第29話 「日曜日の祝祭」を中止させたい!
おはようございます! 鷹司タカシです!
ぼくの手配写真に使われてた花、どうやら殺人兵器らしいんです!
思い詰めた様子で飛び立った力石の姐さんを、ぼくと千祚代ちゃんとカーチャンは追いかけます!
目的の地は水の櫓━━「日曜日の祝祭」メイン会場。
「あっあれが水の櫓です!」
ここまで案内してくれた千祚代ちゃんが、少し先の建物を指差した。
確かに、それは櫓だった。
周囲の建物に比べ、一際大きくて、下の方はすっからかんで柱しかないけど、上の方には人が入れる大きな空間がある。
とは言っても、窓ひとつないので、外からじゃ中がどうなってるかはわからない。
周囲にはかなりの人数が集結し、櫓を見上げてる。
「もう『日曜日の祝祭』は始まってるの?」
「まっまだですけど、もっもうすぐです」
「じゃあ、まだ中止をお願いする余裕はあるんd━━おわぇっ!?」
水の櫓に接近してるのは、ぼく達だけじゃなかった。
力石の姐さんが、猛スピードで水の櫓に突入した。
「せめてチャイムは鳴らしなよ!」
「チャッチャイムは、みっ水の櫓にはないです」
「そういう問題じゃなくて!」
「あらぁ。面倒じゃないやり方で素敵だわ」
「後で面倒なことになるかもよ!?」
「突入するわぁ~~~~~」
「わあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ」
「きゃああぁぁあぁぁぁあぁ」
カーチャン、全速前進ヨーソロー。
ぼくと千祚代ちゃんは、振り落とされないよう、カーチャンの背中にしがみつくのに精一杯だった。
お祭りに集まった群衆のどよめきを聞きながら、ぼく達は水の櫓の水の壁に突っこんだ。
わわわっ。
ウィッグが……メイクが……。
さてさて、櫓の内部はとても質素だった。
小さな机と椅子、その他にいくつか家具があって、そこかしこに植物が上品に這ってる。
そして、頭部をヘルメットで、首から下を革製品で包んだ警備員達が数名。
ヤバイ……。
捕まったら去勢されちゃう!
「おい! そこのごつい不審者! お前、さっきの硬そうな不審者の仲間か!?」
「なんとか言え! バカでかい魔力の不審者め!」
「見てくれからして、普通の不審者じゃねぇぞ、こいつ!」
おっ。
どうやら、カーチャンの存在感がすごすぎて、ぼくと千祚代ちゃんには気づいてないみたい。
このまま、カーチャンの後ろにそっと隠れていよう……。
いつの間にか、千祚代ちゃんもそうしてるし。
「てめぇ、シカトしてねぇで何とか言いやがれ! じゃねぇと、ぶちのめしちm━━」
「力石の姐さんがどちらに行ったかご存じ?」
「ご案内します」
ちょろいもんだよ。
カーチャンがぎしぎし筋肉を軋ませただけで、警備員どものこの従順っぷり。
警備の仕事なんてどこへやら、警備員どもは不審者を別の不審者の元へ案内した。
「こちらの部屋です」
水の扉を通り抜ける際に、千祚代ちゃんに羽で覆ってもらえたので、今度はメイクとウィッグを崩さずに済んだ。
ただし、白いワンピースはずぶ濡れ透っけ透け。
通された部屋では、机を挟んで、姐さんと蝶貴妃人が座ってた。
「姐さん、探したわよ。そちらの方は?」
「こいつは蝶貴妃人の長だよ」
つまり、この水製都市で一番偉い人ってことじゃないか!
それをこいつ呼ばわりするなんて、失礼すぎない?
おまけに、足を組んで、背中を椅子にもたれかけさせて、一体何様だよ!
……あ、甲剛人の長だっけ。
堂々たる姐さんに比べて、蝶貴妃人の長は、なんだか頼りない。
ガリガリに痩せて、ブカブカの黄色い服を着て、ガックリ項垂れたまんま、ビックリするほど動きも喋りもしない。
もしかして……死んでる?
「おはようございますぅ。初めまして。私、鷹司と申しまして、最近こちらに引っ越して来たばかりの者なんです。よろしくお願いしますぅ」
「…………」
「ご気分が優れないようですけど、大丈夫でs━━」
「ん゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛」
ひっ。
生きてたんだね、蝶貴妃人の長。
「なんでじゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! なんっっで、わしがこんな目に遭わんといかんのじゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! あ゛ーーーっ。腹が立つ!!! あのクソ娘のせいで、全部台無しじゃぁ!!!!」
叫ぶだけでも大迷惑なのに、暴れてる。
暴れるって言っても、水の椅子の肘掛けを叩いて、水をぱしゃぱしゃさせてるだけなんだけど。
もう頭がボケちゃってるのかな。
「ああ、あなた!」
ぼく達が入ってきたのとは別の水の壁から、二人の人間が現れた。
一人は3メートル近いデブの蝶貴妃人。
ピンクの肌に金粉オイルを塗ったくって、ダイヤモンドの靴を履いて、電飾がピカピカ光るドレスを着てる。
全身が眩いよ、このデブ。
そして、もう一人は……
「宝百合ちゃn━━」
久々のEカップに我を失って、大声を出しちゃった!
