第27話 あいつを逃がしたくない!
おはようございます! 鷹司タカシです!
わけわかんないアイドルに決闘を申しこまれて、わけわかんないうちに足を粉砕されました。
だけど、頼みの綱がやって来てくれました!
「タカシ!!! あんた、その足、どうしたの!!?」
「こいつらにやられた! やっつけちゃってよ!!」
カーチャンは即座に群衆の方を向き……顔を綻ばせた。
え?
ぼくがボコされたのが嬉しいの?
両足の骨を折られてるよ?
「うちの子がお世話になったって本当かしら?」
デカブツの登場にすっかり気を抜かれた人々だけど、はっとしたように興奮を取り戻した。
「そうだよ、バーカ」
「お前のガキかよ。ちゃんと躾ときな」
「死んで碧様にお詫びしなさいよ」
本当はこいつらにやられたわけじゃないんだけどね。
推しを前にした人間は理性を失っちゃうから、都合がいいや。
わかるよ。
ぼくも大好きなおっぱいの前では理性も社会性も人間性も失っちゃうから。
「あらぁん、ありがとうございます。それじゃあ、私の方から、きっちりお礼をさせてもらわなきゃいけませんわ」
ニッコリ笑顔のまま、だけど、カーチャンは全身の筋肉に力をこめた。
「全員、拳骨一発ずつね」
それからというもの、カーチャンは強かった。
迫り来る多数の熱狂的ファン達に、その攻撃はあっさりかわしつつ、素速く頭頂部へ硬い拳を打ちこんでいった。
ばったばたと倒される人々。
ちょっとかわいそう。
「つっ強い……」
初見さんを必ずドン引きさせるのがカーチャンのすごいところ。
千祚代ちゃんも、その例外じゃないってわけね。
だけど、秒で群衆数十名を倒したカーチャンは、ちょっと不満げだった。
「手応えないわねぇ。本当にこんなのにケガさせられちゃったの? 私が見たところ、この場で一番強そうなのは……」
カーチャンは、口元を拭う碧に目を向けた。
「そこのあなたなんだけど」
「いい勘してんじゃん、グラマラスガール」
「いやぁだぁ。そんなお世辞を言ったって、お仕置きはやめてあげないわよ」
そう言うや否や、カーチャンはアイドル蝶貴妃人に向かって駆け出したけど、それと同時に碧は潮を吹いた。
「あっ危ないです!」
優しい千祚代ちゃんはカーチャンに向かって叫んだ。
普通の人間はあんな攻撃を喰らえば重傷を負っちゃうもんね。
普通の人間は、ね。
「むんっ」
カーチャンは潮を掌でいともたやすく受け止めると、そのまま進み続け、碧の頭に拳骨を振り下ろした。
けど、間一髪、碧はひらりとそれを避け、地面に潮を吹いた勢いでカーチャンとの距離を取り、続けざまにもう一発潮吹き攻撃をカーチャンにかました。
そして、カーチャンがそれを掌で受け止める。
すごい戦いだ。
カーチャンは本当にすごいよ……。
ぼくなんて、両足をぶっ潰されただけで、それ以上どうすることもできなくて……。
「あっあの、タッタカシさん」
「……ん?」
「あっ足のケガはだっ大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。さっきまでは痛かったけど、今はもう感覚ないから!」
「だっ大丈夫じゃありませんね!」
きょろきょろと辺りを見渡した後、千祚代ちゃんはぼくの目の前でおっぱいをむぎゅっと寄せた。
おおっ!
……おおっ?
それは頑張ったぼくに対するご褒美じゃなく、魔法による治療だった。
瞬く間に、両足の感覚が戻って、自由に動かせるようになった!
「わぁ……やっぱりすごいね、千祚代ちゃんは。ありがとう!」
「いっいえ。そっそれより、にっ逃げましょう。あっ歩けますか?」
「いいよ」
「……えっ?」
「カーチャンが来たからね、もう逃げる必要なんてないよ」
だって、ほら、カーチャンが碧を圧倒し始めてるじゃんか。
貴族のような服装が、今やボロ雑巾みたいになっちゃってる。
碧はきれいな羽をはためかせると、一気に空高くへと浮上した。
「オーケーオーケー……。ぼくの負けね。ここは一旦引いてあげちゃうよ。それじゃ、また会おうぜ」
散々(さんざん)カッコつけておいて、逃げる気だよ、こいつ!
「ヘイ、蝶貴妃人ガール。もしやっぱり、ぼくと遠くに行きたくなったら、いつでも言ってよね。きみを自由にしてあげちゃうから☆」
最後の最後に女の子を口説こうとする辺り、本当にみっともないや。
ぼくだったら、おっぱい勧誘を断られた時、あっさりと諦めて……諦め……諦められないな。
「カーチャン、頑張ったら飛べるでしょ! あいつムカつくから、追いかけて止めを刺しちゃってよ!」
「私が行くまでもないわ」
「え? それって、どういう……あ!」
ぼくを驚かせたのは、碧よりも遥か上空から、すさまじい速度で落下する者の存在だった。
それは人間……硬そうな皮膚に全身を覆われ、上半身は魔錻羅器一丁の露出狂……力石の姐さんだ!
姐さんは、一直線に碧に向かいつつ、ビーム魔法を連発した。
標的を外したビームは、水の道路や水の建物に激突した。
避けるのに必死な碧は、姐さんが水飛沫の陰から迫っていることに気づかない。
そして、間近から姐さんのフルスイングパンチ!
碧はすんでのところで両腕を胸の前で交差して、打撃を防いだ……はいいものの、吹っ飛ばされ、着水。
「ぐぅ……」
やったぁ!
ざまぁみやがれアイドル!
