第26話 モテる男に勝ちたい!
おはようございます!
朝になったら指名手配されてました!
鷹司タカシです!
「そこの犯罪者のきみぃ。ぼくと決闘しようよ。……そのかわいい蝶貴妃人ガールを賭けて、ね」
懸賞金狙いの群衆を掻き分けて現れたのは、西洋貴族のような服に身を包んだ蝶貴妃人だった。
服も青、ブーツも青、羽も青……。
とっても目を引く姿だけど、それ以上に特徴的なのが、
「きみ、男の人じゃん!!」
だって、その胸にあるのはおっぱいじゃなくて雄っぱいなんだもん!
言ってる内容がイッてるやつだけど、同じ男として、去勢の刑に処されちゃうのは黙って見過ごせない。
「あっあの、だっ大丈夫なんです」
千祚代ちゃんが早口で言う。
「だっ男性でも、ちょっ蝶貴妃人であれば、いっいていいんです。きょっ居住者ですから」
なーんだ、こんな変人を心配して損しちゃった。
それじゃあ、こんなのは放っておいて、どうやってこの状況を切り抜けるか考えよう。
……ん?
やけに人々がざわめいてる。
その注目は青い男性の蝶貴妃人に集まっていて……。
「ねえ、もしかして……」
「似てる似てる」
「本人!? 本人なの!?」
「ヤッバ!」
「この人、あの有名な……」
変人はもったいぶった所作で、自己紹介した。
「そうでぇ~す! ぼくはアイドルの碧ちゃんでぃす!!」
途端に人々から歓声が沸き起こった。
「「「「「「碧様ーーーーー!」」」」」」
「行こっか、千祚代ちゃん」
「はっはい……」
「待て待てーーーーーい」
さりげなく逃げることはできなかった。
「どうしても待たなきゃいけないの?」
「もちろんろん。無理矢理、逮捕……ってのも悪くないけどね、ほら、ぼく優しいじゃん? だから、きみにもほんの少しのちょっとだけチャンスをあげちゃいましょ~」
「よくわかんないんだけど、そんなことして、ぼくは何か得するの?」
「きみがぼくに勝てば、この場は一旦引いてあげる。ぼくがきみに勝てば、きみは牢獄行き、かわいいガールはぼくと結婚ってわけ☆」
途端に、大きなどよめきが生じた。
お似合いのカップルだの、嫉妬しちゃうだの、やけにうるさい。
「しっ仕方ありませんよ。ゆっ有名なアイドルですから」
千祚代ちゃんが耳打ちしてくれた。
「そうなの?」
「しっ知らないんですか? あっ碧さんと言えば、せっ世界中で有名ですけど……。うっ歌とか、えっ映画とか」
「んー。あー、知ってる知ってる」
アイドルだから、こんなに女性からキャーキャー言われてるってわけか。
……赦せないな。
「じゃっじゃあ、どっどうにかして逃げましょうk━━」
「その決闘、受けて立つよ!」
「タッタカシさん!?」
大体、アイドルだのイケメンだの、そういうやつらは気に食わないと常々思ってたんだ。
この碧ってやつは蝶みたいな顔をしてるからわかりづらいけどさ、皆からちやほやされてるってことはイケメンなんでしょ?
イケメンはおっぱい揉み放題なんでしょ?
やっつけてやる!
「で、どんな決闘なの? 勉強なら割りと得意だけど。でも、音楽は苦手だから勘弁ね」
「体育会系の決闘に決まってっしょ」
「それは一番苦手だから、やめて!!!」
「かわいいガールを賭けた決闘に、男が命を賭けないでどうすんの~?」
慌てふためくぼくとは対照的に、千祚代ちゃんは精一杯、か細い声を張り上げる。
「かっ勝手に賭けないでください」
「安心しちゃいなよ。……窮屈な世界から解き放してあげちゃうよ」
「……っ!」
気のせいか、碧の言葉に、千祚代ちゃんが揺れてるように見えた。
千祚代ちゃんもこのイケメンのこと好きなの!?
