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おっぱ異世界  作者: 砂井ぱー
第1章 異世界旅話
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幕間 鷲羽人・羽豆天の独白

「失うものなど何もない」



 幼少の頃より、そう思っておった。

 事実、やんごとなき身分を持つでもなし、ありあまる財産を持つでもなし、身をがすような恋を持つでもなし。

 ただ翼と大空のみあればよい。



 空を飛ぶには身軽でなければならぬ。

 我らが近縁のしゅたる鳥とて、飛行中にさえ脱糞だっぷんし、身を軽く保つことに余念がない。

 そう、それでよいのだ。

 余計な物は持たず、独り、空を舞う。

 これが自由だ。



「本当にそうか?」

「……何だと?」

「自由と孤独は違うんだぜ」



 それはおかしな男だった。

 自慢することではないが、我は「はぐれ羽豆天はずあま」と渾名あだなされ、偏屈者へんくつものとして敬遠けいえんされていた。

 鷲羽人わしゅうじんの中で知らぬ者はおらぬことだ。



 だが、この男の鷲羽人わしゅうじんはそのようなことを何ら知らぬ素振そぶりで、れしく話しかけてきた。

 それも、人が晴天下の飛行を楽しんでいる最中さなかに。

 どうせ、からかい目的のつまらぬ男だろう。

 振りきってやろうと、飛行速度を上げた。

 飛ぶことだけが生き甲斐がいだ。

 本気を出せば、誰にも追い付かれない自信があった。

 だが、こいつはどこまでも食らいついてくる。



「しつこいぞ、貴様!」

「お前にどうしても言いたいことがあってね。独りで生きるのは、そりゃ楽かもしれないけど、その先にあるのは絶望の人生だ。病気になろうと、ケガをしようと、死んじまおうと、誰も側にいてくれないんだぜ」

「自由と自助は表裏一体ひょうりいったいだ」

「そうかい。でもよぉ、誰かと共に生きるってことは、支え合って生きるってことだろ。多少、自由は制限されるかもしれないけど、それは安心のある自由じゃないか?」

「何が言いたいのだ!」

「つまり、本当の自由って、気持ちよく前を見て生きるこ――だはぁっ」



 じっと我が顔を見つめながら飛行していた愚か者。

 大きな岩に気づかず、盛大にぶつかりおったわ。



「前を見て生きておらぬのはどちらだ」



 これがやつとの初めての出会いであった。



 大層たいそうな事故であったゆえ、すっかり意気消沈いきしょうちんしたかと思いきや、それから毎日のごとく、やつは我を追いかけ議論を吹っ掛けて来おった。

 無論、いくら来られようと話し相手になぞなってやるつもりはない。

 振り切るなり、岩に誘導してぶつからせるなりして、身体中をあざだらけにしてやった。



 お互い、根本的に考えが異なるゆえ、何を語ったところで堂々巡りとなるは必定ひつじょう

 他者とは干渉かんしょうせず、相互に沈黙を貫くのが賢い。

 それもわからぬやつの愚かさと、せっかくの自由時間を奪われることによって、我が苛立いらだちはつのった。



 ある日、行政手続きの必要にられ、仕方なく里に降り立った。

 こんなことでもない限り、なるべく他者とは関わりたくない。

 人間関係など無駄だ。



「本当にそうなの?」



 役所の窓口にて、顔馴染かおなじみの者がれしい口をきいた。



「どういう意味だ?」

「だって、羽豆天はずあまちゃん、最近、男の人とよくつるんでるって聞いたから。あの『はぐれ羽豆天はずあま』にも春が来たってもっぱらの噂よ」



 非常に不愉快だ!

