第32話 魔物と呼ばせたくない!
こんにちは。鷹司タカシです。
地底世界を恐怖に陥れてるやつらがいます。
地底の人々を無差別に殺すが、目的は不明。
いつ、どうやって地底に来たのか誰も知りません。
その正体は……地上人。
「あの時のお姉さん!」
今、ぼく達の前に現れたのは、その殺人集団の一人。
ぼくはこの人に会ったことがある。
この世界に来て2日目、ぼく達が「復讐連合」に囲まれていたところに出現し、たくさんの人の命を奪った。
見た目は綺麗だけど、その手は血に汚れてるんだ。
だけど、お姉さん、あの時とはどことなく違ってる。
もしかして……
「髪切った?」
「あぁら、よく気づいたわね。ガキンチョのくせに。そうなのよぉ! この前あんた達と戦って、あたしの美しい顔も、豊満な体も、艶やかな髪もぐっちゃぐちゃにされちゃったじゃない? それでさ、チリチリになった髪は切って、ケガは仲間の治癒魔法で治してもらったのよ。だけど、皆、攻撃魔法に特化してるから、治癒魔法が下手で下手で。完璧に元通りとはいかなかったの!」
「でも、治ってるじゃん」
「顔以外は、ね」
おっぱいにばっかり注目してて気づかなかったけど、言われてみれば、本当だ。
お姉さんの厚化粧の顔の左半分が、爛れてる。
ギリギリ開いた瞼から、白く濁った瞳が覗いてるけど……
「見えてるの?」
「見えてるわよ、あんたのぽけっとした顔が。っていうか、視力なんてどうでもいいの。あたしは元の美しい顔を取り戻したいわけ」
「結局、化粧を塗ったくるんだから、ケガもクソもないんじゃないかしら?」
カーチャンが煽る。
「やかましい! ゴリラみたいな顔してるくせに!」
お姉さんも煽る。
この場で冷静に対応できるのは宝百合ちゃんだけだよね!
「お待ちください。あなたの目的は何なのですか? 心が醜悪な人間にとって、容姿の美醜などどうでもよいように思われますが」
宝百合ちゃんも煽った。
「目的なら、はっきりしてるじゃない。あたしは治癒魔法の天才を盗みに来たのよ」
「だから、千祚代ちゃんを拉致したのか!」
「どういうことなのですか、タカシさん」
千祚代ちゃんが治癒魔法を得意としてることを、カーチャンと宝百合ちゃんは知らない。
ぼくは手短に、今まで何度かケガを治してもらったこととか、彼女が実は蝶貴妃人の長夫婦の娘だってこととかを説明した。
「だけど……そんなことのために、こんな回りくどいことをしたの? だってさ、治してほしいんなら、そう言えば済む話じゃない」
「うちには攻撃特化のメンバーしかいないから、治癒魔法が使えるサポートメンバーが必要なの。治療が終わっても、返さないわよ。そしてもちろん、魔物退治もしっかりやるわ。まさに血祭りってやつね。オーッホッホッホッホッホ!」
「違う! 魔物なんていないよ! ここにいるのは人間なんだ。お姉さんと同じで━━」
「ジュリエットと呼んでちょうだい。あんたにはそう名乗ったはずよ」
そうだっけ?
ま、まあ……どうしてもって言うなら名前で呼んであげるけど……。
ジュ、ジュリエ……わっ。
なんだか照れちゃう。
ぐひひ。
もしかして、ぼくのこと好きだったりして……。
「でも、この前、私に負けたことを覚えてるでしょ? だったら、素直に退きなさいよ。……二度と同じ目に遭いたくないなら、ね」
筋肉を軋ませて脅すカーチャン。
ひー怖い。
悪いことは言わないから、降参した方がいいよ。
「そうねぇ、あの時はあたし一人で戦ってたから、本当に大変だったわ。でも……」
突如、遥か高い空から、力石の姐さんが落下してきた。
そのまま地面まで落っこちちゃう勢いだったけど、宝百合ちゃんが浮遊魔法で助けてあげた。
「どうしたの? 大丈夫、姐さん!?」
「ぐっ……雲の上に……何人もいやがった……」
「え……?」
ぼくは綿の雲を見上げた。
そこから、一人……二人……三人が降下してきた。
どれも地上人だ。
「今度は一人じゃないの」
ってことは、この人達全員、敵なの?
