登山
朝は自然と目が覚めた。部屋に差し込む日光がまぶしかったからだ。
ソフィーも同じタイミングで起きたようだ。
「おはよう」
「おはよう」
旅行に来ている気分になるが、誠に残念ながら仕事だ。これから気の乗らない、調査が待っている。
各自荷物をまとめ、チェックアウトの準備をする。
二人で階段を降り、受付へ移動する。
ソフィーは鼻歌なんかを歌っていて機嫌がよさそうだ。
「これから森に入るのか?」マスターがチェックアウトの手続きをしながら話しかけてきた。
「そうです」
「気をつけろよ。何やら最近、森はぶっそうだから」
「そうなんですか?」
「その調査じゃないのか?」
「調査は調査ですが、遺跡と資源の調査です」
「そうなのか。まあ何にせよ油断はするなよ」
「わかりました。ありがとうございます」
マスターにお礼を言うと、持っていきなと言ってキッシュをくれた。不器用な優しさってかっこいいよね。
改めてマスターにお礼を言ってウエスタン調の酒場を出る。
矢を調達するために雑貨屋へ向かう。百本分のお金は昨日のうちに払っていたので、受け取るだけだ。
「おお、よくお越しいただきました」
出発する前に来店する約束をしていたので、店主の歓迎に違和感を覚える。
「調子に乗って百二十本作ってしまいましたよ。ははははは。あ、代金はそのままで結構ですよ」
「そうですか。ありがとうございます」純也は店主のテンションには合わせず、落ち着いた口調でお礼を言う。
受け取った矢は矢筒にぎりぎり収まった。腰回りが重たくなった。
雑貨屋を出る際に店主に会釈をする。店主はにこにこと手を振って送ってくれた。悪い人ではない。テンションが合わないだけだ。
集落の奥に森に続く獣道があり、二人はそこから森に入る。
集落から見たトルルの森は青々としていてきれいな印象だったが、いざ中に入ってみると、草木が乱雑に生い茂っており、薄暗くじめじめした空気だった。
純也を置いていくかの如く意気揚々と酒場を出たソフィーだったが、そんな森の中では意気消沈したのか、肩をすぼめ純也の後ろをとことこと不安げについて歩いていた。
「おい、朝の勢いはどうしたんだよ」わざと意地悪な質問をする。
「お、温存しているのよ。体力の温存よ」強がっているのがわかる答え方をするソフィー。
「そうか、それは賢い選択だ」
「ば、ばかにしているでしょ?」
「今に始まったことじゃない」
「前ばかにしてたってこと!?」ソフィーは大声を出している。
「温存しているんじゃないのか?」
「ここは体力を使い切ってもいいところよ!」
どうやら本当に体力を使い切ったらしい。騒ぎすぎて一時休憩。
木の枝を拾って山を作る。
「ファイア」純也は得意の基本魔法を使って焚火を作る。
「初めて見たわ。本当に魔法が使えるのね」ソフィーが感心している。
「この程度だったらな」
「いいなぁ。私は使えないから」
「ソフィーは剣さばきが上手いじゃないか。一芸に秀でているのはうらやましいぞ」
「そ、そうよね。私には剣があるものね」こちらにまで伝わってきそうなほど照れているソフィー。
調子に乗って剣を鞘からだし、かっこよく構えて、かっこよく振っている。
体力を回復するために休憩をしているのに何をやっているのだろうか。まったく。
「ちょっと俺はボウガンの練習をしてくる」
「私も付き合うわ」剣を鞘にしまってソフィーが言う。
「いいよ。火に当たって体力回復しておきな」
「う、うん。でも、その、あまり遠くに行かないでね……」
「わかってる」
ソフィーが倒木に腰を掛けたので、純也は少し離れてボウガンを構える。
遠くに見えるを目標として練習をすることにした。
追加でもらった二十本は無駄にしてもいいだろう。元々なかったものだ。
矢を装着し、弦を引く。
右手の人差し指をトリガーにかけ、左手はボウガンの前方を支える。左目をつむり、右手でマウントレールで照準を合わせる。
スコープを買うお金はなかった。そもそもあってもなくてもあまり変わりないのだから、買うだけ無駄だ。
いけない。邪念を払って集中する。
目標に狙いが定まったところでトリガーを引く。
勢いよく矢が飛んでいく。
残念。はずれ。
難しいな。でも楽しいな。
いろいろと試してみたいこともあった。
