第30話 本当のきみを知りたい!
おはようございます! 鷹司タカシです!
交渉空しく、「日曜日の祝祭」が開催されることが、蝶貴妃人の長代理によって宣言されました。
どうして……?
「皆さんが心配する気持ちもわかるんですけどね。んふふ」
蝶貴妃人の長代理が理由を語った。
「『日曜日の祝祭』には、すっごく重大な意義があるの。うん。皆さんもご存じでしょうけど、今からたった60年ほど前まで、人種の垣根を超えた交流はほとんどなかったんです。ですけど、女性の権利向上運動が盛り上がると、あらゆる人種の女性達が手を取り合ったんです……ここ、水製都市で」
その後の長い長いお話をまとめると、こうなる。
昔、世界中から集まった女性運動家の会合が毎週日曜日に水製都市で行われた。
結果、女性の権利拡張に大きく寄与したので、蝶貴妃人はとっても偉い。
今では、毎月第2日曜日に女性だけが参加できるお祭りを開催して、かつての栄光を語り継いでる。
ここ数ヵ月は帝都政府の要請に従って自粛してきたけど、補償も出ないし、何より素晴らしい伝統行事なのだから、今月は絶対に開催するぞー!
……ってことらしい。
「それでも、人の命に関わることですから、やはり中止なさった方がよいのでは……?」
ぼくの言いたいことは、宝百合ちゃんが代わりに言ってくれた。
だけど、長代理は折れない。
「んふ。それはもう、安心安全に開催できるよう、必要な対策を講じたいと思ってますから」
「講じたいと思っている……? もしや、まだ何もされていないのですか?」
「……どんなことが起こっても対応できるよう、万全を尽くします。んふっふ」
「具体的には、どのように?」
「……」
無責任なトップに、力石の姐さんが追い打ちをかける。
「いくら質問したって無駄さ。そいつの本音は銭儲けなんだからねぇ」
「ん? それって、失礼じゃないですか? 何か証拠でも?」
「ふふふ。しらばっくれんじゃぁないよ。かつては精油王として栄えたあんたらも、安い医薬品やら安い芳香製品やらに負けて、もうすっかり零落しちまった。保守反動団体を水の龍で追っ払った気高い精神はどこへやら。水の龍に触れたら病気が治る……そんな都市伝説に乗っかって、『信者』から『お布施』を集めんのに必死こいてやがる」
「うんー。それで? 無理矢理、祝祭を止めるんですか? それって、自治権の侵害になるんじゃないかな?」
ここで、姐さんは立ち上がった。
もしかしたら、ぶん殴るのかもしれない。
うんうん、わかるわかる。
デブが金粉オイルでテカテカして、ダイヤモンドでできてるピカピカの靴を履いて、ドレスが電飾でピカピカ光って、ペチャクチャ喋ってると、なんかムカつくよね!
やっちゃえ、姐さん!
「むしろ、それを守りに来たのさ」
!?
「あたいは祭りを止めやしないよ。むしろ、開催してほしいもんだね。そうすりゃ、地上人のクソッタレどもが襲いかかって来るだろうから……返り討ちにしてやれる」
突然の裏切りに、カーチャンも狼狽えた。
「姐さん……気持ちはわかるわ。あなたもすごく辛い思いをしたもの……。だけど、他の人に同じ思いをさせないためにも、お祭りを中止してもらって、人々を避難させるべきじゃないかしら」
「あんたの言ってること、正しいと思うぜ。だけど、人間ってのは理屈より感情で動く生き物なのさ。あたいは……たとえどれだけの犠牲が出るとしても……復讐を果たす!」
カーチャンと姐さんが睨み合う。
ヤバイ……。
筋肉ゴリゴリと皮膚バキバキの二人が戦ったら、敵がやってくる前に水製都市が無茶苦茶になっちゃうよ!
どうしよ……こっそり逃げようかな……。
「そろそろ、お時間です」
緊迫した状況の中、秘書と思しき蝶貴妃人が水の壁を通り抜けて入室し、長代理を急かした。
それにしても、この蝶貴妃人の女性……
「どこかで見たような気が……。ねえねえ、千祚代ちゃん、あの人、誰だっけ? ……千祚代ちゃん?」
千祚代ちゃんはぼくのワンピースにしがみついたまま、無言で顔を伏せてた。
秘書のおばさんが話を続ける。
「それにしても、ご息女が誘拐されたっきり、まだ見つからないのは残念ですこと。長代理様におかれましては、どうか、お気を確かに」
「んふ。そうね。あれにはしっかり稼いでもらわないと」
長代理がそう発言した瞬間、千祚代ちゃんが大声で叫びながら走り出した!
「ああっ、千祚代様!!」
秘書が驚きの声を上げた!
思い出した!
ぼくはカーチャンの陰からひょいっと顔を出して、
「ぼく達を追いかけ回した変なおばさんだ!」
「そういうあんたは誘拐犯!」
「タカシ! あんた、どこの女の子を誘拐したの!?」
カーチャンがぼくの頭を叩いた!
