依頼①
事務所の扉が勢いよく開け放たれた。
「依頼を持ってきたわよ!」
出かけていたはずのソフィーが帰ってきたようだ。
ドアベルが壊れてしまうから、そっと開けてほしい。いや、ドアそのものが壊れる可能性もある。モノは丁寧に扱ってほしいと思う純也だ。
「依頼? どこからもらってきたんだよ」横になっていた純也はソファから身体を起こす。
ソフィーには住み込むことを許す代わりに探偵助手として働いてもらうことにした。
最初は嫌がっていたが、閑古鳥が鳴き疲れもう声も出せないほどの事務所の探偵助手だ。実質仕事がないとわかると、文句の一つも言わなくなった。
そんなソフィーが依頼をもらってきたというのはどういうことか。
「冒険者ギルドよ」
「それ探偵依頼じゃないでしょ?」
「ええ、そうよ」悪びれることもなくソフィーが言う。「でも暇すぎるのよ。さあ出発するわよ」
「しないよ。今すぐ返してきなさい」
「嫌よ。それにもう返せないわ。返すならキャンセル料がかかるわ」
「それなら依頼を受ける前に相談してくれ」
「相談したら受けないって言うでしょ?」
「当たり前だ」
純也としては、この間ダインからいただいた報酬がまだ残っていて、もう少しそれで暮らせていけそうだったので、今は仕事をするつもりはなかった。
まだ十九歳のソフィーは今まで実家でぬくぬく暮らしてきたはずだ。いつの間に仕事がなくてうずうずするほどの社会の歯車になったのだろうか。
「私はスタインバーグ家の娘よ。剣の腕には自信があるんだから」ソフィーが鞘から剣を抜き、格好つけて構える。
「知らんよ。剣だなんて物騒だな。仕舞ってくれ」
普通に考えて、危ない。室内で剣は出しちゃだめだろう。普通に考えて。
スタインバーグ家は由緒正しい剣士の家系だ。あのダインもかつては名剣士だった。ソフィーの兄も剣士として飛び回っている。
しかしソフィーはまだ冒険者としては活動していなかったはずだが。
「私もそろそろ剣士として一人前になりたいのよ」言われた通り剣を鞘に戻しながらソフィーが言う。
「それは結構なことだと思います」
消極的な純也には理解できない志だ。
「純也は魔法を使えるんでしょ?」ソフィー純也の正面の椅子に座る。
「一応な。基本的なやつだけな」
「まあ仕方がないわよね。純也には秘めた力が無いんだものね」
「そうそう。俺には秘めた力が無いんです」
この世界には数か月に一度、日本から転移者がどこかに現れる。そしてその転移者には秘めた能力があるらしい。
しかし転移者にあるはずの秘めた力が純也には無い。
だからこそこうしてのんびりと、探偵みたいなことをして過ごしていられるのだが。
「でもいいわ。戦闘は私が何とかするから」
「まったくしょうがないな。依頼書を見せてみろ」
受けてしまったものはしょうがない。やるしかない。
ソフィーから依頼書を受け取ると、純也はしっかり目を通した。
「よし、俺の出る幕無し! いい依頼をもらってきたな、ソフィー」
「一応ちゃんと選んだのよ。感謝しなさい」
「ありがとう。ソフィー」
「調子のいい時だけ素直になるんだから」ソフィーは頬を膨らませている。
準備を整えると、二人は初めての冒険に出掛けた。