帰路
翌朝。
「おい、起きろ! 今日はアーガルムに帰るんだぞ!」
「眠たい……。そんなに急がなくてもいいじゃない」ソフィーは約束の時間になっても布団に包まっていた。
昨日は夜通し飲んでいたのだろう。
ソフィーはソフトドリンクのはずだが。
一応匂いを確認する。うん、アルコールの匂いはない。
「ちょ、ちょっと。寝込みを襲うつもり!?」ソフィーは布団から立ち上がる。
「ちがうよ。お酒を飲んだか確認しただけ」
「飲んでないわよ。まあいいわ。おかげで目が覚めた」
「じゃあ準備しろ」
ソフィーは女子とは思えないほど素早い支度を済ませた。
世界荷造り選手権があったら、恐らく準優勝するだろう。
チェックアウトを済ませ宿を出ると、大きな荷物を持ったハリエットが腰を掛けていた。
「純也様。おはようございます」
「お、おはよう」
勇者様って呼んでたと思ったが、呼称を変えたようだ。
「純也様、私を片腕として使ってください」ハリエットが頭を下げる。
「な、何言っているのよ。私たちは二人で……」
「まあいいけど……」
「ちょ、ちょっとなんでいいのよ」ソフィーが純也の体を揺らす。
「だって、今回の討伐でかなり健闘してくれたじゃないか」
「そ、そうだけど、今後もいっしょにって事でしょ? ほら、生活費とか大変じゃない」
「私一人でも依頼をします」ハリエットは覚悟を決めているようだ。
「それならいい。条件として、自分である程度稼いでほしいって言おうと思ってたところだ」
「でも、ほら、部屋が足りないわ」
「それは言えている。だから、引っ越しだ。今回の報酬で場所を移そう」
「ありがとうございます。純也様」ハリエットが純也の手を握る。
「え、引っ越し!? ちょっと勝手に決めないでよ」
「理由は他にもある。時間の無駄になるから歩きながら説明する」
純也が鞄を持ち直し歩くと二人が付いてくる。
「理由って何よ」
「あの遺跡に現れた勇者だ」
「あの方たちが理由ですか」
「そうだ。今回の依頼は達成したが、ゴーレムの召喚者が不明のままだ」
「確かにそうですね。あの方たちが関係していると?」
「可能性が高いというだけだが、警戒はした方がいい」
「そ、そうね。そうなると引っ越しは必要だわ……ってことはアーガルムを出るの!?」
「そのつもりだ。一度帰ってすぐに支度だ」
「一度相談くらいしてよ!」
「ソフィーが依頼をもらってくるときの俺の気持ちがわかったか?」
「ぐう」
ソフィーがぐうの音を出したあたりで、ふもとの集落にたどり着いた。
昨夜のうちに馬車を手配しておいたので、もう待ってくれていたが、一度雑貨屋に寄り目星をつけて置いたお土産を買う。
馬車に乗り込むと御者が馬車を走らせる。
すぐにソフィーは眠りについた。昨日は日中にあれだけ戦闘をして、夜にあれだけ騒いだのだ。疲れは残っているだろう。
ハリエットも舟をこいでいる。馬車で舟をこいでいる。ハリエットの事だ。宿の前に朝イチで待機していたのだろう。
「ハリエットも眠っていいぞ。俺も眠たくなったら寝る」
「っは! あ、はい。そうします」珍しく油断していたようだ。
寝ていいとなったらすぐに夢の世界に旅立った。
純也は流れる風景を見ながら、ここ最近のことを振り返った。
□◇■◆
あの自称勇者は俺の能力に気が付いたのだろう。大分頭の切れる男だ。警戒したほうがいい。
勇者として転移してきた者には秘めた能力がある。それも規格外の。
しかし俺には秘めた能力がないのだ。
それを聞くと能力がないように聞こえるかもしれない。
たしかにそうとも取れるが、もう一つとらえられる意味がある。
それは、秘めていない能力がある。という意味だ。
見極め帽子の言っていることが事実で、転移者には能力があるということもまた事実なのであれば、これしか正解ない。
つまり、転移してから見極め帽子の間に、俺は能力を見つけたということだ。
あの短い間で見つけたものは基本魔法のみ。だから俺に秘めた能力は基本魔法ということになる。
そう、俺の能力は規格外の基本魔法なのだ。上位魔法と引けを取らない下位魔法。言葉としては意味が分からないけど。
勇者業をやりたくなかった身としてはありがたい話だったので、誰にも言わず、ここまで来た。
しかしあの自称勇者には感づかれただろう。
だから引っ越す必要がある。
見極め帽子を試したいと言っていたが、俺のことを探るためでもあるのだろう。
目的はわからないが、距離を取っておきたい。
こうなってしまったのは俺のせいだ。
これをソフィーに話したら、私のせいだと言うだろう。私が依頼を持ってきたせいだと。
それは違うのだ。全ての始まりは俺のせいなのだ。
今回の依頼の発端は無傷のマンドレイクの採取を数多く行ったからだ。
あれは剣で刺すふりをして俺の土魔法でマンドレイクの息の根を止めていたからだ。調子に乗って多く採取しすぎた。
それにマンドレイクの採取などの依頼をもらってくるようになったのは、ソフィーが実家を出ることになったからだ。
あれは俺が土魔法の威力をなんとなく試そうと思って家の庭で使ってみたら、思いのほか大きな地震になってしまったせいで、壺が割れてしまったからだ。
そう、すべては俺があの時、秘めていない能力を試したせいなのだ。
まあシルバーウルフもゴーレムも俺のお陰で倒せたようなものだけど。
今思えば、シルバーウルフ戦の日の夜に、ソフィーが花瓶を気にしていたのは、地震があったのに倒れていないとこに疑問を持ったのだろう。
本棚の本もずれていなかったし。
局部的地震は自然界ではありえない。魔法の現象だ。これからは他の魔法で手助けすることにしよう。
ただやはり負い目を感じる。こうなってしまったら、ソフィーを守らなくてはならない。
ハリエットもいてくれれば心強い。
とにかくこのまま能力は隠してのらりくらりやっていこう。
隠すのも難しいが。
いつもはわざとらしく、英語を魔法っぽく唱えているが、魔女戦のときに無詠唱で魔法の矢を放ってしまったときは焦った。誰も気が付かなかったようで助かったけど。
しかしこの先しばらくは目立たないことが重要だ。
それがソフィーを守ることの一番効果的な方法だ。
どこかに移住して、小さな依頼を細々こなしていけばいいだろう。
そういった生活をしていれば、あの勇者もこちらに対して興味をなくすだろう。
しかしそれまでしばらくは警戒が必要だ。
今は貴重な休息の時間。二人と同じように眠るとしよう。
帰宅したらすぐに荷造りだ。あ、ダインさんたちにも挨拶をしないと。
とりあえず、アーガルムまでは油断してもいいだろう。
ここを襲われたら、もう、それは諦めよう。
平和に暮らせますように。




