同居
ケイトから報酬を受け取り屋敷を出た時、フローラは純也に作り立てのパイを持たせた。
ソフィーのために作ったそうだが、出て行ってしまったし、冷める前に食べてほしいとのことでいただいた。
前にももらったことがあり、かなりおいしかったと記憶している。家に着いたら食べよう。
ダインの家を出て三分、早速家に着き、早速食べた。
純也の住居兼探偵事務所はダインの家の同じ敷地内にある。ご近所づき、というより間借りさせてもらっている身だ。
ダインの家は由緒正しい御家柄で、ここら辺の人は知らない人はいない。スタインバーグ家と名が通っている。
そんな大きな屋敷の隣にひっそり建つ小さな家が純也の住居兼探偵事務所だ。
以前、持ち前の推理力でダインを救ったことがあり、土地と建物を提供してもらった。それからの付き合いだ。
それにしても今回の依頼は簡単に片付いた。あれを推理と言っていいのかも不明だ。まあ解決したし皆さんが納得してくれているようならいいんですが。
成功報酬の金貨を眺めながらパイをかじる純也。
「これでしばらく仕事をしなくていいな」
ダインはいつも報酬を多く出してくれる。ありがたい。
純也としてはなるべく仕事をせずに暮らしたいと思っている。裕福な暮らしは望まず、細く長く生きたいという性分だ。
パイも食べ終わり、ソファにだらしなく横になっていると、事務所の扉がカランコロンという音と共に開いた。
「純也、いるの?」
この声はソフィーだ。
純也はソファから立ち上がる。
「ソフィーか?」
「ええ、そうよ」ソフィーが純也のいるソファのところまで歩いてくる。
紛らわしいことにソフィーとソファは文字が似ているので、小説だったら読み間違えないように注意しなくてはいけないシチュエーションだ。
「早く帰った方がいいんじゃないか?」
「帰らないわよあんなところ」ソフィーはずいぶんご立腹のようだ。
「そんなこと言ったって、行くところないだろう」
ソフィーには純也くらいしか友達と呼べる関係はない。気が強く人を振り回すタイプのソフィーを見かねて、ダインは純也に依頼という形でよくソフィーの相手をさせていた。その甲斐あってか、最近はダインからその依頼はなくなり、普通の友達のような関係になっている。
「あるわよ」
予想外にもソフィーにも行く当てがあったようだ。
「どこに?」
「ここに」
「ここに!?」
「ここに」
「え? ここに?」
「うん、ここに」
「そうなの? ここに?」
「そうだよ、ここに」
「えっと、ここに?」
「ええ、ここに」
「ここにですか?」
「ここにですよ」
「ここかよ!?」
「ここよ!!」
「ここなの?」
「ここなの」
「ここかな?」
「ここだね」
「ここかしら?」
「ここのようね」
「ここでいいの?」
「ここがいいの」
「ここじゃないんじゃない?」
「ここなんじゃない?」
「ここではないでしょ?」
「ここしかないでしょ」
だめだ。はぐらかせない。さすがソフィー、押しが強い。
「え、あの、マジで言ってんの?」
「うん、決めたもん。ここにとりあえず住むって」
「いやいや、俺はその決議に参加していない」
「私の事なので、決議権は私にしかありません」
「俺の人生の領域に入っているよ?」
「そもそも純也、私の家の土地に入っているよ?」
「ぐう」純也は人生で初めてぐうの音を出した。
「それに純也が私をあの家から追い出したようなものじゃない。責任取ってよね!」
女性の「責任取ってよ」の怖さといったらこの上ない。純也はドキッとしてしまった。
純也は考えを切り替えることにした。
「しょうがないな。とりあえずここにいろよ。食べ物買ってきてやるよ」報酬の金貨をポケットに入れる。
「いいの? やった! じゃあ私、パイが食べたいな」
「お、おう。パイな。わかったわかった」純也は食べかすが付いていないとわかっていながらも、無意識に口元を払った。
扉の札をクローズにひっくり返し、事務所を出た。