第2話 こんなところで死にたくない!
こんにちは! 鷹司タカシです!
カーチャンが床を殴った衝撃で、あらゆる家具が揺れ、戸棚の戸が勝手に開いています。
立っていられません!
「違うわよ! これは地震よ!」
これが地震?
こんなに揺れが強いのは初めてだ。
……いや、揺れだけじゃない。
何だか浮遊感があるぞ。
違和感はそれだけじゃない。
「カーチャン、何か暗くない?」
学校から帰って、そんなに時間は経っていない。
夜どころか、まだ夕方でもない。
それに、今日は雲ひとつない晴天だ。
「ううう……」
激しい揺れの中で、カーチャンは立ち上がった。
さすがマッチョ!
「外は一体どうなっt……あららぁ!?」
「どうしたの、カーチャン??」
床に這いつくばった状態のぼくには、窓の外が見えない。
だけど、カーチャンには何かが見えてしまったようだ。
「あんたも見てご覧!」
ぼくは、カーチャンのでっかい手で、ひょいっと持ち上げられた。
そして、窓の向こうを見た。
「暗闇!?」
「バカ! よく見なさい。土よ、土の中よ!」
「土の中ぁ?」
何言ってんの?
頭筋肉なの?
外が土の中になってるって、どういう……
「!」
ようやく、その意味を理解したぼくは愕然とした。
つまり、地割れが発生して、我が家は地中深くを落下している最中のようだ!
「カーチャンのパンチすごすぎ!」
「私のパンチじゃ、さすがにこんなことになりません!」
「あっ。やめて。殴らないで。おねg……あああっ!?」
「誤魔化そうとするんじゃありまs……えええっ!?」
家全体を囲んでいた土が急になくなり、暗闇から一転、窓の外から強烈な光が差し込んできた。
それと同時に、暖かな空気も入ってきた。
どういうこと?
地上に戻ったの?
いや、ぼく達は地中をずっと落下していたんだ。
とすると、ここは……
「地底……マントル?」
「タカシ、下ネタやめなさい!」
「下ネタじゃないよ! そうじゃなくて……ぼく達、死んじゃうかも……しれないんだよ……」
地球は中心に近づくにつれ、温度を増す。
当然、そこは生物の生存を許さない過酷な環境だ。
いくらムキムキなカーチャンでも、為す術なく焼け死んでしまう……いや、それどころか、一瞬で蒸発してしまうだろう。
人生、終了。
仕方ないさ。
ぼく達がいくら抵抗しても、自然の力には敵わない。
わかりきったこと。
だけど……
「まだ一度もおっぱい揉んでないのにいいいいいぃぃぃぃぃぃいいい!!!!!」
「あっ、着いたわ」
へ?
「地上に戻ったみたいよ。」
地上……?
気づけば、揺れも浮遊感も消えてる。
家がいつの間にか着地してるんだ。
一切の衝撃もなく……。
窓の外に広がる光景は、
「なーんもないや」
人も家も見当たらない。
あるのは乾燥した砂、砂、砂。
まばらに生えた草。
綺麗な一本線の地平線なんて、初めて目にしたかも。
ぼくは窓から身を乗り出して、外の風景を見つめる。
ここはどこなの?
さっぱり見当がつかない。
確かなのは、ここがうちの元々あった場所ではないってことぐらい。
地底……なのかな?
でも、空は青くて、太陽が輝いている。
「タカシ、外に出ましょう」
「えぇ!?」
「ご近所さんに御挨拶もしておきたいし」
「いや、引っ越しじゃないんだから!!」
ぼくの言うことを聞くカーチャンじゃない。玄関に向かって、ズンズン歩いていく。
ぼくは渋々(しぶしぶ)ながら、その大きな背中を追いかけて、外に出た。
「おかしい……。風が吹いてるよ」
「こんにちはーーー!!」
「地底深くなら、空気も太陽もあるはずがないのに」
「私達、迷子なんですううううぅぅぅ」
ああ、うるさい。
考え事に集中できないじゃないか。
第一、そんなに叫んだところで、誰もいないよ。
「「「「「いるんだぜ、ヒャッハーーーーーーッ!!!」」」」」
「へえぇ!?」
「あら?」
ぼく達を囲むように、あちこちで土の中から、人が飛び出てきた!
一体なぜ土の中から……?
照れ臭いから隠れてたの?
それともサプライズ?
変わった人達だなー。
……いや、待てよ。
この人達、見た目も変わっている……。
蟹のように硬そうな皮膚。
肩や腕にトゲ。
大きく開いた口には、鋭い歯。
「カーチャン、こいつら……人間じゃない……」
「あら、そうねぇ」
カーチャンは少し声を落として、
「でも、この方達、おっぱいが大きいわよ。あんた、興味あんじゃないの?」
そりゃ、おっぱいは好きだけどさ、こいつらの硬そうなおっぱいなんか揉みたくないよ!
ていうか、なんでそんなに落ち着いてんの!?
しかも、化け物どもと来たら、下半身はブカブカのズボンと黒いブーツを身に付けてるものの、上半身はブラジャーだけ。
絶対、痴女だよ!
「誰が痴女だ!!」
「ひっ」
「お前達を試させてもらうぞ!!」
「はぁ?」
ぼく達を試す……?
出てきて、いきなり何を言ってるんだ?
「きっと、ゴミの分別とか回覧板とか、この町の知識を試されるのね」
「そんなわけないでしょ!」
「タカシ、郷に入れば郷に従え、よ」
「こんな化け物の郷に入りたくないよ! 帰りたいよ!」
どうしてぼくのカーチャンは呑気でいられるのかな。
いかにも化け物の容姿をしているやつらだというのに。
普通に考えれば、ぼく達、殺されちゃうよね……?
