転移
純也は日本で死んだ。
その後女神と会い、死因と転移の話を聞かされた。
ちなみに死因は轢死。お年寄りがアクセルとブレーキを間違えて踏んだ乗用車に轢かれての死とのこと。
そしてこの街、アーガルム付近の森に転送された。
純也はラノベやアニメをそれなりに嗜んでいたので、理解が早かった。
考えられることは一通りしてみた。
身体能力は特に変わりはなかった。痛みも何ら変わりなく感じる。
しかしどうやら魔法が使えるらしい。思いつく属性の魔法をイメージしながら叫んでみたら、あっけなく使えた。火水雷土風の魔法を使うことができた。
だが全然嬉しくはなかった。事なかれ主義の純也としては、ラノベの主人公はなりたくない職業ナンバーワンだったからだ。
残念な気持ちを抱きながら、アーガルムにたどり着くと、いきなり冒険者ギルドに連れていかれた。
「よくぞ来ていただきました、勇者様」冒険者ギルドの受付の女性に迎えられた。
女神が勇者として転移させると言っていたのを思い出した。
「さあさあこちらへ」
促されるままに純也は椅子に座る。
周りには物珍しそうにやじ馬が覗いている。
みんなにじろじろ見られるのは嫌いだ。すごく嫌な状況だ。
受付の女性が古びた三角帽子を持ち出してきた。
周りのざわざわとした声が一段と大きくなる。
「こちらは見極め帽子です。勇者様の秘めた能力を言語化してくれます」
え、それ振り分け帽子じゃない? え、スリザリンは嫌だ。
「勇者様の気が付かない能力を、この帽子が伝えますので、今後にお役立ていただけると思います」
帽子をかぶっただけでわかるのなら、それはもう秘められていないと思う。
「それでは失礼いたします」受付の女性が、帽子を純也の頭の上に持ってくる。
「どんな能力だろうか? こいつはどんな能力を秘めているのか?」ぶつぶつ言う見極め帽子が純也の頭にかぶさると大きな声を上げる。「むむむっ! なんとっ! こいつには秘めた能力はなぁぁぁぁああああい!!!」
会場がぽかんとしている。さっきまでの喧騒はどこへやら。静寂。SAY JACK。
「見極め帽子……。もう一度おっしゃっていただけますか?」受付の女性が見極め帽子をもう一度かぶりなおさせる。
「何度言おうとかわらん。秘めた能力はなぁぁぁぁああああい!」
ズコっと会場がこけたような気がした。
「ありえないだろう」
「本当に勇者なのか?」
「能力のない勇者って転移してくる意味あるのか?」
言いたい放題の観衆。お好きにどうぞ。
「ま、まあ……もう少ししたら能力も開花するかもしれませんね……あはははは」ひきつった顔の受付の女性。「とりあえず、勇者様にはお部屋をご用意しておりますので、ご案内いたします」
言われるがままに受付の女性についていき、部屋に案内される。
「それでは、何かありましたらお申し付けください」そう言うと受付の女性は出て行った。
見極め帽子は秘めた能力がないと言っていた。ありがたい話だ。都合がいい。
「なるほど、俺には秘めた能力がないのか……」純也は見極め帽子の言葉を反芻する。
物は言いよう、考えようだ。これは使わない手はない。
純也はこのとき、勇者業の廃業を決意した。




