第33話 混沌を呼びたい!
こんにちは! 鷹司タカシです!
ぼく達4人と敵4人の大混戦。
このままじゃ埒が明かない。
打開策は……
「もっと混沌とさせよう!!」
「へぇえ!?」
宝百合ちゃんは、敵の攻撃を弾きながら、気の抜けた返事をした。
うんうん。
凡人が天才の発想に着いて来られないのは当然。
じっくり説明してあげるから、しっかり聞いてね。
「つまりね、警察とか警備員とかをどんどん呼んじゃえばいいの。そして、たくさん人が空中で飛び回って、わっちゃわちゃになって、もうわけがわかんなくなったらさ、敵のやつらはぼく達を見失うだろうから、その隙にぼく達は雲の上に行っちゃおうってこと!」
「……」
「どう? どう? 名案でしょ?」
「……タカシさん……」
「やっぱダメかぁ。もし褒められたら、ご褒美におっぱい揉ませてもらおうと思ってたのになぁ」
「名案です!!!!!!」
宝百合ちゃんは黒い服の下から、野球ボール大の玉を取り出した。
玉は投げ飛ばされると、強烈な光を放った。
ひぇっ。
爆弾!?
いや、そうじゃない。
ただ光っただけだ。
「皇帝陛下より下賜されし信号弾の魔法道具です! さながら皇帝陛下のご威光のごとき光を見た者は、現場に駆けつける義務を負います! タカシさん、窮地を利用する発想、さすが予言の戦士です!」
「じゃあ揉ませt━━」
「ただし、胸には指一本触れさせませんが」
信号弾の光が炸裂して、ちょっとしたどよめきが起こる。
だけど、水の櫓周りに集まってる人達はすぐ視線を逸らした。
彼らの興味は長代理の作る水の龍にしかない。
一方、警備員は水の櫓から、こちらに向かって飛び立った。
それと同時に、至るところから、警察官らしき蝶貴妃人も飛んでくる。
やったね。
さあ、皆の力を合わせて敵と戦おう!
「てめぇ、この誘拐犯! 千祚代様をどこへやった!?」
「お前も地上人テロリストの仲間なのか、コラァ!!」
「とっととお縄につきやがれ!」
ちっ違う違う。
ぼくを逮捕してもらうために呼んだんじゃないの!
どうにかしてよ、宝百合ちゃん!
「分散していただきましょう!」
宝百合ちゃんが浮遊魔法で彼らを適当に移動させると、警備員や警察の人達はそれぞれ敵と顔を合わせる形になった。
そこから自然と戦闘状態に突入。
彼ら一人一人の実力は大したことないようだけど、数で押せば、強い地上人達にも対応できた。
中には、間違ってカーチャンに攻撃を仕掛けるやつもいたけど、全力の攻撃魔法を筋力だけで弾かれた上に、
「人違いよ、坊や」
と笑顔で凄まれると、もう二度とカーチャンに攻撃しなくなった。
そんなこんなで、ものすごい混沌が完成したわけだ。
「そろそろ頃合いだね」
今のうちに雲の上に行くことを宝百合ちゃんに提案した。
この作戦はカーチャンと姐さんにも、戦闘中に接近した際に、こっそり伝えてある。
二人ともそろそろ移動しようかと様子を窺ってる。
ところが、
「あんた達、どこ行くつもり!?」
へらへらおじさんを背負ったジュリエットに見つかった。
それと同時に、金髪黒人のお姉さんも白髪白人の忍者じじいも、こちらの思惑に気づいたようだ。
だけど、作戦勝ち。
やつらは追いかけようとしても、警察や警備の蝶貴妃人に行く手を阻まれる。
その間、ぼく達は毒雲に向かって上昇を開始した。
「くっ……こうなったら、あんたにやってもらうしかないわね!」
イライラジュリエットがへらへらおじさんに言った。
おじさんはちょっと困った顔で、
「やだな……」
「言うことを聞かなきゃ、痛くするわよ」
「うあ゛!! あ゛……あ゛ぁ……!!」
ジュリエットの睨みに、おじさんは相当ビビってる。
女性に弱いタイプの人なのかな。
ジュリエットはガクブルおじさんの気持ちなんてお構いなしに、
「ほら! 早くしなさい! でなきゃ本当にめっためたのぎったぎたのけっちょんけっちょんに……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
おじさんはもう笑ってなかった。
顔全体を苦渋に歪ませて、泣いてる。
痩せっぽちの体の一体どこからそんなに大きな声が出るんだろう?
