準備
事務所の扉が勢いよく開け放たれた。
「依頼を持ってきたわ」
出かけていたソフィーが戻ってきたようだ。
だからなんでこう乱暴なのか。だめだろう。扉は向こう側にいる人のことを思って開けてほしい。
前回の依頼からまだ三日も経っていない。まだ働かなくても暮らせるお金は持っているのに。味を占めたのだろうか?
「冒険者ギルドの依頼か?」
「そうよ」にやりとするソフィー。
「頑張ってね」
「一緒にやるのよ」
「なんでよ」
「前回は準備を怠ったのが悪かったと反省しているの。だから出発前に純也にいろいろ考えてもらいたいの」
「準備が俺で、実行がソフィーって事か?」
「そう言うこと」
指示役と出し子みたいなものか。 あ、例えが悪いか。
「まあそれならいいや。戦うわけじゃないなら」
「最初から戦いは期待していないわ」さらっと失礼ないことを言うソフィー。「純也の秘めた能力って推理力なんじゃない?」
「それだったら本当に残念だ」
「なんで? いいじゃない。純也の推理は人知を超えているわ」
「そんなことはない。人知を超えた能力を授かれるなら、推理力よりも推理せずとも真相のわかる千里眼の方がいい」
「そ、そうね」
「だろ? それに推理力って人知の外を出ないよな」
「でも私にはできないわ」
「ソフィーは……まあ……そうだよな……」純也は言葉を選ぶ。
「ちょっと何が言いたいの?」
ソフィーが怖い顔をしている。このことについては何も言わないのが正解だ。
「よし、依頼書を見せてみろ」
不服そうな表情をしているが、無言のままソフィーが依頼書を差し出す。
しっかりと読み込むが、内容はいたってシンプル。読み込むまでもない。
前回と同じように素材の回収だ。ただ今回はシルバーウルフではなさそうだ。
「マンドレイクの採取か」
「純也はマンドレイクって知ってる?」
「一応な。根の部分が人型になっていて、引っこ抜くと悲鳴を上げ、それを聞いたものは気が狂ったり死んでしまったりするっていうやつだろ?」
「そ、そうなの?」ソフィーが目を丸くしている。
「おい、知らないで依頼をもらってくるなよ」
無計画にもほどがある。この調子だとソフィーはいつか死ぬ。
「どうするのよ。純也は日本でマンドレイクの採取はしたことある?」
「根が人型のタイプは日本には自生していない。だから俺も初挑戦だ」
「どうしたらいいのよ。今日中に達成しなくちゃいけないのよ」
「考えるしかないだろう」
純也は目を閉じ考える。
いつか読んだ本に、犬と結び付けて引っこ抜かせて叫び疲れたマンドレイクを採取するっていう方法があったが、犬はいないしその犬が犠牲になるので気が進まない。
耳をふさぎながら長いひもで遠くから抜くこともできるかもしれないが、悲鳴の度合いも分からないのでどれくらい距離を取ればいいかわからない。
抜く前に息の根を止めるしかないだろう。土の中で悲鳴を上げるという記述は今まで読んだことがない。多分大丈夫だと思う。
「マンドレイクを抜く前に剣で刺して、息の根を止めてから採取する」
「それじゃあ素材が傷ついてしまうわ」
「安全なのはそれしかない。きれいなものは一つで高いかもしれないが危険だ。安全な採取方法でたくさん採ればトントンになるだろう。薄利多売でいこう」
「まあいいわ。考えるのは純也って私が決めたんだもん。従うわ」
「それにその方法だったら、俺も短剣で採取できるかもしれない」
純也は本棚からマンドレイクの記述のある本を出しもう一度確認しておく。
マンドレイクの外見的特徴を覚えておく。多分ソフィーにはどれがマンドレイクでどれがマンドレイクじゃないか判断できないだろう。
「確かにそうね。二人でやれば多く採取できるわね」笑顔になるソフィー。「それで決まりよ。さあ出発しましょう」
本を閉じ棚に戻す。
短剣を忍ばせ純也は準備を済ませると、事務所を先に出たソフィーの後を追った。
急いで追いかけたので、しばらく進んだところでちゃんとドアに鍵をかけたか不安になった。