第二ラウンド
せっかく純也の前でいいところを見せたと思ったのに、飛んだ失態だわ。
「純也! 私の後ろに隠れていて! このシルバーウルフの群れは私が何とかするわ!」
「大丈夫なのか?」
「任せなさい! 私はスタインバーグ家の剣士よ!」
「無理するなよ」
「わかってる」
シルバーウルフの群れに対峙するソフィーの後ろに純也が移動する。
それを確認すると、ソフィーはより神経を研ぎ澄ませる。
守りながらの戦闘はもちろん初めてだ。これは不利といえる。
「純也、走って! 私から離れて」
その方が戦いやすい。それに純也の生存率も上がる。
「それじゃあソフィーが」
「いいの! 能力のない純也にいられちゃ戦いにくいわ」わざと憎まれ口をたたく。
「わかった。何かあったらソフィーもすぐに逃げてこいよ」
「逃げないわ。でもまあなにかあったらね」シルバーウルフの群れから視線をそらさずに告げる。
剣士として十分に格好つける。
今のはキマッた。ちらりと後ろを確認する。
あれ? 純也は? もういないのかよ。まあいいや。戦闘に集中しなくちゃ。
前方に目視で確認できる限りでは四匹のシルバーウルフ。全部で五匹の群れだったようだ。
さっきの戦闘で無傷だったとはいえ、それなりに体力は消耗している。
右手で剣を構えたまま、左手でポケットからポーションを取り出し飲む。飲んでいる最中もシルバーウルフからは目をそらせない。
体力が若干回復し、身体が軽くなったとは思うが、四匹を相手にできるかは不明だ。無理かもしれない。
少し弱気になっているようだ。気合を入れなおさなくては。
シルバーウルフも警戒しているようで、なかなか襲い掛かってこない。こちらとしては好都合。精神を統一しよう。深呼吸。
三回目の呼吸の最中に一匹のシルバーウルフが飛びかかってきた。
さっきのやつと同じ攻撃だ。速度もさほど変わりはない。同じように攻撃を回避しながらのど元を剣で突き上げる。
まずは一匹。残りは三匹。
突き刺した剣を抜こうとしている最中に、もう一匹のシルバーウルフが襲い掛かってきた。
間に合わない。
そう判断したソフィーは剣から手を放し、シルバーウルフの攻撃を避ける。
心もとないが、短剣でどうにかするしかない。
攻撃をよけられたシルバーウルフは、すぐに次の攻撃を仕掛けてくる。
ソフィーは同じように攻撃をかわし短剣で反撃をするが、短剣では浅い切り傷をつける程度にしかならなかった。
飛びかかるしかないシルバーウルフは同時に攻撃ができないようだ。群れでいても群れによる攻撃はないようだ。それが唯一の救いだ。
切り傷をつけられたシルバーウルフは舌で傷口を舐めている。
そのシルバーウルフに代わって他のシルバーウルフが前に出た。
そういう連携はするのか。しかし感心している場合ではない。
相手はこちらを伺っている。狼だが嗤っているように見える。
勝てると思っているのだろうか。
負けてしまうのだろうか。
こちらの弱気が伝わってしまっているかもしれない。
だめだ。集中しなくては。
だが集中しても勝てないものは勝てない。
詰んだ。
純也、だめかもしれない。
ソフィーが負けを認めそうになったそのとき、地面がぐらぐらと揺れた。
「じ、地震?」思わず声が出るソフィー。
シルバーウルフを見ると、四つ足で踏ん張っている。
これはチャンスかもしれない。
足元は安定しないが、ソフィー走り出す。
目の前のシルバーウルフの額に短剣を突き刺す。
手ごたえあり。
短剣を引き抜くと同時にシルバーウルフは倒れる。
残り二匹。
その間も地震は収まらない。地割れが起きていないところを見ると大して大きなものではないのかもしれないが、不安になる揺れだ。
しかしこれはチャンス。この間に残りのシルバーウルフも片づけよう。
さきほど手放した剣の元に行き、引き抜く。
そして傷口をなめていたシルバーウルフの首に振り下ろし、一刀両断……したかったが、血が固まってきていたため切れ味が悪くなっていた。胴と首を切り離せず、首の三分の二程度までで剣は止まってしまった。
それでも絶命はしている。勝てれば良し。
残り一匹。
地震が怖いのか、仲間を殺しまくったソフィーに恐れ慄いているのかはわからないが、完全に丸くなっておとなしくなっている最後のシルバーウルフの脳天に剣を突き刺す。
剣の切れ味が悪いのであれば、刺せばいい。刺せないのであれば、殴ればいい。
剣士としての教えではない。ソフィーの哲学だ。
返り血を浴びているが、不快ではない。むしろ快感。
いつの間にか地震は収まっていた。救われた。
これで終わった。依頼達成。
涙が出ている。
足が震えている。
やはり怖かったのだろう。
それに気が付いてしまったら、力が抜けてしまった。
ぺたりと座り込むソフィー。
「おーい! 大丈夫だったか?」純也が走ってこちらに向かってくる。
泣いている姿を見られたくないと思い、顔を拭くと、両手は真っ赤だった。
やばい、涙と鼻水と返り血でいっぱいの顔を見られたくない。
「だ、大丈夫よ! このシルバーウルフの解体をするからあっち行ってて」ソフィーは顔を背ける。
「そうか、それならよかった。手伝おうか?」
「いいわよ! 私一人でやるから!」
「無理するなよ。貸してみろよ」
なぜ普段何事にも無気力で無関心な純也がこんな時に限って積極的なのだろうか。
「いいから、あっち行ってて!」
「お、おお……。わかった。じゃあ待ってるから終わったら言ってくれ」
強めに言ったので怯んだようだ。シルバーウルフの戦いで【威嚇】のスキルを習得したのだろうか。
いつまでも純也を待たせておくわけにもいかない。早く解体して帰ろう。
気持ちが落ち着いてきたら、今度は初勝利の喜びで胸がいっぱいになってきた。