気になるのは、それだけじゃない。
忍者ファッションの白人と甲剛人ファッションの黒人が必死になって、その場から逃げようとしてるんだ。
そこから先はまさに、
「あっ」
という間のことだった。
号泣おじさんが貧しい胸を無理矢理寄せたら、周囲の空間に捩れが生じて、警察官と警備員のほとんど全員が圧縮された。
後に残ったのは、小さな小さな肉塊と静寂。
音を立てず、静かに綿が舞い上がる。
もうかなり曇り空が広がってる。
「おい、ジュリエット! あたいらまで巻きこむところだったじゃないか!」
「時として、骨を切らせて肉を断つ戦術が採用されるものだし、その戦術自体は否定しないけど、でも現場にいる兵士の能力をよくよく鑑みる必要があると思うんだ。そうでなきゃ、後々の戦局において不利を招きかねないから。つまり、ぼくが言いたいのは、さっきのきみの戦術、最悪ってことさ」
「うるさい。結局、助かったんだからいいでしょ? それよりも……」
3人の地上人がぼく達のいる方を見上げる。
へらへらおじさんはすっかり気力を消耗して、ジュリエットの背中の上で項垂れてる。
カーチャン達は敵のヤバさに驚いて、一刻も早く移動しようと言ってるけど……。
「ぼくのせいだ!!! たくさんの人が死んだのは!! ぼくが考えた作戦がダメだったから!!」
ぼくの涙を大人達は無視する。
この場から離れるなんて……
「嫌だよ! どうにか……どうにかしなくっちゃ……どうしたらいいの!! 死んじゃったんだよね!? 死んだ人達に……何をしてあげられるの!!?」
肉塊は落ちていく。
このままだと、水に沈んで、植物の根に吸収されて消えちゃう。
そんなことがあっていいもんか!
どうにか……お墓でも作って……あの人達が生きた証を残してあげられれば……いや、そんなことをしたって、命は帰らないし……。
「しっかりしろ、ガキ!」
姐さんが叱咤した。
「ぼくが命を奪っちゃったんだよ!!」
「黙れ! 反省も後悔も、平和だからできるこった! 戦場じゃぁ前だけ向いてなきゃ死んじまうよ! それが無理だってんなら、おっぱいのことでも考えてな!!」
反論しようとしたけど、おっぱいのことを考えると楽しくなったので止めた。
そして、そんなバカな自分に絶句した。
こんなぼくが生きててもいいの……?
誰も答えてくれない。
ぼくだって答えられない。
前だけを向くのは……つらい。
「追いつかれます! わたくしが足止めしますから、皆さんはお先に!!」
宝百合ちゃんが進行方向をくるりと180度回転。
敵勢力に浮遊魔法を発動した。
たった一人で立ち向かえる相手じゃない。
下手すれば、きみも命を……。
「宝百合ちゃん!」
「頼りにしてますよ、予言の戦士!!」
姐さんとカーチャンの飛行速度は半端ない。
一瞬で彼女を置き去りにした。
不安。
罪悪感。
寂しさ。
切なさ。
止めどなく感情が押し寄せて、胸が痛む。
「今度はどうやら私の出番のようね」
カーチャンが後方を睨む。
魔女っ子の魔法を掻い潜った忍者じじいが猛追してるんだ。
……ちょっと待って。
おかしいよ。
今、忍者じじいは宝百合ちゃんの浮遊魔法に動きを封じられて、一歩も前進できずにもがいてるじゃんか。
それなのに、もう一人の忍者じじいがぼく達を追いかけてるなんて……。
いや、一人だけじゃない!