さっとカーチャンの背後に引っこんで、警備員から身を隠した。
間抜けな警備員どもは、ぼくの声に驚いたものの、ぼくがどこにいるかは気づいてないようだ。
賢い宝百合ちゃんは、もちろん気づいてくれてる。
一方、きらきらデブの蝶貴妃人は、長にリンゴのような果実を手渡した。
長はそれを受けとると、狂ったように吸い始めた。
「世も末だねぇ」
ふんぞり返った姿勢のまま、力石の姐さんは口を開いた。
「蝶貴妃人の長が、違法栽培した麻薬植物を吸って廃人になっちまってるって噂。まさか本当だったとはね」
瞬間、ぴりっと空気が張り詰めた。
気まずい沈黙の中、一人の警備員が一歩進み出て、上擦った声を出した。
「こ……こちら、不審者の方です……」
勇気あるなぁ。
見直したよ、警備員くん。
ぼくだったら、こっそりその場から逃げちゃうかもしれないもんね。
報告を受けたデブの顔に表情が戻った。
「んふふ。失礼、失礼。こちらの方は甲剛人の長です」
「うっ……失礼いたしました!」
警備員一同が、姐さんに向かって、頭を下げた。
「私も何度か力石さんとは会談もしましたし、ニュースにもなってる。うん。覚えておかないと。あぁー、うん、あまり有名じゃない人だからしょうがないんですけどね。んっふふふふ」
「悪名は無名に勝るって言うからねぇ。あんたにゃ敵わないよ」
「あぁ~ら、奥様、お美しいお召し物ですわ。ところで、私、鷹司と申しまして、最近こちらに引っ越してきた者なんですぅ」
長同士のやりあいなんてなんのその、カーチャンが普通に自己紹介をかました。
「こちらも……不審者です」
警備員、再び報告。
「へぇ? 不審なら通さなくてもいいのに。……ネアンデルタール人の方でしょうか? まぁ、ようこそ、どうぞ。お構いもできませんで。んっふふふ。私はここで長代理を務めてます。はい。もう長いこと。かなり世界的にも評価されるようになってきましたけどもねぇ」
「すごいわぁ~。でも、本当にいいところです。だって、ゴミはそこらの水の中に捨てれば、吸収されてなくなるんですもの。ゴミ出しが楽って、主婦は助かりますぅ」
おばさん達が井戸端会議に花を咲かせ、お偉いジャンキーが落ち着きを取り戻してる間、ぼくは宝百合ちゃんにこれまでの経緯をすっかり話した。
「なんて無茶をするのですか!」
「しーっ! しーっ! 静かにーっ! 今、ぼくは指名手配されてるんだからね。ここにいるのがバレたら、逮捕されて去勢されるんだよ!」
「うーん……。しかし、どうして、タカシさんが男性だと発覚したのでしょうか? もしかしたら、性別詐称とは別の理由で、指名手配を受けているのかもしれません。何かお心当たりのある性犯罪はありませんか?」
「性犯罪に限定しないでよ!」
謂れのない誹謗中傷に憤慨したいけど、それより、千祚代ちゃんを紹介してあげなきゃ。
「このDカップのかわいい女の子がt━━」
「どなたですか?」
「だから、ぼくの後ろにいる、この子がt━━」
「どなたかいらっしゃるのですか?」
「うん。この子はt━━ちょっとちょっと、なんで隠れるの?」
とんだ恥ずかしがり屋さんだ。
どうにか二人を引き合わせようと思ったものの、千祚代ちゃんの抵抗は激しい。
そうこうしてるうちに、カーチャンが話を切り出した。
「へぇ、花の蜜でシャンプーするんですか? ところで、ちょっと話は変わるんですけど、『日曜日の祝祭』は中止にしてくださいませんか?」
「えっ、あら、完全に話が変わった。んっふふふふふ。どうして中止なんですか? 理由は?」
「それはもちろん、奥様、皇帝陛下から中止要請もあったくらいですし、やっぱり、このご時世に大規模イベントなんて危ないんじゃないかしら。地底世界の敵が来るかもしれないんですし」
「いや、やつらなら、もう来てるさ」
姐さんが、ぼくの手配写真を掲げて説明した。
そこに使われてる花が、敵勢力の魔法に使われるもので、それがここにあるってことは、やつらがもう既にここにいるってことを。
そして、その花の魔法が残酷で強力な魔法だってことを。
ぼくをドギマギさせながら。
「わたくしからも、祭事の中止を再び要請させていただきます」
魔女っ子が表情を険しくする。
「昨夜から断られ続けていますが、力石の姐さんの情報が確かなら、なおさら引くわけには参りません。何より、皇帝陛下のご意向にお背きするなど不敬です」
暴力的な手段を除けば、これで手持ちのカードは全部切った。
後は全身ピッカピカの長代理次第だ。
ここが運命の曲がり角。
千祚代ちゃんも緊張してるのが伝わる。
ぼくのワンピースをぎゅっと掴む手が震えてる。
「皆様のお気持ちはよっくわかりました」
蝶貴妃人の長代理が、飛びっきりの笑顔を見せる。
「『日曜日の祝祭』は予定通り開催しますね。んっふ」