えっ……じゃあ、ぼくが決闘する必然性なんてなくない……??
気ままな碧は道に生えた実を摘み、空に投げた。
これ、映画で観たことあるやつだ。
投げた物が地に落ちた瞬間、戦いが始まるんだよね。
「うぇ~~~~~~~~~い!!!!」
水に落ちた実がちゃぽっと音を立てた瞬間、やつは攻撃に出た。
ぎゅっと雄っぱいを寄せると、何もないところから大量の水を生じさせ、ぼくに向かって撃ちこんできた!
まるでクジラの潮吹きだ。
直撃の瞬間、どうにか飛び上がって避けられたのはいいものの、抉られた植物の道を見たら、ぼくはもう完全に戦意喪失。
いやいや、勝てるわけないじゃん?
碧はただの自信家じゃない。
服の上からでも伝わる大胸筋の厚みは、この潮吹き魔法を何発でも撃てるってことを主張してる。
一方、ぼくにはおっぱいがない。
雄っぱいもない。
体力もない。
魔法に関する知識もない。
魔法を使った経験もない。
ついさっきから戦意もない。
何にもない。
……よし。
「ねえねえ、ぼくたち友達だよね?」
「違いまぁ~~~~す!!」
友達作戦は失敗に終わった。
碧は容赦なく潮を吹きまくる。
だけど、一応、ぼく以外の人には当たらないよう注意してるみたい。
その優しさをぼくにも向けてもらいたいもんだ。
避けてばかりじゃ話にならない。
そんなことしてたって、いたずらに体力を削っちゃうだけだ。
ぼくの体力のなさを舐めるなよ。
どうにかして距離を縮めることができれば、ホックを外してやれるのに。
「あ……それじゃダメだ」
揉む揉む団との一件を思い出した。
ホック外しを喰らわせて魔法を使えなくしても、腕力であっさり対抗されちゃったってことを。
そんな絶望的な事実が脳裏をよぎったと同時に、肉体にも絶望が訪れた。
水魔法、直撃。
「あ゛ああ゛あ゛ぁあぁぁあ゛ぁぁあぁぁあ゛ぁぁぁああ゛あ゛あ」
激しい痛み!
こんなに痛いの初めて!
涙と唸りが止まんない。
死にそうなくらいの痛みだけど、むしろ目が覚める。
きっと、まだ永遠の眠りにはつかないでいられそうだよ……。
だけど、両足は完全にへし折れちゃってる。
ぎりぎり皮一枚で繋がってる……。
もう一歩も動けない。
「素敵ーーーーーっ!!」
「結婚おめでとう!」
「結婚しないでぇぇえん」
「碧様、こっち向いてーーー」
「大好きーーーーーっ」
……外野がうるさい。
これだけ女の人に騒がれる人生なんて、さぞかし楽しいんだろうな。
地面に這いつくばったままの姿勢で、ぼくは碧を見上げた。
「ふぅ……美味い」
嘘……でしょ……。
ぼくがこん……っなに苦しんでるっていうのに、碧のやつ、優雅にグラスで飲んでる。
勝利の美酒ってやつ?
あれあれ?
もしかして、皆、ぼくの存在を忘れてる?
ぼくのこと覚えてる人いない??