純也の得意な基本魔法をこの矢に乗せることができないかということ。
ソフィーの前でこんなことをしたら過度な期待をされてしまうかもしれない。絶対に見せたくない。
「ファイア」
炎の魔法を矢に込めるイメージでトリガーを引くと、燃える矢が目標を目指して一直線に飛んでいった。
矢は燃えたまま目標の木にしっかりと突き刺さった。
やばい。山火事になる。
急いで走って突き刺さった矢まで向かい消火をする。
「ウォーター」
火は消え、ねずみ色の煙が上がった。火種が残っていて風が吹き再度燃え出してしまい山火事が起こったというニュースを思い出したので、しつこいほどに水をかけておいた。
それにしても魔法とボウガンは相性がいいようだ。純也の魔法は思ったところにしっかりと狙うことができる。だから魔法を乗せた矢は目標に向かって一直線に飛んでいったのだろう。いや、この場合は魔法を矢に乗せると言うより、矢を魔法に乗せるようなものか。だとすると照準を合わせるという行為は必要ないかもしれない。
そろそろ植物が根腐れしそうなので、水をかけるのをやめる。火種も消えただろう。
次は火ではなく、水魔法に矢を乗せてみよう。それであれば山火事などの災害は起こらなにだろう。
「ウォーター」
今度は照準を合わせないで片手で構え、トリガーを引いてみた。
矢はまっすぐに飛んでいき、しっかりと目標に突き刺さった。
手ごたえあり。これは使える。ソフィーには感謝だ。
だけど上手く使えるようになったことは黙っておこう。あまりうまく使えないふりをしておこう。
あまり矢を消費せずに練習ができた。おおむね満足。
少し集中しすぎてしまったかもしれない。放っておかれたソフィーが機嫌を損ねていなければいいけれど。
腰にボウガンをぶら下げ、回収できる矢は回収し、キャンプに戻る。
「遅れてごめん」
ソフィーは張り詰めた表情で剣を構えていた。
焚火を挟んで、ソフィーが耳のとんがった来客と対峙していたようだ。誰だろう。
耳のとんがった来客は自分より背の高い杖を構えている。魔法を使うのだろうか。
ローブをまとっているが、体つきから女性だと思われる。そしておそらくエルフだろう。決していすゞの軽トラではない。
「今すぐこの森から出て行ってください」耳のとんがった来客が、静かだが力強い声で警告する。
「ソフィー、剣を下ろせ」純也はソフィーに命令すると、次はエルフと思われる耳のとんがった来客に話しかける。「ここに住まわれているエルフの方でしょうか? 私は調査でこの森に入ったのですが」
ソフィーは剣を下ろし、純也の横に立つ。気を張っているのが伝わってくる。
「調査? 何を調べに来たんだ?」エルフと思われる耳のとんがった来客も警戒は解いていないようだ。
「ええ。最近トルルの森で物騒なことが起きているとのことで……」純也はがさがさとポケットから依頼書を出す。「アーガルムの冒険者ギルドから依頼がありましてね。トルルの森の遺跡の保存状況と、資源の被害状況を確認するためにやってきました。依頼書、確認されますか?」
「結構です。わかりました」エルフと思われる耳のとんがった来客は杖を構えるのをやめる。「しかしまだ信用しているわけでありませんから」
「ええ、それで構いません」純也は二人に座るようジェスチャーで伝える。「私は右色純也と申します。そしてこちらが……」
「ソフィー・スタインバーグよ」隣に座るソフィーが自己紹介をする。
焚火を挟んで対面する。
「聞いていないんですけれど……。まあいいでしょう。私はハリエット・ガルナーです」杖を持っていない左手を胸に当て、軽く頭を下げて言う。
「よろしく、ハリエット」
「……」純也の言葉には反応はせずに、ハリエットは倒木に腰を掛けた。
少し馴れ馴れしくし過ぎたか? まあいいや。
「ちょうどよかった。少し質問してもいいですか?」
「質問ですか?」怪訝そうな表情のハリエット。
「ええ。調査の一環ですね」純也が内ポケットからメモとペンを取り出す。「このトルルの森で起きたことについて具体的に教えていただきたいのですが」
「そのことですか。外部の方たちに解決できるとは思いませんが……。そうですね。お話ししましょう」
「ありがとうございます」
ハリエットと純也が話している間、ソフィーは静かにしていた。