ウィッグが遠くに飛んでった!
ウィッグネットをまとった頭部!
水で崩れたメイク!
水に濡れたせいで透けて見えるもっこりパンツ!
「「「こいつ男じゃねぇか!!」」」
警備員どもが一斉にぼくに襲いかかる!
「今のうちに始めちまいな!」
姐さんの言葉に従って、長代理が叫ぶ!
「『日曜日の祝祭』を始めまーーーーーーーーす!!!!!!!」
彼女がおっぱいを寄せると、途端に強風が吹き、水の壁がすべて弾け飛んだ!
ヒョロガリで体重の軽いぼくは吹っ飛ばされちゃう!
「掴まりなさい!」
カーチャンのごつい手を掴もうと手を伸ばし……かけたところで、突然現れた女性達に目を奪われた!
彼女達は頭の上から足の下まで全身黒の布で覆われてる!
ただし、胸元を除いて!
「うっひょおおぉぉぉおおぉぉ、おっぱいだあああぁぁぁぁぁあぁあ」
黒ずくめの女性達は水の櫓の端に向かって移動しながら、くねくね踊り始めた!
揺れるおっぱいに見とれて、手じゃなく鼻の下を伸ばした結果、ぼくは水の櫓の外へと吹き飛ばされてしまった!
そこで目に飛びこんできたのは……
熱狂の渦。
水の櫓を囲う何千の人々が大歓声をあげてる。
よっぽど、お祭りが好きなんだろうな。
あれだけお願いしても断られたんだし、これだけ喜んでる人達がいるんだし、こうなったらお祭りを楽しんじゃおっか?
さて、そろそろカーチャンが助けに来てくれるはず……あれ?
全然来ない……。
……ヤバイ……死んじゃう!
「ひいぃぃぃぃぃ……うわぁ!?」
助けてくれたのは千祚代ちゃんだった。
蝶貴妃人には羽があるから、自由自在に空を飛べるんだ。
即座にありがとうと言おうとしたけど、彼女の目から溢れる涙を見ると、嬉しい気分は消え失せた。
なんとなく直視するのが怖くて、考えないようにしてたことがある。
千祚代ちゃんは両親を事故で亡くしたって言ってた。
辛いことがあるから、水製都市を離れたいと言ってた。
そして、水の櫓で聞いた蝶貴妃人達の会話。
たくさんの点が繋がって、ひとつの線になっていく。
「千祚代ちゃん、きみはもしかしとぅをおぉぉおっ!??」
「うぇ~~~~~い♪ お久しぶりーっす!」
「ああっ! 碧!!!!」
さっきカーチャンと姐さんにボコられて逃げたアイドルの碧!
どこからともなく現れて、ぼくを千祚代ちゃんから引ったくりやがった!
おい!
ぼくは男に抱かれて喜ぶ趣味はないぞ。
さっさと、千祚代ちゃんの柔らかい腕の中に返せ。
「そうはいかないよね。誘拐犯さんには、ちゃんと罪を償ってもらわなきゃいけないっしょ」
「ゆゆゆゆゆ誘拐なんてしてないよ!」
「してんじゃん。だから指名手配されてんだし」
「……誰を誘拐したってことになってんの……?」
「そりゃ、もちろん、そこのキュートガールちゃん!」
じゃあ、やっぱり……
「千祚代ちゃん、きみは……」
「ごっごめんなさい、タッタカシさん。わっ私は……うっ嘘をついてました……」
ぽろぽろ涙を流しながら、千祚代ちゃんが告白する。
「おっ親が死んだというのはうっ嘘です……。わっ私はあっあの人達が嫌いで……だっだから、いっ家出しようとしっしてました……」
人が真剣な話を聞いてるってのに、群衆のはしゃぐ声は一際大きくなった。
何がそんなに楽しいんだろうと辺りを見渡したところ、視界に入ってきたのは、水の櫓の屋根の上に立つ長代理の姿だった。
空のてっぺんに昇った太陽の光を浴びて、長代理は輝きを増してる。
それと同時に、全身黒ずくめの女性達が段々薄くなって……消えちゃった!
どうして!?
たくさんのおっぱいが並んだあの壮観を返してよ!!
「聖地に集まってくださった女性の皆さーーーーん、世界を覆う闇は祓われましたーーーーーー!!」
長代理が演説をぶち始めた。
デブは体だけじゃなくって、声もでかい。
「どんな嫌なことがあっても、どんな辛いことがあっても、不安にならないでください。ええ。大丈夫です。蝶貴妃人が光になります。んふ。昔、女性達が困難を克服したように、どんなガラスの天井も打ち破ってみせますから。私達はあなた達の味方でーーーーーす!!!」
沸き上がる大歓声の中、泣きっ面の千祚代ちゃんと満面の笑みの長代理の目が合った。
「わっ私は、ちょっ蝶貴妃人の長夫婦の……ひっ一人娘なんです」