「もっもうやめてください!」
叫んだのは千祚代ちゃんだった。
ぼくの倒れているところへ駆け寄って、そっと庇ってくれた。
「タッタカシさんはこっこれ以上戦えません! おっ終わりにしましょう」
「フゥ~~~~~。優しいガールは嫌いじゃないよ。あー、ね、じゃ、結婚しよっか」
「…………」
「もう一発そいつに喰らわしちゃおうかなぁ?」
「けっ結婚します! しっしますから……もっもうやめて……タッタカシさんは私のとっ友達なんです……」
千祚代ちゃん……。
「んー。友達とか、そういうのはどうでもいいんだけどー、なんかさー、やっぱ言葉だけでは信用できないじゃん? 本当に結婚してくれるの? 誓いのキスとかしちゃわない?」
「……そっそうしたらタカシさんを、こっこれ以上いじめないですか?」
「ダメだ、千祚代ちゃん!!」
ぼくは声を振り絞った。
でも、案の定、無視。
碧は一歩、また一歩と千祚代ちゃんに近づく。
群衆は碧と千祚代ちゃんの接近に嫌だのやめてだの言いながら、だけど、行動には移さず、ただじっと見てる。
推しのアイドルじゃないの?
不安や不快感より、チューを間近で見られる期待の方が大きいの?
それでいいの?
ぼくは違う。
大切な人のためなら諦めない。
誰の悲しみも見たくない。
「それじゃあ、婚約の証として、かわいいガールの唇を」
碧が千祚代ちゃんの顎をくいっと持ち上げる。
「い~~~ただきまぁ……」
「えいっ」
「ほぐぃ!?!!?」
ふっふーん。
綺麗なお顔を歪ませてやったよ。
のこのこやって来たやつの股間の真下で、頭を突き上げた。
キンタマ粉砕!
「おっ……おふ……あ、あわわー」
股に意識を集中させるあまり、グラスを水の道路の中に落っことしてしまった碧。
すごく慌ててやがる。
ざまぁみろ。
「千祚代ちゃん! 今のうちに逃げて!」
「タッタカシさんを置いては行けません。いっ一緒に……」
だけど、千祚代ちゃんに持ち上げられただけで、ぼくの足に激痛が走る。
痛い痛い痛い!
無理無理無理!
ぼく達がぐだぐだ手間取ってる一方、碧は水の道路にストロー状の口を突っ込んで、ごくごく飲んでる。
そんなに喉が乾いてたのかな?
「……あれあれ?」
それは一瞬のことだったけど、見間違いじゃないと思う。
かっこつけアイドルの服の袖から覗いた腕は、まったく若者のそれには見えなくて、むしろおじいちゃんのようなしっわしわの腕だったんだ。
「どっどうしましょう……」
「何を?」
「みっ皆さんが怒ってらっしゃるみたいで……」
「えっ? ……あっ!」
ぼくは碧の腕を食い入るように見ていた。
水を飲めば飲むほど、腕のしわしわは収まっていく。
若返っていく。
碧はぼくの視線には気づかず、水分補給を続ける。
「ゴラーーーーーーー!!」
「てめぇぇええ、碧様の碧様を攻撃しやがって!!」
「殺したるぅ!」
んぁ!?
碧ファンの群衆がキレ散らかして、ぼくに向かって走ってくる。
ヤバイ!
千祚代ちゃん、きみだけでも……と思うけど、とっても優しい彼女はぼくをしっかり掴んで、あくまで運命をともにする気だ。
守ってあげたい。
きみの悲しみを見たくない。
できれば、おっぱい揉みたい。
だけど、足をズタボロにされた今、ぼくは自力で立ち上がることすらできない。
ぼくにできることは最後の望みに賭けること。
「助けてぇぇぇえぇ、カーチャーーーーーーーン!!!」
どこかにいるカーチャンに向かって叫んだ。
きっと、届くはずのない願いを。
「ラ---------」
…………。
「ラーーーーーーーーーーー」
……んぇ?
「るるぁっ!!!!!!!!!!!!!」
地面が揺れるぅ。
突如として空から舞い降りた、大きな吠え声、大きな着地音、大きな図体。
これは……
「カーチャン!!!!!」
「ひっ、ばっ化けm━━カッカーチャン……?」
「ぼくのカーチャンだよ!」
群衆もどよめいてやがる。
どうだどうだ!
ぼくのカーチャン、怖いだろ。
「タカシ!!! あんた、その足、どうしたの!!?」
「こいつらにやられた! やっつけちゃってよ!!」