第22話 お祭りを楽しみたい!
怒っています! 鷹司タカシです!
だってだって、「日曜日の祝祭」とかいうイベントが攻撃対象になるかもしれないからって、ぼく達が警備しなきゃいけなくなったんだもん!
しかも!
なんと!
とんでもない暴挙!
「この『日曜日の祝祭』は男子禁制の祭事です。よって、タカシさんには女装をしていただく必要があります」
帝都の職人さんによって、元通りどころか、それ以上に綺麗にしてもらった我が家が、「日曜日の祝祭」の現場に到着するまでの間、ぼくは徹底的に女の子にされちゃった。
セミロングのウィッグ。
温熱魔法で毛先にパーマ。
春にぴったりの涼しげな白のワンピース。
ネアンデルタール女子の間で流行中の蟻ん子メイク。
「はい。完成ですよ」
鏡に映るのは、今までに見たことのないぼく。
「これが……ぼくなの……?」
「とてもよくお似合いです。むふふ。さすが『予言の戦士』。素晴らしい逸材でいらっしゃいます」
なんだか怖いよ。
いつもの宝百合ちゃんじゃないみたいだ。
「かなりの上玉じゃないか。あんたのヒョロガリの体がこんなところで役に立つとはねぇ」
「あらあらぁ。タカシ、素質あるわぁ~~」
カーチャンと力石の姐さんもどうしちゃったの!?
ヨダレが垂れまくっちゃってるけど!?
皇帝の命令で、警護要員として我が家に搭乗した人達も、ぼくを異様な目で見つめてる……。
「や……やだやだ! もう女装なんてやだ! 別にいつも通りの格好をしてればいいでしょ!」
「この世界でも、やっぱ化粧品は種類豊富ねぇ。あっ、これなんて『溶け込ませた魔力によって、ファンデーションをムラなく塗れる』ですって! はぁ~~。すごいわぁ」
「カーチャン! 話を聞き流さないで!」
強く抗議するぼくに対して、宝百合がやけに低い声で語りかける。
「タカシさん、これはあなたのためなのですよ」
「どういうこと……?」
「『日曜日の祝祭』は厳格に男子禁制を規定しております。もし、万が一、男性が侵入していると発覚すれば……」
「……すれば……?」
「きょ……去勢です……」
「ひっ……ひいぃぃいぃぃぃぃいぃぃ」
こればっかりは、Eカップの美少女が顔を赤らめながら言ったって、和めやしない!
去勢っていうのは、つまり、男の子の股間にぶら下がる男の子の象徴を切除されちゃうってことだもん!
やだ……それだけは絶対にやだ!
ほらほら、ぼくの息子もきゅっと縮こまってるよ。
きっと怖がってるんだね。
おーよしよし。
「というわけで、ぼくは留守番してます!!」
「何言ってんのよ」
男の子の気持ちをわかっちゃいないカーチャンが偉そうに語る。
「それじゃ意味がないでしょう。私達は、お祭りに参加しに来た人達を守るために、こうして移動してるんじゃない」
「カーチャン……ぼくには、息子を守るという使命があるんだ……」
こんな至極真っ当な主張がなぜか受け入れてもらえない。
女装最高だの、かわいいだの、男だとバレずにパスできるだの、わけのわからないことばかり言われちゃう。
もうやだ、この人達。
「着陸いたしました」
家を運転していた警護の人の一声と同時に、ぼくは外に飛び出た。
壁に空いた穴はもう塞がれているから、ちゃんと玄関で靴を履いて、扉を開けて、外に出たんだよ。
外はすっかり暗くなってた。
いつの間にか夜だ。
子供はとっくに寝る時間だけど、あの変態どもから逃げるためだ、そんな甘いことは言ってられやしない。
今夜だけはグレさせてね。
ぼくはさっと人混みに紛れた。
夜だけど、宙に浮く街灯が辺りを照らしてる。
ここには様々な人種がたくさんいて、みんな楽しそう。
音楽を大音量で奏でて歌って騒いでるやつら。
魔法大道芸人は、手から出した水を通り行く人々にぶっかけたり、人間をジャグリングしたり、シャボン玉を色々な動物の形に膨らませて飛ばしたり、とっても最高!