それも、ジュリエットと同じくらいの強さの……。
色々気になるけど、取りあえず、
「じゃあ何人なの?」
「え? えっと……全員揃ってんの?」
「5人だけどね。きみも知ってるだろうけど、鳥の魔物に結構やられたから。これは必ずしも、ぼく達の実力が不足してるということじゃないんだ。あの鳥の魔物は奇襲を得意としてるわけだし、それに、死に物狂いって言うのかな、すごく必死って感じ。もしかしたら、これは魔法に関する新しい発見なのかもしれない。つまり、ぼく達が知らないだけで、追い詰められた魔物は通常以上に魔法を━━」
「うるさい」
やたらと饒舌なのは、白い長髪をたなびかせる青い瞳の白人じいさん。
なぜか忍者の格好をしてる。
「それより、誰かこいつを背負ってくれよ。あたいは力石の姐さんを相手にしたいんだからさ」
むひょー!
ごねてるのは、金髪黒人のお姉さん。
上半身は服を着ずに、魔錻羅器一丁で、おっぱいの谷間が丸見え!
う~ん、これはEカップ!
ちなみに、下半身はかなりゆとりのあるズボンで……まるでこの服装は甲剛人ファッションじゃんか。
そんなお姉さんの背中におぶられてるのは、いい年したおっさん。
パジャマのような服を着て、へらへら笑ってる。
何がおかしいの!
お姉さんと密着できるのがそんなに嬉しいの?
羨ましすぎるぅ!!
これで計4人の地上人が目の前に現れたわけだ。
「ここに碧を加えて、5人の地上人ってことだね。……あれ? 碧は地上人じゃなくって蝶貴妃人だけど」
「碧? ……ああ、あいつは……仲間というより協力者ね。そんなことより、お互い退くつもりはないようね」
ジュリエットお姉さんがぼく達をねめつける。
こっちだって負けるもんかと、おっぱいを凝視してやった。
「そうだよ。この状況では戦うしか選択肢がない。いや、そもそも、ぼく達のような強き者にとっては、戦うことは常に選択肢にあると言える。そして、きみから聞いたように、彼女達にもそれなりに力があるとなると、それはもう力と力のぶつかり合いにならないわけがないさ」
「うるさい」
「あたいは力石の姐さんをやるよ。だから、誰かこいつをおぶるの代わっとくれ」
「えへへ……」
やけに口数の多いテロリスト集団だった。
このままずっと、おしゃべりが続くのかな……もしそうなら平和でいいな……と思ったけど、人生そう甘くはない。
戦いが始まった。
口火を切ったのは、ジュリエットのパーティーバッグ。
バッグを開くと、一気に流れ出るビーム魔法。
忍者のじじいはピカピカの手裏剣を投げまくり、金髪黒人のお姉さんは魔法で強化した肉体で殴る蹴るの猛攻。
へらへらおじさんはへらへらしてた。
一方、ぼく達も負けちゃいない。
カーチャンは筋力だけですべての攻撃に対処するし、宝百合ちゃんは浮遊魔法で敵の攻撃を弾き返して、力石の姐さんは縦横無尽に飛び回りながら戦った。
つまり、もう、大混戦。
どのくらい混戦してるかと言うと、戦いながら、味方同士でぶつかって、
「あ、ごっめ~ん」
「あ、大丈夫です。こちらこそ、すみません」
のような、微妙に気まずい瞬間が続発しちゃうくらい。
それだけならまだしも、味方かと思って、
「あ、ごっめ~ん」
「いや、こっちこそ……あ」
「あら!」
的な感じで、ぶつかった相手が敵ってこともたまにある。
そして、なんとなく気まずい空気のまま戦う。
これはよくない。
「トーナメント制とかどうかな?」
「タカシーッ!」
「……へっ?」
提案することに集中してて、いつの間にかカーチャンの背中から振り落とされてることに気づかなかった。
「何をしてんだい、このガキは!」
姐さんが敵の攻撃を捌きながら、ぼくを拾ってくれた。
命のやり取りの中で、人に迷惑をかける失態。
顔真っ赤になっちゃう。