 一方的にからまれているに過ぎぬ。

 それを色恋沙汰いろこいざたなどと誤解するとは、なんと愚かな。

 これだから、くだらない人間とは関わりたくないのだ。



 噂を一蹴いっしゅうする必要を感じ、我はあの男との決闘を覚悟した。

 ズタボロに引きいてやれば、からかいも噂も消えせよう。



 だが、それからしばらく、やつは姿を見せなかった。

 晴れの日も、雨の日も、くもりの日も、台風の日も、強風の日も。



「やつが来なければ困る。やつが来なければ……決闘ができぬゆえ



 長い梅雨つゆの季節が始まった。

 我が住みは人里離れた洞窟の中。

 日々、雨の音に耳をませた。



 雨が吹き込み、体が冷え、思考はめぐる。

 どうしたことであろう。

 昨年までの我であらば、精神を無にして座禅ざぜんを組むだけで、梅雨つゆなど容易にやりすごせたというのに。

 今はややもすると雨の音の中に、やつの羽ばたきの音を探してしまう。



「あの『はぐれ羽豆天はずあま』にも春が来たってもっぱらの噂よ」



 馬鹿な!

 そんなことがあるものか。

 これはそのような浮わついたことではなく、人としての生き方に関する高尚こうしょうな問題なわけだからして……。



 ほら、雨音にやつの声が混じって聞こえる。

 久々に我をからかいに来たか。

 土砂降どしゃぶりの中、ご苦労なことだ。

 今日こそ決闘を申し込もうぞ。



 洞窟より大空へと飛び立つ。

 たちまち翼はぐっしょりれ、重くなった。

 太陽光は分厚ぶあつい雲にさえぎられ、更に無数の雨粒が視界を悪くする。

 この天候下での飛行は、さすがに我とて難しい。



「いざ勝負! いざ!」



 何度も呼び掛けたが、やつは応じない。

 め腐りおって。

 しばらく飛んで、ようやく姿を捕捉ほそくした。

 川だ。

 豪雨によってれ狂う川に流されておる。

 愚か者め。



 このまま見捨てる手もないではないが、しっかりと我が手によってやつを打ち負かすことこそ、我が生きざまに相応ふさわしい。



 目標めがけて一直線に急降下。

 まずは鉤爪かぎづめつかんで、川から引き上げてやろうと考えた。

 しかし、羽毛が雨水を多量に吸い込んだせいで、想像以上に体が重くなっており、制御がかなかった。



 やつの二の舞。

 我も川に突入、流されてしまうこととなった。

 濁流だくりゅうに飲まれながらも、どうにかあの男を助けようと必死だった。

 しかし、両の翼で抱いたのは、流木りゅうぼく



 愚かなことよ。

 あっけない終わりだ。

 こんなところで、こんなふうに一生を終えるのか。

 誰に知られることもなく……。




「しっかりしろ!」



 何かが我をすくい上げた。

 見上げれば、それはあの男だった。

 やつは我を鉤爪かぎづめつかみ、空を舞っていた。

 まるで想定と真逆になってしまった。



「な? 誰かが側にいた方がいいだろ?」



 得意気な顔が気に入らなかった。



「う、うるさい! 何故なにゆえ、我が貴様ごときに救出されねばならぬ!」

「見て見ぬふりできねぇよ」

「そもそも、ここ最近、姿を見せなかったのは何事だ! 我はずっと……」

「ああ、それね。ちょいと仕事が忙しかったんでな」

「それだけか!?」

「うん?」

「遊んでいたのではないか? きっと、そうだろう。貴様にはどうせ遊び相手がたくさんいるのだろう。気立てのいい娘なども――」

「は? 何の話だよ、そりゃ。っていうか、なんで川でおぼれてたんだ?」

「……き、貴様を探して……」

「……え?」



 えきれなかった。

 なぜかわからぬが顔が紅潮こうちょうして熱い。

 もがいて鉤爪かぎづめから逃れると、がむしゃらに飛んだ。

 やつから逃げたかった。

 なのに、追いかけられた。



「おい! なんで逃げんだよ!」

「来るな!」

「……っ! お前、本当にわからねぇやつだな! 独りじゃいくら自由だなんだ言っても、先の見えない絶望だけの人生を送ることになるんだ!」

「何が言いたい!」

「えっ。いや、その……俺が言いたかったのは、つまり……俺と一緒に暮らしてくれないか、ってことだよ……」



 思わず速度をゆるめてしまった。

 追い付かれ、横並びになり、我らの目と目が合った。

