の龍。
場違いなくらいに活き活きと空を泳いでる。
美しい……。
群衆が熱狂するのも、触れると病気が治るって都市伝説が生まれるのも、無理のないことだ。
だけど、この状況ではさすがに避難した方がいい。
もし毒の雨に降られたら、取り返しのつかないことになる。
「姐さん、どうやったら、あの人達を避難させられるの!?」
「そんなことより、あたいの縄をどうにかしな! 平和ボケしたクソどもが死のうと生きようと、どうだっていいね。復讐することがあたいの人生の使命だ!!」
人々の命がかかってるのに、まだそんなことを。
ぼくみたいなヒョロガリの無乳に何ができるって言うのさ!
ぼくは視線を雲の穴に戻した。
そして、思わず声を出して驚いた。
水の龍が宝百合ちゃんにぶつかって、彼女の人命救助活動の邪魔をしたんだ。
いや、それはきっと事故なんだろうけど、でも、こんな状況で呑気に水の龍を飛ばしてるってことを考えたら、事件と言っていいかもしれない。
宝百合ちゃんは体のバランスを崩し、寄せてたおっぱいを離してしまった。
同時に、浮遊魔法が解除されて、空中にプールされてた雨水が一気に落ちた。
膨張。
膨張。
膨張。
遠くからだけど、確かにわかる。
水製都市にいた人々の体が膨張してる。
「そんな……」
雨は容赦なく降り続ける。
カーチャンと宝百合ちゃんも同じ目に遭ってるんだろうか……?
もし二人にトゲが刺さったら、破裂して死んじゃう!
「次はあんたがこうなるんだよ」
赤毛の少年が満面の笑みを姐さんに向ける。
一方、姐さんは鬼の形相で身体中に力をこめるけど、亀甲縛りから解放されることはなく、遂に諦めてうなだれた。
「くっ……殺せ」
「わざわざ頼まれなくっても死刑にしてあげるよ。お前は『利己的な人間は赦されない罪』を犯したからね。じゃ、死刑執行しちゃって!」
少年の指示に従って、碧は緑の縄を引っ張った。
姐さんを雲から落とそうという魂胆だ。
甲剛人の長はすっかり意気消沈して、抵抗する素振りを見せない。
こんな終わり方、絶対ダメだよ!
「……どういうつもり?」
ぼくの体は無意識に動いてた。
姐さんを雲から落とさせまいと、必死に彼女の硬い体を押した。
「死刑囚を守るなんて」
筋力も勝算もないよ。
だけど、やるしかないじゃない。
怖いけど、言わせてもらうよ。
「異議あり! ぼくが姐さんを弁護する!」
「やめな! あんたまで落っこっちまうよ!」
「人の命を……諦められないよ……!」
意外なことに、ぼくの押しが姐さんを雲の上に押し留めてる。
もしかして、これは……。
ちらっと碧を見た。
こいつが手加減をしてくれてる?
「お前、地上人のくせに、この世界の魔物どもを守ってるらしいな? 何が狙いなんだ?」
ブチギレの少年が尋ねた。
「狙いなんてないよ。ぼくはただ、来たくもないのに地底に来ることになって、そこで偶然いろんな人達と出会って、話して、遊んで、一緒に旅をして、そうしたらなんだか……楽しくなっちゃったんだ」
「はぁ? ぼくが聞いてるのはそんなことじゃない。こんなクソ犯罪者を助けたら、お前にどんなメリットがあるのかってこと」
「損得勘定なんてないよ。お金と違って、仲間の大切さは数えられるものじゃない。感じるものだから」
返ってきたのは舌打ち。
「何も知らないくせに……」
小さな胸を寄せたまま、少年がぼくにずんずん近づいてくる。
てっきり手が差し伸べられるのかと思いきや、足が飛んできた。
爪先蹴り!
それすっごい痛いやつじゃん!
「何も知らないくせに! 何も知らないくせに! こいつがどんなにひどい親だったか。こいつが自分の息子をどんなにひどく扱ったか。こいつがどんなに卑怯なやつか」
「いだっ。そりゃ知らないことも多いけど、いだっ、だけど、ここしばらく一緒にいる中でぼくは、いだっ、姐さんのいいところもいっぱい見たよ。いだっ。例えば、強くて優しくて明るくて、いだっ、嘘をつけない性格で、いだっ、任務を全うすることに一生懸命で、いだっ……ちょっ……蹴りすぎでしょ!」
「嫌なところもあるだろ」
「そりゃあるけど」
「言ってみろ」
「ぼくと一緒の布団で平気で寝たり、下着も着けずに寝っ転がったr━━」
「そんなこと、どうでもいいだろ!」
「いだぁーっ!」
あまりに激しいキックに、ぼくは尻餅ついちゃった。
見上げたところに、怒りの収まらない少年の顔がある。
彼の瞳を真っ直ぐに見つめて、ぼくは、
「姐さんのしでかしたことって……すごく悪いことなんだと思う。きみがそんなに怒るくらいなんだし。……だけど……命じゃなくって、人生で罪を償わせてあげてほしい……。死んだら終わりだもん。死なせてしまった人達にどうすれば報いることができるかなんて、わからないけど……考え続けなきゃいけない。生きてないと、その答えには辿り着かない。……ぼくも姐さんと同じ罪を背負ってるから……人の命を奪ってしまったから……お願い……お願いします」
ぼくは土下座した。
返事はない。
雲の上を静寂が包みこむ。
沈黙を破ったのは姐さんだった。
「タカシ……もういい……。あたいとあんたには血の繋がりがないんだ。あんたがそこまでする意味はない」
「血は、ね……だけど……」
「……」
「心は繋がってる」