だけど、その状態から全速飛行で碧は空の彼方へと消えてしまった。
「チッ……。すまないね。逃がしちまったよ」
着地した姐さんが悔しがった。
「拳を交わせば、相手の人となりがわかるってもんだが……あいつはろくな人間じゃないね」
そうだそうだ!
もっと言ってやれ。
「調子に乗ってんじゃないの!」
カーチャン、激怒だ。
「黙って勝手にいなくなるなと言ったでしょう!」
もちろん怒鳴るだけじゃ済まない。
カーチャンは拳で説教するタイプだもん。
……あ、あれ?
カーチャンは振り上げた拳を停止させている。
「ひっひぃぃいいぃいぃぃ」
顔の怖さとポージングが相まって、まるで仁王像みたい。
千祚代ちゃんがガクブルになるのも無理はない。
「本当はどつきまわしたいけど……タカシ、足はどうなの? 痛む?」
「なんだい、あの胸糞悪い若造にやられちまったのかい? ……だけど、どこを?」
無骨な二人がぼくを心配してくれる貴重な瞬間だ。
ふふふ。
二人とも、落ち着いてよ。
ぼくのケガなら、千祚代ちゃんのおかげで、もうすっかr━━
「あっあわわわわふわぁっはっ初めまして、わっ私、ちっ千祚代です!!」
「……あら? こんにちは。かわいい子ねぇ」
唐突に、自己紹介を始めたのはコミュ症だからなの?
なんだかわかんないけど、取りあえず、ぼくはそれぞれを紹介してあげた。
そしたら、もうカーチャン大泣き。
千祚代ちゃんに、親がいないなら自分を親だと思いなさいだのなんだの、大声で泣き喚くんだもん。
「だけど、まずは水の櫓に向かうよ」
「何それ?」
「『日曜日の祝祭』が行われるところさ。そこには蝶貴妃人の長がいるからね、宝百合様が説得に向かってる」
宝百合ちゃんの姿が見当たらないのはそういうことか。
ぼく達は水の櫓に向かって移動を始め、
「あんた、歩けてんじゃないの! だったら一発説教を喰らわすわ」
「ぎゃー」
「今度勝手にいなくなったら五千発殴るわよ」
と暴力を挟みつつ、話を続けた。
「で、ここの長にどんな説得をするって言うの?」
「そりゃ決まってんだろ。『日曜日の祝祭』を中止するよう要請するのさ」
「えー、なんでー? ぼく、お祭り楽しみにしてたのに」
「楽しい祭りも死人が出ちまえば楽しくないだろ」
「だけど、無理矢理中止ってことにはしないのね」
カーチャンが首を傾げた。
「自治の自由やら表現の自由やらを侵害するこたぁできないからね、中止を強要することはできないのさ。あくまで、中止してくれってお願いするだけ。ルールってのは、時々かったるいもんだ」
力石の姐さんの説明をまとめると、蝶貴妃人の長が納得しなかったら、お祭りは開催されるってことだ。
じゃあ、長に頑張ってほしいな。
「バカ! 悪い人達が襲撃するかもしれないのよ!」
「いいや、そのガキの言い分もわからないでもねぇんだ」
怒るカーチャンを、力石の姐さんが宥める。
「何てったって、中止の見返りは特にないんだからね。『日曜日の祝祭』ってのは、いわば蝶貴妃人の誇りなんだけど、それとは別に莫大な収入を見こめる観光資源でもあるのさ」
「あら、補償はないの?」
「ないんだな、これが。あちこちに自粛を求めちゃいるが、皇帝陛下は誰にも何にもお慈悲を恵んでくれやしねぇ。むしろ自粛続きで財政が厳しいとかで、今度増税するって噂だぜ」
「どこも変わらないわねぇ」
大人はどうしてこう小難しい話をしちゃうんだろう?
おっぱい揉みたいよねーとか、おっぱいって最高だよねーとか、そういう楽しい話で盛り上がれないものかね?
人生、損してるよ。
例えば、ほら、千祚代ちゃんの歩くたびにたぷたぷ揺れるおっぱいなんて、最高じゃないか。
「タッタカシさん」
「ぐひひ」
「あっあなた達は『日曜日の祝祭』のちゅっ中止を要請しに来たんですか? そっそんなすごい任務を担うなんて……なっ何者です?」
「あたい達はね━━」
姐さんが不用心に口を開く。
子供の素朴な疑問に答えちゃいけないよ!
「正体を明かしたら、ぼくが男だってバレちゃうよ! 予言の戦士が大人の女と子供の男っていう組み合わせなのは、結構広まってるんでしょ!?」
「ふん。別にあんたが去勢されたって、あたいは困んないよ」
「ぼくは激しく困るよ!」
「ったく……。じゃあ、えーと、あたい達は……あー、体の疲れを癒しにね、んー、水の龍を浴びに来たってわけさ」
完璧な答弁に納得した様子の千祚代ちゃんは黙りこくった。
息子を喪失する危機から脱したところで、カーチャンが化粧直しをしたいと言い出した。
これは妙案!
「ぼくも一晩経って、そろそろ化粧を直さなきゃいけないと思っt━━」
「その化粧じゃなくてね」
要するに、うんちょすのことらしい。
偶然、近くに公衆トイレがあるとのことで、千祚代ちゃんがカーチャンを連れて行ってくれた。
その間、ぼくと姐さんは待ちぼうけ。
本来なら、こんな甲殻類おばさんと二人きりなら気まずくってしょうがないところだ。
だけど、今は違う。
むしろ好都合だ。
「姐さん……折り入ってお願いがあるんだ」
「おっぱいなら、カーチャンのを揉ませてもらいな」
「おっぱい勧誘じゃないよ!! ……ぼくに稽古をつけてほしいんだ」