「じじいの大群が押し寄せてやがる!」
姐さんの言った通り、白人忍者じじいは今や数十人にもなって、空を飛んでる。
忍者だけに分身してるってこと!?
じじいの群れの画面はすっごくきついよ。
「姐さん、タカシを任せたわ! タカシ!」
「何!?」
「千祚代ちゃんをあんたが救い出すのよ!」
「で、でも……」
「お友だちを助ける。それ以上に大切なことってある? ない!!」
ぼくの返事を待たず、カーチャンは暴走老人軍団に立ち向かい、ぼくと姐さんは毒雲に向かって進んだ。
ぼくに何ができるんだろう?
また間違いを犯して、誰かを死に追いやってしまうんじゃないだろうか?
「いつまで背中に乗ってんだい」
「わわっ」
急に姐さんがぼくを放り投げた。
こ、こここ、殺す気!?
落っこちて死んじゃうじゃん!
……あれれ?
落ちない。
って言うか、ここって、
「雲の上じゃん!」
「ぼけっとしてんじゃないよ。ほら、行くよ。この雲の上は歩けるからね、ついてきな」
さっきまでとは違って、雲の上だと、太陽の光を遮るものが何もない。
雲の白さが光を反射するせいで、ますます眩しい。
ふかふかベッドの上を歩いてるみたいな心地。
今更だけど、毒雲にこんなに近づいちゃっても平気なのかな?
「ここから降る雨が危険なのさ。雲のままなら触ろうが食おうが平気だよ」
ぼく達はだだっ広い雲の上を歩いた。
一面が綿だ。
千祚代ちゃんも敵も碧も姿が見えない。
ただひたすら歩いてるだけだと、気分も足取りも重たくなる。
不謹慎だけど、何かが起こってほしかった。
爆発でも、戦闘でも、パーティーでも、何でもいい。
とんでもないことが起きて、頭がそれでいっぱいになれば、その時だけは罪悪感から逃れられるんじゃないか、と。
「何人も罪からは逃れられない」
「!?」
どこからともなく声が聞こえた。
周囲は雲と空。
どこにも隠れられる場所なんてないはず。
姐さんがきょろきょろしながら、
「どこだい? てめぇなんだろ!? あたいから家族を奪いやがったクソガキ!! こそこそ隠れてないで姿を見せな!!」
「ぼくとお喋りしてる場合? 早くこの雲を消滅させなきゃ、水製都市にいる人達が皆死んじゃうよ?」
どこかに潜む敵はぼく達を煽る。
ところが、姐さんはそれを嘲笑って、
「はっきり言ってやる。どうでもいい」
「……」
「他人の命なんざすべてどうでもいい。てめぇを殺すことさえできりゃ、誰が死のうが生きようが、どうだっていいのさ」
「何も変わってないね」
その言葉と同時に、数十メートル先の何もないところから、一人の地上人が姿を現した。
ぼくと同じくらいの年頃の男の子。
赤毛と黒いコートが遠くからでも目立つ。
即座に、姐さんは襲いかかろうとしたんだけど、反対方向から緑の縄が飛んできて、彼女を亀甲縛りにしてしまった。
ひーっ。
甲殻類っぽい女性のあられもない姿、見たくなかった!
誰だ、こんな惨いことをするやつは!?
「こっ……これはこれは……」
そこにいたのは、碧。
そして、甲剛人の長同様、亀甲縛りにされた千祚代ちゃん。
「いい仕事してるじゃないか……」
ぼくが生唾を飲み込むのと同時に、赤毛の少年が宣言した。
「これから裁判を行なう」