そして、日本のお祭りと同じく、露店がたくさん並んでて、面白そうな物が売られてる。
魔法道具の花火。
うんちょすそっくりのお菓子。
歯を磨くようにして摂取する謎の白い棒。
口や鼻や目などの人の顔のパーツがブドウのように生ったおもちゃ。
ここには目を引く物がたくさんある。
「おう、どうでぇ。オモチャあるぜぇ?」
露店の店主がぼくを呼び止めた。
「魔力を注入したら喋る人形さ」
それは虎人間の人形だった。
全身毛皮とは言え、露出度の高い服装。
妖艶な化粧。
そして、おっぱい!
「買う買う! 買います! おっぱい揉ませてください!」
「おっしゃ。安くしといてやらぁ」
「えっ? あ……。お金ない……」
しばしの沈黙の後、店主はぼくから目を背けて、別の子供に声をかけ始めた。
当たり前だよね。
お金がないと、何も買えない。
ぼくは魅惑的な露店の数々を、ただ物欲しげに見ているしかできなかった。
ちぇっ。
「今からでも家に帰って、宝百合ちゃんにお金をおねだりしようかな? む~~~~。だけど、またケダモノのような目で見つめられちゃうかもしれないし……」
それに、家から離れすぎちゃって、帰り方がわかんないよ。
ああ、ぼくは地球上下で一番不幸な少年だ。
この世に救いなんてものはありやしない。
お祭りを楽しむお姉さんが目の前を通りがかっても、そのおっぱいがたわわでも……ぽよんぽよんと歩くたびに揺れても……決して……決して、ぼくの心を癒すことは……
「お姉さん、おっぱい揉ませてください!」
ぼく、元気になった!
膨らんだおっぱいを見ると、夢が膨らんじゃうんだもん。
「くすくす。変な子~」
一人目はあえなく失敗。
だけど、二人目はどうだ!
「揉ませてください!」
「あはは。また今度ね~」
三人目!
「揉ませて!」
「何、この子。かわいいんだけど」
おっぱい勧誘、連敗だよ。
いつものことだけどね。
だけど……今日はいつもとは違う手応え。
だって、ほら、いつもだったら、勧誘した相手からはすごく冷淡な反応が返ってくるんだもん。
今日はなんだか、みんな優しい。
「お祭り気分だからかな? それなら、毎日お祭りだったらいいのに。……いや、待てよ」
いつもと違うと言えば、今日のぼくは女装をしてるじゃないか!
女装は女を狂わせるのか?
いや、そもそもぼくを知らない人の目には、ぼくは女装男子じゃなくて、女として映ってるんじゃないのか?
「だとしたら……」
高速回転するぼくの脳の中で、ある有力な説が頭をもたげてきた。
学校なんかでよく見かける光景。
女子同士で、体を触り合い、なんか知らないけど楽しそうにしてる、あの光景!
今なら、これ、行けるんじゃない?
自然な感じで、キャッキャウフフしておけば、
「女の子同士なので、お姉さんのおっぱい揉んじゃいまーす☆」
「女の子同士だから、いいよー☆」
ってなふうになるんじゃない!?
ふおぉぉぉぉおぉぉぉおおおおぉおぉぉぉぉ。
遂に鷹司タカシ、おっぱいを揉める時がやってきたようであります!!
苦節10年!
小学5年生にして、とうとう柔らかな双丘を、この手に収めることができるようです!!!
それでは、いざ……
「おう、姉ちゃん。おっぱい揉ませろや」
「…………へ?」
ここで想定外の事態発生。
おっぱい勧誘をしようと思ったら、逆におっぱい勧誘を受けちゃった!
