予想外
「あら、純也さんじゃないどうしたの? あなた! 純也さんが戻ってきたわよ!」
フローラはメイドがいても家のことをよくするタイプだ。純也の訪問にすぐに玄関先で対応する。
「おお、純也か。さっきはありがとう。どうした? 報酬が足りなかったか?」
「いえいえ、そういうわけではありません。あの、実は……」
純也はソフィーが探偵事務所に現れ、今日から住むと言い出したことをダイン夫妻に伝えた。
そう、食べ物を買いに行くふりをして、両親にチクるという作戦を実行したのだ。
「がはは。そういうことか、まあいいだろう。近くにいるわけだし、純也と一緒なら問題ない」ダインが豪快に言う。
「そうですね、そのままずっと一緒でもいいですわね」フローラは口元を手でかくして笑っている。
え、なぜこんな流れになる? 純也の家に住むのだから本人の許可が必要だろう。やはり結局この二人はソフィーの親なのだと純也は身をもって知った。
「あ、そうなんですね……。あの、一応、確認しますけど……。ソフィーは俺の住んでるところに居候するということになるんですね?」
「そうなるな。まあそもそもスタインバーグ家の土地だから、ソフィーの住んでるところに純也が居候するって形になるのかもしれないな。がはははは」
「ダインさん、なにいってるんですか! また、おかしなことを! うふふふふふ」
え、どこが笑えるの? この夫婦の笑いのツボがわからない。家宝の壺のように割れているのかな?
「話しは聞かせていただきました」ケイトが大きな荷物を持って現れた。「ソフィー様の一人暮らし用のセットを作ってまいりました」
「おお、気が利くな、ケイト」ダインはケイトから荷物を受け取ると、純也に渡した。
なぜダインを経由する必要があったのかはわからない。
それにしても恐るべきスピードの荷造りだ。世界荷造り選手権があったらケイトが優勝するだろう。ただ大会スポンサーが見つからないと思うので、開催は見込めない。
「じゃ、じゃあわかりました。ソフィーはとりあえず事務所で暮らすということで……。まあ何かあったらすぐにお知らせしますね。あはは」純也のせい一杯の苦笑い。
「気にするな。何も心配していない。二人で仲良くやってくれ」
「そうですよ。若い二人でやってくださいな」
ダインとフローラは顔を合わせて笑っている。
ケイトは無表情。そして多分無感情。
「それでは……」純也は三人に挨拶をすると荷物を抱えて屋敷を出た。
思ってた展開と違う!!!!!
え、なんで、なんで? うそでしょ? あれ? おかしくない? おかしいよね?
はてなマークを頭の中で埋め尽くしながら事務所に戻る。
「お帰り」ソフィーがずっとここに住んでいるかの如く部屋になじみながらくつろいでいる。「……って何買ってきたの?」
「あ、いや、何も買ってない」
「え、パイは?」
「あ……パイね、買ってない」
「なんでよ」
失念していた。はてなマークの大群の出現により、パイ購入の文字は意識の外へ押し出されていた。
「いや、ほら、住むって言っても着の身着のままじゃ大変でしょ? だからダインさんにソフィーがここに住んでもいいように交渉してきたんだよ」
「なんて言ってた?」ソフィーはむすっとした表情をするが、内心家族の反応が気になるのだろう。
「難色を示していたけど、俺が必死に説得したら許してくれたよ。ケイトさんが荷物をまとめてくれたんだよ」
「あっそ。私には関係ないけど」
うそつけ。気になって仕方がないくせに。
「でも純也、それはパイを買い忘れた理由になってないわよ」
「ごめんごめん。でもほら、引っ越し祝いに食べに行くのもいいかなって思い直してね」
「それいいわね! 早速行きましょう」
「ちょっと待てよ、この荷物の置き場所を決めてからだ」
「じゃあ私あのベッドがいいわ」
「それは俺のだよ」
「純也はソファでいいじゃない。私、女の子よ? ソファで寝かすつもり?」
「ぐう」
純也の人生二度目のぐうの音を聞くや否や荷物をベッドへ運び、ソフィーは自分の陣地を作り上げた。
そして遂に完成した。純也の自宅兼探偵事務所兼ソフィーの陣地が完成してしまった。
ソフィーが陣地を作成している間、純也は心を落ち着かせていた。
成り行きで生きてきた人生だ。だからこの先も大丈夫だろう。
純也は自分にそういい聞かせ、陣地の完成に満足そうな表情のソフィーと夕飯を食べに出た。