「…………」
「…………」
「…………」
だけど、沈黙が続く。
「お、おい、お前行けよ」
「やだよ。そっちが先に行けよ」
「まあまあ、ここは先輩から」
……?
化け物ども、やけに遠慮し合っている。
顔に似合わず譲り合いの精神か?
いやいや、そうじゃない!
やつらの視線の先にはカーチャンがいる!
「あはっ。あいつら、カーチャンにビビってるよ!」
考えてみれば当然のことだ。
この筋肉の巨体にびびらない者はいない。
「うふふ。恥ずかしがり屋さんね」
カーチャンは微笑を顔に浮かべて、一番近くの化け物に近づいて行く。
カーチャン、違う。
違うから。
カーチャン、ストップ!
「あらぁ~、奥さん、初めまして。今日こちらに越して参りました、鷹司と申しますわ」
「ひいいいい」
やっぱり、化け物、カーチャンにビビってる。
一応、ぼくはカーチャンの陰に隠れておこう。
「まだ私ゴミ出しの曜日もわかっておりませんでして」
「きょ、きょ、きょ……」
「今日? 今日が可燃ゴミだったんですの?」
「巨乳だあああああぁぁあぁあぁぁあ」
は?
叫んだ化け物の目は、カーチャンの胸に注がれてる。
よくよく見れば、他のやつらも、同じくカーチャンの胸部に恐れおののいてるようだ。
いやいやいやいや、おかしいおかしい。
確かにカーチャンの胸は大きい。
だけど、それはあくまで異常に発達した大胸筋であって、脂肪、つまりおっぱいではない。
おっぱいではない。
もう一度言おう。
おっぱいではない。
「あぁ~~~~らっ、やだーもー! そうそう私って胸が大きいのぉーーー。んふぅ♪」
単純な人だなぁ。
異形の存在が相手でも、褒められるのは嬉しいらしい。
できれば自らの置かれた状況に、もう少し危機感を抱いてほしいもんだよ。
そもそも自分達がどこにいるのかもわからないんだし、正体不明のやつらに囲まれてるんだし、ほら、今にも化け物が必死の形相でこちらに襲いかかってきてるんだし……。
襲いかかってきてるうぅぅぅうううぅう!!
「カーチャン、助けてええええぇぇぇぇえええ」
「あらまあ、奥さん、手がスベスベねぇ!」
「!?」
カーチャンの筋肉は飾りじゃないよ!
振り下ろされた拳を、鮮やかに止めてみせた。
そして、「巨乳」を讃えられたお礼とばかり、相手の手を褒め返した。
続けざまに突き出されたもう片方の拳も、難なく受け止める。
不幸中の幸い。
敵は武器を所持していない。
ただ、甲殻類のような皮膚、及び、そこから生えたトゲを頼りに単調な打撃を放つだけ。
「強い……やはり、こいつらは……」
化け物ども、ざわめき始めやがった。
「どうだ、参ったか! 調子に乗るなよ!」
ぼくはカーチャンの背後から煽りまくってやった。
でも、はしゃいでいられる時間は長くなかった。
カーチャンの服の裾から、何かがはらりと落ちた。
「ブラジャー……?」
忘れてた。
そう言えば、さっき、カーチャンのブラジャーのホックを外したんだっけ!
それがこんなタイミングで落ちてくるなんて、思わず笑っちゃうよ。
「あはははははははは」
「いやあああああぁあああぁああん」
「魔錻羅器が落ちたぞおぉぉぉおおぉぉぉ」
周辺一帯に、化け物の叫び声が響き渡る。
急に勢いづいた化け物集団、全員が全速力でぼく達に向かって走ってくる。
「何が何だかわからないけど、カーチャン、どうにかしてえええええぇぇぇぇぇえぇえ」
「いやぁねぇ」
カーチャンは溜め息ひとつついて、
「本当は荒っぽいのは好きじゃないんだけど……」
腰を落として拳を握りしめたら、カーチャンが戦闘体勢に入った証だ。
戦いが始まった。
敵は四方から攻めてくる。
カーチャンは、ぼくに敵の攻撃が当たらないよう、ぼくを中心に円を描くように動きながら、次から次へと化け物どもを薙ぎ払う。
相手が化け物だからって、うちのカーチャンはたじろがない。
むしろ、カーチャンの鬼の形相を見ていれば、どっちが化け物かわからなくなってくるよ。
加えて、体格的にも、体力的にも、断然カーチャンの方がすごいみたい。
カーチャンのパンチ、投げ、蹴りの一つ一つが、やつらに大きなダメージを与えてる。
そんなわけで、数十匹を相手にした戦闘行為が、ものの1分そこらで終了したのも納得だった。
「はあ……はあ……あっけなかったぜ」
「なんであんたが息切れしてんのよ」
「こいつ……」
地に伏せた化け物がうめく。
「半端ねぇ魔力だぜぇ!」
「いや、筋力でしょ」
まあ確かにカーチャンの強さときたら、まるで魔法でも使っているかのようだけど。
それにしても驚いたことに、この化け物ども、まだ戦うつもりらしい。
「おいおい、死んじゃうぞ」
「やぁね、殺しゃしないわよ」
化け物達は、立ち上がる。
「あたい達はどんな任務も命がけでこなすのさ」
任務……?
ぼく達を襲うことが?
自衛や強盗が目的じゃなくって?
だとしたら、こいつらにそれを命令した何者かが存在するはず……。
「皆さん、もう結構です」
突然、どこからともなく声がした。
鈴の音のような、明るく、高い……女の子の声!
彼女は、我が家の屋根の上に立っていた。
「ようこそ、予言の戦士達」