 赤くまったほほ精悍せいかん眼差まなざしを見れば、こいつが嘘をついていないとはわかる。



「ははっ……。でも、こんなに嫌われてんじゃしょうがねぇよな。ま、あきらめr━━」

「我も!」

「?」

「……我も、こうして……また貴様と空を飛びたいと思っておった……」



 雨のせいで翼が重たい。

 それがなぜだか心地よかった。



「失うものなど何もない」



 幼少の頃より、そう思っておった。

 だが、つがいができ、共に里で暮らすようになり、子供が3人生まれ、家が狭くなった。

 いつの間にやら、我もありふれた普通の人間になってしまったようだ。



 ある夜、寝かしつけた子供達の横で、夫と少し昔の話をした。

 我が自由を求めるようになった経緯けいいだ。



「我が親は貧しい商人だった。財力を持たぬとはすなわち権力が持たぬことだ。外で自由にできない分、家族を支配したがった。親から受けた暴力や暴言も勿論もちろん、辛かったが、一番の辛さは自由に空を飛べぬことであった。勉学ばかりさせられた」

「……そうかい……。俺はこの子達には、そんな辛い思いさせやしねぇぜ」

「ふ……」



 皮肉ひにくなことに、我も成人後は商人となっていた。

 鷲羽人わしゅうじんを始め、各地にちらばる様々な人々との商談をまとめる仕事をになった。



 ある日、久々に独りで空を飛んだ。

 何のことはない。

 出張帰りの移動に過ぎぬ。

 だが、その時に気づいたことがある。

 かつてとは違い、空を飛ぶ気持ちよさより、家族の安否あんぴを心配する気持ちの方が大きくなっていたのだ。

 心の変化。

 人とのつながりという希望に裏打ちされた自由を実感した。



「これが前を見て生きるということなのだな」



 だが、希望はすぐに絶望へと変化した。

 我が里が焼かれていた。

 人々の死体が転がっていた。

 我が留守中に何があったのか?

 いくさ

 事故?

 自然災害?



 突然のことに動揺しつつ、家族の生存をひたすらに祈った。

 家族がいるはずの家に急行し、そして、見つけた。



 死体。



 夫と、子供達の、頭部が欠けた死体だ。



 さけびながら死体を抱いた。

 まだぬくもりがあった。

 だが蘇生そせいは不可能だ。

 失われた命は戻らない。



 我は空を飛んだ。

 どうすればいいかわからず、ただ本能の求めるままに飛んだ。

 我は孤独だった。



 そのうち、見慣れぬ人間が里をうろついていることに気づいた。

 その者の手は血で汚れていた。

 考えるまでもない。

 こいつが犯人だ。



何故なにゆえだ?」



 捕らえた殺戮者さつりくしゃに問うた。

 胸を引きちぎり、全身の骨を粉砕ふんさいすることで、魔法を使えないようにした上で。



何故なにゆえ、貴様は我らを襲った? 貴様にも大切な家族がおろう。命の大切さは知っておるはず」

「大切な人とかいないんすけど。モテねーし」

「…………」

「はっ。ってゆーか、お前みたいな化け物にまで説教されるとかマジえるんだけど」



 両の胸を寄せつつ、最後の質問をした。



「貴様はどこから来た?」

「地上だよ」



 殺戮者さつりくしゃは他にもいた。

 見つけ次第、殺してやったが、数匹には逃げられた。

 残されたのは無数の死体と、思い出と、怒り。



「失うものなど何もない」



 死体と思い出は捨てて行こう。

 戦士は身軽でなければならぬ。

 怒りは持って行こう。

 戦士は強くなければならぬ。



 我は復讐を決意した。

 各地を回り、地上人と戦い、被害者と結託けったくし、やがて復讐連合ふくしゅうれんごうを結成した。



「地上人を殲滅せんめつしてやる」



 同じ決意の仲間と共に人生を血にめた。



 そして、今、また失った。



 いつの間にか、我は孤独から脱していた。

 仲間がいた。

 かけがえのない存在に囲まれていた。

 そのことに気づかぬうちに、失った。



 涙がほほを伝う。



「失うものなど何もない」



 負傷した翼が痛む。

 出血が激しい。

 上等だ。

 血も涙もいくらでもくれてやる。



 身軽だから飛べるのだ。

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