しかも、ぼくの目の前に立つのは、いかにも不良って感じのガラの悪い男達。
ひー。
やだやだ。
誰がこんなわけのわからないやつらにおっぱいを揉ませますかってんだ。
まあ、そもそも、
「ぼくに、おっぱいなんてないんだけど」
「へへへ。確かにちっぱいだけど、ないってことにはならねぇだろ」
じっとりとぼくの胸部を舐め回すように見つめる不良。
「いや、これは魔錻羅器を着けてるから、ないはずのものがあるように見えてるだけだよ」
必死に説明しても、不良どもは話を聞かない。
下卑たニヤケ顔を隠そうともせず、口から垂れるヨダレを拭こうともせず、ただひたすら汚ならしい。
この不良集団、人種的にはカマキリ似、タコ似、ライオン似と多様だけど、全員が同じ記章を服の右肩に縫い付けてる。
記章には「W」「O」「Y」が縦に並べたような図が……あっ、よく見たら女体の絵だ、これ!!
それにしても……。
こんな気色悪い不良どもに絡まれてるってのに、誰も助けてくれやしない。
道行く人々は、ぼくと不良集団から顔を背けて、すたすた歩いていく。
冷たいやつらだ。
いいもんね、別に。
今のぼくは強気に出れるぞ。
だって、
「きみ達、男でしょ! ここは男子禁制の聖地だぞ! ここにいたら、大切な息子とお別れしなきゃいけなくなるんだからね。ほらほら、悪いことは言わないから、さっさと出て行った方がいいよ」
「お前、何言ってんだ?」
「え?」
「ここは『日曜日の祝祭』の会場じゃねぇぞ? お祭り騒ぎが好きな連中が勝手に集まって、前夜祭してるだけだ。常識だと思うけどな」
ぼくの自信を打ち砕く衝撃の指摘。
辺りを見回してみて、ようやく、男もちらほらいることに気づいたよ……。
どうしてもっと早く気がつかないんだ!
これじゃあまるでぼくが間抜けみたいじゃないか!
「っつーわけで、着いてきな。人気のないところに連れてって、めちゃめちゃおっぱい揉んでやるから」
「わ……わわわ……」
「助けを求めようとしても無駄だぞ。ここらで俺達に逆らうようなバカはいねぇからな。そう、俺達があの有名なおっぱい愛好集団━━揉む揉む団だ」
だっさぁい!
でも、加入したくなるのは、なぜだろう……。
体力ザコ・魔力ゼロのぼくは為す術なく、ワンピースを掴まれ、引っ張られていった。
これから、どうなっちゃうのかな?
服を引ん剝かれて、男だとバレたら解放してもらえるかな?
それとも男でも揉まれちゃうのかな?
だって、揉む揉む団なんて名前の集団なんだもんね。
よっぽど揉むのが好きだろうから……。
「そんなの嫌ぁだぁあぁぁああ。カーチャーーーーーーーン。助けてえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええぇぇぇ」
「うるせぇぞ。諦めて大人しく━━おっ?」
揉む揉む団の連中が色めき立つ。
その視線の先には、果てしなく美しい少女がいた。
ぼくも思わず息を呑んだ。
それは初めて目にする人種だ。
大きな黒い瞳。
ストロー状の口。
背中には煌びやかな羽。
きっと、蝶を祖先に持つ人種なんだろうな。
「へへっへ~。お嬢ちゃん、一人~?」
うんうん。
周囲に保護者らしき人の姿は見えないもんね。
「いいおっぱいしてんじゃ~ん」
うんうん。
ぼくもそう思う。
黒いワンピースの胸元から覗く豊満なおっぱい!
幼げな顔に似合わず、いいもの持ってるよ、きみ。
「揉ませろよ」
うんうん。
ぼくも揉みたい!
「う……ひ……」
「あー、怖がんなくていいよ。ちょっと物陰に一緒に行こうか。んで、めちゃめちゃおっぱい揉んでやるから」
蝶によく似た可憐な少女はガクブルだ。
かわいそう……。
どうにかして助けてあげたい……。
……助けてあげたら、お礼におっぱい揉ませてくれるかな……?
よーーーーーし!
「ぼくが助けてあげましょう!」
揉む揉む団の視線がぼくに集まる。
「何言ってんだ、こいつ?」