そんなぼくに勇気と励ましを与えてくれたのは、敵のへらへらおじさんだった。
彼も黒人金髪Eカップお姉さんの背中を落ち、ジュリエットに拾われたので、すごく……親近感。
さっきは心の中で悪態ついちゃって、ごめんね。
さて、姐さんはぼくを背中に乗せたまま、雲の上に向かって上昇した。
ところが、金髪黒人のお姉さんがおっぱいをぶるんぶるん揺らしながら、それを邪魔する。
このお姉さん、ほどよく筋肉質だ。
こういうのも悪くない。
「あたいと手合わせしとくれよ、力石の姐さん!」
「雲の上にいる家族の仇が先さ! あんたは後で殺してやるから、そこをどきなっ!!」
たちまち肉弾戦が始まった。
魔法で強化された拳の攻撃。
魔法で強化された腕の防御。
不意打ちのビーム。
死角を利用して間合いを詰め、取っ組み合う形になった。
「拳を交わしゃあ、相手の人となりがわかるもんだが……」
姐さんがおっぱいを更に寄せながら、
「あんたはクソだね!!」
「最高の評価だぜ!!」
取っ組み合ったまま、二人の女性の距離が徐々(じょじょ)に縮まり、おっぱいとおっぱいがむにゅむにゅ押し合い圧し合いするおっぱいおっぱいの状態になって、あ~、これは堪んない!
「「どこを見てんだい!!」」
ひいぃっ。
敵対する二人の女性から息ぴったりの怒声を浴びせられて、びっくり。
あまりの驚きに、姐さんの背中から手を離してしまい、空中を落ちていく……。
そして、今度はカーチャンに拾われたはいいものの、
「今ちょっと忙しいのよ」
という理由で、宝百合ちゃんにパスされた。
宝百合ちゃんも戦闘に集中したいと言って、ぼくを姐さんにパスした。
たらい回しが繰り返されるうち、遂に間違って、敵にパスされてしまった。
ぼくも驚いたけど、忍者のじじいも驚いた。
「敵の命を狙ってたら、敵の命が手に入るなんて、とんでもない奇跡だけど、まったく対応できやしない。戦術として相手を驚かせるのはありだけど、心構えとして自分が驚かされないように注意するのも大事なことだ」
「うるさいなぁ。さよなら」
お喋りじじいから、素早く飛び退いた。
ようやく身を落ち着かせることができたのは宝百合ちゃんのそばだった。
宝百合ちゃんは背負ったり抱っこしたりしてくれないけど、魔法で浮かせてくれる。
「あぁ~~~~、もう! 今、敵を仕留められそうなところでしたのに!」
「大丈夫! 集中して! 切り替えてこ!」
「タカシさんが邪魔するせいなのですが! そもそも、あなたはまだ予言の戦士としての自覚をお持ちではないのですか!?」
正直に持ってないと答えたら、怒られた。
だけど、しょうがないじゃない!
ぼくは魔法も使えない、ただのヒョロガリなんだから。
宝百合ちゃんこそ苦戦してるようだけど、どうなの?
「地上人は、地底の人々の発想を超える魔法を使うのです。その上、人を殺すことに一切の躊躇がありません。それが4人もいるとなると……」
「どうすればいいの? あいつらを倒さなきゃいけないし、あの綿の雲が完成したら、毒が降るんでしょ?」
「ここ水製都市は、植物の生長を促進する水を使っていますから、綿はどんどん作られ空に舞います。しかし……」
魔女っ子は、上昇する綿をひとつ手に取って潰した。
「敵は手強いのです」
悔しそうな表情だ。
ぼくも気持ちは同じだよ。
目の前で人が死ぬなんて嫌だ。
千祚代ちゃんを奪われたのも嫌だ。
ぼくはもう誰の悲しみも見たくない。
だけど、ぼくは弱いし、敵は多くて強いし……にっちもさっちも行かない。
どうすれば、この現状を打破できるんだろう?
……わかんない……。
あ~、イライラする!
そもそも、なんでこんなに人がごっちゃごちゃしてるの!
混戦しすぎでしょ!?
……ん?
……混戦……そうか!
これを利用すればいいんじゃないの!?
「宝百合ちゃん、もっと混沌とさせよう!!」